銀河英雄伝説
原作 田中芳樹(徳間書店 1982年)
OVA版(徳間書店 徳間ジャパンコミュニケーションズ らいとすたっふ 1988年)
原作は言わずと知れた田中芳樹の人気SF小説。間もなく初刊から30年経とうという今も、内容が時代遅れに感じない。つまりそれだけ普遍的なテーマを描いているということでしょう。今月「番外編」で取り上げる予定の3作のうちで唯一、本作にはレッキとした軌道エレベーターが登場します、それも「軌道」で。ただしOVA版のみ。ですので、ここではOVA版に重点を置いて紹介します。今回は決定的なネタバレが沢山ありますので、物語を未見の方はご注意ください。
ちなみにコミック版の紹介はこちら。
あらすじ 宇宙に広がった人類社会は銀河帝国と自由惑星同盟に二分され、両者は長きにわたる戦争を続けていた。勝敗のつかない一進一退の戦況が慢性化していた中、帝国にラインハルト・フォン・ミューゼル(後にローエングラム)、同盟にヤン・ウェンリーという稀代の戦略家が時を同じくして現れ、歴史が変わっていく。
1. 本作に登場する軌道エレベーター
帝国と同盟は広大な暗礁宙域で隔てられており、宇宙船は二つの細いトンネル状の回廊を抜けて行き来するほかありません。その一つは「イゼルローン回廊」で、この回廊の途中には帝国軍が建設した要塞が鎮座ましましています。もう一方が「フェザーン回廊」。回廊の中に位置する惑星フェザーンは、宗主権こそ帝国に属するものの、帝国と同盟の間で中継貿易を行って経済的に発展しています(物語前半の状況)。
原作には登場しませんが、OAV版ではこの惑星フェザーンに、軌道エレベーターが建造されているのです。詳しい設定情報が乏しいので推測を交えますが、地上基部は湾の中の小島のような場所にあり(人工島?)、遠目には白い漏斗状の煙突か長ネギのような、近くで見ると軽く直径数kmはありそうな図太い柱が宇宙へ伸びています。末端には、見たところカウンター質量らしき小惑星のようなものがくっついていて、港や管制ステーションを兼ねているようです。惑星全体を見た時に、この軌道エレベーターも見えるのですが、惑星の大きさに対してデカ過ぎてなんか縮尺がおかしいような気がします。でもこれは単なる記号化でしょう。
銀英伝の世界では重力制御が実現しているので、宇宙へ出るのに軌道エレベーターは必ずしも必要ないですが、経済効率が異なるのでしょうか? 本体の中を行き来する昇降機は周囲が半透明(映像?)になっていて、銀座のアップルストアのエレベーターみたいな感じで外が見え、なかなか美しい。OVA第2期ではフェザーンを訪れたヤンの養子ユリアンが軌道エレベーターに乗り、上昇しながら、帝国軍の軍艦が外を降下していく様子が見えます。それを見て連れのフェザーン商人が鼻白むあたりを見ると、あえて軌道エレベーターを使うのは環境や人心への配慮もあるのかも知れません。
ちなみにこのフェザーン、物語中盤で帝国軍に制圧されてしまいます。その際に、帝国軍は真っ先に軌道エレベーターの管制室を掌握するので、かなり重要な役割を担っていることうかがえます。後半では帝都がフェザーンに遷都されることになるのですが、軌道エレベーターは「ここはフェザーンだよ」という説明的背景画として以外には登場しません。
2. OVA版銀英伝の傑作、イゼルローン要塞
はい、軌道エレベーターについてはここまで。それよりも、銀英伝(のOVA版)でもっともアイデア豊富で美しいのは、何といってもイゼルローン要塞ですぜ、あなた!
直径約60kmの人工天体で、建造したのは帝国軍ですが、ヤンが無血で奪取し、その後も所有が二転三転します。原作版はスーパーセラミック製のカチカチな球体らしいのですが、OVA版は表面が流体金属で覆われています。遠目にはパチンコ玉みたいですが、軽度の光学的攻撃ははね返し、少々の傷がついても液体だから自然回復する。艦艇が要塞に入港する時は、流体金属層の下から誘導灯がプカと浮いてきて、艦艇は鏡の海に潜るように入港していきます。これが美しい!「浮遊砲台」が表面を自由に泳ぎ回って攻撃し、主砲「トールハンマー」も流体金属を磁場で湾曲させ、凹面鏡にして射程を調節するという凝りようです。
さらに、「要塞対要塞」のエピソードでは、イゼルローン要塞を奪還するため、帝国軍は同じく流体金属で覆われた(ただし一部は個体の部分が露出している)「ガイエスブルク要塞」に推進装置を取り付けて回廊まで運び、要塞同士差し向かいで闘うのですが、この時の帝国軍の作戦がすごい。
戦線が膠着した刹那、ガイエスブルクが突然、イゼルローンに衝突しそうな勢いで急接近。同盟軍は「共倒れを覚悟で!?」と驚き、トールハンマーを連射するのですが、トールハンマーの砲台が流体金属層の中に水没し、発射不能になってしまいます。しかも、ガイエスブルク要塞正面の流体金属層が厚みを増していく。
何事かと言うと、要塞同士の引力で満ち潮が起きたのですな。これにより帝国軍はトールハンマーを封じた上に自軍要塞の防御を強化し、この間に別働隊が回廊を大きく迂回してイゼルローン要塞の背後に周り、流体金属層が薄くなった後背から攻撃をしかけたのでした。重力制御ができるなら接近しなくてもいいんじゃないか? そうでなくても普通は反対側も満ち潮になるんじゃないのか? などとツッコミそうになりますし、そもそも温度差の激しい宇宙空間でこのような粘性を保つ物質があるとは疑わしいですが、その程度のことは十分目をつむれるほど、オリジナリティあふれる設定です。ぜひ観てください(それにしても、ガイエスブルク要塞の残骸はどうなったのだろうか? 全部消滅ということはなかろう) 今回は軌道エレベーターよりこれを書きたくて取り上げたようなもんでして、勝手御免!
3. ストーリーと人物について
物語については、ファンも多いし解説する必要もないかもしれませんが少々。
銀英伝で私にとって興味深いのは、同盟側の主人公ヤン・ウェンリーなのですが、一見、彼は戦争ドラマによくいる自然体の賢者タイプに見えます。本作の分析や解説には「銀河英雄伝説研究序説」(三一書房)という良書があり、非常に読み物としても面白い。その中で著者が、真の変人はラインハルトとオーベルシュタイン(ラインハルトの側近の1人)だけと述べています。ですが、私はヤンこそ一番の変人だと思うのです。
彼は、人格、才能、視野、精神力どれをとってもスケールが大き過ぎ、さらに無欲で偏りや裏表がなく、バランスがとれ過ぎているんですよ。それゆえに、1人の人間にしては有するエネルギーが大きすぎるように思えてならないのです。イゼルローンという辺境にいる一軍人のくせにあまりにも視野が広く、弱い部分をまったく見せず(彼が本気で落ち込んだり、投げやりになったりした場面は親しい人々が死んだ時くらいで、全部他人のためだった)、予測が当たり過ぎる。
彼にくらべたら、ラインハルトもオーベルシュタインも、色事や娯楽にまったく興味を示さないなど、戦争や政治に長けている分だけ、ほかの方面に相当な欠落があって人間的です。
過去を描いた外伝でも、ヤンの朴訥さは昔からのもので、上官が敵前逃亡しようが捕虜収容所に左遷されようが泰然自若としていて、「こいつは自分を見失うことがないのか? 寂しくないの?」と言いたくなってしまう。普通ならこういうキャラには魅力を感じない私ですが、本質を射抜いた(でもって妙に洒落の利いた)発言が多く、その視野や戦術・戦略眼に歴史が影響しているのも興味深いです。
(ストーリー知らない人は、数行空けるのでこの先絶対読まないこと!)
そして、そのヤンは第3期で暗殺され、世を去ります。「『銀河英雄伝説』読本」(徳間書店)によると、これを嘆くファンは多かったらしい。そりゃそうでしょう。私も最初に原作を読んだ時、一瞬呆気にとられてしまいました。OVA第3期リリース後にヤン役の富山敬さんも亡くなったのも象徴的だった。しかし、少し経って咀嚼すると、彼は物語を退場しなければならなかったのだということがわかります。銀英伝は、専制政治と民主主義の相克を描いたドラマでもあるのですから。
物語の折り返し点でラインハルトは皇帝の座に就き、ローエングラム王朝を開闢。後半ではほぼ全宇宙を征服し、善政を施いて民衆の絶大な支持も得るのですが、それでもなお、ヤンと彼の部下たちは民主共和政治を標榜し、イゼルローン要塞に立てこもって抵抗を続けます。
この時、ヤンの部下たちは、専制君主に従うことを拒否し、「自分たちのことは自分たちで決める」という信念を貫いている。。。と思い込んでいます。しかし実は、彼等は自主独立を標榜しながら、考えることも、決断することもすべてヤンに任せ、彼を盲信してくっついてきただけでした。この時ヤンは皮肉にも、彼自身が専制君主のような存在、あるいは新興宗教の教祖のような立場になってしまっていた(本人にそのつもりがなくても)。
ヤンがいなくなって初めて、彼等は自分の頭で考え、ヤン亡き後も帝国に反旗を翻し続けることを、苦悩の末選択します(戦略的には暴挙に近いですが)。ヤンの死は、彼等、とりわけユリアンの独り立ちには不可欠なプロセスだったのでしょう。ヤンは非凡過ぎたために、舞台を降りざるを得なかった。これこそが、彼の変人たる証左ではないかと。
その後ヤンの後を継いだユリアンの奮闘ぶりは、ここまで読んでくださった方はご存じでしょう。最後は帝国軍の総旗艦に突入して白兵戦をしかけ、ラインハルトに直談判するという危険な賭けに出たユリアンでしたが、相手が銀河帝国の皇帝でも、ひるまず媚びずに毅然と向き合い、伊達と酔狂で民主共和政治の旗を最後まで守り続けました。それはとりもなおさず、ヤンの見識と、よくも悪くもヘンな精神性を享受していたからなのは言うまでもありません。イイ子過ぎるユリアンでしたが、根っこはやはりヤンの一番弟子(ムライ中将談)でした。
いやー、今回は要塞とヤンの話でものすごい字数を費やしてしまいました。最初に原作を読み、またOVAを観てから相当経っても語れることが沢山あるってことですね。銀英伝は、世代交代を経てもなお新しいファンを獲得し続けています。そして一度(私ゃ何度も読んだけどね)目を通した私たちも、時を経て視点や感性が変化した今でも、たっぷり楽しめると思います。
ここまで書いたなら番外編じゃなくてもいいかな? と思い始めてますが、とりあえずは番外編のまま続けて、今後の再編の時に改めて決めます。ここまでお読み下さり、ありがとうございました。次回は軌道エレベーターとはまったく関係ないお話の予定です。
原作 田中芳樹(徳間書店 1982年)
OVA版(徳間書店 徳間ジャパンコミュニケーションズ らいとすたっふ 1988年)
原作は言わずと知れた田中芳樹の人気SF小説。間もなく初刊から30年経とうという今も、内容が時代遅れに感じない。つまりそれだけ普遍的なテーマを描いているということでしょう。今月「番外編」で取り上げる予定の3作のうちで唯一、本作にはレッキとした軌道エレベーターが登場します、それも「軌道」で。ただしOVA版のみ。ですので、ここではOVA版に重点を置いて紹介します。今回は決定的なネタバレが沢山ありますので、物語を未見の方はご注意ください。
ちなみにコミック版の紹介はこちら。
あらすじ 宇宙に広がった人類社会は銀河帝国と自由惑星同盟に二分され、両者は長きにわたる戦争を続けていた。勝敗のつかない一進一退の戦況が慢性化していた中、帝国にラインハルト・フォン・ミューゼル(後にローエングラム)、同盟にヤン・ウェンリーという稀代の戦略家が時を同じくして現れ、歴史が変わっていく。
1. 本作に登場する軌道エレベーター
帝国と同盟は広大な暗礁宙域で隔てられており、宇宙船は二つの細いトンネル状の回廊を抜けて行き来するほかありません。その一つは「イゼルローン回廊」で、この回廊の途中には帝国軍が建設した要塞が鎮座ましましています。もう一方が「フェザーン回廊」。回廊の中に位置する惑星フェザーンは、宗主権こそ帝国に属するものの、帝国と同盟の間で中継貿易を行って経済的に発展しています(物語前半の状況)。
原作には登場しませんが、OAV版ではこの惑星フェザーンに、軌道エレベーターが建造されているのです。詳しい設定情報が乏しいので推測を交えますが、地上基部は湾の中の小島のような場所にあり(人工島?)、遠目には白い漏斗状の煙突か長ネギのような、近くで見ると軽く直径数kmはありそうな図太い柱が宇宙へ伸びています。末端には、見たところカウンター質量らしき小惑星のようなものがくっついていて、港や管制ステーションを兼ねているようです。惑星全体を見た時に、この軌道エレベーターも見えるのですが、惑星の大きさに対してデカ過ぎてなんか縮尺がおかしいような気がします。でもこれは単なる記号化でしょう。
銀英伝の世界では重力制御が実現しているので、宇宙へ出るのに軌道エレベーターは必ずしも必要ないですが、経済効率が異なるのでしょうか? 本体の中を行き来する昇降機は周囲が半透明(映像?)になっていて、銀座のアップルストアのエレベーターみたいな感じで外が見え、なかなか美しい。OVA第2期ではフェザーンを訪れたヤンの養子ユリアンが軌道エレベーターに乗り、上昇しながら、帝国軍の軍艦が外を降下していく様子が見えます。それを見て連れのフェザーン商人が鼻白むあたりを見ると、あえて軌道エレベーターを使うのは環境や人心への配慮もあるのかも知れません。
ちなみにこのフェザーン、物語中盤で帝国軍に制圧されてしまいます。その際に、帝国軍は真っ先に軌道エレベーターの管制室を掌握するので、かなり重要な役割を担っていることうかがえます。後半では帝都がフェザーンに遷都されることになるのですが、軌道エレベーターは「ここはフェザーンだよ」という説明的背景画として以外には登場しません。
2. OVA版銀英伝の傑作、イゼルローン要塞
はい、軌道エレベーターについてはここまで。それよりも、銀英伝(のOVA版)でもっともアイデア豊富で美しいのは、何といってもイゼルローン要塞ですぜ、あなた!
直径約60kmの人工天体で、建造したのは帝国軍ですが、ヤンが無血で奪取し、その後も所有が二転三転します。原作版はスーパーセラミック製のカチカチな球体らしいのですが、OVA版は表面が流体金属で覆われています。遠目にはパチンコ玉みたいですが、軽度の光学的攻撃ははね返し、少々の傷がついても液体だから自然回復する。艦艇が要塞に入港する時は、流体金属層の下から誘導灯がプカと浮いてきて、艦艇は鏡の海に潜るように入港していきます。これが美しい!「浮遊砲台」が表面を自由に泳ぎ回って攻撃し、主砲「トールハンマー」も流体金属を磁場で湾曲させ、凹面鏡にして射程を調節するという凝りようです。
さらに、「要塞対要塞」のエピソードでは、イゼルローン要塞を奪還するため、帝国軍は同じく流体金属で覆われた(ただし一部は個体の部分が露出している)「ガイエスブルク要塞」に推進装置を取り付けて回廊まで運び、要塞同士差し向かいで闘うのですが、この時の帝国軍の作戦がすごい。
戦線が膠着した刹那、ガイエスブルクが突然、イゼルローンに衝突しそうな勢いで急接近。同盟軍は「共倒れを覚悟で!?」と驚き、トールハンマーを連射するのですが、トールハンマーの砲台が流体金属層の中に水没し、発射不能になってしまいます。しかも、ガイエスブルク要塞正面の流体金属層が厚みを増していく。
何事かと言うと、要塞同士の引力で満ち潮が起きたのですな。これにより帝国軍はトールハンマーを封じた上に自軍要塞の防御を強化し、この間に別働隊が回廊を大きく迂回してイゼルローン要塞の背後に周り、流体金属層が薄くなった後背から攻撃をしかけたのでした。重力制御ができるなら接近しなくてもいいんじゃないか? そうでなくても普通は反対側も満ち潮になるんじゃないのか? などとツッコミそうになりますし、そもそも温度差の激しい宇宙空間でこのような粘性を保つ物質があるとは疑わしいですが、その程度のことは十分目をつむれるほど、オリジナリティあふれる設定です。ぜひ観てください(それにしても、ガイエスブルク要塞の残骸はどうなったのだろうか? 全部消滅ということはなかろう) 今回は軌道エレベーターよりこれを書きたくて取り上げたようなもんでして、勝手御免!
3. ストーリーと人物について
物語については、ファンも多いし解説する必要もないかもしれませんが少々。
銀英伝で私にとって興味深いのは、同盟側の主人公ヤン・ウェンリーなのですが、一見、彼は戦争ドラマによくいる自然体の賢者タイプに見えます。本作の分析や解説には「銀河英雄伝説研究序説」(三一書房)という良書があり、非常に読み物としても面白い。その中で著者が、真の変人はラインハルトとオーベルシュタイン(ラインハルトの側近の1人)だけと述べています。ですが、私はヤンこそ一番の変人だと思うのです。
彼は、人格、才能、視野、精神力どれをとってもスケールが大き過ぎ、さらに無欲で偏りや裏表がなく、バランスがとれ過ぎているんですよ。それゆえに、1人の人間にしては有するエネルギーが大きすぎるように思えてならないのです。イゼルローンという辺境にいる一軍人のくせにあまりにも視野が広く、弱い部分をまったく見せず(彼が本気で落ち込んだり、投げやりになったりした場面は親しい人々が死んだ時くらいで、全部他人のためだった)、予測が当たり過ぎる。
彼にくらべたら、ラインハルトもオーベルシュタインも、色事や娯楽にまったく興味を示さないなど、戦争や政治に長けている分だけ、ほかの方面に相当な欠落があって人間的です。
過去を描いた外伝でも、ヤンの朴訥さは昔からのもので、上官が敵前逃亡しようが捕虜収容所に左遷されようが泰然自若としていて、「こいつは自分を見失うことがないのか? 寂しくないの?」と言いたくなってしまう。普通ならこういうキャラには魅力を感じない私ですが、本質を射抜いた(でもって妙に洒落の利いた)発言が多く、その視野や戦術・戦略眼に歴史が影響しているのも興味深いです。
(ストーリー知らない人は、数行空けるのでこの先絶対読まないこと!)
そして、そのヤンは第3期で暗殺され、世を去ります。「『銀河英雄伝説』読本」(徳間書店)によると、これを嘆くファンは多かったらしい。そりゃそうでしょう。私も最初に原作を読んだ時、一瞬呆気にとられてしまいました。OVA第3期リリース後にヤン役の富山敬さんも亡くなったのも象徴的だった。しかし、少し経って咀嚼すると、彼は物語を退場しなければならなかったのだということがわかります。銀英伝は、専制政治と民主主義の相克を描いたドラマでもあるのですから。
物語の折り返し点でラインハルトは皇帝の座に就き、ローエングラム王朝を開闢。後半ではほぼ全宇宙を征服し、善政を施いて民衆の絶大な支持も得るのですが、それでもなお、ヤンと彼の部下たちは民主共和政治を標榜し、イゼルローン要塞に立てこもって抵抗を続けます。
この時、ヤンの部下たちは、専制君主に従うことを拒否し、「自分たちのことは自分たちで決める」という信念を貫いている。。。と思い込んでいます。しかし実は、彼等は自主独立を標榜しながら、考えることも、決断することもすべてヤンに任せ、彼を盲信してくっついてきただけでした。この時ヤンは皮肉にも、彼自身が専制君主のような存在、あるいは新興宗教の教祖のような立場になってしまっていた(本人にそのつもりがなくても)。
ヤンがいなくなって初めて、彼等は自分の頭で考え、ヤン亡き後も帝国に反旗を翻し続けることを、苦悩の末選択します(戦略的には暴挙に近いですが)。ヤンの死は、彼等、とりわけユリアンの独り立ちには不可欠なプロセスだったのでしょう。ヤンは非凡過ぎたために、舞台を降りざるを得なかった。これこそが、彼の変人たる証左ではないかと。
その後ヤンの後を継いだユリアンの奮闘ぶりは、ここまで読んでくださった方はご存じでしょう。最後は帝国軍の総旗艦に突入して白兵戦をしかけ、ラインハルトに直談判するという危険な賭けに出たユリアンでしたが、相手が銀河帝国の皇帝でも、ひるまず媚びずに毅然と向き合い、伊達と酔狂で民主共和政治の旗を最後まで守り続けました。それはとりもなおさず、ヤンの見識と、よくも悪くもヘンな精神性を享受していたからなのは言うまでもありません。イイ子過ぎるユリアンでしたが、根っこはやはりヤンの一番弟子(ムライ中将談)でした。
いやー、今回は要塞とヤンの話でものすごい字数を費やしてしまいました。最初に原作を読み、またOVAを観てから相当経っても語れることが沢山あるってことですね。銀英伝は、世代交代を経てもなお新しいファンを獲得し続けています。そして一度(私ゃ何度も読んだけどね)目を通した私たちも、時を経て視点や感性が変化した今でも、たっぷり楽しめると思います。
ここまで書いたなら番外編じゃなくてもいいかな? と思い始めてますが、とりあえずは番外編のまま続けて、今後の再編の時に改めて決めます。ここまでお読み下さり、ありがとうございました。次回は軌道エレベーターとはまったく関係ないお話の予定です。