塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

異文化を学ぶにあたって

2021-10-27 22:48:46 | 日記
 ムスタファ・ケマル・アタツユルク。

 トルコの方々にとって彼は近代国家トルコの礎を築いたかけがえのない存在ですよね。

 ただ世界のサッカー好きからすれば、アタツユルク・オリンピック・スタジアムが会場となった2005年UEFAチャンピオンズ・リーグ、ACミランとリバプールの一戦を連想すると思いますが。

 ただサッカーに限らず、アリーナやスタジアムに人物名が用いられる事例は多くなく、だからこそトルコのアタツユルクに対する敬意を感じます。

 文春新書「大世界史」を執筆した佐藤優、池上彰の両氏によると

 1・トルコは議会民主制である
 2・トルコの近代化は軍隊主導で始められた
 3・アタツユルクは民衆の識字率が下落することを認識しながらも、トルコ語をアルファベットで記すように導く

 とあります。

 稲本純一と長友佑都がガラタサライ・イスタンブル
 細貝萌がブルサスポル
 ジーコがフェネルバフチェ

 というように日本代表選手、そして縁のある指揮官がシュペル・リギに在籍してきましたが、かれら、つまり異教徒から見るイスタンブールの街並みとイスラム教はどのような代物でしょうか。

 僕はサッカー選手でもなければ政治家でもありません。

 ただ、渡欧するならば宗教的価値観やジェスチャーなど、言葉以外に改めて学んでおく要素は案外多いと思います。

 イスラム世界では例え「赤十字」のような、医学的見地に立つ組織でも、かつての十字軍を連想するほどこの配色はデリケートだと聞きました。

 また日本では大人が子供の頭をなでる習慣がありますが、この習慣が「ご法度」の国が案外多いはずなんです。

 J1には今後、より多国籍化が進むと思われますが、彼ら外国籍を通じで異文化を学ぶ実例は、今後も増えていく気がしますね。
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北京冬季五輪の開催が迫る中で

2021-10-27 20:48:09 | 日記
 僕は明日から3連休です。

 遊びのためではなく、千曲市の新型コロナウイルス集団ワクチン接種のためであり、2日予備日を申請したのは1日だけでは体調が戻らない可能性があると聞いたためです。

 逆に今季はインフルエンザ・ワクチンの減少が懸念されており、(僕は昨年接種しました)ウイルスとの闘いは予断を許しません。

 イングランド・プレミアリーグでも選手間におけるコロナウイルス・ワクチン接種の接種率が話題になっているようですが、カタール・ワールドカップに向け、一つ材料があるとすれば

 「北京冬季五輪」

 になるのでしょうか。

 実は本日10月27日は、冬季五輪開催まで残り100日という節目の日と聞きました。

 ウイルスというのは夏季に行動が落ち着く一方、冬季に動きが活発になるとの指摘があります。

 中国とカタールでは冬季といえども気候と風土は大きな差があるわけですが、ボランティアの有無や選手が宿舎でどう過ごすかは、参考例になるのではないでしょうか。

 東京五輪は無観客での開催でしたが、北京五輪が無観客になるとは聞いていません。

 またカタール・ワールドカップもブラジル・ワールドカップの時に顕著であった

 スタジアムの建設は間に合うのか
 ファンがワールドカップよりも、医療と学の充実を訴える

 という抗議行動もなく、準備は粛々と進んでいるようですが。

 現状、日本代表がカタール・ワールドカップに出場できるかは定かでありませんし、下手をすれば予選落ち、3位でプレイオフに回るという大きな進路変更を余儀なくされる可能性もあります。

 でもファンはコロナウイルスだろうが、ワールドカップ初の冬季開催だろうが、日本代表が出場していればそれらを問題視せずに応援します。

 それがワールドカップだからというのが理由であって、理由でないような代物ですが。
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アディダスがクリエイターと進む道

2021-10-27 20:35:20 | 日記
 アディダスは現在、カニエ・ウエスト、ラフ・シモンズ、そしてヨウジ・ヤマモトなど多くのクリエイター達と良好な関係です。

 その中でもステラ・マッカトニーが重用されている印象を受けます。

 今回、彼女の名前とフランス代表ポール・ポグバのダブルネームで新作スパイクが発売されたことからもわかるように、マッカトニーのデザイン力は素晴らしいですよね。

 ポール・ポグバが代理人であるミノ・ライオラを通じ、在籍するマンチェスター・ユナイテッドを揺さぶり、フランス代表での彼とクラブでの彼は別人であると批評があっても、アディダスにとってポグバは契約に値する選手なのでしょう。

 レオ・メッシも同様ですが、ナイキから「移籍した(強奪したというべきでしょうか)」点でも、アディダスにとっては喜ばしいことなのでしょうか。

 一方でナイキといえば、

 セルジオ・ロザーノ エア・マックス95をデザイン
 ティンカー・ハットフィールド 歴代のエアー・ジョーダンをデザイン

 というように、バッシュとランニングではデザイナーの存在を公にしてきました。

 これからはサッカー・スパイクだけでなく、競技としてのあらゆる分野で

 ナイキとアーティストが共同でデザインした形
 アディダスとデザイナーが共同でデザインした形

 というように、ただ漠然と商品が流通するのではなく、デザインとその背景、そして素材に何を用いるかをどんどん鮮明にしなければ、消費者は購入する意欲を失うかもしれません。

 これまではレオ・メッシが愛用した、レブロン・ジェームズがお気に入りというように、選手の意見をファンが大事にしていました。

 しかし現在はファンが自らスマートフォンで提案できる時代ですから、主語が常に「私」となる時代、だからこそ着ているものが全てになりえるのでしょう。
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