ماه(マーフ)
繊細な「円環」を描き続けるタイル模様。その唐草の円舞が無限に連なり、天高く聳えるモスクの巨大なドームを覆っている。どこまでも青い中天に威風堂々と浮かび上がるペルシャン・ブルーの絢爛さに心奪われる。夜になる。月夜の光の下で見上げるペルシャのモスクは淡い金色に揺らめいて、たちまちに夢幻の世界を現出させる。見上げた丸天井の描線はゆらゆらと揺らめき、日本で見るより強烈な月光と混じり合い、手のひらに零れ落ちてくる。イランで眺める月夜の光景は、多くの時を経た今でも中世の千夜一夜の世界へ「夢見人」を誘ってくれる。
イスラームの国の中には、三日月(新月)の文様を国旗に採用している国がある。これは、オスマン・トルコが「発展」のシンボルとして新月を用いたことに由来する。以上のことから、イスラームで「月」と言えばクレッセントのイメージが強い。しかし、イランではどちらかというと満月が好まれる印象を受ける。様々な隠喩を駆使し、流れるような、しかし円環する旋律を生み出すペルシャ詩において、「満月」は美しい女性の顔(輪郭)を表現する上でしばしば用いられる。「月の顔(かんばせ)」と言えば、ペルシャの典型的な美女の喩えだ。女性の美を表現するペルシャ語の語彙の豊富さ・瀟洒な表現にはいつも驚かされるが、日頃褒められ慣れていない日本女性にとっては、ペルシャ詩の美の世界は時に読んでいて気恥ずかしい。
詩と同様に豊穣な世界を繰り広げるペルシャ神話。ここに、月に関する神話は見当たらないだろうか。世界の多くの神話において、月は重要な役割を担っているのだから。
ところが、太陽が王権のシンボルとして重要性を担っていたのに対し、月にまつわるまとまった噺は、私が知る限りペルシャ神話の中に見あたらない。
かつてゾロアスター教の儀式に用いられた幻覚性を持つ「ハオマ」という植物がある。ハオマは神格化され「不死」を表す神として祀られた。ペルシャ神話とルーツを同じくするインド神話(バラモン教)にも、この植物は「ソーマ」という名前で登場する。ソーマは後のヒンドゥー教で月の神となった。月が満ちては欠け再生し続ける様は、「不死」を容易に連想させたことだろう。しかし、ペルシャ神話においてハオマと月が結びつき、「永劫」となる機会は訪れなかった。
ペルシャの月。神話の世界で栄光の瞬間を持つことはなかったものの、月がモスクと共に織り成す光景は無条件に美しい。あたかもペルシャ詩に現れる「月のかんばせ」の美女のごとく。太陽の強烈な光線の中で眺めるモスクが威風堂々としたペルシャの王ならば、月夜のそれは、まさしく月光のダイヤを纏った艶やかな王妃の姿であろう。(m)
*ギリシャ語の「月」の記事で、ギリシャ神話の神々の世界へトリップ!
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空気の澄んだ季節へ向かい、月は輝きを増しています。
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