便所コオロギを覚えているだろうか?
正しくはカマドウマと呼んでいた気がするが、いささか自信がない。でも、木造のトイレの片隅に居た薄茶色の大きなコオロギのことなら、いまも思い出せる。
かなり繊細なつくりの虫であったと思うが、便所にいることが多かったせいか、あまり良い印象はない。あの頃は、家のなかにも虫がけっこう居た。蝿取り蜘蛛はもちろんのこと、メクラ蜘蛛やら蛾やらが部屋の片隅に見つかることは珍しくなかった。
だが、現在家の中で見かける虫ときたら、ゴキブリや蚊がせいぜいだ。もちろんダニやシラミは密かにいるようだが、これらは小さいので気がつきにくい。
思うに、カマドウマや蝿取り蜘蛛が居た頃のほうが、ゴキブリやダニは少なかった気がしてならない。あの頃はハウスダストなんて話題にもならなかった。家の中で咳や鼻水が出る人は、このハウスダストにやられていることが多い。その原因は、ダニの死骸や糞であるらしい。
昔からダニは人間についてまわる生き物だったが、昔の日本家屋はダニを食べる虫たちの侵入を許していたので、現在ほどハウスダストは問題にならなかったようだ。
しかし冷暖房完備で気密性の高い西欧風の家屋が増えるにしたがい、便所コオロギや蝿取り蜘蛛は姿を消し、変ってハウスダストによる花粉症が猛威を奮う。
どちらがいいか、悪いかの問題ではないと思うが、人間社会の変化に伴い昆虫たちの世界も大きく影響を受けているとの、表題の著者の主張は非常に興味深い。
なかでも人間たちの趣味、嗜好にあわせた環境対策が、かえって多くの目立たぬ虫たちを大量死させているとの指摘は、実に辛辣だと思う。
私は虫や動物について書いた本を読むのが好きだが、これほどまでに冷静に、かつ辛辣に人間たちの手前勝手な自然保護と環境破壊について書かれたものを読んだことはない。
人間の立場からではなく、虫たちの立場から人間たちの振る舞いを考察してのけたこの本は、一読の価値はあると思います。でも、かなり強烈な毒を含みますから、自分は環境保護に熱心な自然愛好家だと自認している人には効き過ぎるかもしれません。
良薬口に苦し、ですね。