地球散歩

地球は広いようで狭い。言葉は違うようで似ている。人生は長いようで短い。一度しかない人生面白おかしく歩いてしまおう。

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2012-04-30 22:09:54 | アラビア語(UAE)

نَهْر(ナハル)

 

 ドバイ・クリーク沿いを歩くのはとても楽しい。世界中から集まってきたコンテナの脇を歩く時は、隙を突いてコンテナにもぐりこめないかと、挙動不審になったり、布地市場周辺では、きらめく反物に見とれ、服に仕立てるか、ファブリックにするかバックになるかなど、隣の店に行くまでに時間がかかる。
 と、こんな人は私だけか…
 ふと、運河に目をやると、あふれんばかりの人を乗せた水上バスが行きかっている。観光客がカメラで写真を撮るレンズが、反射してきらめく一艘…
 早く降りたくて、対岸に着くのをうずうずしている商人が沢山乗っている一艘…
 どちらもが混在している舟、女学生でわいわいしている舟…舟も新旧いろいろ。この舟はちょっと…と思えば待っていれば良い。
 ドバイと言えば、買い物天国と高くてピカピカのビルディング。世界のお金持ちが集まってくるところというイメージである。
 そんなまぼろしのような世界よりも、私にはこの川沿いを散歩する方が心落ち着く。
 人々の息遣いが聞こえる。市場ではイラン産のスパイスを勧められて、懐かしいペルシャを思い出す。
 河は、世界を、時をつなぐと言う。
 ドバイではそれを強く感じる。[a]

悠久の流れ…ドバイ・クリーク
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2012-04-21 22:42:32 | つれづれ帳

गंगा नदी (ガンガ ナディ)

 

インドに訪れて、私の中の小さな価値観は、激しく破壊された。想像を絶する世界だった。何もかもが、信じられなかった。

 

でも、ガンジス河の美しさを考えたら…インド人たちから受け取った優しさを考えたら…旅友からもらった笑顔を考えたら。破壊だけではなかった。確かに。

 

そこには、愛があった。それも、私がこれまで想像したこともない、深遠なる愛が。

 

フラットな世界観が破壊され、深遠なる宇宙に放り出された感じ。

 

宇宙は深い。人生も、深い。

 

この感覚は、これから私自身の人生にも起きてくる、未知なる人生を暗示しているのかもしれない。

 

深遠なる宇宙に突然放り出され、どこをどう泳ぐべきなのか…?

 

それは、愛なんだよって、教えられた気がする。愛があれば大丈夫なんだよってね。

 

きっと私は、これからももっと深遠なる愛を知ることになるだろう。だから、宇宙の意図に身を任せ…愛を知ればいい。

 

生と死が同時に存在する、聖なる河、ガンジス河。ものすごい体験、インドが嫌いになんかなるものか。病に倒れたのはやや荒療法だけど、インドのシヴァ神らしい導きだったと思う。

 

全てに、愛をこめて。インドに、愛をこめて。ありがとう。[y]

 

あなたにも、ガンジス河の美しさを知ってほしい。行きたい人はクリックよろしく!

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遺跡(ヒンディ語)

2012-04-14 22:52:28 | つれづれ帳

रिक्थदाय (リクタダヤ)

「これが、世界の憧れの宮殿、タージ・マハルだよ」

そんな風に案内されたタージ・マハル。お気づきだろうか、これは、タージ・マハルを背中から写したもの。

私は、遠路はるばる、インドはアーグラー、タージ・マハルのお膝元までやってきて、不覚にも倒れてしまった。翌日の観光には参加できず、やっと元気になったこの日は閉館日。つまり、アーグラーまで来て、タージ・マハルに入館することができなかったのである。それで、川岸の写真スポットに案内された、というわけ。

「これで50%は見たね。今度こそ100%見るために、また戻っておいで」

インド人ガイドは、笑顔でそう言った。そうだね、また、機会があったら…でも、私はもう十分、ここで学ぶべきことは学んだ気がするよ。だって、私はあなたたち、インド人に会えたから。

旅先で病に倒れた私を、ホテルの従業員は、出来る限りのことをしてくれた。せっせと運ばれてくる無料の食事。「早く良くなってね!」という従業員たちのサイン入りのメッセージ・カード。チェックアウトする時の「もう大丈夫なのか?」という声かけ。帰国してしばらく経つと、旅行会社から電話が。なんと、そのホテルに(申し訳ないが)捨てて行ったはずの靴や洋服が、「忘れ物」ということで日本に届けられたそうである。

世界の憧れの宮殿には入れなかったかもしれないけれど…私には、古の巨大な建造物よりも、現代に生きるインド人の優しさの方が、身に沁みて嬉しかった。

きっとこれからも、タージ・マハルを目にするたびに、同じ時を生きる彼らインド人を思い出すことだろう。これ以上、何を学べるというのだろう?ありがとう、タージ・マハル![y]

タージ・マハル、きれいだったよ~☆行きたい人はクリックよろしく!人気ブログランキングへ

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2012-04-09 23:25:28 | アラビア語(エジプト)

مَقْبَرَة (マクバラ)

 春のエジプトで思い出すもの言えば、お墓。
 日本のようにお彼岸があるわけではない。
 エジプトの春の風物詩、春香祭からの連想である。
 これについては以前書いたが、魚の塩漬けを食べて春の到来をピクニックしながら楽しむという、古代から続いている祭り。
 ピクニックと言えば、墓参りという連想である。
 沖縄には亀甲墓というものがあり(これについても沖縄からの手紙を読まれたし)お墓の前でピクニックするが、エジプトでも古代より、お墓参りして、その場でピクニックの習慣が今でも残っている。
 イスラームでは、墓は持たないことになっているが、エジプトでは古代エジプトのように庭付きの家のような墓が現存する。
 写真は階段ピラミッドの麓である。お墓の脇がすぐ家になっており、ベンチが立てかけてある。夏はこのベンチで、寝ていることだろう。
 ムハンマド・アリモスクや市場、ハンハリーリにほど近いところに「死者の町」というところがある。
 なんとも恐ろしげな名前だが、何も知らずに行けば、ただの町である。実は家ではなく、「庭付き一戸建ての墓」に、いつの間にか人々が住み着いてしまったために、この名前がついたようだ。
 「元」お墓に住んでいるのではなく、仏様(?)と同居しているそうだ。
 日本では無縁仏が問題になるお墓も、こうして住み着いている人のおかげで、お参りする人が絶えても、仏様(?)は安らかに眠っていられるようである。
 先祖代々の墓参りに来る人もいるそうで、そんな時は住み着いている人に事前に連絡があり、お墓参りに来る時は家財道具を運び出してお墓にもどすそうだ。そして、お参りが終わったらまた、住めるようにすると言う。
 古代の神殿などに行くと、天井が煤けていることが多い。これは、後の人々が住んでいた証拠であるが、エジプト人はお墓や神殿に住むことに抵抗がないらしい。
 日本のような環境では考えられないが、ほうっておけばからっからのミイラになってしまうお国柄。そして、蘇るためにミイラを作っていたご先祖様を持つ人々にとって、お墓に、そして仏様と一つ屋根の下は、取り立てて問題があることではないらしい。[a]

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