もうずいぶん長く『TVBros.』に細野晴臣さんと対談形式のコラムを連載している“ミュージシャン/俳優”星野源さんが、『ゲゲゲの女房』布美枝さん(松下奈緒さん)の安来の実家の弟・貴司役だったということに、実家シーンがほとんど無くなってから気がつきました。遅い。遅いにもほどがある。あのコラム、毎号載っている細野さんとの2ショット写真がスーパー小さいので、“ダイエットした古舘伊知郎”にしか見えないんだもの。肩書きも“ミュージシャン”との両論併記だし、曲作って歌って演技もする系の小劇場芝居でもやっている人だろうぐらいに思っていました。眼鏡有る無しと、あと特に男性は、前髪分ける分けないで正面顔の印象がずいぶん違いますね。たいへんご無礼を。
安来の大人篇に入った第2週の前ぐらいの号に、軽く告知載せといてくれればよかったのにね。第8週、源兵衛さん(大杉漣さん)上京事件(事件って)の週も出番何回かあったのに。
まあ、あのコラムは、大御所細野さんに息子ほど年齢の離れた星野さんが訊きたいことを訊きながら音楽や、いま興味を持っていること、食べ物飲み物、時事の話題も含めてトークしていく方向なので、朝ドラレギュラーの情報はあえて触れなかったのかも。リアル水木先生夫人布枝さんのご実家の酒屋さんはいまも安来で盛業中と聞きますが、劇中、前垂れ掛けて営業に仕入れにと奮闘しているらしい貴司くんの出番はまだあるかな。
さて、2010年5月も残すところあと2日となって、5月と言えば鳩山首相はいろいろと感慨深いものがあると思いますが、月河は今月に入ってからのここの記事、ほとんど『ゲゲゲ』の話しか書いてなかったことに気がついていささか驚いています。“次回が楽しみ、見逃せない”体温をいちばん高く保って継続視聴する作が、昼帯でも特撮でもなくNHK朝ドラになる、そんな日が月河に来ようとは。
特に熱心な昭和の漫画ウォッチャーではないし、その中でも水木しげる作品がとりわけ贔屓だったわけでもない。漫画が一気にメジャーになり、子供だけではなく大学生や社会人までが漫画を公然と愛読するようになって、おもに大正~戦前生まれの親や教師世代からはとかくの言われようで、そういうバッシングも含めてさらに漫画への社会的関心が高まって行く、そんな時代に物心ついて、モノを読むことを覚えたために、たまたま漫画も読んでいたという、月河と漫画との付き合いはその程度です。
放送前に布枝さんの、ドラマ原案となったエッセイ本を読んで感動したというわけでもないし、もちろん松下奈緒さん、向井理さんら出演俳優さんに釣られたクチでもなし。むしろ松下さんなど、どちらかと言えば「朝の顔にどうなの?」と疑問視していたのに、意外な大健闘で日々「お見それしました」と微量謝罪しながら(大袈裟か)見守っているくらいです。
にもかかわらずなぜ『ゲゲゲ』にここまで嵌まったのかとつらつら考えてみるに、いちばん大きいのは布美枝の“前向き度”“ポジティヴ度”が非常に手ごろでオサマリがいいということにあるみたい。ポジティヴはポジティヴでも、「夢に向かってまっしぐら!」式のそれが、月河心底苦手なんですよねえ。世間が思う以上に、これ式を苦手にしている人って、いまの日本に多いと思う。
布美枝ちゃんも一貫して前向きなんだけど、職業なり技術なり地位なり、勝手に思い定めた目標への、ピンポイントな狭い前向きさではなく、他者から与えられた状況、好むと好まざるとにかかわらず遭遇した局面で「苦境でも、悪い方にではなく、いい方に考える」「オールオアナッシングではなく、いま自分にできるエニシングを考える」という、非常に柔軟でひろーい、汎用性の高い前向きさなんですな。
年中「前向き前向き!」「努力努力!」とハリネズミの様に、トサカの様にツンツクおっ立てて進んでいくというのは、本人も疲れるだろうけど、傍から見ている者に「あの子があんなに頑張っているから自分も」と元気や向上心を分かち与えてくれるより、「あーあ、やれやれ」「参るよなあ」と、頑張る前から疲労感をもたらすケースがはるかに多いのです。
布美枝ちゃんが、前向きで汗をかくことを惜しまず、辛抱するところはグッと辛抱して、自分がラクすることより家族や夫、隣人など周囲の人々の幸せをまず考える、非常にNHK的優等生な性格ではありながら、基本“内気”“引っ込み思案”設定なのも思いのほか見やすい結果につながっています。見ててイライラするくらいすべてにビクビクオドオドではないけれど、何かっつったらワタシがワタシが!と出しゃばって、善意で人の神経を逆撫でするたぐいの、ありがちヒロインでもない。
先週第9週最終話(29日)でも“手形の期限の3ヶ月先まで現金収入は見込めない、節約だけではもうどうにもならん、私も働きに出たい”と考えて考えてこみち書房の前を通りかかり、銭湯おかみ靖代さん(東てる美さん)の化粧品実演販売を見かけて“私も…”と思いながらクチに出せず、「じゃーワタシ営業所に顔出してくから」と辞去しようとする靖代さんの腕を、金色夜叉のお宮みたいに掴んで「なぁーによ?」と訝しがられる場面など、布美枝の“内気な頑張り屋さん”ぶりがよく表れていたと思います。
この回、化粧品営業所長(吉田羊さん)から「クチ八丁手八丁の人より、アナタのような素朴な人のほうが信用されるわ」、靖代さんから「あんたセールスに向いてるかも、いざッてときに力を出す人間だと思うよ」と象徴的な表現が出ました。朝ドラヒロインは、全方位元気いっぱい、四六時中明朗快活より、平時はおとなしくて受け身で、必要なときにさくっと点火するぐらいのほうが心地よく応援できる。
もちろん、茂(向井理さん)との結婚および結婚後の夫婦生活において、気苦労を重ね辛抱するのが一方的に布美枝のほうばかりなのに心穏やかでない観客はいるでしょう。茂もたまにフトコロに余裕があるとき好物の甘い物やコーヒーをたしなむ以外、飲む打つ買う的な道楽は皆無でひたすら漫画描きに打ち込んでいますが、世間的な意味で妻を幸せにするなら同じ漫画でももっと収入に結びつく売り方を考えるとか、せめて自分の実家への贈り物を控えて貯金するとか、家庭に向かうベクトルでの努力がほとんどみられないにもかかわらず、布美枝がそれに対して文句を言わず「お仕事に専念できるように」と全肯定的なのも、おもに月河より年下の、男女雇用機会均等法が定着してから社会に出た世代は釈然としないと思う。
このドラマが成立するのは、リアル水木しげる先生が長い貧窮期はあってもある時点からめでたくメジャーになり、アニメやキャラクター商品でも成功をおさめて、押しも押されもせぬ斯界の大物となり、2人のお子さんも成長して、愛妻布枝さんと健康で恵まれた晩年を送っておられることを、観客が百も承知しているからでもあります。ってことは貧乏しても辛抱しても、夫が成功しさえすれば万々歳、「夫の成功のために身を粉にしても、成功しなかったら粉にし損なわけで、成功したことがわかっている人を題材にして、妻の一方的な辛抱を称揚するお話なんて」ともやもやする視聴者も少なくないと思われます。
だがしかし、そういった、いま流のリクツに照らすとどうにも割り切れない部分をチカラずくで割り切る勢いで、布美枝の“内気ポジティヴ”ぶりが新鮮かつ輝いている。
いや、スパッと鋭利に割り切れないまでも、ほら、あの、タクアン一本輪切りに切ったつもりが切りきれてなくて、ひと切れつまんだらダーッとぜんぶつながってきて「テヘッ♪」みたいな、そういう詰めの甘さはあるんだけども愛嬌と身長で(身長かい)カバーしてるぐらいのとこ。「こんな奥さん、当節いるわきゃないけど、まあドラマだし」と、夫役向井さんの“こんな(変わり者で、かつアラフォーなのに童顔小顔イケメンの)ダンナいるわきゃない度”と妙にハモって、回り回って「続きが楽しみ」な作品になっていると思います。
ところで、29日のエピできりりと夜会巻きアップが“昭和の働く女”らしく凛々しい営業所長さん役、何処かで…と思ったら07年の昼帯『愛の迷宮』の別荘番妻・吉田羊さんでした。素朴であまり賢くない、都会生活にあこがれる田舎の奥さんから、暴行妊娠未婚の母、子を残して失踪→再会も難病に冒されていて、子の出生の秘密を胸ひとつに秘め…と、転帰がしかと思い出せないくらい、知的レベルも人間性も振り幅の広い役でしたが、あのドラマで脚本上の役柄豹変に振り回されず演技力で制御し切った数少ない女優さんでした。
布美枝ちゃん妊娠発覚、端緒につきかけたセールスレディへの道はお預けになりそうですが、羊所長、布美枝の長所を見抜いて味方になってくれそうな人物だったので、ちょっと惜しい。