橡の木の下で

俳句と共に

ひと言

2009-06-20 06:33:47 | 俳句とエッセイ
深々と肥後の緑の梅雨入りかな (平19橡8月号)
青蔦を鎧ふあやふき小家かな  (平19橡8月号) 
海開く前の海鼠の一休み    (平19橡9月号)
小走りの蜘蛛の八つの足遣ひ  (平20橡5月号)
けふ夏至の甍を雨の走り出す  (平20橡8月号)
梅雨暗したつきを刻む音の中  (平20橡9月号)
                      亜紀子

「それは衝動であった」
確か野上弥生子の『迷路』の一節であったと思う。主人公の青年が東京での用件を済ませ、いくつかのエピソードの後に郷里大分に待つ新妻のもとへ一心に帰らむとする心境を記したくだり。小さな描写であって、あの長編の一義的な意味に関わるものではないのだけれど。どこか世間から一歩退いたようなところのある若い男の、人間としての生々しさ。結局は人を動かすものは生々しい真実。うがった見方をすれば、あの時代を動かしたのも人間のそうした赤裸々なまがまがしさ。と、解釈したくなるようなひと言であった。infatuationと言い換えることができるかしら。
ある状況条件のなか、表現したいものをただのひと言で非常に明確に、それでいて内包されたものはより幅広く示すことのできる言葉があるはずだ。俳句を詠もうというときも、そうしたドンピシャリな言葉を見つけたい。

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