橡の木の下で

俳句と共に

岡本昭子句集『群翔』序

2011-08-05 12:01:42 | 句集紹介

 

岡本昭子句集『群翔』序

 

自然の深みへ          三浦亜紀子

 

 岡本昭子さんと初めて吟行句会をご一緒させていただいたのはかれこれ二十数年前に遡る。昭子さん四十代前半で、今の私よりもだいぶお若かったことと思う。しかし記憶の中の昭子さんは泰然自若、ずっと落ち着いた大人であった。折々に人とは違う独特のものの捉え方をされ、はっと目を覚まされることがある。人の気付かぬところに注目し、人が取りこぼしたものを拾い上げる行き方だ。努めてというより、それが昭子さんの自然の持ち味のようだ。陽に揺れる若葉の中に、一瞬異なる動きを目にとめて一羽の野鳥を発見するように。誰にも容易にできることではない。詩人の資質のひとつである。

 

堂守の出で来し闇に鳴く夜鷹

矢筈草旧街道に出て暑し

駒草や岸壁攀づる雲の影

蕎麦畑はいつもどこかに白き風

梅雨霧を来て白濁の温泉に浸る

獣除めぐらして畑凍りけり

豊年の風をはらみて鷺翔てり

産卵の鮭が巻き込む畦の草

かまきりの卵襤褸けて二月果つ

乾鮭が軒に打ちあふ雪解風

花冷の袂につつむ笙の笛

 

 市井の中に詩を見出す人と、自然の中に詩を見出す人とがある。厳然とした区別がある訳ではなく、一個の中にも、折々、それぞれの要素を持っているわけだ。それでも昭子さんを表すとしたら、自然の中に入って、より詳しく深く自然を詠う人というのが一番相応しいように思う。生い立ちを伺うと、物心ついてから成人して家庭を持たれるまでを、信州木曽駒ヶ岳の麓、伊那谷で過されたそうだ。伊那の四季の美しさ、厳しさが体に沁みて礎となっている。俳句と同時期に始められたという探鳥の趣味も堂に入り、俳句が滞ったら行きつけの探鳥フィールドで何時間でも座って楽しみ、そのうちに句材を得て帰るのだそうだ。野や山や、自然そのものを空気のごとく呼吸している感がある。

 

多摩川に狩して鷹の山別れ

地蜂掘山雨に鎌を清めけり

三光鳥尾を高だかと巣籠れる

猫のごと耳を掻きけり虎斑木菟

冬銀河伊那の七谷覆ひけり

浮かびては鈴鴨貝を丸飲みに

軽鳧親子見分かずなりて穂草食む

山中に乙女の色の谷うつぎ

 

 また一方生活人として、妻、母親として、人の子としての生き様のなかからの句も見逃し難い。それらがこの句集にめりはりを与えている。

 

手土産の蕗煮て母の帰りけり

日をつぎて父の文来る鳥曇

ひとりづつ迎へて守衛息白し

揚雲雀長子二階に寝くたれて

病む母の繭ごもるごと眠りをり

蜂の子を食べて若やぐ母のこゑ

営巣のロビンが見張る吾子の家

 

 「お陰さまで今が一番静かな時」といわれる。落ち着いてなお一層自然に深く親しみ、それは即ち人生の深みへと分け入ることでもあり、新しい境へ進まれることと思う。

 

 『群翔』連絡先:

〒191-0053 東京都日野市豊田2-20-43

岡本昭子(オカモトショウコ)shokookamoto@yahoo.co.jp

 

 

 

 

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