退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「昨日と今日のあれこれ再び」について

2024-07-01 02:15:12 | Weblog
雨のちくもり。蒸し暑いこと夥しく。

昨日は久方ぶりの仕事場の飲み会。

いささか酒が足らず帰宅後シャワーを浴びて飲み直したところ。
気付かぬうちに爆睡。

「恐怖 ダリオ・アルジェント自伝」を読む。

やはり「妙な人」と言うよりない内容。
「サスペリア」(’77)がよく知られていて。

2000年以降の後期の作品は観ていないのだけれど。
「歓びの毒牙」(’70)のお洒落な恐怖は知っておいていいかも。

ベルトルッチやセルジオ・レオーネあるいはジョージ・A・ロメロとの関係など。
「デモンズ」シリーズも含めてホラー映画に大いに影響を与えた人であるのは確か。

ゴブリンの音楽はジョン・カーペンターも真似をしたり。
それにしても。

娘たちも含めて「女性との関係」が微妙。
かつて「捨てられた恋人」に「復讐」したり。

おそらくは「そばにいたら厄介な人」で。
本人の姿が「ほぼホラー」だったりする。

斎藤淳子「シン・中国人」を読む。

異様なスピードでの「変化」がかの国にもたらしたものよ。
「世代間の断絶ぶり」も大きく。

「生き延びるための壮絶さ」がわが国とは比べものにならないほど。
「不動産バブル」も今は弾けて。

悪いが「こういう環境の下」では暮らしたくないと思うことしきり。
もっとも「生まれ」を選ぶことは出来ず。

北京にすべてが集中する現実は韓国に似て。
もちろんわが国も同じく。

この種の「アジア的なもの」はどう処理したらいいのだろう。
のんびり暮らしている自分には想像もつかず。

マル激を観る。

今回は「間違いだらけの水害対策」について。
ただし内容が非常に難しい。

基本は「官僚による『自分たちは間違っていない』と言うためのアリバイ作り」。
とはいえ本編の主張を共有するのはたぶん「無理筋」。

簡潔に言うなら「自然の複雑さはわれわれの脳が要求する単純さには馴染まない」。
少なくとも「防災」は不可能なので「減災」しかないことを「共通認識」にしたいもの。

「正しいこと」が伝わらないことをあらためて。
現在の「劣化」を思えばどうしようもなく。

ニムロッド・アーントル「バッド・デイ・ドライブ」(’23)を観る。

設定はヤン・デ・ボン「スピード」(’94)。
リーアム・ニーソンもすでに72歳。

マシュー・モディーンはこんな風になったのね。
アラン・パーカー「バーディ」はもう40年前になるのか。

残念ながら「オチ」がダメ。
「論理的にありえない」から。

犯人も動機もわからないまま物語は進行するものの。
それでこれですかといった趣き。

ノーマ・ドゥメズウェニの警部はもっと魅力的であってしかるべきなのに。
彼女をもっと活かしてもらいたかったところ。

それにしても。
「家族」は崩壊して久しいというのにこのパターンが繰り返されるのはなぜ。

かくもかように「幻想」が維持されるのは。
それが「数少ないもの」だからだと思っていいはず。
コメント
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