退屈日記

とりあえず日々のつれづれを。

「隠れる場所があること」について

2012-06-12 02:58:27 | Weblog
くもり。今日も風が吹く。

ローレンス・レッシグ「CODE Version2.0」を読み始める。

「自由な空間」として始まったはずの「サイバー空間」が
いかに「現実のあれこれ」によって規制されやすいものかを説いている模様。

著者の出す事例は非常にわかりやすく文章も読みやすい。
要は「リアルな世界の基準でヤバイものに誰もが接触できてしまうこと」が引き起こす問題をどうするのか。

当然のように「誰もが接触できること」は「マズい」という判断の下
「アクセスの規制」が「アーキテクチャ=仕組み」としてさまざまなものに盛り込まれることに。

そのために「個人的」にも「地理的」にも確保されていた「匿名性」が侵され
「商売の都合」によっても利用されたりもするらしい。

なるほど「サイバー空間」にはそうした「問題」があったのかとうなずく。
今後の展開も興味深いところ。

若い知り合いに偶然最近の「カラオケ事情」を聞く。
カラオケの音量を自分の声が聞こえないほど大きくして歌ったりするのだと。

「初めて聴く録音された自分の声」がもたらす違和感は誰もが知るところだけれど
「カラオケという密室」でそこまで神経を使うとはいやはや。

アニメ曲を連続して流し
自分は歌わずに好きな場面のみを見るとDVDを借りるより「安上がり」になるとも。

思いがけない「利用法」に驚くことしきり。
出来ればもう少し「おおらか」であってもらいたいものではある。

「過敏すぎる神経のあり方」について文句をつけることもできるとはいえ
どうしてそんなに過敏になったのかを思うと「不幸な匂い」が漂い始めていささか鼻白む。

どうやら「現実の世界」は「ジャングル」のようで
それならばいっそ「秘境」でもあればと願うのみ。
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