退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「愚かさ」の理由について

2010-11-14 04:53:20 | Weblog
晴れ。だったはず。

本が切れたので適当に選んで
内田樹「下流社会」を流し読む。

わからないものに対して好奇心でなく初めから「対価」を要求することの愚。
そういう環境に置かれてしまった子どもたちは貧しい。

気が付けば何度「貧しい」という言葉を使ったかしれないけれど
事ほど左様に「貧しい」事実がある。

端からなんでもわかっていれば苦労はない。
人は一寸先がわからないのが基本なのに。

そこで浮かび上がってくるのが「時間」。
とりあえず長くお付き合いするのかどうかという「姿勢」。

たとえば「結婚」というのも本来はそういうもので。
たまに会うのが情熱の元とも知らず共に暮らせば「寛容」のみが重要。

「恋」は病気なので長続きしないもの。
「愛」は長続きすることを前提として付き合うもの。

「この人でなければ」と思うのは錯覚で
「この人でよかったかも」というのがそこそこな現実。

お互いたかが知れているのだから
「予想もつかない未来」をいたずらに限定したところでしかたがない。

ただしそうした「真実」はいかにも味気ないので
人はついつい「情熱」に走ったりする。
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