魔法少女マヂカ・253
クマさーん、旦那様がお呼びでーす。
声がかかったので、運転手の松本さんはキュっとブレーキを踏んだ。
「すみません」
自分が悪いわけでもないのに、クマさんは同乗のみんなに頭を下げて助手席を下りた。
余裕のある登校をしているので、五分ぐらいの遅れはなんでもない。松本さんも腕のいい運転手なので、二三分の遅れなら取り戻してくれる。
……それが、五分経っても戻ってこない。
「クマさん、おそいねえ」
ノンコが言うのと、正門から侯爵のパッカードが入って来るのが同時だった。
「そうだ、旦那様は、夕べはお泊りだった!」
そう言うと、松本さんは運転席を下りてフォードに駆け寄った。
フォードも窓を開いて、尚孝侯爵が松本さんに話している。
「何かあったんだ!」
わたしたちも車を降りた。
「さっき、クマさんに声を掛けたのはだれだ!?」
見送りに出ていた使用人たちに声を掛ける松本さん。
みんな、同じように首を横に振る。
誰も声を掛けていない、どころか、聞いていなかった。
突然車が停まったて、クマさんが下りてきて玄関に入ったというばかりだ
クマさんは、まやかしの声にひっかかって屋敷に戻ったのだ。
声は、車に乗っている者にしか聞こえていない。
これは妖の類のしわざだ。
「松本さん、車を出して、わたしが残るわ!」
「はい、お願いします」
松本さんが戻って、ちょっと揉めたが、わたしを降ろしただけで、車は女子学習院に向かった。
窓から不足そうな顔をのぞかせる霧子に「任せといて!」と声を掛けて、守衛室から出てきた箕作巡査とともに玄関に向かった。
「不審な声がして、だれもおかしいとは思わなかったのか!?」
侯爵は、めずらしく声を荒げた。
箕作巡査との結婚もきまり、人柄のいい侯爵は自分の娘のような気がしているのだ。
「声を聞いたのは車に乗っていた者たちだけなのでございます」
「バカな、車の中で聞こえたなら、外に居る者にも聞こえているだろ?」
「しかし……」
「すまん、ちょっと、わたしも狼狽えている」
「箕作君、すまない」
「いいえ、侯爵、ここからは、自分が指揮を執ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、むろんだ。きみはクマの未来の夫であり、現職の警察官なのだからな」
「承知しました。では、みなさん、これを持ってください」
箕作巡査は、屋敷の者を二人一組にした上で、ハガキ大に切った紙の束を渡した。
「調べたところは、かならず、この紙に名前を書いて貼ってください。探し漏れや重複を避けるためです。今から、各班の捜索場所を伝えます。終わったら、このダイニングに報告しに来てください。見つからなければ、人を替えて、さらに捜索します。春日さんはご近所にもお顔がきくでしょうから、屋敷周りをまわってください。それではかかりましょう!」
見事な指揮だ。
もうほとんど妖の仕業だと思っているけど、いきなり言っては動揺をさそうばかり。
なにかしらの目途か証拠が見つからなければ口にはできない。
それは、三度目の捜索が終わった箕作巡査が見つけた。
なんと、戻った守衛室の応対窓の内側の壁に貼られていた。
『虎沢クマは預かった、返してほしくば渡辺真智香一人で長崎までこい。猶予は24時間だ』
「くそ!」
箕作巡査は歯噛みした。守衛室は請願巡査の持ち場で、捜索の対象からも外れている。
外の騒ぎに気を取られ、自分が飛び出す前に、その張り紙があったのか記憶が無い。
あるいは、自分の不在の間に貼られたのか。
知らされたわたしは困った。
ブリンダに飛行石を貸してやったわたしは、24時間で長崎に行ける力が無い……。
※ 主な登場人物
- 渡辺真智香(マヂカ) 魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 要海友里(ユリ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 藤本清美(キヨミ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 野々村典子(ノンコ) 魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
- 安倍晴美 日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
- 来栖種次 陸上自衛隊特務師団司令
- 渡辺綾香(ケルベロス) 魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
- ブリンダ・マクギャバン 魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
- ガーゴイル ブリンダの使い魔
※ この章の登場人物
- 高坂霧子 原宿にある高坂侯爵家の娘
- 春日 高坂家のメイド長
- 田中 高坂家の執事長
- 虎沢クマ 霧子お付きのメイド
- 松本 高坂家の運転手
- 新畑 インバネスの男
- 箕作健人 請願巡査