goo blog サービス終了のお知らせ 

らいちゃんの家庭菜園日記

家庭菜園、家庭果樹栽培及び雑学日記

「伝単」とは

2012-09-10 | 雑学

伝単(でんたん)」と云う言葉を聞いたことがありますか?
先日、ラジオを聴いていたら、俳句の投稿番組で、この言葉を使用して詠んだ俳句を解説していました。

今日はこの「伝単」について調べました。

「伝単」とは、第二次世界大戦の時に使われた言葉で、戦時において相手国民、兵士の戦意喪失を目的として配布する宣伝謀略用の印刷物(ビラ)のことです。
その語源は物事を伝える紙片という意味の中国語だそうです。

「伝単」は西洋では古くから用いられた手段で、フランスでの市民蜂起「パリ・コミューン」においてフランス政府が上空より気球で撒いたものが最初といわれています。
その後、第一次世界大戦で飛行機が登場すると更に大量配布が可能となり、相当の効果があるとされ軍事的に重要な宣伝謀略の手段となって、第二次世界大戦では各国とも数千万枚とも数億枚ともいわれる伝単を制作し散布したそうです。

日本軍も上海入りした昭和12年(1937年)頃から外国的なこの方法を採用し展開を試みたそうです。
中国戦線では中国兵向けに、南方戦線のインドシナではイギリス軍兵士、オーストラリア軍兵士向けの伝単を散布し、以降、日本軍の参謀本部の下で伝単づくりは組織的に行われたそうです。

反対に日本に対しては、第二次世界大戦で敗戦が濃くなってきた昭和20年2月頃から終戦までのおよそ半年間に、アメリカ軍が飛行機から日本各地に458万4千枚の謀略宣伝ビラをばらまいたと言われています。

ネットから伝単の現物を拾ってきました。


伝単の現物です(ネットより)


私は子供の頃、飛行機からばらまかれたビラを拾ったことがあります。
ビラに何が書かれていたのか、その内容は解らず、また親に見せたかどうかも覚えていません。
もしかすると伝単の一種だったのかも知れません。


重陽の節句

2012-09-09 | 季節

今日9月9日は五節句の一つ「重陽(ちょうよう)の節句」です。

奇数が重なる9月9日が何故、陽が重なる「重陽」なのか?

陰陽思想では奇数を陽の数とし、陽数の極である9が重なる日であることから「重陽」と呼ばれています。
しかし、奇数の重なる日は「陽」の「気」が強すぎるため不吉とされ、それを祓う行事として節句が行われました。
この、不吉とされた「陽」の重なりは、後に吉祥とする考えに変わり祝いの行事へと変化したようです。

日本には平安時代の初めに伝わり、宮中では観菊の宴が催されました。菊の節句、菊の宴とも言われています。
一方、庶民の間では収穫の時期にもあたるため「栗の節句」としてお祝いをしていました。
今も、太宰府天満宮の秋思祭(しゅうしさい)など、各地で菊を愛でる祭りや行事が催されているようです。

なお、陰陽思想とは、古代中国の思想に端を発し、森羅万象、宇宙のありとあらゆる事物をさまざまな観点から(いん)と(よう)の二つのカテゴリに分類する思想です。



「関電の節電要請」終了

2012-09-08 | 時事

昨日で関西電力管内における関電からの節電要請が終了しました。
危惧していた計画停電は実施されず、一安心したところです。

関電管内では、7月2日から昨日までの約2ヵ月間、記録的猛暑だった2010年夏比「10%以上」(当初は15%以上)の節電を求めていましたが、大飯原子力発電所3、4号機(福井県)の再稼働に加え、節電協力も得られたことから計画停電は回避できたと発表しました。

今年の夏、大阪市内では35度を超える猛暑日が9日連続するなど、大変な猛暑となりましたが、昨日までの節電要請期間中、電力使用率が「やや厳しい」とされる90%以上になったのは4日間だけで、うち最大使用率は92%となったようです。
この為、万が一の事態に備えた計画停電は、一度も実施されることなく回避され、企業も家庭も一安心したところです。

関西電力の試算によれば、夏の節電要請が始まってからの節電効果はおよそ11%と、10%以上という目標を上回っているということです。
これについて、関西電力は、家庭でのエアコンの使い方の工夫や、工場の操業の休日へのシフトなど節電の取り組みが浸透したものとみています。

一方、節電要請の期間中に再稼働した大飯原子力発電所の3号機と4号機について、関西電力は、来年9月に予定されている次の定期検査まで運転を続けることにしていますが、関西広域連合は、安全面で再審査を行うよう求めています。

なお、大飯原発の再稼働が無かった場合、使用率が90%以上は21日で、うち3日は95%以上になったと関電では発表しています。
しかし、結果論かも知れませんが、大飯原発の再稼働は無くてもこの夏の電力不足は起こらなかったことになり、「計画停電」という脅し文句は大飯原発の再稼働を行うための方便だったような気がします。
このうえは、原発の安全性を十二分に確保してもらい、関電には福島のような事故が起こらないように徹底した安全管理を望みたいと思います。


ブドウ栽培(収穫)

2012-09-07 | 家庭果樹

ブドウの収穫が終わりました。
今年のブドウ栽培を総括すれば、房作りに失敗した年といえます。

私のブドウ栽培は、5月下旬の開花からジベレリン処理や袋掛けなどの栽培管理をしながら、約3カ月後の8月中旬に収穫を迎えますが、結果は、販売されているような粒の詰まった房は殆どなく、1房に数個の実がついているだけのものや疎らにになっている房が殆どでした。

その原因は、多分、種なしブドウを作るためのジベレリン処理だろうと思います。
即ち、1回目のジベレリン処理は開花後に、そして、その10日後に2回目を行うのですが、房ごとの開花がバラバラであること、更に、同じ房でも元部と先端部では開花に数日の開きがあることなどからその管理が十分できていないこと。
この為、何回もジベレリンに浸したため、歪(いびつ)な房が多くなったように思います。



更に、今年は粒が割れたものや萎んでいるものなどが目立ち、それらを取り除く為に持ち上げると粒がぽろぽろと落ちることから疎(まば)らなクズ房になったと思われます。

・これが収穫したブドウです。家で食べるには問題ありませんが、1房に数個の実がついているだけのものや疎らにになっている房が殆どのクズ葡萄です。


今年もまた我流でブドウ栽培する難しさを実感したところですが、来年の課題が見つかったことで、ますます栽培意欲が出てきました。





「大阪880万人訓練」

2012-09-06 | 時事

昨日、大阪府では南海トラフ巨大地震を想定した「大阪880万人訓練」が行われました。
これは、大地震が起こった際に自分の身を守る方法を考える「きっかけ」を提供する目的で行われるものであり、携帯電話会社のエリアメールや緊急速報メールサービスの「災害・避難情報」を利用して、約350万人に下記の内容でメール送信されました。

畑で農作業をしていた私の携帯にも“ポンポンポンポンポ~ン”と、いつもと違う着信音でメールが入ってきました。
「訓練通報メールの内容です」
訓練通報 DRILL(大阪府)
訓練。訓練。大阪府で大阪880万人訓練を開始します。実際に地震が起こったときのことを考えてみてください。
このメールは訓練用の通報で、実際の災害ではありません。DISASTER DRILL 実行委員会を代表して大阪府より発信しています。
実際の災害時には、身の安全を確保し、適切な情報に基づき近隣の指定避難所に避難してください。(大阪府)
とありました。

「概要」
・訓練を始めるまでに、どのように避難するかや、非常持ち出し品・転倒防止策等の点検などの日常の備えについて、家族など身近な人々と考えるきっかけにしてください。
・平成24年9月5日(水曜日)午前11時に、訓練緊急速報メールなどで一斉に地震発生情報を受け、自分の身の安全を守ることや、その後、どう行動するかなどを考えて
 ください。
・訓練開始の情報を受け、あらかじめ各自で考えておいた訓練行動等を無理ない範囲でチャレンジしてください。
と呼びかけていました。

「大阪880万人訓練」
9月5日午前11時に訓練緊急地震速報メールが送信され、大阪府内にある携帯電話は、一部機種を除いてマナーモードになっていても強制的に鳴動すると云うことです。
メールの配信エリアは大阪府域ですが、他府県との境界付近に携帯電話がある場合は、大阪府外でも鳴動することがあるようです。

「訓練の狙い」
この訓練の狙いは、災害が起こったときに、一人一人がどのように行動したら良いのかを日頃から考え、必要な準備をした上で、とっさに行動ができるようにすることです。
災害はいつ、どこで、どのように来るか予想できません。日頃からさまざまな場面を想像して準備しておくことが、いざ!というときに役立つと云うことで、大阪府では、大きな揺れが来るまでに何ができるかを考えてほしいと呼び掛けていました。


国民栄誉賞の日

2012-09-05 | 雑学

昨年、今年と2年続けてなでしこが綺麗な花を咲かせました。
と言っても、我が家の撫子ではなく、女子サッカー“なでしこジャパン“の事です。
昨年は、W杯で初優勝、団体としてはじめて国民栄誉賞を受賞し、そして今年はロンドンオリンピックで銀メダルを獲得しました。

彼女たちが昨年受賞した国民栄誉賞とは、内閣総理大臣表彰の一つで、「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があった方に対して、その栄誉を讃えることを目的とする」として、福田赳夫内閣時代の1977(昭和52年)年8月に創設されたものです。

“なでしこジャパン“の受賞は19回目となりますが、第1回目は35年前、この表彰制度が創設された翌月の9月5日に王貞治氏が通算ホームラン数の世界最高記録を作ったと云うことで、日本初の国民栄誉賞を受賞しています。
これを記念して今日は国民栄誉賞の日とされているそうです。

国民栄誉賞はこれまでに18人と1団体が受賞していますのでご紹介します。

    受賞日       受賞者名        受賞理由等
・昭和52年 9月 5日  王 貞治       ホームラン新記録達成の功 (昭和52年9月3日に記録達成)
・昭和53年 8月 4日  古賀政男   「古賀メロディー」作曲による業績 (昭和53年7月25日死去)
・昭和59年4月19日  長谷川一夫  真摯な精進 卓越した演技と映画演劇界への功績の功 (昭和59年4月6日死去)
・昭和59年4月19日  植村直己    世界五大陸最高峰登頂などの功 (アラスカで行方不明)
・昭和59年10月9日  山下泰裕    柔道における真摯な精進 前人未到の記録達成などの功
・昭和62年6月22日  衣笠祥雄    野球における真摯な精進 前人未到の記録達成の功
・平成 元年 7月 6日  美空ひばり   真摯な精進 歌謡曲を通じて国民に夢と希望を与えた功 (平成元年6月24日死去)
・平成 元年9月29日   千代の富士  真摯な精進 相撲界への著しい貢献の功
・平成 4年 5月28日  藤山一郎    歌謡曲を通じて国民に希望と励ましを与えた功。美しい日本語の普及に貢献 (平成5年8月21日死去)
・平成 4年 7月28日  長谷川町子  家庭漫画を通じて戦後の我が国社会に潤いと安らぎを与えた功 (平成4年5月27日死去)
・平成 5年 2月26日  服部良一    数多くの歌謡曲を作り国民に希望と潤いを与えた功 (平成5年1月30日死去)
・平成 8年 9月  3日  渥美清       映画「男はつらいよ」シリーズを通じ人情味豊かな演技で広く国民に喜びと潤いを与えた功 (平成8年8月4日死去)
・平成10年 7月 7日  吉田正      「吉田メロディー」の作曲により国民に夢と希望と潤いを与えた功 (平成10年6月10日死去)
・平成10年10月1日  黒澤明     数々の不朽の名作によって国民に深い感動を与えるとともに世界の映画史に輝かしい足跡を残された功 (平成10年9月6日死去)
・平成12年10月30日   高橋尚子    2000年シドニーオリンピック女子マラソンで優勝。陸上競技で日本女子選手初の金メダルを獲得し国民に深い感動と勇気を与えた功
・平成21年 1月23日  遠藤 実     世代を超えて長く愛唱される、情感に満ちあふれた名曲を数多く世に送り出し、国民に夢と希望と潤いを与えた
・平成21年 7月 1日  森 光子    長年にわたり芸能分野の第一線で活躍し、特に『放浪記』において2000回を超える主演を務め、国民に夢と希望と潤いを与えた
・平成21年12月22日   森繁久弥    芸能の分野において長年にわたり第一線で多彩な活躍をされ、数多くの優れた演技と歌唱は広く国民に愛され、夢と希望と潤いを
                         与えた (平成21年11月10日死去)
・平成23年8月18日 なでしこジャパン 最後まで諦めないひたむきな姿勢が国民にさわやかな感動と、東日本大震災などの困難に立ち向かう勇気を与えた


関空開港記念日

2012-09-04 | 時事

関西国際空港が開港して今日で18年になりました。

関西国際空港は1994年(平成6年)9月4日午前0時に、世界初の本格的な海上空港として、そして日本初の24時間運用空港として開港しました。
航空審議会が「泉州沖が最適」と答申してから20年目のことです。

(関空開港の経緯)
高度成長期にさしかかっていた1960年代、発着能力・利用者数など航空需要の拡大が当時想定されていた中、拡張余地の乏しい伊丹空港のみでは将来の需要に対処できないとの想定から「関西第二空港」の建設が提起されました。
1963年(昭和38年)に総理府内近畿圏整備本部から提出された「大阪国際空港拡張整備と第2国際空港建設」計画が閣議了承されました。
「関西第二空港」は、大阪南港沖・神戸沖・明石沖・淡路島・泉州沖などの予定地の中から泉州沖が建設地に選定されたものです。

・衛星から見た関西国際空港です。(ウィキペディアより)


開港からの歩みを関西国際空港HPよりご紹介します。

・1987年1月27日「安全祈願式典」が当時はまだ海であった建設予定地で行われました。
 写真右は当時の運輸大臣 橋本龍太郎氏です。


・皇太子殿下・皇太子妃殿下が御臨席されて1994年8月29日「開港記念式典」が行われました。両殿下おそろいでの大阪はこれが初めてとのことでした。


・1994年9月4日 「開港式」です。
 午前5時57分、テープカットとくす玉割りに続き、グアムからの臨時便が開港一番機として到着しました。


・1994年9月4日「国際線出発一番機」です。当時はまだ鼻息が荒かったJALのホノルル線です。


・1994年9月5日「コンコルド」が飛来しました。
 超音速旅客機コンコルドはメモリアルフライトで飛来しましたが、今は退役した夢の旅客機です。


・1994年12月12日「国際線出発旅客100万人達成」
 開港後 3か月余りで達成したものです。ちなみに2010年度末時点では、国際線出発旅客は約8,830万人となりました。

・2004年9月4日「開港10周年」
 NHKの朝のテレビ小説「ふたりっ子」でブームを巻き起こした「三倉 茉奈さん・佳奈さん」が関空親善大使に就任されました。


・2007(平成19年)年8月2日、第2滑走路がオープンしました。
 4000m級の複数滑走路を備えた、日本初の完全24時間運用が可能な空港になりました。


・2012年(平成24年)、全日空が設立した格安航空会社(LCC)、peachは関空を拠点空港としました。
 空港会社では、その他にも格安航空会社の誘致に熱心となっているようです。



秋ナス栽培

2012-09-03 | 家庭菜園

8月20日に秋ナス栽培のための「ナスの剪定」をご紹介しました。
その時には1カ月ほどで収獲できると書きましたが、10日余りで早くも秋ナスが実り始めました。
今はやりの言葉を使わしていただくと、想定外の速さにビックリしているところです。

・これは8月20日に剪定したナスの茎です。


・新しく伸びた茎に花が咲き始めました。


・8月28日、一部の茎には小さなナスが実りました。


・そして 昨日にはここまで大きくなり、間もなく収獲ができそうです。


秋ナス第1号は色艶もよく、とても美味しそうです。
「秋茄子(あきなすび)嫁に食わすな」という諺がありますが、美味しそうなこのナスを見ると、嫁いびりをするような姑は、自分が食べてしまうかもしれませんね。



「南海トラフ巨大地震」被害想定

2012-09-02 | 時事

昨日は「防災の日」でした。
数日前には、私たちに防災意識を喚起させるかのように、フィリピンとエルサルバドル沖でそれぞれM7.6とM7.4の大きな地震がありました。

日本では「防災の日」を前にした8月30日に、「中央防災会議」と内閣府作業チームが
・名古屋・静岡など中部地方近隣の「東海地震」、
・関西と四国地方の「東南海地震」、
・そして四国から九州地方に達する「南海地震」
が同時に起きる「南海トラフ巨大地震」が発生した場合の被害規模を9年ぶりに修正発表しました。

それによれば、日本の中西部にかけて巨大地震が発生した場合、最大32万3000人が死亡するというものです。
9年前の2003年に推定した最大被害者規模は2万5000人で、当時に比べて予想死者数は13倍に増えています。
そして、同時巨大地震の規模は最大マグニチュード9.1と想定し、この地震が発生した場合、震度7以上の衝撃が10県に及ぶと予想されています。
また、高さ20メートル以上の津波が予想される地域は8県で、最も高い津波予想地域は最大34メートルと予想された高知県黒潮町となっています。

更に、最悪被害は地震が冬季深夜の時間帯に発生した場合で32万3000人の犠牲者のうち71%である23万人は津波で死亡すると予想されており、最も犠牲者が多い地域は静岡県で10万9000人と予想されています。

なお、日本政府が提示している今後30年以内に大規模地震が発生する確率は
・東海地震   88%
・東南海地震 70%
・南海地震   60%
となっています。

発表された被害想定は、昨年の3.11東日本大震災による犠牲者(約1万8800人)の17倍を超える規模であり、ほとんどの新聞がこれを1面トップ記事で報道してから、日本各地でラーメンや水など非常食、懐中電灯や乾電池など避難に必要な物品が飛ぶように売れたそうです。

巨大地震の発生確率が非常に高くなってきています。
防災について全面的に行政に頼るのではなく、個人でできることについては、可能な限りその対策を講じておきたいものです。


宝塚歌劇団レビュー記念日

2012-09-01 | 雑学

神戸市に生まれ、1928年(昭和3年)に12歳で宝塚音楽歌劇学校(現・宝塚音楽学校)に入学し、翌年には初舞台に立ち、戦前から宝塚歌劇団の男役スターとして活躍した春日野八千代(かすがの・やちよ)さんが先月29日午前10時34分、肺炎のため96歳で亡くなりました。
春日野さんは端正な顔立ちと、りりしい立ち姿で宝塚を代表する二枚目男役スターとして人気を集め、「白薔薇(ばら)のプリンス」と呼ばれた最年長の団員で、今に続く男役演技の原型を作った方と言われています。

今日、9月1日はその「宝塚歌劇団のレビュー記念日」だそうです。
レビューとは、歌、コントなどを並べた劇場用の芸能の事で、1927年(昭和2年)の今日9月1日、日本最初のレビュー「モン・パリ」が宝塚大劇場で初演されたのを記念して、1989年(平成元年)に宝塚歌劇団が記念日として創設したものです。
その目的は、レビューを輸入して日本の舞台に乗せたことを記念するとともに、宝塚レビューの灯を盛んにしようということだそうです。

・宝塚大劇場です(宝塚歌劇団HPより)


宝塚歌劇団は、阪急電鉄の創始者小林一三が1913(大正2)年に「宝塚唱歌隊」として創設したもので、翌年に初公演を行い、1919年(大正8年)に「宝塚少女歌劇団」、1940年(昭和15年)に現在の「宝塚歌劇団」に改称されました。

宝塚歌劇の舞台に立つために、どうしても通過しなければならない青春の門があります。
それは宝塚音楽学校です。
この学校は宝塚を目指す少女たちの憧れの的であり、毎年同校への入学は二十数倍の難関となっているようです。
宝塚音楽学校では、校訓「清く、正しく、美しく」の教えに基づいて、礼儀作法やマナーの学習も大変重視しており、例え舞台に立たなくても、一人の女性として、そして社会人としての教養を高めるのに大いに役立つものと言われています。