橡の木の下で

俳句と共に

「黄金週間」令和元年『橡』6月号より

2019-05-28 11:38:12 | 俳句とエッセイ

 黄金週間  亜紀子

 

風湧くや喜び走る花の塵

花圃あれば虻蜂のごと花圃に寄る

初蝶や合はぬ門扉の右ひだり

ラジオから昭和歌謡や花ぐもり

花御堂解きて二日の雪降れり

尻ちよいと上げて行きしは春の鵙

雪柳ほろほろこぼる水車小屋

楠落葉彫漆の色重ねをり

白熱のシニアサッカー花は葉に

鳩の来て藤の花芽をしきり食ふ

菜の花もたけて気長に鷺の漁

聞き得たり椋鳥が真似をる杜鵑

いつも来るいつもの時刻揚羽蝶

橡の芽も朝の雨に傘ひらく

しこ草も我も春日を浴びてをり

立浪草日ごとに高き波しぶき

たまゆらを蝶のとどまる幼の手

黄金週間こぼるるやうに過ぎてゆき


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「物真似椋鳥」令和元年『橡』6月号より

2019-05-28 11:31:32 | 俳句とエッセイ

  物真似椋鳥   亜紀子

 

 いつもの買物に出ようとズックをつっかけて戸を開けると、聞き慣れぬ鳥の声がした。木々は芽を開き、草は丈を伸ばし、あたり一面俄に緑がちになっている。不意に、おおかたの植物が緑色を呈しているのは何故かと不思議な気持ちがしてきた。葉緑体ゆえと言えばそのとおりだが、葉緑体がなぜ緑なのか。緑の色素と太陽光と生命の関係になにか好都合な理由があるのだろうか。そんな空気の中で、鳥はいささか奇妙な声で一所懸命に囀っている。てっぺんかけたか、東京特許許可局、節回しは時鳥に違いない。しかしながら声の質が違う。鵯が物真似で鳴いているのかしらと思う。いつだかったか鶯の真似をしていた鵯。今年は頬白かあおじのような節をつけて歌っていたのだが、他にもどこかで時鳥を習ってきたのがいるのだろうか。鵯は地声で真似するのですぐ正体バレてしまうが、件の鳥は綺麗な音色を持っている。特別に喉のよい個体かしら。買物リュックを背負って歩いていくと頭の上でひときわ声が高くなった。見上げれば電線に一羽の椋鳥。見つめていると身体を振るわせて、キョッキョ、キョキョキョキョと確かにこの子が歌っているではないか。どこか高原の雰囲気を漂わせて独り朗々と。物真似というのはそれだけで面白い。ご当人は大真面目で必死らしいのでなおさら面白い。小さな赤ん坊がだんだん大きくなって、少しずついろいろ身につけて言葉も使えるようになって、ある時いつ誰に教わったのか思いもよらぬ大人びたことを大人びた調子で言うことがある。周囲は大いに笑わされ、自らの言動を顧みさせられる。それにしても野の鳥たちは今繁殖期と思われる。物真似椋鳥は仲間とは違った唄でパートナーを引きつけるのか、あるいはライバルを追っ払うのだろうか。それとも群を外れたアウトローか。そもそもこの界隈では時鳥はめったに聞かれない。梅雨の頃、空をひと声ふた声と通り過ぎるの耳にすることはあるけれど。いったい何時何処で覚えたのか。しばらく見つめていると、やおら発ってどこかへ行ってしまった。やっぱり孤独なアウトローなのか。

 ネットで調べてみたところ、他の地域でも時鳥を真似る椋鳥が居ることが分った。それほど珍しいことではないらしい。椋鳥イコール悪声、ギャーギャーと騒がしいイメージがある。昨秋、愛知県豊田市の駅前の大群が社会問題になっていると聞いた。しかし、昔信越線で群馬から信州軽井沢の駅前に降り立つと、綺麗な声の椋鳥たちがいたことを思い出した。今でも変わらないだろうか。涼しく澄んだ高原の空気が鳥の唄にも影響するのかと思っていたが、もしかしたら彼らは高原の鳥たちの唄の影響を受けていたのかも。欧米のホシムクドリも物真似をする。モーツァルトのペットの椋鳥は彼のピアノ協奏曲の主題のひとつを囀ったというから、本来良い歌い手なのかもしれない。『モーツァルトのムクドリ』の著者、ナチュラリストのL・L・ハウプトが飼っているホシムクドリは人の声、猫の声、機械音などなど上手に真似する。電子レンジの扉を閉める音を聞くと、すかさずピーピーピーと終了合図の電子音の真似をする動画を見た。ハウプトはこの鳥が状況を把握予想できる賢さを伝えている。刺激と反応の行動であろうから、予想と言っていいのかどうか分らないが、利口な鳥であることは確か。

 数日後、またあの子の声がした。息子とランチに出かけた道すがら、家から一キロほど離れた町のアパートの屋上で鳴いている。私は「聞いて、聞いて」と大発見のように説明。「変わり者なのかな」と息子も小鳥の身の上を案じるような質問をする。と、飛びたった鳥のすぐ後を別の一羽が追っていった。連れ合いだろう。アウトローではなかったようだ。

 しばらく籠りがちの生活だったが、季節は巡り留まることはない。時に従い自然は居ながらに折々変化を運んで来てくれる。有り難く平和な日々と感謝する。元号が変わり巷は賑やかだ。これまで我々の頭の上に爆弾が落ちて来ず、また直接的に他所へ爆弾を落さなかったのは良かった。とはいえ間接的にはこれまでも、これからも爆弾に加担していくだろうし、平和維持のための規制もいつの間にかゆるゆるにされている。考えていたら、椋鳥が言う。考えるたあ呑気なことだ。ランチどころじゃない、我々は今必死ですぜ。


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選後鑑賞令和元年「橡」6月号より

2019-05-28 11:26:23 | 俳句とエッセイ

 選後鑑賞   亜紀子

 

春耕や畑に湧く石拾ひつつ  関澤澄子

 

 鍬を入れるたび、ごろた石の出てくる痩せ畑。これは何処の景色だろうか、いろいろと状況を想像してみたくなる。いずれにしても農作業開始の季節はきつい労働の始まりの時。しかしどこか喜びの声が聞えてくるのは、春耕やという第一声の切れゆえだろうか。

 

寒卵素直に通る喉ぼとけ   遠藤忠治

 

 作者が体調を崩されてしばらく療養中であったことに思いを寄せると、中七の素直に通るの措辞がよく響く。下五が喉ぼとけと自分の身体への意識に集束しているのも病に対抗してきた人の句ゆえかと思う。

 

カルメン椿赤き八重なり咥へたし  市田あや子

 

 椿はもともとアジア原産だが、十八世紀にヨーロッパへ渡り、そこでも多くの栽培品種が生まれたという。掲句のカルメン椿は「カルメン」という名の大きな赤い西洋椿ということか。メリメ原作、ビゼーのオペラで人気のカルメン、彼女の髪に挿した真っ赤な花。自由奔放なジプシー女のように咥えてみようか。掲句の作者は家業、介護に常多忙な日々を過ごされている。

 

付城跡隠しさざめく木の芽山  小谷真理子

 

 付城(つけじろ、つけしろ)とは本城に付属した出城。ここでは敵城攻略のために築いた向城(むかいじろ)。それゆえ隠しの語が効いている。さざめく木の芽は雑兵たちの閧の声。

 

剥落の頬笑みてゐる土雛   宮下のし

 

 その地に古くから伝わる素朴な土雛。剥落はあるが柔らかな微笑は変わらない。いかにも優しく、暖かい。五七五がこの雛様の姿をそのまま言い取っている。

 

駘蕩と母子鯨の添ひ泳ぎ   釘宮多美代

 

 以前、和歌山県太地町「鯨の博物館」の入江に囲われているシャチを見た。緑色の江、鶯が鳴き、時々顔を見せる大きな海のほ乳類を子供達とのんびり眺めた。駘蕩とという感じそのもの。掲句は船でホエールウオッチングを楽しんでいるのかもしれない。添ひ泳ぎは言い得て妙。人であれば手を繋ぐところ、あるいは少し大きくなって自転車に乗れるようになった頃の伴走といったところ。

 

走り根の脈々として木の芽張る  小野田のぶ子

 

 地を這う隆々たる根。大樹であり、相当な樹齢かと思われる。木の芽張るの語も力強く、樹木の生命満ちあふれる感。辞書を繙くと「走り根」とは盆栽用語で徒長した小根のことを指すらしいが、ここではその解釈は取っていない。

 

傾ぐ程百花重ねて花御堂   大澤文子

 

 仏生会の頃ともなればどこも春咲く花で一杯。そのさまざまの花をこぼれんばかりに葺いた花御堂。釈迦誕生、春到来の喜びも溢れる。

椿厚く葺けば傾く花御堂 星眠

椿ひと色の星眠先生の花御堂も素朴に豪華だった。

 

野遊びの幼な転べば鳩囲み  石神松彦

 

 幼子の手に鳩の餌袋、ころんだ拍子にぽろぽろこぼれて、すかさず寄って来る鳥たち。こんな状況を考えてみたが、それよりも童話の一頁のように、若草の野で尻餅ついてびっくりした子を、どうしたのと心配顔で取り囲む鳩の絵がしっくりする。鳥と幼子の交歓図。

 

 


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令和元年「橡」6月号より

2019-05-28 11:20:20 | 星眠 季節の俳句

形ばかり大きく甘えのすりの子  星眠

             (テーブルの下により)

 

 山形と題する十三句の中から。さみだれの最上川下り、見かけは鷹らしくなった幼鳥。他に、

笹五位も不漁か雨の船下り

梅雨を来て熱し碁点の打たせ湯は

                                 (脚注・亜紀子)

            

                              


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草稿05/28

2019-05-28 11:16:46 | 一日一句

傾ぎゐしぎぼしが雨に花上ぐる

ひと日ひと日滴のやうに若葉雨

亜紀子

 


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