ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

ホンダ・ジェット

2018-02-28 12:43:00 | 経済・金融・税制

ホンダの開発したジェット機が、昨年小型機販売でセスナ機を抜いて1位になった。

このニュースはもっと取り上げられてもいい快挙だと思う。

オートバイの製造販売で世界一となった本田宗一郎が、二輪から四輪。すなわち自動車の製造をぶち上げた時、その最大の障壁は、当時の通産省であった。エリート官僚は、日本では自動車製造メーカーはトヨタと日産だけで良いと、ホンダの参入に否定的であった。

しかし本田は霞が関のエリートたちの干渉を撥ねつけ、自動車製造に成功し、オートバイ同様にレースにも参戦してF1でも、欧米以外の参戦メーカーで最も華々しい結果を出している。

そのホンダが航空機事業に進出したのは今から30年前だ。航空機産業から自動車産業への進出はあったが、その逆のケースは初めてだと思う。その際、日本政府は積極的に支援する気はなく、むしろ許認可などを渋る姿勢をみせていた。

すでに国際的大企業となっていたホンダは、日本での開発製造には拘らなかった。もっとも小型航空機の市場が大きいアメリカで、航空機事業をはじめ、ほぼ30年間赤字に耐えながら、ついに念願の小型ジェット機の開発に成功した。

この分野では、セスナ機が圧倒的なシェアを誇るが、独特のデザインと低燃費、広い室内を売りにして、遂に昨年販売数一位を記録した。その個性的なデザインはアメリカでデザイン部門で受賞を受けただけでなく、販売でも評価を受けたのだから素晴らしいと思う。

人がやらないことをやるという本田宗一郎の魂を受け継いだ起業家精神が、今も綿々と受け継がれているのだから凄いものです。

惜しむらくは、このホンダ・スピリッツは日本では発揮できず、アメリカの地で花開いたことでしょう。霞が関と密接な関係を維持している三菱は、MRJという航空機の開発に四苦八苦している事とは対照的に、ホンダの飛行機はアメリカの空を力強く羽ばたいていくことでしょう。

きっと、本田宗一郎はあの世で、そらみたことかと笑っていると思いますよ。

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蕎麦屋の流行り廃り

2018-02-27 12:37:00 | 健康・病気・薬・食事

誰に教わったか忘れたが、蕎麦屋のカレーは美味いという。

良く煮込まれた和風カレーであることが多く、私も美味しいと思っている。

以前、ある食材の卸問屋の旦那さんから伺った話なのだが、ラーメン屋はすぐに潰れるが、蕎麦屋は簡単には潰れないと聞かされた。同時に、ラーメン屋を開業するには3カ月の修行で足りるが、蕎麦屋を開業するのは10年は修行が必要だとも聞かされた。

これはある程度、経験によるもので、私も納得できる。実際、飲食店を開業しようと思ったら、一番手早く出来るのがラーメン屋なのは確かだ。そして潰れるのが早いのもラーメン屋である。

飲食店としてみると、ラーメン屋の厨房はシンプルだ。基本、煮ると炒めるの二通りであり、三か月で習得できると思われるのも無理はない。もっとも経営者としては、3カ月では足りないと思います。

ところが蕎麦屋は料理方法が多様だ。基本、煮るだけでなく焼く、炒める、揚げる、蒸すなど料理の基本がすべて要求される。刺身定食などを出す店だと、生魚の調理も必要となる。修行に時間がかかるのも当然だろう。

だからこそ、蕎麦屋は簡単には潰れないと云われていた。

だが、時代は変わる。変っていることを認識せざるを得ない。私が銀座の街で働き出して、かれこれ四半世紀になるが、よく通った蕎麦屋さんで、今も営業している店はない。どの店も、老舗として知られたはずで、馴染みの客がかなり居たはずだった。

師匠の佐藤先生もそうだったが、仕事の後、軽く蕎麦でも頂きながら、美味しい日本酒を軽く呑んで帰宅する人は少なくなかった。私も何度となくご同伴させて頂いたものである。

しかし、あの頃蕎麦屋で夜、一献傾けていた同業の先輩たちは引退したか故人となり、私も足が遠ざかってしまった。そして気が付いたら、蕎麦屋さん自体が閉店してしまった。

もちろん今も銀座には、蕎麦屋は何店もある。だが私のみたところ二極化しているように思う。蕎麦屋というよりも蕎麦懐石料理を出す高級店か、昼時のサラリーマン相手の安いお蕎麦屋さんである。

高級店は気軽に行く訳にもいかないし、安い店は出汁の匂いがキツ過ぎてあまり好きではない。そば粉の香りたつような獅「蕎麦は、もはやそうそう気軽に食べられなくなったのかと、少し残念に思う。

いや、本当に残念なのは、蕎麦屋のメニューにあった、あの美味しいカレーが食べられないことかもしれない。高級店があってもイイと思うし、安い蕎麦屋さんだって必要だ。

でも、かつて気軽に足を運び、美味しい蕎麦と獅「日本酒、そして肴を提供してくれた伝統的な蕎麦屋さんが減ってしまったことを寂しく思います。

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名車再生

2018-02-26 12:35:00 | 日記

ディスカバリーチャンネルの人気番組に「名車再生」がある。

イギリスで製作された番組で、「Wheeler Dealers」が正式な番組名だそうだ。中古車ディーラーのマイクが買い付けてきたオンボロの車を、巨漢のメカニックであるエドが修理し、再びマイクが売り捌く。

エドもまたプロの修理屋なのだが、ボロボロ、錆だらけの車を再生していく、その手腕が凄い。その手際こそが、この番組の醍醐味でもある。私もエドが、ボロボロの車を解体し、分析し、治していくその過程を注視していた。

日本にだって腕のイイ車の修理を得意とする職人はいると思う。しかし、日本の場合、自動車ディーラーも、町の自動車工場も車のメーカーに仕切られている。トヨタの車なら大丈夫だが、ホンダとなると分からない。そんな職人が多いはずだ。

要するに自動車メーカーごとに、扱う車を限定しているが故に、その修理の腕前も必然的に専門化してしまう。日本では、どうしてもメーカー有利というか、メーカー主導で自動車市場が作られてきたので、修理工までもがメーカーの枠に制約されていることがある。

ただし、中古車の改造市場は例外で、警察に睨まれながらも、車のパーツを寄せ集めて、エンジンの出力を上げたり、サスペションの性能を向上させたりして、速い車へと改造していく職人は少数ながら存在する。

日本の場合、警察の許認可が大きな制約となっており、欧米のようなレストア市場は未だ十分な規模をもっていない。特に車検制度が、古い車の再生にとって大きな障害となっている。

そして、この番組のメカニックのエドは、古い車の再生(レストア)を得意とする職人なのだ。レストアの伝統は、車社会の欧米では長い伝統に支えられているがゆえに広い市場を持つ。社会の理解も、日本に比べて遥かに普及している。

ちなみにこの番組では、何度か日本車も登場している。私が観たのは、ニッサンGTR(日本ではスカイラインですね)、ミアータ(マツダのロードスター)、トヨタのMR2、ホンダのS2000などがレストアの対象とされている。

日本車も十分、名車として名を残しているだけでなく、古くなった車も再生されれば、マニアが喜んで買っていく。日本人としては、嬉しく、また誇らしくもある。

しかしながら、肝心の日本においては、このレストア自体がマイナーな概念であり、また車検制度がレストアの障害となっている。実に残念でならない。

この番組は、少し前から舞台をイギリスからアメリカに移している。そして名物メカニックのエドが番組から引退してしまい、現在は二代目のアランが活躍しているらしい。

ずいぶんと息の長い番組である。それにしたって、そろそろ日本でも、レストアが日の目を浴びてもいいと思います。その為には、車検制度の大幅改正が必要であり、そこが最大の障壁でしょうね。

トランプ大統領、日本の車検制度に噛みついてくれないかなァ~、外圧があれば、きっと役所も重い腰を上げると思うのですがね。

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街宣車

2018-02-23 11:56:00 | 社会・政治・一般

本音が透けてみえて面白かった。

なにがって、現在国会での審議の一コマ。確定申告が始まった税務署前にて、佐川・国税庁長官に対するデモを行う市民運動家たちに対する麻生・財務大臣の答弁。

「街宣車をお持ちの一般市民というものも珍しい・・・云々」

デモに集った市民を侮辱するのかと憤る立憲民主党の議員さんの場面が、TV画面に幾度となく登場していた。TBSのニュースなので、立憲民主党側に立っての報道なのだろう。

はっきり言うが、麻生大臣の言うとおり、普通の市民は街宣車なんて持っていない。持っているのは、職業右翼とか、プロ市民であろう。

だが、立憲民主党の議員さんを激高させたのは、市民を侮辱したからではない。あくまで一般の市民が佐川長官に対して怒っているのだと強調したいが故に、そこを否定するかのような麻生大臣の発言に怒ったのだろう。

報道では、国税庁前に1100人が集まったとのことだが、おそらく実数はその半分以下であろうし、その大半が立憲民主党に動員されたプロ市民であろうと想像できる。

一般の市民は、この時期に国税庁に来るとしたら、それは確定申告書の作成と提出であり、わざわざ国税庁長官に抗議するために時間を割きはしない。だいたい、この時期の国税局、税務署は一般の市民で混雑しており、早く申告を済ませて終わらせたいと考える。

しかし、立憲民主党としては、あくまで森友問題に絡ませて、一般の市民が政府の在り方に怒っているのだと世論を誘導したいのであろう。普通の市民が怒っているのだから、安倍内閣は退陣せよと言いたいのが本音であろう。

これは、民主党時代どころか、そのまえの社会党や新進党の頃から変わらぬ、彼らの切なる願いである。つまり願わねばならないほど、一般市民から支持されていないことの証明でもある。

私としては呆れるしかないのだが、彼らはなぜ自分たちが一般の市民から支持されないのかが理解できない。自分たちの主張は正しいのだから、普通の市民は支持してくれるに違いない。

なにかきっかけがあれば、きっと目を覚まして、自分たちを支持してくれるはずだ。

頑なにそう思いこんでいる。決して自分たちが間違っているが故に、一般の市民が支持してくれないのだと考えることはしない。決して反省しないのが、彼らの特徴である。

まァ、私としては、彼らがそのような頑迷さに囚われている間は、安心していられるので良いのですがね。次の選挙でも、間違いなく少数野党であることは決定的ですからね。

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金メダルの価値

2018-02-22 15:31:00 | スポーツ

ウソとは云わないけれど、やはり重みがない言葉の代表が、以下の一文。

「オリンピックは参加することに意義がある」

元々、オリンピックに対する関心が低い私ではあるが、羽生結弦選手の金メダル獲得のニュースは、思わずネットで速報を確認してしまいましたよ。

私だけではないと思う。これまで平野選手の銀メダルとか他の選手の銅メダルの報はあったが、さほど世間の関心を引いていたとは思えない。だが、羽生選手の金メダルで雰囲気が一転したと思う。

銀メダルや銅メダルを獲得した選手を貶める気は毛ほどもないが、それでもやはり光り輝くのは金メダルなのだと痛感しました。

それにしたって羽生選手の精神力は凄い。白状すると、相次ぐ怪我の報道を読んでいたので、今回はダメではないかと思っていたのに、その下馬評を覆しての活躍。技術が凄いのは分かっていましたが、周囲からの重圧や、内から生じる不安を押し殺しての見事な演技。

この精神力こそが凄い。優しげな外見とは裏腹に、相当な修羅の心をお持ちの御仁に思えます。それにしても、これまで女性スケーターが長く日の目を浴びてきたフィギュアスケートへの世間の関心を、羽生選手は一変させてしまった。

偏見かもしれませんけど、私は日本人というかアジア人が、特に男性がフィギュアスケートの世界でスターになる日が来るなんて、まったく予想していませんでした。

ソチ五輪での一回だけならまだしも、二連覇となれば、その実力は本物としか言いようがない。多分・・・ですけど、銀メダルを二連続ではダメだったでしょう。あくまで金メダルだからこそ。

やはりオリンピックは金メダルを獲ってこそ、なのでしょうね。

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