中二病とは如何なもの春の雷 亜紀子
霾晦 亜紀子
黒革にあらず句帖よ春灯
黒鳥の喇叭折りをり木々芽吹く
春寒し眩しきほどに物溢れ
沈丁や月の静かの海凪ぎて
畳みゆくひと日ひと日や霾晦
寒造 三浦亜紀子
待ち望むものはたいていそうであるように、春は真っ直ぐには近づいてこない。立春の声を聞いて後、少しの間暖かくなると喜び勇み、そのまま鳥も草木も歌う陽気がとこしえに続くような気になっていた。二月十二日、関西同人会の吟行句会。前日からぐっと冷え込みちらちら雪が舞う。当日の朝も最低気温は氷点下近くまで下がった。名古屋から京へ、関ヶ原あたりの積雪を心配して少し早めに出発すると、あに図らんや何ごともなく通過して定刻に到着してしまう。集合場所の京都駅は底冷え。吟行先は伏見の歴史ある造り酒屋。冴え返った空は雲とてなく、寒造りの見学には打ってつけの日和となった。
M酒造は創業寛政三年、伏見の老舗。高瀬川のほとり、堤を覆う芥子菜の黄花に、小窓の並ぶ古い酒蔵の景が世に知られている。昔からの土蔵で実際に醸造をしているのはここだけとのこと。蔵の内部の空気そのものが酒造りに欠かせぬ伝統遺産。
夫人は橡集の俳人。十月から四月までが酒造りで一番忙しいと仰る中、ご主人が我々の吟行に寒造りの説明を引き受けてくださる。先ず棟から朝空に濛々と上がる湯気が何ごとかと伺う。酒米を蒸す湯気もあるが、多くは寒造りに使用する器具、容器の消毒用の湯を沸かす湯気だとのこと。その後蔵の中で確かにぐらぐらと湯のたぎる桶をみた。たぎつ熱湯が美しいものと思う。若い杜氏がその肩に白い大きな布袋様のものを担いで現れた。その荷は吟醸酒用の米を蒸し上げたものという。普通酒の米は移動も機械工程に乗せるそうであるが、吟醸米は人が運ぶ。大粒の選りすぐった米は搗けるかぎり搗き、中央の芯のところのみを使用する。その扱いは丁寧に心をくだく。
醸造蔵に入り、仕込み中の大きな酒槽を拝見する。ふつふつと、ぶくぶくと泡立つ命ある酒。蔵の内部には目には見えぬが古より受け継がれてきた酵母が満ちているはず。我々はよそ者だ。新酒の試飲をさせていただく。私の舌にはかすかに爽やかな酸味が感じられる。酒の旨味は五味だそうである。「本復の細身」と詠われて健康を取り戻されたY先生は、その五味を自らの五感でしみじみと味わっていらっしゃるご様子。
隣接する新しい蔵は外観は木造で古い蔵と見栄えは変わらぬが、外壁のみ板張りのモダン建築と伺う。手抜かりのない酒造りはもとより、酒蔵や萬暁院(迎賓館)等、文化遺産を守り継ぐご苦心と気配りも忍ばれる。ご自宅に案内していただき、ご夫妻と交流のあった俳人諸氏の手紙のファイルを拝見する。懐かしいお名がきちんと並べられている。思わぬところでO先生の人なつこい文字の葉書を目にされたSさんは、しばし言葉をなくして魅入っていらした。ひとつ酒造りに限らず、あれもこれも心を配り、手を抜かず、誠を込めた仕事。その全体こそが伝統を守り、次代へつなぐ鍵であり、人知れぬ苦労とまた喜びの源泉と想像された。
その日の句会の席で、橡集の二句欄の人数が少ない旨指摘を受けた。関西のみならず、他地域の先生方からも同じ指摘をいただいていたので、はたと考えてみる。取りこぼしがあるのではないか。忙しい選をして、手抜かりがあるのかもしれない。落ち着いて、丁寧な仕事をしなければいけない。猛反省だ。ただ、ひとつだけ思うことは、一句といっても珠玉の一句があるということ。採用された句の多寡も気になり、また励みになるところだが、本当はそこにあるその一つの五七五が良いものであること、それが重要なのだろうと思う。
ちょうどこの一ヶ月後、この国は大震災に見舞われた。この稿を書いている今も余震は続き、行方知れずの大勢の方があり、原発は収拾がつかない。被災者の生活の落ち着きはまだまだである。何を口にしても、言葉は非力で違和感を覚える。丁寧に心を込め黙々と自らの仕事、行動に努めること、それだけが真実であろうか。