選挙はどこの国でも厄介な問題を引き起こす。
新日鉄によるUSスチールの買収が暗礁に乗り上げている。実に馬鹿らしい限りである。反対しているのは、全米鉄鋼労働者組合であり、彼らの組織票による政治への影響力は無視できないと考える政治家は多い。
実際、バイデンはもとより今回の大統領選挙の候補者二人とも反対の声明を出している。鉄鋼業は国の産業の基本であり、アメリカの大衆の心に訴えるものがあるのだろう。しかし、そのUSスチールを荒廃させたのは、他ならぬアメリカの投資家たちである。
施設の老朽化を知りながら敢えて無視して配当に回す決議を支持したのは、アメリカの機関投資家たちである。その結果としてUSスチールは企業として立ち行かなくなり、救済の意味で新日鉄が買収に乗り出したのが実態だ。
もちろん新日鉄はボランティアで買収に乗り出した訳ではない。アメリカは現在鉄道事業を強力に推し進めており、特に貨物列車の大幅な増加によりトラック運送よりも効率的な物流網の構築を目指している。そのために必要なのが従来の1メートル当たり60キロの鉄道軌条ではなく、80キロの鉄道軌条である。
この80キロの鉄道軌条は日本の新日鉄とJFJEの二社しか製造できない。そして新日鉄はUSスチールの買収により、アメリカ国内に新たな生産拠点を設けて80キロの鉄道軌条を広める心算であった。貨物列車の増速と重量増加に対応するには、従来の60キロの鉄道軌条ではなく80キロが必要になる。
これはオバマ大統領時代に要請があり、優先的にアメリカへ輸出していたのだが、将来を見据えてのアメリカ国内での生産を目指したものであった。
ちなみに新日鉄に替わってUSスチールの買収に名乗りを上げたアメリカの製鉄会社には、80キロの鉄道軌条を作ることはできない。USスチールの経営陣もそれが分かっているからこそ新日鉄に売却することを望んだはずだった。
しかし、アメリカの大統領選挙が事態をややこしくさせてしまった。世の中すべてが経済原理で動いている訳ではないが、少々馬鹿らし過ぎる結果になりそうだ。