晴れ。今宵も冷える。
「イスラームから世界を見る」読了。
「人為」を信じずすべてを「神の意志」に委ねるのもひとつの態度。
自らの信仰を押し付けないのも悪くない。
何よりかつて「共存」を実現した事実には説得力がある。
「パシュトゥン・ワリ」というパシュトゥン人の「仁義」もなかなかのもの。
何より実はヨーロッパが「暴力的」であること。
そういう視点はもっとあってもいいだろう。
繰り返すが「敵ながら天晴れ」と思える相手がわれわれには必要。
その時「敵」は「どう始末しようと構わない存在」ではなくなるから。
もちろんわれわれがそうした存在になるべく努力することも重要。
さもないと適当にあしらわれてしまうから。
ある種の「筋を通す」ということは
「不自然」であるがゆえに人に何らかの印象を残すものではある。
どうやら「宗教」という「不自然」は
われわれが生きていく上でまだまだ必要なものらしい。
「科学」がその立場を乗っ取って久しいとはいえ
いたずらに「宗教」に対する「優越感」をひけらかすだけでは心許ないかぎり。
なぜなら「優越感」を求める心そのものが
自らが決してそうした存在ではないということを明らかに物語っているから。
「お熱いのがお好き」のラストでのジョー・E・(大口)・ブラウンの台詞を思い出そう。
自分が惚れた女装のジャック・レモンが男であることを明らかにした後で彼は高らかに言う。
「完璧な人間などいない」。
「不安」に付け込まれるくらいなら「笑ってしまうこと」。
そういう「健全」を失うと人はいたずらに「残酷」になる。
「イスラームから世界を見る」読了。
「人為」を信じずすべてを「神の意志」に委ねるのもひとつの態度。
自らの信仰を押し付けないのも悪くない。
何よりかつて「共存」を実現した事実には説得力がある。
「パシュトゥン・ワリ」というパシュトゥン人の「仁義」もなかなかのもの。
何より実はヨーロッパが「暴力的」であること。
そういう視点はもっとあってもいいだろう。
繰り返すが「敵ながら天晴れ」と思える相手がわれわれには必要。
その時「敵」は「どう始末しようと構わない存在」ではなくなるから。
もちろんわれわれがそうした存在になるべく努力することも重要。
さもないと適当にあしらわれてしまうから。
ある種の「筋を通す」ということは
「不自然」であるがゆえに人に何らかの印象を残すものではある。
どうやら「宗教」という「不自然」は
われわれが生きていく上でまだまだ必要なものらしい。
「科学」がその立場を乗っ取って久しいとはいえ
いたずらに「宗教」に対する「優越感」をひけらかすだけでは心許ないかぎり。
なぜなら「優越感」を求める心そのものが
自らが決してそうした存在ではないということを明らかに物語っているから。
「お熱いのがお好き」のラストでのジョー・E・(大口)・ブラウンの台詞を思い出そう。
自分が惚れた女装のジャック・レモンが男であることを明らかにした後で彼は高らかに言う。
「完璧な人間などいない」。
「不安」に付け込まれるくらいなら「笑ってしまうこと」。
そういう「健全」を失うと人はいたずらに「残酷」になる。
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