地球散歩

地球は広いようで狭い。言葉は違うようで似ている。人生は長いようで短い。一度しかない人生面白おかしく歩いてしまおう。

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かぼちゃ

2009-04-30 00:00:00 | フランス語(チュニジア)

 potironポティロン

 チュニジアと言えばクスクス。クスクスによく入っている野菜の一つに、かぼちゃがある。
 チュニジアのかぼちゃは大きい。あまりに大きくて、かぼちゃが二つ、くっついてしまったような形のものもある。かぼちゃだけど、かぼちゃじゃないような…大きな物体にマルシェ(市場)で面食らう。
 ひっくり返すとお姫様のドレスみたい。下がとがった感じなので、上向きには置けないのがチュニジアのかぼちゃ。
 あまりに大きいので、グラムで売ってもらえるようだ。マルシェでは、カットされたかぼちゃもよく見かけた。
 デコレーションとしても活躍。カットされて、鮮やかなオレンジ色を見せるかぼちゃを、色の濃い紫キャベツの山にのせたりしていた。
 チュニジアのかぼちゃは、日本のかぼちゃのように甘すぎず、スペインのかぼちゃのように筋っぽくなく、煮込みにはもってこい。
 大きめにカットしたかぼちゃが、どーんとクスクスの上に乗っていることがよくあった。[a]

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太陽

2009-04-26 00:00:00 | 英語

Sun(サン)

 天体のリズムは人間の暮らしに大きな影響を与える。特に太古の人々は太陽や月の動きを通して時刻や季節を知って生活してきたことから、その存在を現代の私達よりも身近に感じていた。また太陽や月が見せる神聖な風景に畏敬の念を抱いたり、太陽の昇降に「生と死」を重ねて祈りや埋葬の場所と密接な関わりを持たせてきたのであろう。

 世界七不思議の一つであり、世界遺産として登録されているイギリスのストーンヘンジもその一つ。ロンドン南西のソールズベリ大草原に忽然とあらわれるストーンサークルは、紀元前約3000年以降、3期にわたり千年の時を経て完成した。巨石の運搬や建造方法についても謎。誰が何のために・・・という謎については、部族の儀式を行う集会所、天体観測所、埋葬のモニュメント、ケルト族の神官が作ったドルイド教の神殿など様々な説が唱えられている。

 サークルは直径約30メートル、円周沿いに並ぶのは約25トンの石柱が30本。更に周囲を掘が囲み、入り口と参道を示すかのような石も配置されている。規則正しく並べられた石と石を結んだ線が太陽や月の動きと関係し、特に夏至の太陽の光が参道中央の位置と門柱を通り、ストーンサークル中央にある祭壇石を結んだ線上にほぼ沿って昇っていくそうだ。太陽の動きを強く意識した構造が興味深い。

 アテネを発ってイギリスを訪れたのは盛夏。光輝くギリシャから一転、薄い日射しの中に佇む不思議な石の建造物は湿気を帯びた冷気の中でどっしりとした存在感を見せている。未だ解明されない謎をはらんだストーンヘンジには、重たい雲に覆われた天空が似つかわしく思えた。

 山から運ばれた巨石の中で特筆すべきは200キロも離れた所から運ばれたブルーストーンで、伝説では「病気を治す魔法の石」との言い伝えがある。周辺には英国最大規模といわれるエイヴベリーのストーンサークルやミステリーサークル、古墳などが点在し、エリア全体に神秘的な空気が漂っていた。(さ)

 参考  『世界遺産大図鑑』 小学館 ・ 『世界のパワースポット』 VOICE

太陽にまつわる風景やエピソードもいろいろ。「スペインのフライパン」と言われるアンダルシアでシエスタ・スペイン、焼け焦げるような日射しで太陽にも複数形?・エジプト、晴天は神の喜び。老若男女が太陽の下で海水浴・ギリシャ、沖縄方言のアガリ(東)とイリ(西)は太陽の動きから・沖縄

いつもありがとう!Thnak you ! ストーンヘンジの石の配列に沿って昇っていく太陽のようにランキングも上昇できますように。応援クリックをよろしくね。人気blogランキングへ

 

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2009-04-22 00:00:00 | ペルシャ語

بهار(バハール)

春分の日の新年を境に始まるイランの春。街路樹が新芽を吹き始め、雪解け水が山から降りてくる。スモモやアーモンドの花弁の白が際立つ。その繊細で可憐な白は、日差しの強い真っ青な空よりも、いっそどんよりと垂れ込めた曇り空に似合うのではないか、イランに来てそう感じるようになった。春先はこの国で、最も降水量の多い季節でもある。

遺跡を囲むように生える黄色の野の花。地中海の春の風景画のイメージは、がチュニジアで感じ、さらさがギリシャで体験したものと、私が頭の中で描くものも同じ色合いだ。それは、歴史的建造物と自然が優しく溶け合った風景。しかし、イランの春はそれとはちょっと違っていて、花いっぱいの光景に変わりはないものの、どちらかというと、美しく造られた庭園の造形美なのだ。
イランの自然は厳しい。極度に乾燥した荒野で花が咲く風景は殆ど目にすることができない。野の花が咲き乱れる風景を見るには、それなりの場所へ行かなければならない。雨の多いカスピ海沿岸を除けば、標高2500メートル以上の山の中など。その、人の気配もまばらな険しい地は、春真っ盛り、ケシや野生のチューリップの赤い絨緞で埋め尽くされる。

さて、イランの新年の記事で、新年から13日目の行事「スィーズダ・べダル」について記した。この日、人々はこぞってピクニックへ出かける。それは、この日家の中にいることが不吉だとされているからだ。春先でまだ寒い時季であるにも関わらず、公園や川原はピクニックに訪れた人々でいっぱいになる。新年から2ヶ月間ほどは、草花も美しく、イランで最も過ごしやすい季節でもあり、元来アウトドア好きであるイラン人のピクニック熱は、いつにも増して高まるようだ。

驚くべきは、彼らがピクニックをする場所。公園や野原は普通だが、車で高速道路を走っていると、道路脇で絨緞を広げてお茶や軽食を摂っている人々の姿をよく目にする。また、新年の旅行シーズン中、公共の交通機関を使わず自家用車で旅に出る人が多いイランでは、駐車場が非常に込み合うのだが、その車で溢れた駐車場のほんの少し空いたスペースで、ビニールシートならぬ、絨緞を広げ始める人たちがいる。そしてピクニックにつきものなのは、一人用の小さなテント。イランでは家族全員が一緒に入るテントよりも、一人一人別々のテントを用意するのが主流のようで、大人用の大きなテントから子ども用の小さなテントまで、そこかしこに色とりどりのオブジェが出来上がっている。
また先日イスタンブルを訪れた際、市内の公園で、多くのイラン人がピクニックをしている姿を見かけた。イラン人がヴィザ無しで入れる唯一の国トルコは、春先、イラン人の観光客で賑わう。故郷を離れても、しっかり自分たちの習慣を守っているところが微笑ましい。

季節が進み、日差しが強くなってくると、昼間の時間を避け夜のピクニックを楽しむ人たちの姿も増えてくる。春真っ盛り、薔薇が咲き乱れる美しいイスラーム庭園で、華麗にライトアップされたエスファハーンの広大な広場で、夜のモスクを眺めながら気ままにお茶を楽しむ人たちの姿は印象的であった。

イランの春。それは春分の新年と共に始まり、日々濃くなる緑と呼応するかのようなイラン人の心の高揚感を、肌で感じる日々である。(m)

イランのピクニック事情を知りたい方は、以下の記事をご覧ください。
http://ethno-mania.at.webry.info/200806/article_4.html

*ハムシーンが吹けば春も終わり・サハラの春 ボッティチェリの「春」・イタリア 春は希望と共に・英語 復活祭は春の始まり・ギリシャの春 こちらもギリシャの春 

お茶を持ってピクニックへ出かけよう!野原へ?はたまた高速道路沿いへ??
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2009-04-18 00:00:00 | フランス語(チュニジア)

 printemps(プランタン)

 今年はどこも風が強いようで、チュニジアもご多分にもれず、シロッコ(初夏にヨーロッパに向けてアフリカから吹く風)かと思ってしまった。
 風がやめば、暖かいを通り越し、暑いくらいの陽気。しかしひとたび、びゅ~!と吹いてくると、セーターの上からダウンを着て、襟巻を巻いてもまだ寒かった。
 そんな寒さをものともせず、チュニジアの大地は、花で埋め尽くされていた。
 チュニジアのどこへ行っても、黄色いじゅうたんがどこまでも広がっている。
 チュニジアンカラーは、黄色と緑色。
 レストランの食器は、お皿もスープ皿も、カップに至るまで、黄色と緑のツートンカラーが多い。
 この緑は、ナツメヤシの畑。黄色は砂漠の色だというが、ナツメヤシ畑に咲き乱れる黄色いじゅうたんをも意味しているように思える。
 じゅうたんの正体は、
クローバーのような葉っぱのオキザリス。
 小さな花とはっぱが、びっしりと大地を埋め、雨粒をきらきらと輝かせている。
 南に行けば、行くほどオキザリスが増えていくようだ。
 チュニスでよく見たのは、デージー。
 地中海の青い海を背景に、大きな花が風に揺れる。
 白い家の青い窓枠に飾るのにぴったりの花である。
 チュニジアが青い国になった理由。
 それは、この黄色い花々が咲き乱れる土地だったからかもしれないと思った。
 チュニジアの公用語はアラビア語とフランス語。
 アラビア語で春はربيع(ラビーア)。日本人がアラビア語を話すのは珍しいらしく、もっぱらフランス語で話しかけられた。
 フランスの植民地時代が長く、今もフランスからの観光客を狙う、おしゃれな国、チュニジア。
 花を摘みながら、地中海を眺め、黄色いじゅうたんの中を歩く。
 チュニジアを愛した画家、クレーの絵をイメージしながら…[a]

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絵葉書~ギリシャの春

2009-04-14 00:07:51 | コラム

さらさへ

淡い白のアーモンドの花が満開の中東の春。降水量の多いこの季節、雨で春霞むテヘランの街をしばし抜け出して、さらさの憧憬と思い出の地、ギリシャへ向かいました。ギリシャを旅したのは13年ぶり。その間もギリシャという地は私なりに思い入れの強い土地のひとつでした。

かつて神話研究を志していた私にとって、ギリシャは未だ神々が住まう国であり、地中海の碧さに魅せられる者のひとりとして、エーゲの碧は常に心が求めてやまない「青」。また、ギリシャには魅力的な路地も多く、そこから聞こえてくる音楽や人々のおしゃべりは、土地の人々の息遣いを求める「旅人」にとって、なんとも魅惑的なのです。

そして何より、この『地球散歩』でのさらさとの往復書簡により、ギリシャの春を見てみたいという願いが少しずつ芽生えてきました。
私が碧とさらさの「散歩」に同行するよりも前、遺跡の写真に添えられた、春にまつわる深遠なギリシャ神話の紹介文を読み、また、自然と柔らかに調和したギリシャの人々の暮らしや宗教行事(復活祭)を読むに付け、さらさが恋焦がれてやまないギリシャの春をこの目で見てみたくなったのです。

バイロンが詩に詠ったような葡萄酒色の海、どこまでも抜けるような蒼穹、強烈な光と影が織り成す白い路地と遺跡の風景、そんなギリシャも勿論魅力的だけど、冬を越し新しい生命が芽吹き出す穏やかなギリシャの春の光に包まれたい、そんな気持ちで、さらさのかつて暮らしたギリシャを「散歩」してきました。

テヘランからイスタンブルを経て、アテネへ。
さらさもいつも意識しているように、古代史において、ペルシャとギリシャは良きにつけ悪しきにつけ、互いに影響を与え合った過去を持ちます。そして近代史において(その多くは負の遺産ではあれど)トルコとギリシャも忘れがたい関係を持ってきました。その歴史の流れを感じつつ、私たちふたりが大きく関係を持った国々を旅できればと思ったのです。

限られた時間、逸る気持ちを抑えつつ、さらさが足しげく通ったであろう路地を散歩し、さらさが薦めてくれたレストランや博物館へ向かい・・・。そんな時、路地から聞こえてくるのは「シガシガ(ゆっくり)」という人々の言葉。ギリシャ滞在中、何度この言葉を無意識のうちに聞いたことか。

そして、かつてペルシャが破壊した小花咲くアクロポリスの丘へ・・・
でもそこには、かつての両国の戦火の跡を見ることはできず、ただただ現在のギリシャという国の醸し出す穏やかさ、人々の暖かさ・英知、自然と調和した魅惑的な現代の首都を発見することになりました。

心に様々な葛藤と痛みをも抱えた旅路。
雨と靄が心を覆ってしまっていた出発の時。
だけど、辺りを優しく包み込むような淡い光と色に彩られたギリシャの春は、旅人の心を穏やかに溶けていく薬のように癒してくれることを肌で感じました。

早春のギリシャ散歩中、さらさが教えてくれた「もうひとつのギリシャ」が、パステルカラーの絵を私の心の中に描き続けていましたよ!

mitra

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Greeting from Japan

2009-04-10 00:00:00 | 英語版『地球散歩』

 さて、去年はすっかりお休みしてしまった「英語版:地球散歩」
 ああ、そんなのもあったっけ…と、言われそうですが。
 お休みしている間も、ずっと考えていました。世界に散らばる日本人だけでなく、外国の散歩友達も欲しい!
 そこで、最初の読者層を開拓してきました。

 日本に興味がある人。
 日本語を勉強している人。

 この人たちにまずは読んでもらい、いずれは書いてもらえるようになる日が来るといいなと思います。
 まずは、彼らの興味ありそうなことから、書いていきたいと思います。
 ちょっとリニューアルして、のんびり、シガシガ(ギリシャ語)、シュワイヤ・シュワイヤ(アラビア語)…やっていきたいと思います。
 まずは、私がなぜチュニジアへ行ったのか?が書いてあります。
 へんてこりんな英語は、笑ってお許しくださいね。

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太陽

2009-04-06 00:00:00 | 沖縄方言

ティダ(太陽)

 赤瓦に沿って縁取りをした漆喰の白、屋根中央に据えられたシーサーが青い空にくっきり・・・私の中では沖縄の太陽を感じる風景の一つであった。本土の日本家屋や寺で見る黒瓦とは異なり、どこか大陸的なおおらかさを持って南国の強い光によく映えている。

 沖縄方言では東西南北のことを「アガリ・イリ・フェー・ニシ」と言うそうだ。太陽が「上がる=東=アガリ」、太陽が沈むのは「西=はいる=イリ」、動きそのものが方角を示す言葉になっているのが興味深い。だからヤマネコで有名な西表島は「イリおもて」と読むのである。

 ちなみに南北。南風(フェーヌカジあるいはフェー)がそのまま南を表す言葉に、本土と90度も変わってしまった北(ニシ)は、北から西までを全てニシと呼ぶ奄美諸島から言葉が南下していく過程で方位が時計回りに変わっていったという説があるそうだ。沖縄で道を聞くときは要注意。方角で答えられたら更に道に迷ってしまいそうだ。

 強烈な夏の太陽。最も暑い時間、頭の中が真っ白になるような状態を「まふっくゎ」と表現する。昔ながらの農家では朝早くから畑仕事をし、一度家に戻って昼食+昼寝をし、夕方再び農作業をするそうだ。これはまさにギリシャのシエスタ。「まふっくゎ」な時間は無理をして働かず、太陽の恵みを効率的に生かす生活リズムだ。沖縄はもともと独立した琉球王国。忙しい日本のリズムに毒されず、このような素晴らしい伝統を継承して欲しいと願ってやまない。(さ)

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還るべきは…

2009-04-02 00:00:00 | コラム

 長い旅から戻って、早くも数週間が過ぎてしまった。
 アンダルシアを追われた人々の足跡を追って、
 私の埋もれた記憶を探しに出かけたチュニジア。
 そこで、私が見たものは、今までもたくさん見てきたのに、
 深い感慨を覚えることなく、
 ただ、その美しさだけを楽しんでいたもの。
 今までとは全然違った、躍動感あふれる、ダイナミックな構図に息を呑んだ。
 モザイクのルーブルと称する博物館もあるチュニジア。

 モザイクから聞こえてくる音、声、声、声!
 そう、久しく私が得ることが出来なかった、過去からの話し声が、聞こえてくる。
 木々のざわめき、花の匂い、動物たちの足音と鳴き声。
 人々のにぎやかなおしゃべり…!
 
 アンダルシアから逃れてきた人々の悲しみ、もしくは幸せの声、
 それを求めてきたのに、全てはかき消され、
 それよりも古い時代の、生に満ち満ちた人々のエネルギーが、
 地中海の風に乗って、私の耳へ語りかけてくる。

 ああ、ここに還るべきは、私ではない。
 さらさ、きっと、あなたです。
 このすばらしいモザイクの国は、あなたに、多くのことを語りかけるでしょう。
 ギリシャはあなたの故郷。
 そのギリシャから伝わったモザイクが、大輪の花を咲かせているのです。
 私たち3人は、「いつの日か、地中海のどこかで会いましょう」と約束している。
 それぞれのイメージする地中海は、みな違う。
 地中海のどこか…
 その場所を、私たちはまだ決めていない。
 漠然と、もしかしたら、その場所は、チュニジアかもしれないと思った。
 mitraに異存はないと断言できる。
 
 落ち合える日はいつ?
 何十年後?
 私の予感は当たるのです。
 その日まで、一緒に散歩を続けてくださる人がいますように![a]

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