くもり。晴れの予想だったが。
谷譲次「踊る地平線(下)」を読む。
「血と砂」の闘牛のスペインからポルトガル。
モナコはモンテ・カルロのカジノの妖しさに至り。
イタリアの「スパイ騒動」やスイスはサン・モリッツの「冬のスポーツ」など。
そしてようやくの「帰国」まで。
いろんな姿で生きていた人間たちよ。
そこに少し「物語」を加えて。
しっぷ・あほうい!
「そして船は行く」という趣き。
繰り返すが1928年からその翌年までのあれこれ。
この旅を知らないのは損なはず、えいんねっ?
2作ほど映画を観たのだけれどいずれも微妙。
前者は「エロもの」で後者は「カルト+エイリアンもの」。
たまにはこういう日があってもいいか。
「欲望がそそられる」のは実は「隣の芝生は青い」せいだったり。
「ひたすら好きにすればいいだけ」なのに。
「神経症」を映画にしても面白くなく。
「狂う」なら魅力的にと思うのみ。
いずれにせよ「異常」は「常識」によって測られる。
もっともややこしいのは「常識」が「時代によって変わること」。
ニュースで熱湯をかけて幼子を殺した夫婦の事件を知る。
「ふたりだけの世界」が好ましいなら「養子」に出せばいいのに。
「そうした手段」を知らないゆえの「貧しさ」を覚えておこう。
「無知がもたらす残酷さ」はかつての「間引き感覚」に近く。
かくも「弱きもの」が悲惨な目に遭うのは。
夫婦が「その種の存在」だったからと思えばいいだろう。
実はあらゆる場所で起きている「現実」。
例えば息子による「母親の死体遺棄」は「どう処理したらいいのかわからない」だけだったり。
「無職」ゆえに「年金」を得たいがためもあるのだろう。
つまりは「最低限の生活」を維持する方策を「知らない」ため。
こうした「圧倒的な貧しさ」が各地に。
残念ながらこの種の事実をマスコミは「事件」としてしか報じず。
「貧しい者たち」の「娯楽」は「弱い者いじめ」になりがちで。
彼ら彼女らの「貧しさ」をどうにかしないとどうにも。
つまりは。
「現実に関する認識」がどこまでいっても「まとも」ではなく。
わが国はすでに「発展途上国」で「途方もない貧しさ」が「普通」であるのだから。
谷譲次「踊る地平線(下)」を読む。
「血と砂」の闘牛のスペインからポルトガル。
モナコはモンテ・カルロのカジノの妖しさに至り。
イタリアの「スパイ騒動」やスイスはサン・モリッツの「冬のスポーツ」など。
そしてようやくの「帰国」まで。
いろんな姿で生きていた人間たちよ。
そこに少し「物語」を加えて。
しっぷ・あほうい!
「そして船は行く」という趣き。
繰り返すが1928年からその翌年までのあれこれ。
この旅を知らないのは損なはず、えいんねっ?
2作ほど映画を観たのだけれどいずれも微妙。
前者は「エロもの」で後者は「カルト+エイリアンもの」。
たまにはこういう日があってもいいか。
「欲望がそそられる」のは実は「隣の芝生は青い」せいだったり。
「ひたすら好きにすればいいだけ」なのに。
「神経症」を映画にしても面白くなく。
「狂う」なら魅力的にと思うのみ。
いずれにせよ「異常」は「常識」によって測られる。
もっともややこしいのは「常識」が「時代によって変わること」。
ニュースで熱湯をかけて幼子を殺した夫婦の事件を知る。
「ふたりだけの世界」が好ましいなら「養子」に出せばいいのに。
「そうした手段」を知らないゆえの「貧しさ」を覚えておこう。
「無知がもたらす残酷さ」はかつての「間引き感覚」に近く。
かくも「弱きもの」が悲惨な目に遭うのは。
夫婦が「その種の存在」だったからと思えばいいだろう。
実はあらゆる場所で起きている「現実」。
例えば息子による「母親の死体遺棄」は「どう処理したらいいのかわからない」だけだったり。
「無職」ゆえに「年金」を得たいがためもあるのだろう。
つまりは「最低限の生活」を維持する方策を「知らない」ため。
こうした「圧倒的な貧しさ」が各地に。
残念ながらこの種の事実をマスコミは「事件」としてしか報じず。
「貧しい者たち」の「娯楽」は「弱い者いじめ」になりがちで。
彼ら彼女らの「貧しさ」をどうにかしないとどうにも。
つまりは。
「現実に関する認識」がどこまでいっても「まとも」ではなく。
わが国はすでに「発展途上国」で「途方もない貧しさ」が「普通」であるのだから。
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