橡の木の下で

俳句と共に

選後鑑賞平成27年『橡』7月号より

2015-06-27 10:25:09 | 俳句とエッセイ

選後鑑賞  亜紀子

 

新看護士軽鳧の子のごと付きゆけり  石橋政雄

 

 入院患者の支えは担当の医師であるのは言うまでもないが、実際の細ごました病床での生活を頼るところは看護士である。社会生活上では各々役割を持つ人も、老いも若きも、病院では等しく患者である。労をいとわず明るい看護士に助けられる。その看護士も新米はベテラン看護士を頼るのだろう。学校を出たての、この春から勤め始めた一人が、何をするのも先輩の後に付いて研修中である。緊張気味にちょっと小走りに付いて行く姿に思わず軽鳧の子を連想。自身の病はさておき、作者の目はこの真面目な若者を暖かなユーモアで包むのである。

 

スケボーの少女ひと蹴り風五月  瀬尾とし江

 

 スケボーの一語が少し舌足らずな感じもするが、いかにもひと蹴りに板に乗って滑り出した感。五月の風に少女の長い髪もなびく。

 

ノーネクタイ上司も部下も夏に入る  勝部豊子

 

 省エネファッションのノーネクタイも久しい習慣になった。上も下も裃を脱いだ感覚。人の気持ちは形にも左右される。ノーネクタイが上下関係の風通しも良くするやもしれぬ。

 

皮脱ぐやいきなり太き今年竹  小野いずみ

 

 この春市内の植物園の一角の竹林を尋ねた折、黄金を散り敷いたような落葉の上に琅かんの逞しい太竹が幾本も並び立っていた。掲句そのままに、まだ皮を脱ぎきらぬものもあり、今年のものと分った。

 

伽羅蕗の大鍋かへし庫裏にほふ  大野藤香

 

 広い寺の厨の仄暗い空間に蕗を炊く香が満ちている。お庫裏さんが焦げ付かぬよう大鍋を返すと、蕗と醤油の香りがまた際立つ。辺りは長閑な初夏の景。

 

麦の風雀十羽を吹き出せり  市川沙羅

 

 実りの麦畑を煽る風に一群れの雀が舞い上がった。ただそれだけの描写に、黄金に稔った畑、この頃の乾いた風、肌に触れる温度や湿度、少し埃っぽい匂いなどが綯い交ぜに浮んでくる。

 

わらび狩ひとりは雲に隠れけり  菅好

 

 山菜採り、茸採りなどで山奥に入る時は、多くの場合は独りでは行かぬと聞いている。二人以上で安全確認しながら採集を楽しむのだろう。掲句、どこかに人知れぬ穴場でもあるのだろうか。仲間の一人がいつのまに雲隠れ。山の天気も変わりそうな予感。しかし慣れた者ゆえ、頃合いには必ずまた合流するのだろうと思われる。

 

花烏賊を糶りし鋭声は女なる  金子まち子

 

 桜の咲く頃、産卵のために内海に集まってくる烏賊を花烏賊と呼ぶようだ。威勢良く鋭い糶声で競り勝った主はと見れば、女性であったのに驚く作者。花、糶、鋭声の女、桜時の魚市場の活気

 

高速道つらぬく春田起しをり  貞末洋子

 

 春田打の野を貫く高速道路。何処でも見られそうな現代の郊外の農村風景であろうが、このように詠まれた田返しの句は珍しい。

 

 


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