学生の頃は毎年ゴールデンウイークには山に登っていた。そのせいで、今は憂鬱になることが時たまある。
街中では、春であり、時には半袖で歩きたくなるほど快適な季節である。しかし山の上は違う。一言で云えば春と冬とを行き来する狭間の時期である。これが怖いが美しい。冬の蒼天は輝くほどに美しく、緑の芽吹いた山稜とのコントラストが目を奪う。山が最も美しく見える時期かもしれない。
だがまだ高層の空気は不安定であり、高気圧も冬型である場合もある。つまり晴天でも空気は冷たい。この高気圧の後にやってくる低気圧は、この時期不思議なくらい連弾型というか通称二つ玉と呼ばれる暴れん坊だ。
大気は気圧の高い(高気圧)ところから低い(低気圧)に流れる。冷たく湿気た大気が低気圧に沿い降下して地表にぶつかり急上昇する。この時に雨雲が発生する。GWの時期は、この雨雲が山を直撃することがままあり、そうなると遭難事故が多発する。
快適な晴天続きの登山だと思っていると、突如として大雪が降ることも珍しくない。一晩で1メートル近く降雪することもある。テントなど頻繁に除雪しないと潰れて窒息死してしまう。ホワイトアウトと呼ばれる視界がまったく効かない状態では、退避することも容易ではない。
それでも雪はいつか降りやむものだし、荒天の直後の美しい光景を見ることも出来る。この光景の美しさは生き延びた喜びを加味した至上の悦楽であったと思う。しかし、危険はこれで終わりではない。この後も怖いのがGWの山の特徴だ。
GWの時期はまだ残雪が残っている。この残雪は緑とコントラストを見せて風景としては美しい。しかし、その正体は堅く締まった雪の鉄板である。その上に柔らかい新雪が積もるのである。新雪はちょっとしたきっかけで崩れることがある。いわゆる新設雪崩である。雪崩のエネルギーは凄まじく、場合によっては下で堅く締まっていた雪の塊を崩壊させて雪崩に巻き込んでくることがある。
ちょっと想像して欲しい。氷の塊が数百メートルの斜面を勢いをつけて吹っ飛んでくる場面を。人間なんて直撃を受けたらバラバラに引き裂かれてしまう。太い大木でさえ弾け飛ぶ。私は一度だけ、このGW明けの氷雪雪崩に巻き込まれたことがある。
あれは高校を卒業した年で浪人中のことだ。高校のWV部の先輩に誘われて上越の一ノ倉からヨモギ峠を経て下山する比較的安全なコースだ。ちなみに一ノ倉岳の岸壁は世界で一番死者が多く発生した恐怖の岸壁だが、稜線上の登山ルートは安全だ。
やはり二つだま低気圧の急襲を受けたが、山小屋で安全に過ごし、稜線伝いにヨモギ峠まで行き、後はなだらかな沢筋の道を下るだけ。ただし季節外れの大雪のせいでラッセルを強いられたのはきつかった。
なるべく森林帯(降雪が少ない)を利用して、後は若さに任せてガンガンと下っていた。いや半ば滑りながら降りていた時だ。後方の先輩から「雪崩~!」と大声で警告を受けた。見上げると、緩やかな斜面が雪煙をあげて動いている。
やばいと思い、大急ぎで樹林帯に逃げ込もうとしたら、身体が宙に浮いた。雪崩の前面に生じる突風に体が吹き飛ばされた。幸い灌木が生えている場所に飛ばされたので、近くの樹林帯に逃げ込もうとしたが、足元が崩れて粉雪の舞い上がる雪崩に巻き込まれた。
必死で泳ぐように手足を振り回して難を逃れようとしたが、身体の自由が効かない。だが湯桧曽川の河原近くまで流されたようで、平らな箇所で止まった。いや埋まった。幸い胸まで埋まっていただけで呼吸は出来た。ただ動けない。
しばらくもがいていたが、自力では無理だと諦めかけていたら先輩たちが駆け下りてきて救助してくれた。ただ最初の突風で耳をやられたようで、声が聞こえない。痛みはなかったが、無事下山後温泉に入ったら激痛でのたうった。全身打撲であったようだ。下山中は夢中で気が付かなかったらしい。
後で聞いたら、先輩たちは半ば諦めていたようだが、目のいい方が河原で埋まっている私に気が付いて助けに来てくれたようだ。運が良かったとしか言いようがない。おかげでGWの登山にはいささか躊躇うようになってしまった。
今年のGWも遭難事故が発生しているようです。下界は春でも山はまだ冬が終わっていないことを知っていて欲しいと思います。