橡の木の下で

俳句と共に

選後鑑賞令和3年「橡」6月号より

2021-05-30 06:25:46 | 俳句とエッセイ
 選後鑑賞   亜紀子

山鳥の恋のほろ打つ山の畑  渡邊和昭

 雉は見たことがあるがヤマドリを野外で見たことはない。掲句の作者は恵まれた環境にある。繁殖期は縄張りを宣言し、雌の気を引くために激しく羽ばたき大きな音を出すそうだ。
 山の字が二つあるが気にならない。上五下五に明るい音感があり、鄙びた山里の素朴な恋を思わせる。ほろ打ちと畑打ちという語が無意識でつながる。若者ではなくてあくまで鳥の恋なのだけれど。

金縷梅や抹茶もてなす尼僧庵 善養寺玲子

 春一番に咲く金縷梅。あたりは未だ冬の名残を引いているが、ほっと喜びが満ちてくる。尼僧の語に小さく清潔で素朴な庵を彷彿する。

そよ風や蜘蛛が木の間にレース編み 小野田晴子

 そよ風の語が効いて、繊細な蜘蛛の巣レースが生きてくる。蜘蛛は苦手という人もこんな手仕事の作品に心引かれるのでは。

諸葛菜父なきあとの山荒れて 田島カズ子

 手入れができず荒れた里山の問題は方々で聞かれる。掲句の作者の嘆きも一朝には解決できないことなのだろう。諸葛菜の叢の紫美しいのが、なぜかやるせない。

新しき巣箱をよそに囀れり  大澤文子

 四十雀だろうか。人の親切はお構いなしだが良い声で鈴を振っている。どこかとぼけた味わい。

筍や簡易かまどに竹爆ずる  飯村とし子

 簡易かまどというのは石やレンガで設えた手作りの即席かまどだろうか。あるいはさっと置ける簡単な製品でもあるのかもしれない。何れにしても、常に使用する据え付けのものではないのだろう。筍の季節だけに庭で火を焚くものと思われる。竹爆ずるに描写がある。田舎を思い出した。

投票に傘の列なす花の雨   安生弘子

 コロナ渦中ではあるが、皆市民の務めを果たしている光景。ただせっかくの花の季節も雨天とは、ちょっと斜めに物を見たい気持ちに駆られた。

子の電話詐欺に注意と夜の朧 前田千津

 朧夜の電話は詐欺電話でなくて、息子さん本人の注意喚起の電話。一瞬どきりとしただろうか。

卒業の涙マスクにとめどなく 関屋ミヨ子

 マスクと人数制限の卒業式。こういう思い出も残るだろう。こういう句も記憶されるだろう。

校庭の記念樹そろひ芽吹き立つ 小野田のぶ子

 いくつもの、色々な機会の記念樹だろうか。どれも元気で今年も芽吹きの季節。語の斡旋、いかにも若者の学舎の感。

放流の魚影に落花しきりなり 太田順子

 花の頃放した魚は何だろう。まさに水を得た魚の影に舞い散る桜。絵になる。

春炬燵忘れ上手も堂に入る  皆森とし子

 物忘れも堂に入れば何てことはない。どうとでもなりそうだ。春炬燵がユーモア。
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