地球散歩

地球は広いようで狭い。言葉は違うようで似ている。人生は長いようで短い。一度しかない人生面白おかしく歩いてしまおう。

2008-11-25 00:07:22 | つれづれ帳

oiţe(オイツェ・ルーマニア語)


伝説が息づくルーマニア。「森の彼方の国」トランシルヴァニア地方から、樅の木が鬱蒼と茂るカルパチア山脈を越え、さらに列車は北へと向かう。車窓からは春の花に覆われた小高い丘が次々に流れ込んでくる。ところどころに高く積まれた干草の匂い。木々の淡い萌黄色。そして、春を迎え放牧を始めたばかりの羊たちの群れ。牧羊犬の咆哮が、遥か遠くから耳に届く。目にする全てが淡い匂いと光を伴って届いてくる。

ルーマニア北部に残る秘境、マラムレシュ地方。童話の世界の衣装を着た人々が、木造の教会から顔を覗かせる。ここでは人々の暮らしは羊と共にある。雪に固く閉ざされた冬を越え、北の大地が若草色に芽吹く頃、人々は放牧の始まりを祝い、男たちは羊を連れ森へ向かう。野は祝祭と羊で溢れ返る。この地では、人が自然との親和性を実感し大地と溶け合う瞬間、辺りは喜びの歌に包まれる。春から冬へ。生から死へ。ルーマニアの人々の暮らしは、豊かなフォークロール(民謡)やバラーダ(即興叙事詩)と共にある。

「バラーダ」の中でも、ルーマニア国民に最も愛され馴染みのあるのが「ミオリッツァ」だという。「ミオリッツァ」とは、ルーマニア語で雌羊のこと。異国の牧童の裏切りを受け、自らが殺められる運命にあることを千里眼のミオリッツァから知らされた羊飼いが、「死」を自然との「婚礼」に喩え、来たるべき死と運命を静かに受け入れる。美しく静謐なその詩篇からは、ルーマニアの丘や谷、木々や花々、澄んだ星空、そしてルーマニアの人々の精神性が自ずと浮かび上がってくる。

ルーマニアの国民的作曲家キプリアン・ポルンベスクの「望郷のバラード」を横糸に、激動のルーマニア革命を情緒豊かに、情熱的に、壮大なスケールで描いた高樹のぶ子氏の作品『百年の預言』の中で、この詩は物語の大きな鍵となっている。
ある登場人物が死の直前にミオリッツァの一節を口ずさむシーンがある。作中、歴史に翻弄され死へと導かれた女が呟いたミオリッツァの詩篇の底流には、崇高な魂が奏でる旋律が流れていた。


幻想小説を数多く残したルーマニアの偉大な宗教学者ミルチャ・エリアーデ。彼の長編小説『妖精たちの夜』の中でもやはり、主人公が死の間際にミオリッツァを朗誦していたように記憶する。
ルーマニアの大地が抱える自然を目の当たりにすると、「俗」の中に顕現する「聖」をとらえたエリアーデの作品群が、より鮮明な「色」を伴って響いてくる。そして、生と死は円環しているものだと実感する。

ルーマニアの人々はキリスト教世界にありながら、「死」を自然との交歓と捉えているのだろうか。あたかも死は、一種の情熱を持って向かっていくべき魂の故郷であるかのように。

マラムレシュの田舎の暮らし、羊たちの歌、雪が残る深緑色の森。そして、その森を彷徨う哀調の旋律。その素朴で優しげな生は、時に情熱を秘めた死の香を伴って立ち上ってくる。(m)


アラビア語英語ギリシャ語スペイン語 、ペルシャ語日本語 の羊。最後まで読んでくださった皆さんに、mulţumesc!(ムルツメスク!:ありがとう!)写真はマラムレシュ、初春の田舎の風景。望郷のバラード。ヴァイオリンの旋律に乗せて・・・漂うようにクリックをお願い!人気blogランキングへ 



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6 コメント

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Unknown (タヌ子)
2008-11-27 01:22:01
枯木立ばかり眺めている今日この頃、この春の緑豊かな景色は生命を感じさせてくれます。
ルーマニアは同じヨーロッパでありながら、なんだか遠い存在。
知っているのはチャウシェスクとコマネチぐらいで、お恥ずかしいばかり。
ルーマニアの文化についても触れる機会があまりなく、考えたこともありませんでした。
でも、奥様がルーマニア出身の奥様をお持ちの知人が数名いるので、今度ゆっくりお話を伺ってみたいな、と思いました。
ルーマニアの作家の本を読んでみるのもいいかも知れません。
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タヌ子さん (mitra)
2008-11-27 14:28:57
季節外れの写真にも関わらず、嬉しいコメントを頂きました。
ありがとうございます!
初春のルーマニア(5月)は、写真のようにとても美しい風景が
広がっていました。
ルーマニアは私にとって、宗教、文学、ロマ、音楽などなど、
非常に思い入れが強い国のひとつです。
クロアチアにお住まいのタヌ子さん、同じバルカン半島の国
で羨ましい(笑)!(いや、本当はクロアチアも好きなんですよ!)
お知り合いにルーマニア人の方がいらっしゃるとのことですし
それに、クロアチアから割合近い場所にいらっしゃいますし、
もし機会があったらいらしてみてくだい!
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羊といえば (yuu)
2008-11-29 20:41:35
アルプスの少女ハイジをすぐに思い出してしまいます~(笑)
ついこの間、イタリアの羊飼いさんのお話を
テレビで見ましたが、ルーマニアにもたくさん
いるのですね~。やはりあちらは羊の文化なんですね^^
ルーマニアにはルーマニアの精神性、文化があって…
どんな人々が、どんな気持ちで住んでいるんだろう!?
そう思うと、ワクワクです☆
まだまだ、地球は広いなぁ♪
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yuuさん (mitra)
2008-12-01 12:59:10
なるほど~。羊と言えばハイジですね(笑)。
地中海地域(まあ、バルカン半島は厳密には地中海地域では
ありませんが)は、羊の宝庫ですしね!
ルーマニアのことはあまり知られていませんが、とても興味深い
国です。私も一度きりしか訪れたことがないのですが、思い入れ
だけはいっぱい。再訪したいなあとずっと思っているのですが。
地球は広いですよね~。
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スケープゴート? (マーク)
2008-12-25 18:09:57
引用としては正しくないと思いますが、思わず「スケープゴート」という言葉を思い出してしまいました。。。

その羊飼いの持つ、崇高な精神世界にまで登ることができたらすごいのでしょうけど・・・・、ある意味、解脱でしょうか。。。


煩悩の多い私には到底到達できない精神レベルです。


※ひとつ前の記事にもコメントさせていただきました(mOm)
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マークさん (mitra)
2008-12-28 16:30:01
興味深い、そして、深い考察をありがとうございます。このバラーダ「ミオリッツァ」の解釈は大変に難しいらしく、多くの議論があるそうです。「スケープゴート」という観念に結びつくのも不自然ではないですよね。
でも、マークさん自身もお気づきのように、ミオリッツァは、「贖罪」に、そしてその「身代わり」としての存在に結び付けて考えるよりも、むしろルーマニアのキリスト教以前の文化との結びつき、強いて言えば、自然との関わりの中から生まれてきた「原始的」な精神性の要素を強く感じさせられます。尤も、周囲の国々から常に侵略を受けてきた歴史を持つルーマニアですし、ミオリッツァの内容も字義通りに捉えれば、周囲の二民族から「殺される」運命にある牧童を羊が救うというお話ですから、「犠牲」の意味合いもあるのかもしれません。
いずれにしろ仏教に親しみ、自然の中に神を発見する私たちの方が、西洋人よりも親しみやすい感覚かもしれませんよね。
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