大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

明神男坂のぼりたい・43〔御茶ノ水幻想・2〕

2022-01-16 07:57:18 | 小説6

43〔御茶ノ水幻想・2〕 

       


「じ、地元の者です!」

 叫ぶと、どう見ても大河ドラマの第一回目に出てくる脇役みたいな(のっけに主役出てこない)オッサンが、刀かまえたまま聞いてくる。

「……地元とはどこだ!?」
「えと、外神田二丁目、神田明神の男坂下ったとこです」

「神田明神ならば、いかにも地元ではあるが……それにしても、異様なる風体……」

 オッサンが刀を抜いて尋問してるもんだから、人だかりができてしまう。

「面妖なやつ……」「女か……?」「何ごと?」「きつねか?」「タヌキか?」「どん兵衛か?」

「板橋さま、そやつは?」

 野次馬の一人がオッサンに尋ねる。オッサンは板橋というらしい。

「これこれ、見世物ではないぞ。仕方がない、付いてまいれ」

 よかった、さらし者になるところだった。

「それ!」

「うわ!?」

 板橋のオッサンは、わたしを軽々と持ち上げると、自分と一緒に馬に載せて走り出した。

 水道橋近くだと思うんだけど、くねくね曲がって、切り通しや林を過ぎたので見当がつかない。

「よし、下りろ」

「うわ!」

 襟首を掴まれたかと思うと、地面に着地して、目の前には板塀で囲まれたお屋敷の門がある。

「付いてまいれ」

 大きいけれど瓦も載ってない、粗末な門。

「どこを見ておる、こっちだ」

 てっきりお屋敷の中に入るのかと思ったら、柴垣っぽい垣根の向こうを指さす板橋さん。

 ブン!

 ヒ!?

 垣根の向こう、いきなりおっきいアサカリの頭が振り上げられる。

 セイ!

 振り下ろされたかと思うと、ガシっと音がして、薪の切れが飛び上がった。

「連れてまいりました」

「おう、ごくろうであった」

 ズサ

 ひねた金太郎みたいなオヤジがマサカリを切り株に突き立てて振り返った。

「……鈴木明日香であるな」

 え?

「そこに掛けろ」

 ひね金オヤジは、あっさり、あたしの名前を言って、もう一個の切り株を指さし、自分は薪束の山に腰を下ろした。

「言っておくが、ひね金ではないぞ」

 え、声に出てた? てか、目つき悪くって、めっちゃ怖いんですけど(;'∀')

「儂は平将門である」

 え……ええ!?

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

 

 

 

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明神男坂のぼりたい・42〔御茶ノ水幻想・1〕

2022-01-15 08:57:36 | 小説6

42〔御茶ノ水幻想・1〕 

       


 箱根から帰ってからはボンヤリしてる。

 なんせ、明菜のお父さんの殺人容疑を晴らして、離婚旅行だったのを家族再結束旅行にしたんだからね。

 あたしとしては、十年分のナケナシの運と正義感を使い果たしたようなもの。ボンヤリしても仕方ないと思う。

 思うんだけどね、三月も末だよ。

 そろそろ新学年の準備というか、心構えをしなくっちゃ。

 中学でも高校でも二年生と言うのは不安定でありながら一番ダレる学年。お父さんの教え子の話聞いてもそうだ。少しは気合い入れなきゃ。

 そう思って、教科書の整理にかかった。国・数・英の三教科と、将来受験科目になるかもしれない社会、それに国語便覧などは残して、あとはヒモで括って捨てる。
 そして、空いた場所に新二年の教科書を入れる。二十四日に教科書買って、そのまんま放っておいた。

 包みを開けると、新しい本の匂い。たとえ教科書でもいい匂い。これは、親の遺伝かもしれない。

 だけど、手にとって眺めるとゲンナリ。

 教科書見て楽しかったのは、せいぜい小学校の二年生まで。あとは、なんで、こんな面白いことをつまらなく書けるのかなあと思う。

 日本史を見てタマゲタ。山川の詳説日本史! 

 みんな知ってる? これって、日本史の教科書でいっちゃんムズイ。うちの先生たちは何考えてんだろ。わがTGHは偏差値5ちょっと。近所の○○高やら△△学院とはワケが違う。ちなみに、あたしが、こんなに日本史にうるさいかというと、お父さんが元日本史の先生だったということもあるけど、あたし自身日本史は好きだから。

 で、ページをめくってみる。

 最初に索引を見て「平将門」を探す。

 将門は江戸の総鎮守神田明神の御祭神だからね! 

 で、読んでガックリきた。


―― 一族の抗争から承平天慶の乱を起こし、一時関東を支配、新皇を称するが押領使藤原秀郷らに滅ぼされる ――


 たったそれだけ。江戸の守り神も神田明神も出てこない。

 とたんに、やる気を無くした。

 ガサッと本立てにつっこむと、ようやく暖くなってきた気候に誘われて、男坂を上る。

 大公孫樹(おおいちょう)のところで巫女さんが参詣のお年寄りグループに説明の最中。

 男坂口に入ってすぐの所なので見落としがちなんだけど、一見枯れ木みたいなのが立っている。むかしは江戸湾に入って来る船の目印にもなったという巨木で、災難除け・厄除け・縁結びに霊験あらたかなご神木。

「大公孫樹の足元にございますのが『さざれ石』でございます。国歌『君が代』に出てきます『さざれ石』は、まさにこれを差しておりまして、岐阜県の天然記念物で……」

 え……これは知らなかった。

 神田明神のことは端から端まで知っているつもりだったのに!

 大公孫樹は、一見枯れ木だし、男坂門の標柱の裏っかわなので、気が付かない人も多い。

 それをキッチリ知っていることが、ちょっと自慢でもあったんだけど、その足元にあるコンクリートの欠片みたいなのが、そんな由々し気なものだったとは気が付かなかった。

 いやいや、灯台下暗しというやつです。

 ニコ(^-^) アハ(^_^;)

 しゅんかん巫女さんと笑顔の交流。

 拝殿の前で、二礼だけして、随神門から出撃!

 だんご屋の『アルバイト募集』に少しだけ心を奪われる。おばちゃんが、ポスターを指さす。

 う~~~

 心は動くけど、だんご屋さんは江戸時代、ひょっとしたら、もっと前からあったのかも。

 だったら、いつでもバイトできるだろう……アハハと愛想笑いで横断歩道を渡る。

 湯島の聖堂を横目に外堀通り。

 やっぱ、散歩というと、このコースになる。

 神田川の川面は見えないけど、そこそこ大きな川なので、川の気配は感じる。

 ポチャン

 たぶん鯉やら鮒だかが跳ねたんだ、時々白鷺やらカモメっぽいのが飛んでいるのを見ることもある。

 ゴトンゴトン ゴトンゴトン

 御茶ノ水駅に入って行く、あるいは出ていく電車の音。

 キキキキ……ピピピピ……

 種類も分からない野鳥の鳴き声。

 飛び立った野鳥が川に沿って飛んでいる。

 なんだか、野鳥の方も、わたしを見ているみたいで、ちょっと嬉しい。

 川面を吹く風が向かい風なのか、野鳥は、わたしの足に合わせるくらいのゆっくりで飛ぶ。 

 ピピ!

 鋭く啼いたかと思うと、野鳥はグンと高く飛び上がって、つられて首を上げると、クラっと来た。

 あ、立ち眩み……(@_@;)

 めったにないことなんだけど、目をつぶってしゃがみ込んでしまう。

 

 パッカポッコ……ズチャ

 

 なんだか、馬の蹄、で、馬から下りる音。

 えと、このへんの大学に乗馬部ってあったっけ……それとも警視庁騎馬隊? だいぶ前、皇居の近くで見たな……でも、ここは御茶ノ水だし。

「おまえ、具合が悪いのか?」

 上から目線だけど気遣う声、お巡りさん、なんでタメ口?

 見上げると直垂(ひたたれ=相撲の行司さんの格好)姿のオッサンが見下ろしている。

 そして、景色が一変してる。

 神田川と道を隔てる柵とかは無くなって、天然の谷みたくなって、その向こうのJRも駿河台あたりも見慣れたビルは一つもなくって、一面神宮の森って感じ。

 あれ?

 反対側に四車線の道路も無くって、田んぼと林が入り組んで、なんだかトトロでも出てきそう。

「見れば異様なる風体、その方、このあたりの者ではないな……?」

 え、時代劇の撮影か何か?

 いや、どこにもカメラないし、そもそも風景違いすぎるんですけど。

「え、えと……」

「きさま……押領使の手の者か!?」

「お、横領!?」

「顔色が変わったな……押領使の乱波め!」

 シャリン!

「ヒエ!」

 オッサン、刀を抜いた!

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

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滅鬼の刃・23『元日の新聞』

2022-01-14 18:23:27 | エッセー

 エッセーノベル    

23・『元日の新聞』   

 

 

 明日は読もう……と思って二週間が過ぎました。

 

 気が付くと孫が、ヨイショっと掛け声をかけています。

 なんの掛け声かというと、明日の朝に出す一か月分の古新聞を玄関先に出す掛け声です。

 年末年始を挟んだので、いつもよりも重たいので、つい掛け声が出てしまうのでしょう。

 いまさら「読んでないから」とは言えません、元日の新聞。

 

 元日の新聞というのは、清々しいのですが、その分厚さに「まあ、昼から読むか」になって、「明日読もう」「明日は読もう」「明日こそ読もう」と思い続けて二週間が経ってしまったわけです。

 

 新聞は、物心ついたころから見ていました。

 親父が読んでいる横から眺めて、字は読めませんでしたが、なんとなく見ては、親父の「へー」とか「ホー」とか感心するのを真似していました。

 真似をすると、お親父もお袋もニコニコと喜んでくれて、それが嬉しくて新聞を見ていたように思います。

 幼稚園に行く頃には平仮名が読めるようになって、広告や見出しの平仮名を拾い読み。むろん意味など分かりません。でも、新聞を広げているだけで面白かったように思います。

 三面の四コマ漫画、これは読まなくても分かります。

 それから、二面に載っている時事風刺マンガ(政治家の顔は、これで憶えました)、広告の絵とか写真とか。そして、夕刊に載っていた連載小説……の挿絵を見て喜んでいました。

 あのころは、しょっちゅう大事件が起こっていました。また、新聞のコードも緩かったので、今では載せられないような写真が平気で掲載されていました。

 事故現場の写真とか平気で載っていましたね。さすがに遺体をもろに写していたのは記憶にありませんが、遠くに写っているものなどはあったと思います。三島由紀夫の事件の時は、首が写っていたように思うのですが、週刊誌に掲載されたものと混同しているかもしれません。

 犯人が逮捕され、手錠をはめられている写真などはザラでした。いつの時代からだったでしょうか、手錠をはめた手をレッグウォーマーのような筒状のもので隠すようになった方が違和感でした。

 今で言うと、面白い動画をYouTubeでぼんやり見ているのと同じ感覚でした。

 まあ、そういうところから新聞を読むようになって六十年あまり。

 

 その新聞の中でも、元日の新聞は特別でした。

 

 とにかく、めっぽう分厚いもので、たしか三部ぐらいに分かれていました。

 通常の朝刊と、正月の特集、それに新聞社の特別企画といったものが、それぞれ月刊誌ぐらいありました。

 それに、いつもは白黒の新聞がカラーだったのも正月だけだったと思います。

 郵便受けから出しただけで、新聞の紙とインクのにおいが香しかったですね。

 新聞を取り込んで玄関の戸を開けようとすると、もみ殻が落ちています。しめ縄の稲穂をスズメがついばんだ痕です。

 箒と塵取りで、それを掃除して、ゴミ箱(たいていの家がタールを塗った木製)に捨てると、通りの家々には日の丸が掲げられていました。

 その元日の新聞を、開くこともなく古紙に出してしまいました。

「出すのは、お爺ちゃんやってよね」

 年末最後の古紙回収に出し忘れたのをしっかり憶えている孫は、しっかりと念をおすのでありました。

 

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やくもあやかし物語・119『将門の病室・2』

2022-01-14 11:04:07 | ライトノベルセレクト

やく物語・119

『将門の病室・2』 

 

 

 あ……ありがとうございます……

 意識の戻った滝夜叉姫は、苦しい息を整えながら、まずはお礼を言った。

「お察しの事と思いますが、あの蛇は神田川の主でございます。かねてから、父に成り代わって、関八州を支配しようと……そのために、父将門を亡き者にしようと……警戒はしていたのですが、父の看病中、つい居眠りしてしまった隙に入れ替わられたようです」

「おそらく、滝夜叉さんが、ふと見てしまった夢を突破口にしたんでしょう」

 御息所が言うと、説得力があるよ(^_^;)

「それからは、体内の蛇が次々に病魔を取り込んで、父を、このように……申し訳ありません、父上、滝夜叉が不甲斐ないばかりに……」

「いやいや、千年の月日がたって、儂自身の力も衰えてきている。滝夜叉が悪いわけではない」

 

 あまりのことに言葉も出ないけど、勇気を奮って聞いてみる。

 

「それで、将門さまのお体に入った病魔たちは?」

「……関八州のあちこちに蟠って力を蓄えておりましょう」

「それじゃ……」

「病魔は去ったが、あちこち食い散らかされて、回復には相当の時間がかかりそうでござるよ」

「わたしも、このありさま。あつかましいお願いですが、このまま、あの病魔……外に出てしまっては、もう業魔とでも呼ぶべき魔物になっていると思います。なにとぞ、このまま退治を続けてはいただけないでしょうか」

「承りました」

「あ、ちょ……」

 わたしが返事する前に御息所が応えてしまう。

「だいじょうぶ、この六条の御息所がついています」

 なんで、いきなりアグレッシブ?

「えと、その、病……業魔は?」

「退治してくださるか?」

「あ、はい。引き受けたことですから」

「業魔は干支封じになっています。十二支を支配していますが、蛇は、先ほど退治されました。残りは十一……お待ちください、透視して……」

「「「「あ、姫さま!」」」」

 透視のため印を結ぶが、すぐにぐらついて、メイドさんたちが支えに入る。

「申し訳ありません、まだ、力が戻らないようです……改めて透視したうえでお知らせいたします」

「じゃあ、今日のところは」

「はい、秋葉原まで送らせていただきます。寄るおつもりだったのでしょ?」

「えと、はい」

「では、お送りして」

「「「「はい」」」」

 

 メイドさんたちに案内されて、御殿の前で馬車を待つ。

 

 エッサホッサ エッサホッサ

「え?」

 やってきたのは馬車ではなくて、ラムレムメイドさんが二人で担ぐカゴだ。

「姫さまの力が十分ではありませんので、カゴになります」

「申し訳ございません」

「あ、いえ(^_^;)」

「それから、これは神田明神のお守りでございます」

「将門さまから、お渡しするおように、申し付かりました」

「ありがとう」

 あんなに弱っちゃった将門さまのお守りをもらってもどうかと思うんだけど、気持ちの問題。

 ありがたくいただく。

「では、カゴにお乗りください」

「はい、じゃ、お願いします」

 

 エッサホッサ エッサホッサ

 

 カゴに担がれて、取りあえずは、アキバに向かったのだった。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門

 

 

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明神男坂のぼりたい・41〔離婚旅行随伴記・6〕

2022-01-14 06:35:47 | 小説6

41〔離婚旅行随伴記・6〕 

   

 


 パーーーーーーーン

 え また銃声?


 旅行になんか、めったにいかないので、いっぺんに目が覚めてしまった。

 殺人事件やら、明菜のお父さんが逮捕されたりで、興奮していたこともある。

 明菜は、寝床に入っても悶々としていたが、明け方にようやく寝息を立ててグッスリ寝ている。

 やっぱり、あたしは野次馬だ。

 顔も洗わずにGパンとフリースに着替えて、音のした方へ行ってみた。

 パーーーーーーーン

 旅館の玄関を出ると、また鉄砲の音がした。

 

「やあ、すんません。起こしてしまいましたか」


 旅館の駐車場で、番頭さんらが煙突みたいなものを立てて鉄砲の音をさせている。

「いえ、旅慣れてないから、早く目が覚めて……何してるんですか?」
「カラス追ってるんです。ゴミはキチンと管理してるんですが、やっぱり観光客の人たちが捨てていかれたたものやら、こぼれたゴミなんかを狙って来ますからね」

「番頭さん、カースケの巣が空だよ」

 スタッフのオニイサンが指差す。

「ほんとか!? カースケは、これにも慣れてしまって効き目なかったんだぞ」
「きっと、他の餌場に行ってるんですよ。昨日の事件のあと、旅館の周りは徹底的に掃除しましたからね」
「カースケって、カラスのボスかなんかですか?」

 単なる旅行者であるあたしは気楽に聞いた。

「ハグレモノなんだけど、ここらのカラスの中では一番のアクタレでしてね。行動半径も広いし、好奇心も旺盛で、こんな旅館の傍にに巣をつくるんですよ」

 スタッフが、長い脚立を持ってきた。

「カースケが居ないうちに撤去しましょ。顔見られたら、逆襲されますからね」
「ほなら、野口君上ってくれるか」
「はい」

 若いスタッフが脚立を木に掛け、棒きれでカースケの巣をたたき落とした。

 バサ

 落ちてきた巣はバラバラになって散らばった。木の枝やハンガー、ポリエチレンのひも、ビニール袋、ポテトチップの残骸……それに混じって大小様々な輪ゴムみたいな物が混じっていた。

 輪ゴムは、濃いエンジ色が付いて……ピンと来た。

 これは手術用のゴム手袋をギッチョンギッチョンに切ったもの……それも、事件で犯人が使ったもの。

「ちょっと触らないでくれます。これ、殺人事件の証拠だと思います!」

 あたしは知っていた。殺人にゴム手袋を使って、そのあと捨てても、内側に指紋が残る。お父さんが、それをネタに本を書いていた。

 やった!

 幸いなことに、指先が三本ほど残っている。

 番頭さんに言うと、直ぐに警察を呼んで、お客さんたちのチェックアウトが始まる頃には、見事に鑑識が指紋を採取した。

「出ました、椎野淳二、前があります!」

 今の警察はすごい。指紋が分かると、直ぐに情報が入って現場でプリントアウトされる。写真が沢山コピーされて、近隣の警察に配られ、何百人という刑事さんが駅やら観光施設を回り始めた。

 そして、容疑者は箱根湯本の駅でスピード逮捕された。

 椎野淳二……杉下の仮名を使っていた。そう、明菜のお父さんの弾着の仕掛けをしたエフェクトの人。表は映画会社のエフェクト係りだけど、裏では、そのテクニックを活かして、その道のプロでもあったらしい。

 明菜のお父さんは、お昼には釈放され、ニュースにもデカデカと出た。

 たった一日で、娘と父が殺人の容疑をかけられ、明くる日には劇的な解決。

 この事件がきっかけで、仮面家族だった明菜の両親と明菜の結束は元に……いや、それ以上に固いものになった。

 春休み一番のメデタシメデタシ、明神さまのご利益……え、まだあるかも? 

 あったら嬉しいなあ!

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

 

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せやさかい・271『スイヘーリーベー』

2022-01-13 13:40:43 | ノベル

・271

『スイヘーリーベー』さくら     

 

 

 スイヘーリーベー ボクノフネ ナモアル シップスクール……

「また間違った」

「え、そうなん?」

「ナモアルじゃなくて ナマガルだよ」

「七曲がる?」

「う……ま、いいか。Na  Mg  Al  Si  P だから」

「えと……」

「ナトリウム マグネシウム アルミニウム ケイ素 リン だから」

「アハハ アルミニウムまではなんとなくなんやけど、Siがケイ素とかPがリンとかは……」

「そこが分かってないと、いくら語呂合わせ憶えても意味ないよ」

「あははは……」

 

 一年の時に憶えた周期律表が間違っていたのが、今日の理科の授業で分かってしまった。

 それで、帰り道、留美ちゃんに付き合ってもらって憶え直しているところ。

 

 あたしはね、こういう風に憶えてた。

『水兵リーベー 僕のふね 名もある シップスクール』

 

 ほんとは(ここでメモを見る)

『水兵リーベー 僕のふね ナマガル シップス クラークカ』

 

 正確に覚えんと、元素記号に変換するときに失敗するらしい。

「らしいじゃなくて、できないの!」

「あはは……」

 いつになく、留美ちゃんが怖い(^_^;)

「もう、入試までいくらもないんだよ」

 はいそうです。

「ナマガルは『七曲がる』と憶えても、元素記号さえ頭に入ってたら変換できるからね」

「はい、七曲がる!」

 

 で、角を曲がったところで、山門から懐かしい人が出てくるのが見えた。

 

「あ、米国さん!」

「米国産?」

 今度は、留美ちゃんがトンチンカン。

「おお、さくらやんか!」

 ヒ

 小さく悲鳴を上げて留美ちゃんがビビる。

 無理もない、アメセコの迷彩服にレイバンのグラサンかけて、鼻から下はごっつい黒のマスク。

 それが、ノシノシと親し気に近づいてきよる。

「ああ、えと……如来寺で落語会やらせてもろてた桂米国です」

 グラサンだけ外して、留美ちゃんに微笑みかける。

「あ、ああ……」

「思い出してもらえた?」

「はい、落語会の時は、着物を着ていらっしゃったから……」

「ごめんね、普段は、こんなんです」

「しかし、米国さん、ミリタリーもよう似合うねえ」

「アハハ、むかし海兵隊に居ったからね(^_^;)」

「え、ほんまのミリタリーやったん? てっきり、ペットショップかブリーダーの息子やと思てた!」

「ああ、メインクーンの時に!」

「メイクイン?」

「それは、ジャガイモ。メインクーンいうて……」

「あ、思い出した! ダミアの種類が分からない時に、教えてもらった!」

「はい、そうですがな」

「落語家さんだったんですよね?」

「過去形ちごて、現在進行形です(^_^;)」

「あ、ああ、ごめんなさい!」

「で、また落語会?」

「……のはずやったんやけどね」

「こんども……」

「はいな、諦一さんと相談して、たったいま決めたとこ。流行り病には勝てません」

「残念やけど、しゃあないねえ」

「おっと、さくらと喋ってたら、つい距離が近くなるわ。ほんなら、これで失礼します」

「うん、バイバイ」

 あたしは大きく、留美ちゃんは小さく手を振って見送りました。

 

 米国さんが帰っていく通りの向こうにコンモリとごりょうさんの緑が見える。

 

 アメリカ人の落語家さんが、奇しき縁で姉妹のように暮らしてる中学生に見送られて、それを千五百年前の仁徳さんが見守って、その横っちょの家が、鎌倉以来九百年の歴史のある浄土真宗のお寺。

 なんか、とってもゆかしい気分になってきた。

「よし、入試に向けて頑張ろうね!」

 ゆかしい気持ちは、留美ちゃんのリアリズムで、パチンと消えてしまう。

「はいはい、水兵リーベー ぼくの船 名もある……」

「ナマガル!」

 へいへい、ナナマガリ……

 

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明神男坂のぼりたい・40〔離婚旅行随伴記・5〕

2022-01-13 06:23:24 | 小説6

40〔離婚旅行随伴記・5〕 

   

 


 明菜のお父さんが逮捕されてしまった!

 逮捕理由は、お父さんが杉下さんいう効果係の人といっしょになって、拳銃殺人のドッキリをやったときの血染めのジャケット。

 ジャケットに付いていた作り物の血に、なんと大量の被害者の血が混じって付いていた。

 話は、ちょっとヤヤコシイ。

 ドッキリを面白がった番頭さんが、そのジャケットを借りて、休憩時間中の仲居さんたちを脅かしていた。

 それで、最初、警察は番頭さんを疑った。しかし、番頭さんにはアリバイがある。お客さんを客室へ案内して仕事中だった。

 お父さんは、この旅館には泊まり慣れていて、番頭さんとも仲がいいし、旅館の構造にも詳しい。

 殺人事件のあった時間帯は、旅館の美術品が収められている部屋で、一人で、いろいろ美術品を鑑賞してたらしい。事件に気づいて部屋の鍵を返しにロビーへ行ったけど、警察は、これを怪しいと睨んだ。

 美術品の倉庫に入るふりをして、番頭さんに貸したジャケットを着て被害者を殺し、殺した直後ジャケットを番頭さんのロッカーにしまった。そう睨んでる。

 ただ一つ誤算があって、第一発見者が明菜で、明菜が犯人にされてしまい。お父さんは必死で正当防衛だと……叫びすぎた。

 警察は逆に怪しいと睨んだ。調べてみると、アリバイがない。その時間、美術倉庫の鍵は借りていたけど、入ってるところを見た人がいない。

 そして、なによりも、お父さんが触ったと言う美術品からは、お父さんの指紋が一切出てこない。

「美術品触るときは、手袋するのが常識じゃないですか!?」

 なんでも鑑定団みたいなことを言ったけど、警察は信じない。お父さんは、ドッキリ殺人のあと、一回この美術倉庫に来ている。だから、ドアなんかに指紋が付いていても、一回目か二回目か分からない。お父さんは一回目で、いい茶碗を見つけたので、もういちど見にいった……これは、いかにも言い訳めいて聞こえる。

 

「うちの主人は、そんなことをする人間じゃありません。わたし、美術倉庫の方に行く主人を見ています」


 身内の証言は証拠能力がない。

 例え離婚寸前でも夫婦であることに違いはない。

 まずいことに、お父さんの会社は資金繰りが悪く、ある会社から融資をしてもらっていたが、その資金の出所が、殺された経済ヤクザの関係する会社。


「そんなことは知らなかった」
「知らんで通ったら警察いらねーんだ!」

 と言われ、ニッチモサッチモいかなくなった。

「明菜、あんたの疑いは晴れたけど。今度はも一つえらいことになってしまったね」
「いいのよ、これで」
「なんで? お父さん逮捕されちゃったのよ!」

「今度はドッキリとちがう」

「明菜、まさかお父さんが……」
「バカらしい。お父さんは、そんなことできないわよ。ねえ、お母さん」

「そう、だけど、警察は身内の証言は信用しないし……」

 さすがに、お母さんも、それ以上の言葉が無い。

「でも……お父さんの疑いが晴れたら、全部うまくいく、家族に戻れる。そう思ってる」

 親友明菜は、しぶとい子だ。あたしは、そう感じた。

 そのためにも真犯人を見つけなくっちゃ……。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

 

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明神男坂のぼりたい・39〔離婚旅行随伴記・4〕

2022-01-12 06:36:18 | 小説6

39〔離婚旅行随伴記・4〕  

        

 

 殺されていたのは新興暴力団の男。

 見た感じは、普通の会社員みたいだけど、いわゆる経済ヤクザというやつで、うちのお父さんなんかより。よっぽど株やら経済に詳しいインテリさん。

 で、なんで、このインテリヤクザが、明菜のお父さんの部屋で死んでいたか?

 どうやら、対立の老舗暴力団とトラブって、温泉に潜んでいたらしい。そして、見つかって逃げ込んだのが、明菜のお父さんの部屋。本人の部屋は隣りなので、どうやら、逃げるときに間違ったらしい。激しく争って奥の部屋はメチャクチャ。で、お父さんのジャケットが窓から外に飛び出した。

 ここから誤解が始まる。

 警察は、逃げてきた男と明菜が部屋で出くわして、明菜が騒いでトラブルになった。そして、なにかのはずみで、男が持っていたナイフで刺し殺してしまった。

 

 そして、ここからが大問題。

 正当防衛か過剰防衛かでもめた……。

 あたしは、必死で説明したけど、警察は女子高生が友達を助けるために庇っていると思ってる。

 いっそ誰かが露天風呂覗いて盗撮でもしてくれていたら、証拠になったのにと思ったぐらい。

 証拠というと、血染めのナイフ。

 てっきり撮影用の偽物と思ったから、明菜は気楽に握った。ベッチャリと明菜の指紋が付いている。それから、慌てふためいてるうちに明菜の浴衣には、血が付いてしまってるし、状況証拠は真っ黒け。

 さらに悲劇なのは、明菜のお父さんもお母さんも、警察の説明を信じてしまって「正当防衛!」と叫んだこと。もう、信じてるのはあたししか居ない。めちゃくちゃミゼラブルな状況。がんばれ、女ジャンバルジャン!

 無い頭を絞った。明菜のためにガンバルジャンにならなくっちゃ!

 

 お父さんの売れない小説を思い返した。

―― プロの殺しは、一目で分かるような証拠は残さない ――

 小説一般のセオリー。反社同士のイサカイに、今どき古典的な鉄砲玉は使わないだろう。

 プロを雇ってやるだろうし。だからこそ足の着きやすいチャカ(ピストル)は使っていない。ホトケさんには防御傷がない。部屋の中を逃げ回ったあげく、ブスリとやられている。警察は逆に明菜が逃げ回った時に部屋がメチャクチャになったと思っている。

 そして、もう一つ気がついた。

 プロの殺しだったら、すぐに逃げたりはしない。目立つからね。犯人は予定通り泊まって、気楽に温泉に浸かって帰るだろう。プロの仕事は目立たないことが第一だから。

 明菜のお父さんとお母さんはテンパってしまってる。例え正当防衛にしても明菜が殺したという事実は残る。明菜の心には癒しがたい傷が残るだろうと思っている。

 あたしは、なんとしても明菜の無実を証明したいと思った……。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

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銀河太平記・088『シゲさんと朝ごはん』

2022-01-11 10:08:19 | 小説4

・088

『シゲさんと朝ごはん』加藤恵   

 

 

 声とか喋り方も変えた方がいい!

 そんな声が多かったけど、ロボットたちから反対の声が上がる。

「そういうことは、パチパチたち本人の意思に任せるべきだ!」

 いや、でもね……

 

『ぼくはどっちでもいいよ』

『音声は、ただの伝達手段に過ぎないでござる。でござろう、イッパチどのも?』

『そうある、伝達手段は、クリアに早く伝わるのがキモあるね』

 

 パチパチたちにパルス鉱センサーを取り付けると、胸に二つの膨らみが出来てしまうので、違和感のないように女性型のボディーにしてやった。

 いずれも、小学四年生の女の子くらいの背丈なんだけど、胸の大きさに不自然でないようにしたので、ちょっとアニメ風の少女にした。

 正直めちゃくちゃ可愛い。

 それが、声は以前のままの男声。

 

 ニッパチは高校の男子生徒風。

 イッパチは侍風。

 サンパチは、古典的中国風。

 

 これが、新しい外観に合わない。

 可変作業体としての本体は、それこそ可変で、自動車になったりブルドーザーになったりクレーンになったり、蛇型や亀形、必要に応じて姿を変えるが。変わらないのは『機械』というイメージだった。

 だから、声は使用者の趣味でいかようにも変えられたが、それはそれで、もう定着している。

 ロボットたちは「パチパチたちは、もう、ロボットと変わらない。ロボットとしての人権を守るべきだ」と主張する。

 パチパチ達は、状況に応じた反応をプログラムされているだけで、有機的に反応できるロボットとは根本のところが違う。

 しかし、そのプログラムは、世の中にコンピューターが現れてからこれまでの300年分のデータが入っているので、戦闘の指揮をとらせるような、超高度な任務を与えない限りロボットや人間と変わりがない。

 まあ、これが法律が支配する本土なら、法改正を伴う大きな問題になる。たぶん、歴史の授業で習った『令和の憲法改正』以上の痛みと混乱を招くだろうね。

「じゃあ、とりあえず今のままということにしておこうか(^_^;)」

 ヒムロ社長が、ちょっと困った感じで言うと、みんな納得した。

「いや、島のみんながね、楽しく仕事ができたら。それが第一だよね」

 氷室社長の人徳。

 

「社長が決めたんだから、まあ、おめえらもがんばれ」

『ラジャー』

『承知でござる』

『了解ある』

「アハハ、慣れるには、ちょっと時間がかかりそうだ。飯は大盛りで頼むよ」

『ラジャー』

 パチパチたちにエールを送って、シゲさんは朝食のトレーを持って、わたしの横に席を取った。

「でも、シゲさん、嬉しそうですね」

「あ、まあな。社長が、みんなのこと考えて、決断してくれるのが嬉しくってよ」

「みんな、社長には、そんな感じですね」

「ああ、今の島があるのは社長のお蔭だしな。うちのカンパニーだけじゃねえ、フートンやナバホとも仲良くやれてるのは、社長が陰日向になって、うまくやってくれてるからさ」

 それは同感。

 主席も村長も個性がきついし、その下で働いてる者も、一癖二癖という者ばかり。それをリーダーぐるみ仲良くさせているのは、すごいことだ。

「人徳の力ってすごいね」

「人徳ばかりじゃねえ」

「え?」

「血だよ」

「チ?」

 いっしゅん、知識の『知』だか知恵の方の『知』だか、血統の『血』だか分からない。

「ブラッドの『血』さ。例えばな、この食堂じゃレプリケーターてなインスタントは使ってねえ」

「うん、この味噌汁だって、タキさん、お味噌から仕込んでる」

「だろ、社長もおんなじさ」

「社長がお味噌?」

「例えだよ、例え。社長はな、皇室の流れをくむお方なんだ」

「え、そうなの!?」

「でけえのは、ケツとオッパイだけにしとけ」

「あ、セクハラあ」

「そういう息の詰まるようなことは言わねえでくれ」

「ま、いいわ、それで?」

「まだ、女系も女性天皇も無かったころによ、結婚して国を出た内親王様がいらっしゃった」

「ああ……」

 返事をしながら分かっていない、明治からこっち、知ってるだけで数件の例があるからね。

「その内親王様の何代目かの裔が社長だ」

「そうだったの」

「あんまり、人には言うなよ」

「なんだ、ガセ?」

「ちげえよ、こういう話は、社長嫌がるからよ。おめえが、知らねえようだから話してやったまでさ」

 これだけ喋っていたというのに、トレーの食器は空になっている。

 お茶を飲んで、口をブクブクさせると、カウンターの方に目を向ける。

「クソ、パチパチどもに先を越された!」

 いつの間にか、パチパチたちはカウンターの端っこで突っ伏している。

 オートマ体から作業体にシフトチェンジして、今ごろは坑内で掘削ドリルになっている。

 シゲさんが、ねじり鉢巻きで飛び出していき、わたしはシゲさんの分のトレーも持ってカウンターへ。

 カウンターのパチパチたちは、給食を食べ終えた小学生が爆睡してるみたいに休止している。

 

 自分で作ったオートマ体だけど、ほんとうに可愛くできた。

 いっそ、ボイスチェンジしてやろうかと思ったけど。社長の仰せでもある。

 そっと頬っぺたをつついただけで、わたしも作業現場に向かった。

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥              地球に帰還してからは越萌マイ
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室                西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、おタキさん)
  • 村長                西ノ島 ナバホ村村長 
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

 

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明神男坂のぼりたい・38〔離婚旅行随伴記・3〕

2022-01-11 05:34:05 | 小説6

38〔離婚旅行随伴記・3〕   

        

 

 フグッ(๐◊๐”)!!


 放っておいたら「キャー!」と叫ぶ寸前の明菜の口を塞いだ!

 覗き見男と思われたのは、よく見ると、芝垣の向こうの木の枝に引っかかった男物のジャケットだ。

「危うく、ドッキリになるとこだった(;'∀')」

「……あの上着……?」

 明菜は、湯船をあがると芝垣に向かって歩き出した。同性のあたしが見てもほれぼれするような後ろ姿で、お尻をプルンプルンさせながら。

「上の階から落ちてきたんだろうね……」

「あ、あれ、お父さんのジャケット!?」

 見上げると、明菜のお父さん夫婦の部屋の窓が開いてた。

「なんかあったんじゃない!?」
「ちょっと、見てくる!」
「待って、あたしも行く!」

 あたしたちは大急ぎで、旅館の浴衣に丹前ひっかけ、ろくに頭も乾かさないで部屋を飛び出した。

 正確には、飛び出しかけて、手許の着替えの中に二枚パンツが入ってるのに気づいた。あたしはパンツ穿くのも忘れていた。

「ちょ、ちょっと待って(#'∀'#)」

 聞こえてないのか無視したのか、先に行ってしまう明菜。

「くそ!」

 慌てて穿くと、こんどは後ろ前。脱いで穿き直して、チョイチョイと身繕いすると一分近く遅れてしまった。

「どうしたの、明菜!?」

 部屋の中の光景に呆然とする明菜。

 続き部屋の向こうの座敷から、男の足が覗いて血が流れてる。

 そして、明菜の手には血が滴ったナイフが握られていた……。


「……今度は、えらく手がこんでるね」

「うん、あれ、多分お父さん。今度のドッキリは気合いが入ってる……この血糊もよく出来てるよ。臭いまで血の臭いが……」

「って……これ、ほんもの血だよ!」

「ヒ(๐◊๐”)!」

 明菜は、電気が走ったように、ナイフを投げ出した。

「まあ、鳥の血かなんかだろうけど……お父さん?」

 ドッキリだと思いながらも、恐るおそる部屋の中に入っていく。

「エキストラの人だろうか?」

 血まみれで転がってたのは見知らぬ男だった。

 キャー!

 振り返ると、仲居さんが、お茶の盆をひっくりかえして腰を抜かしている。

「あ、あの、これは……」

「ひ、人殺しぃ!!」

 なんだか二時間ドラマの冒頭のシーンのようになってきた。

 そして、これは、ドッキリでも二時間ドラマでも無かった。

 数分後には、旅館の人たちや明菜のご両親、そして警察もやってきた。

 そして、明菜が緊急逮捕されてしまった……!

 手にはべっとり血が付いて、明菜の指紋がベタベタ付いたナイフが落ちてるんだから、しかたがない……。


「え、あたしも!?」
 

 あたしも重要参考人(ほとんど共犯)ということで、箱根南警察に引っ張られていくハメになった!

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

 

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鳴かぬなら 信長転生記 53『曹素 総大将の兄』

2022-01-10 14:04:49 | ノベル2

ら 信長転生記

53『曹素 総大将の兄』信長  

 

 

「ねえ、豊盃まで行こうよ」

 

 眉庇にした右手を下ろしてシイ(市)が言う。

 陽のあるうちに主邑の豊盃まで行こうというのだ。

「今夜は、酉盃で宿をとる」

「どーして? 今から行っても充分日のあるうちには着けるよ」

「豊盃には続々と増援の部隊が入っている」

「そりゃそうでしょ、戦争をやろうって言うんだから」

「兵隊は夜になったら寝るし、飯も食う」

「軍隊って、自己完結してる組織だから、泊りも三度の食事も自前でしょ?」

「一万の軍隊なら、それと同数以上の輸送部隊やら工作部隊やらが付いている。上級将校は露営ではなく市中の宿に泊まるだろうから、普通に行っては泊まれるところが無い」

「そうなの?」

「ああ、だから、まず宿を確保しておこう」

 

 酉盃の中心部を離れ、酒楼や飯店の看板を掛けている店を物色する。

「なんで、酒とか飯のつくとこなの?」

「三国志の宿泊施設は『宿』とは書かん」

「そなの?」

「ああ、宿と飲食店の境はあいまいなのだ。こちらの人間なら店構えで見当をつけている」

 

 プオ~ プオ~

 

「なに? 象でも逃げて来た?」

「警蹕のラッパだ、重要人物か重要物資の輸送だ、端に寄るぞ」

「うん」

「こら、シイ!」

 返事はいいが、生まれついての野次馬は防火用水桶の上に乗る。

 他にも街路樹や店先の荷の上に乗ってるやつもいる。争って目立つのもまずい。

「せめて顔を隠せ」

「分かった」

 いちおうスカーフを撒いて顔の下半分を隠した。

 

 プオ~ プオ~

 

 行列は、すぐそこまで迫ってきた。

 どうやら輸送部隊のようだが、それにしては大仰で厳めしい。

 いつの時代、どこの軍でも、輸送部隊と云うのは地味なもので、言ってみれば格下の扱いを受けている。

 それが、なんだ、旗指物に馬印……まるで、御大将の近衛部隊のようだぞ。

 

「さすがというか……」

「やっぱり、曹素さまよのう」

「輜重がついても大将じゃ」

「なんとも、ネズミがクジャクの羽根を付けたような」

「「「アハハハ」」」

「めったなことを! 総大将の兄君だぞ」

「おお、くわばらくわばら~」

 

 そうか、寄せ手の大将は曹一族の誰か。その兄というのが、この輸送部隊の指揮官……野次馬どもが言うまでもなく、この輸送部隊に似あわぬ派手さ、いささか馬鹿か?

「ねえ、輜重(しちょう)というのは、そんなに蔑まれるものなの?」

「俺は、そうは思わんがな。輜重(輸送部隊)は実戦部隊ではないので、軽んじられる傾向はある」

「そなの?」

「こんな囃し歌があった『輜重輸卒が兵隊ならば、チョウチョ・トンボも鳥のうち』ってな」

「ひどいね」

「ああ、織田軍では禁止した」

「ほお」

「なんだ?」

「なんでも……あ、なんか、すごいのが来る!」

「「「おお!」」」

 野次馬どもも唸って、その先を見ると、四頭立ての華麗な戦車が、御者一人だけを乗せただけで現れた。

「曹素さまが先導されてる」

「戦車の露払いか」

「おい、笑うな」

 戦車の前には、芝居の主役なら立派に大将が務まりそうな……しかし、戦慣れした俺の目から見るまでもなく、腰が落ち着いていない。目線もキョロキョロした見っともない奴……これが総大将の兄の曹素というやつか。

「ね、あの御者、女の子よ」

「うん?」

 たしかに、朱色の具足に身を包んでいるのは市と変わらぬ年ごろの少女だ。

 戦車も、御者に合わせたように朱色に金の金物が随所に打ち付けられ、見るからに女性的。

「総大将は……おそらく女だな」

「女なの?」

「ああ、そうだぜ」

 耳ざとい野次馬が相槌を打つ。

「こんど入れ替わったのは、曹素さまの姉君で曹茶姫(そうさき)てっいうお方だ。実物にお目にかかれるかと思ったんだがなあ」

「空車かよ」

「智謀比類なきお方ってことだから、我々凡夫にはうかがい知れん動きをされているんだろう」

「兄貴とは大違い」

「おいおい……」

 まさか聞こえたわけではないのだろうが、曹素の首がこちらを向いている。

「おい、シイ!」

「なに?」

「あ、ごめん」

 慌てて下がったスカーフを引き上げる。とたんに曹素の首が戻った。

 すぐに、その場を離れて、今度こそ宿を探しに行くことにした。

 

☆ 主な登場人物

  •  織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
  •  熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
  •  織田 市        信長の妹
  •  平手 美姫       信長のクラス担任
  •  武田 信玄       同級生
  •  上杉 謙信       同級生
  •  古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
  •  宮本 武蔵       孤高の剣聖
  •  二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
  •  今川 義元       学院生徒会長 
  •  坂本 乙女       学園生徒会長 

 

 

 

 

 

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明神男坂のぼりたい・37〔離婚旅行随伴記・2〕

2022-01-10 06:45:58 | 小説6

37〔離婚旅行随伴記・2〕   

        

 


 明菜のお母さん、稲垣明子だったんだ!

 ドッポーーン!

 そう言いながら露天風呂に飛び込む。

 一つは寒いので、早くお湯に浸かりたかった。
 もう一つは、人気(ひとけ)のない露天風呂で、明菜からいろいろ聞きたかったから。

「キャ! もー明日香は!」

 悠長に掛かり湯をしていた明菜に盛大にしぶきがかかって、明菜は悲鳴をあげる。

「明菜、プロポーション、よくなったなあ!」

 もう他のことに興味がいってしまってる。我ながらめでたい。

「そんなことないよ。明日香だって……」

 そう言いながら、明菜の視線は一瞬で、あたしの裸を値踏みした。

「……捨てたもんじゃないよ」

「あ、いま自分の裸と比べただろ!?」

「そ、そんなことない(#'∀'#)」

 壊れたワイパーのように手を振る。なんとも憎めない正直さ。

「まあ、温もったら鏡で比べあいっこしよ!」
「アハハ、中学の修学旅行以来だね」

 このへんのクッタクの無さも、明菜のいいところ。

「お母さん、女優さんだったんだね!」
「知らなかった?」
「うん。さっきのお父さんのドッキリのリアクションで分かった」
「まあ、オンとオフの使い分けのうまい人だから」
「ひょっとして、そのへんのことが離婚の理由だったりするぅ?」
「ちょっと、そんな近寄ってきたら熱いよ」

 あたしは、興味津々だったので、思わず肌が触れあうとこまで接近した。

「あ、ごめん(あたしは熱い風呂は平気)。なんていうの、仮面夫婦っていうのかなあ……お互い、相手の前では、いい夫や妻を演じてしまう。それに疲れてしまった……みたいな?」

「うん……飽きてきたんだと思う」

「飽きてきた?」

「十八年も夫婦やってたら、もうパターン使い尽くして刺激が無くなってきたんじゃないかと思う」

 字面では平気そうだけど、声には娘としての寂しさと不安が現れてる。よく見たら、お湯の中でも明菜は膝をくっつけ、手をトスを上げるときのようにその上で組んでる。

「辛いんだろうね……」
「うん……えと……分かってくれるのは嬉しいけど、その姿勢はないんじゃない?」

「え……」

 あたしは、明菜に寄り添いながら、大股開きでお湯に浸かっている自分に気が付いた。どうも、物事に熱中すると、行儀もヘッタクレもなくなってしまう。

「アハハ、おっきいお風呂に入ると、つい開放的になっちまうぜ」

「明日香みたいな自然体になれたら、お父さんもお母さんも問題ないんだろうけどなあ」

 そう言われると、開いた足を閉じかねる。

「さっきみたいな刺激的なドッキリやっても、お互いにやっても冷めてみたいだし……」

 しばしの沈黙になった。

「あたしは、娘役じゃなくて、リアルの娘……ここでエンドマーク出されちゃかなわない」

「よーし、温もってきたし、一回あがって比べあいっこしよか!」

「うん!」

 中学生に戻ったように、二人は脱衣場の鏡の前に立った。

「明菜、ムダに発育してるなあ」

 無遠慮に言ってやる。

「遠慮無いなあ……じゃ、明日香のスリーサイズ言ってやろうか」
「見て分かんの?」
「バスト 80cm ウエスト 62cm ヒップ 85cm 。どう?」
「胸は、もうちょっとある……」
「ハハ、ダメだよ息吸ったら」
「明菜、下の毛、濃いなあ……」
「そ、そんなことないよ。明日香の変態!」

 明日香は、そそくさと前を隠して露天風呂に戻った。

 今の今まで素っ裸で鏡に映しっこしてスリーサイズまで言っておきながら、あの恥ずかしがりよう。ちょっと置いてけぼり的な気分になった。中学の時も同じようなことを言ってじゃれあってたので、すこし戸惑う。

 あたしは、ゆっくりと湯船に戻った。今度は明菜のほうから寄り添ってきた。

「ごめん明日香。あたし、心も体も持て余してるの……あたしの親は、見かけだけであたしが大人になった思ってる。もどかしい……」
「ねえ、明菜……え?」

 明菜の頭越し、芝垣の向こうの木の上から覗き見している男に気づいた!

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

 

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紛らいもののセラ・14『愛しき紛らいもの』

2022-01-10 05:59:04 | カントリーロード

らいもののセラ

14『愛しき紛らいもの




『出でよハートのエース』はヒットチャートを駆けのぼった。

 ハイティーンの揺れる心を表現しているだけではなく、「人間は多面的で、可能性のかたまり」という人生を前向きにとらえた曲のテーマが、セラの明るいキャラとマッチして、幅広いファンの心を掴んだ。

 本当のわたし それは53枚! ハートのエースもジョーカーも みんな~みんな~わたしの姿だよ(^▽^)♪

 特に、このサビのところは、曲全体を知らない年寄りでも覚えるようになった。

 芸能活動と学校の両立は難しかったけど、みんなの応援と、何よりも親友の三宮月子の協力で、なんとか卒業の目途もたった。

「いつまでも、一つの体に二つの魂が宿っていてはいけないわ」

 もう何十回目かになる問いかけを、紛いもののセラは、本物のセラにした。

 もう午前一時に近いタクシーの中である。

 ここのところ居ねむってしまうと、本物と紛らいものとの話し合いになる。

 

「だって、事故からこっち、わたしをやっていたのはあなたじゃないの。地味なわたしには無理よ」

「そんなことないわ。今日の本番、あたし隠れていたのよ。〔出でよハートのエース〕をエントリーしてからは、ときどきあたしは引っ込んでいた。そして、今夜は完全にセラに任せたのよ。あなたは立派にやりとげた」

「……ほんと?」

「ほんとよ。あたしも事故直後は、この体が自分のものだと思っていた。でも違う、セラのものよ」

「でも、ここまでやったのは、あなたの力じゃないの?」

「ううん、種のないことは、わたしにはできない。53枚のトランプといっしょ。セラのカードをあたしが使っただけ。セラは、地味なスペードの2とか3とかしか使ってなかった。カードは全部あたしがめくったから、セラには残り50枚の可能性があるわ」

「おかしなこと言っていい?」

「どうぞ、あたしも相当おかしいから」

「これからもしょにいて、わたしのこと助けてくれない?」

「じゃ、もっとおかしなこと言っていい?」

「なあに?」

 タクシーは、上り坂にさしかかって、この夏に買ったばかりのちょっと素敵な一軒家が見えてきた。

「お家のリビングに、まだ明かりがついているでしょ」

「ああ、いつものことじゃん。お兄ちゃんが勉強のために起きてんのよ」

「勉強のためじゃない。セラの事が心配で起きてんのよ」

「ハハ、そんな」

「ほんと。竜介くんは、セラのことが好きなんだよ」

「え、ええ……だってお兄ちゃんだよ」

「血のつながらない兄妹は結婚だってできるんだよ」

「だって、お兄ちゃん……」

「事故の前は、お兄ちゃんて呼べなかったよね」

「だから、もう名実ともに兄妹になれたのよ」

「そうだけど、ちょっとごまかしがある……それって竜介くんに心が開けたってことの言いかえだよ」

「だ、だったら、どうだって言うのよ!」

「ハハ、とんがっちゃって」

「もう、あなたがおかしなこと言うからじゃないの」

「だから、言ったじゃない。もっとおかしなこと言っていいって」

「だけど……」

「もう時間がないから、はっきり言うね。セラと竜介くんは結ばれるんだよ」

「な、なによ、それって(;'∀')!?」

「そして、二人の間に生まれた子が、とても大事な役割を果たすの……言えるのは、そこまでだけど」

 セラには言い返す言葉がなかった。もう二つ角を曲がると家に着く。

「じゃ、明日から一人でがんばって!」

 タクシーを降りたはずなのに、今まで座っていた後部座席には、もう一人の自分がいて、そう励ましたので、セラはびっくりした。

「あなた……」

「あたしは紛らいもののセラだから。これでお別れ。出して運転手さん」

 タクシーはテールランプの明かりだけ、ほのかに滲ませて去って行った。

「ところでさ、このあたしは、いったい何者なのよ!?」
 
 紛らいもののセラは運転手に噛みついた。運転手……サリエル部長天使は他人事のように言った。

「アレンジミスが起きたので、一人の天使の魂で間に合わせたわけ。天国の極秘事項だから、それ以上は言えません」

「もう!」

 紛いものは、いつの間にか自分の背中にかわいい羽根が戻って来たことに気も付いていなかった……。


 
  紛らいもののセラ……完 

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魔法少女マヂカ・253『クマさん失踪』

2022-01-09 13:20:59 | 小説

魔法少女マヂカ・253

『クマさん失踪語り手:マヂカ      

 

 

 クマさーん、旦那様がお呼びでーす。

 

 声がかかったので、運転手の松本さんはキュっとブレーキを踏んだ。

「すみません」

 自分が悪いわけでもないのに、クマさんは同乗のみんなに頭を下げて助手席を下りた。

 余裕のある登校をしているので、五分ぐらいの遅れはなんでもない。松本さんも腕のいい運転手なので、二三分の遅れなら取り戻してくれる。

 ……それが、五分経っても戻ってこない。

「クマさん、おそいねえ」

 ノンコが言うのと、正門から侯爵のパッカードが入って来るのが同時だった。

「そうだ、旦那様は、夕べはお泊りだった!」

 そう言うと、松本さんは運転席を下りてフォードに駆け寄った。

 フォードも窓を開いて、尚孝侯爵が松本さんに話している。

「何かあったんだ!」

 わたしたちも車を降りた。

「さっき、クマさんに声を掛けたのはだれだ!?」

 見送りに出ていた使用人たちに声を掛ける松本さん。

 みんな、同じように首を横に振る。

 誰も声を掛けていない、どころか、聞いていなかった。

 突然車が停まったて、クマさんが下りてきて玄関に入ったというばかりだ

 

 クマさんは、まやかしの声にひっかかって屋敷に戻ったのだ。

 声は、車に乗っている者にしか聞こえていない。

 

 これは妖の類のしわざだ。

 

「松本さん、車を出して、わたしが残るわ!」

「はい、お願いします」

 松本さんが戻って、ちょっと揉めたが、わたしを降ろしただけで、車は女子学習院に向かった。

 窓から不足そうな顔をのぞかせる霧子に「任せといて!」と声を掛けて、守衛室から出てきた箕作巡査とともに玄関に向かった。

「不審な声がして、だれもおかしいとは思わなかったのか!?」

 侯爵は、めずらしく声を荒げた。

 箕作巡査との結婚もきまり、人柄のいい侯爵は自分の娘のような気がしているのだ。

「声を聞いたのは車に乗っていた者たちだけなのでございます」

「バカな、車の中で聞こえたなら、外に居る者にも聞こえているだろ?」

「しかし……」

「すまん、ちょっと、わたしも狼狽えている」

「箕作君、すまない」

「いいえ、侯爵、ここからは、自分が指揮を執ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、むろんだ。きみはクマの未来の夫であり、現職の警察官なのだからな」

「承知しました。では、みなさん、これを持ってください」

 箕作巡査は、屋敷の者を二人一組にした上で、ハガキ大に切った紙の束を渡した。

「調べたところは、かならず、この紙に名前を書いて貼ってください。探し漏れや重複を避けるためです。今から、各班の捜索場所を伝えます。終わったら、このダイニングに報告しに来てください。見つからなければ、人を替えて、さらに捜索します。春日さんはご近所にもお顔がきくでしょうから、屋敷周りをまわってください。それではかかりましょう!」

 見事な指揮だ。

 もうほとんど妖の仕業だと思っているけど、いきなり言っては動揺をさそうばかり。

 なにかしらの目途か証拠が見つからなければ口にはできない。

 それは、三度目の捜索が終わった箕作巡査が見つけた。

 なんと、戻った守衛室の応対窓の内側の壁に貼られていた。

 

『虎沢クマは預かった、返してほしくば渡辺真智香一人で長崎までこい。猶予は24時間だ』

 

「くそ!」

 箕作巡査は歯噛みした。守衛室は請願巡査の持ち場で、捜索の対象からも外れている。

 外の騒ぎに気を取られ、自分が飛び出す前に、その張り紙があったのか記憶が無い。

 あるいは、自分の不在の間に貼られたのか。

 知らされたわたしは困った。

 ブリンダに飛行石を貸してやったわたしは、24時間で長崎に行ける力が無い……。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査

 

 

 

 

 

 

 

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明神男坂のぼりたい・36〔離婚旅行随伴記・1〕

2022-01-09 07:04:08 | 小説6

36〔離婚旅行随伴記・1〕   

 

        


「ちょっと冷えそうだな」

 明菜のお父さんは、開けたドアを締め直し、ジャケットを掴んで助手席から車を降りた。

 仲居さんや番頭さんたちが、案内や荷物運びのために車の周りに寄って来る。

 予約はしてあったんだろうけど、かなりの常連さんのよう。

「あ、タバコ切らしたから買ってくる」

「タバコだったら、フロントにございますが……」

「ありがとう。でも、先月から銘柄変えてね。なあに、店はとっくに調べてあるから。じゃ、ちょっと」

「すみませんね、お寒い中、お待たせしちゃって」

 お母さんが恐縮する。

「ちょっと庭とか見てっていいかな?」

「ええ、いいわよ。玉美屋さんの庭はちょっと見ものよ。そうだ、あたしもいっしょに行こう」

「では、お荷物はロビーに運ばせていただきます」

 仲居さん達は甲斐甲斐しく荷物を運ぶだけではなく、何人かは、お父さんとあたしたちを玄関前で待ってくれて、ひとりは案内に付いてきてくれる。客商売とは言え、なかなかの気配り。

「ほんとに、きれいなお庭」

「回遊式庭園では箱根で一番よ」

「温泉旅館て、傾斜の多いところに立ってるから、これだけの庭を作るのは大変みたいよ」

 なるほど、振り返ると、建物は傾斜の上に段々になっていて、この庭を見下ろす形になっている。

 梅が満開。寒椿なんかも咲いていて、ほんとにきれい。まだ春浅いのに庭の苔は青々としている。

 カコーーン

 え?

 小さく驚くと「鹿威しが、あちらに」と仲居さんが説明してくれる。神田の街中で暮らしているので、こういう雅なものには縁が遠い……っていうか、こんなに高級な旅館は初めて。

 奥へ進むと、ほんのりと温泉の匂い。

「そこの芝垣の向こうが露天風呂になっています」

「じゃ、そこの岩の上に上ったら覗けるかもね」

「ホホ、身長三メートルぐらいでないと、岩に上っても見えないでしょうね」

 と、お付きの仲居さん。

「見えそうで見えないところが、情緒あっていいのよね」

 明菜のお母さんは面白がる。

 パン パン パン

 え!?

 鹿威しの一種?

 いや、仲居さんの顔も訝しんでる。

「パンクかしら?」

 立て続けに三回もパンクが起こる訳がない。

 

『大変だ! 人が撃たれた!』

 

 どこかのオッサンの声がして、あたしたちも、声のする旅館前の道路に行ってみた。

「キャー! お、お父さん!」

 明菜が悲鳴をあげた。明菜のお父さんが胸を朱に染めて倒れていた。

「さ、殺人事件!? け、警察! 救急車!」

 旅館の人たちも出てきて大騒ぎになった。

「みなさん、落ち着いてください!」

 お母さんは、つかつかとお父さんに近寄ると、お父さんの横腹を蹴り上げた。

「ゲフ……痛いなあ、怪我するだろ」

 ぶつぶつ言いながら、血染めのお父さんが立ち上がった。

 え…………?

 みんな、あっけにとられた。


「こんな弾着の仕掛けで、あたしがおたつくとでも思ったの。しかし、あなたもマメね。いまどき潤滑剤の付いてないコンドームなんて、なかなか手に入らないわよ」

 お母さんがめくると、お父さんの上着の裏には、破裂したコンドームがジャケットを真っ赤にしてぶら下がっていた。

「おーい、失敗。カミサンに見抜かれてた」

 向こうの自販機の横から、いかにも業界人らしいオッサンがカメラを抱えて現れた。


「これ、年末のドッキリ失敗ビデオに使わせてもらえるかなあ」

「やっぱ、杉下さん。あなたの弾着って、クセがあるのよね」

「アキちゃんにかかっちゃ、かなわないなあ」

 そのときの、お母さんの横顔で思い出した。梅竹映画によう出てる稲垣明子だ!

 当惑を通り越して、憮然としてる明菜には悪いけど、あたしはワクワクしてきた。

 

※ 主な登場人物

 鈴木 明日香       明神男坂下に住む高校一年生
 東風 爽子        明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
 香里奈          部活の仲間
 お父さん
 お母さん         今日子
 関根先輩         中学の先輩
 美保先輩         田辺美保
 馬場先輩         イケメンの美術部
 佐渡くん         不登校ぎみの同級生
 巫女さん
 だんご屋のおばちゃん
 明菜           中学時代の友だち 千代田高校

 

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