明神男坂のぼりたい
明菜のお母さん、稲垣明子だったんだ!
ドッポーーン!
そう言いながら露天風呂に飛び込む。
一つは寒いので、早くお湯に浸かりたかった。
もう一つは、人気(ひとけ)のない露天風呂で、明菜からいろいろ聞きたかったから。
「キャ! もー明日香は!」
悠長に掛かり湯をしていた明菜に盛大にしぶきがかかって、明菜は悲鳴をあげる。
「明菜、プロポーション、よくなったなあ!」
もう他のことに興味がいってしまってる。我ながらめでたい。
「そんなことないよ。明日香だって……」
そう言いながら、明菜の視線は一瞬で、あたしの裸を値踏みした。
「……捨てたもんじゃないよ」
「あ、いま自分の裸と比べただろ!?」
「そ、そんなことない(#'∀'#)」
壊れたワイパーのように手を振る。なんとも憎めない正直さ。
「まあ、温もったら鏡で比べあいっこしよ!」
「アハハ、中学の修学旅行以来だね」
このへんのクッタクの無さも、明菜のいいところ。
「お母さん、女優さんだったんだね!」
「知らなかった?」
「うん。さっきのお父さんのドッキリのリアクションで分かった」
「まあ、オンとオフの使い分けのうまい人だから」
「ひょっとして、そのへんのことが離婚の理由だったりするぅ?」
「ちょっと、そんな近寄ってきたら熱いよ」
あたしは、興味津々だったので、思わず肌が触れあうとこまで接近した。
「あ、ごめん(あたしは熱い風呂は平気)。なんていうの、仮面夫婦っていうのかなあ……お互い、相手の前では、いい夫や妻を演じてしまう。それに疲れてしまった……みたいな?」
「うん……飽きてきたんだと思う」
「飽きてきた?」
「十八年も夫婦やってたら、もうパターン使い尽くして刺激が無くなってきたんじゃないかと思う」
字面では平気そうだけど、声には娘としての寂しさと不安が現れてる。よく見たら、お湯の中でも明菜は膝をくっつけ、手をトスを上げるときのようにその上で組んでる。
「辛いんだろうね……」
「うん……えと……分かってくれるのは嬉しいけど、その姿勢はないんじゃない?」
「え……」
あたしは、明菜に寄り添いながら、大股開きでお湯に浸かっている自分に気が付いた。どうも、物事に熱中すると、行儀もヘッタクレもなくなってしまう。
「アハハ、おっきいお風呂に入ると、つい開放的になっちまうぜ」
「明日香みたいな自然体になれたら、お父さんもお母さんも問題ないんだろうけどなあ」
そう言われると、開いた足を閉じかねる。
「さっきみたいな刺激的なドッキリやっても、お互いにやっても冷めてみたいだし……」
しばしの沈黙になった。
「あたしは、娘役じゃなくて、リアルの娘……ここでエンドマーク出されちゃかなわない」
「よーし、温もってきたし、一回あがって比べあいっこしよか!」
「うん!」
中学生に戻ったように、二人は脱衣場の鏡の前に立った。
「明菜、ムダに発育してるなあ」
無遠慮に言ってやる。
「遠慮無いなあ……じゃ、明日香のスリーサイズ言ってやろうか」
「見て分かんの?」
「バスト 80cm ウエスト 62cm ヒップ 85cm 。どう?」
「胸は、もうちょっとある……」
「ハハ、ダメだよ息吸ったら」
「明菜、下の毛、濃いなあ……」
「そ、そんなことないよ。明日香の変態!」
明日香は、そそくさと前を隠して露天風呂に戻った。
今の今まで素っ裸で鏡に映しっこしてスリーサイズまで言っておきながら、あの恥ずかしがりよう。ちょっと置いてけぼり的な気分になった。中学の時も同じようなことを言ってじゃれあってたので、すこし戸惑う。
あたしは、ゆっくりと湯船に戻った。今度は明菜のほうから寄り添ってきた。
「ごめん明日香。あたし、心も体も持て余してるの……あたしの親は、見かけだけであたしが大人になった思ってる。もどかしい……」
「ねえ、明菜……え?」
明菜の頭越し、芝垣の向こうの木の上から覗き見している男に気づいた!
※ 主な登場人物
鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
香里奈 部活の仲間
お父さん
お母さん 今日子
関根先輩 中学の先輩
美保先輩 田辺美保
馬場先輩 イケメンの美術部
佐渡くん 不登校ぎみの同級生
巫女さん
だんご屋のおばちゃん
明菜 中学時代の友だち 千代田高校