塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

ブランドが子供に与える影響を思う

2016-08-31 19:34:56 | 日記
 歯医者の帰りに、母校である戸倉小学校の横を通ると、先生方がテントを張っていました。

 運動会はやはり今の時期の風物詩、なのでしょう。

 小学生に大人気の運動靴と言えば、アキレスが販売している「瞬足」で、これは陸上選手も驚くくらいの設計がなされていると聞きます。

 ここで考えたのが、子供をどう自社の贔屓に導くか、ということです。

 サッカーならば、自社の抱える契約選手が一番の判断材料になります。

 「岡崎選手はプレミアで優勝したよね。だから僕もミズノを履くよ」
 「ナイキが大好き!だってロナウドが履いているでしょう」
 「香川さんはアディダスだよね」

 というように、日本代表や海外の有名選手が履く靴、ブランドはそれだけで差別化になります。

 必ずしも、一度履いた子供たちがもう一度、自社の靴を買ってくれるとは限りません。

 親御さんからすれば、成長期の子供に関する衣類と口は、値段が手ごろでなければ買い替えが難しいですしね。

 一方で、選手の履く靴が

 「子どもが学ぶ原動力」
 「子どもの成長を促す材料」

 である点は間違いありません。

 良い大人がようやくお金を手にし、憧れのエアー・ジョーダンや、コンバースの「アディクト」ラインを買い求めるのは、そこに自分の幼少時代の気持ちを抱いているからです。

 靴に求められる要素は様々ですが、もしお金にゆとりがあるなら、お子さんのほしい靴をかってあげて欲しい、部外者ですがそう思います。
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相手に覆いかぶされるという違和感

2016-08-31 17:07:34 | 日記
 休日に歯医者通いをしている最中ですが、ああ、そうかと思う事がありました。

 幼少時、誰もが歯医者に行くことに抵抗を持ちますが、痛みやわけのわからない機械が自分の口に入る違和感があることが考えられます。

 40になった今ですら、今の治療がよくわからないまま口を開けている形ですから、幼少時の恐怖感を思い出すと、自分の成長がわかります。

 でも、一番の恐怖は

 「他人が自分に覆いかぶさっている」

 事ではないでしょうか?

 日常生活において、他人と対面で会話をすることはあっても、自分の顔を覗き込まれる、ということはまずありません。

 お子さんをお持ちの方なら、朝、お子さんが覆いかぶさってくる、事はあるでしょうが、他人と親兄弟ではその感覚は全く違います。

 サッカー、柔道、レスリングなど接触があるスポーツでも、覆いかぶされることはあります。

 サッカーですと、ショルダーチャージやタックルの際に、自分が覆いかぶさるほうもあれば、逆のこともあると思います。

 ここでは競技というフィルターがありますから、恐怖感は感じませんが逆に

 「相手の体重が自分にのしかかるために、怪我の心配が増す」
 「審判が反則をとるかどうか、判断が微妙になる」

 という側面が生まれます。

 今中国リーグでプレイするセネガル代表FWのデンバ・バが大けがをして戦列を離れていますが、彼の怪我も確か相手選手がのしかかる形になったため、だったと記憶しています。

 それだけ人が人に覆いかぶさることは、恐怖と違和感を与えるものだと感じます。
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テレビ朝日、制作したCMに大反響

2016-08-31 01:22:57 | 日記
 僕は9月1日、6日のいずれも仕事のため、ワールドカップ予選の中継は見られません。

 一方で中継を担うテレビ朝日が制作したCMが、巷では大きな反響を得ているそうです。

 そう、ゴンさんと川平慈英さんが、過去のワールドカップ予選の映像とドッキングしたこのCM、ああ、懐かしいなあと思う方もいるでしょう。

 ドーハの悲劇
 ジョホールバルでの激闘
 北朝鮮戦における無観客時代
 岡崎と本田のゴール

 過去のワールドカップ予選の山場を適格に捉えており、特にジョホールバルで激闘の果てにイランを倒したあの瞬間、号泣する慈英氏の映像も挟まれています。

 今、Y・モバイルのCMで桐谷美玲さんが1980年代風のファッションで登場しています。

 彼女が履くスニーカー、恐らくリーボックの代名詞「フリー・スタイル」と思われますが、岡野雅行がイランを破るゴールを挙げた時、愛用していたスパイクがリーボックでした。

 また、1993年ドーハの時のプーマ、1998年フランス大会はアシックスと、とうじはアディダスを含めた3社からジャージの提供を受けていました。

 ですから今のように

 「アディダスからの一括供給」

 の歴史は、比較的浅いこともわかります。

 ブラジル以外の国はすべて予選敗退を経験していますが、それらはすべて他人事です。

 自国が出場しない味気なさを、もう一度経験したいと思うファンがいないほど、日本代表の戦いが注目されます。
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興奮しすぎることのマイナス点

2016-08-31 01:04:50 | 日記
 好きこそものの上手なれ

 という言葉があるように、自分の得意分野、関心を持った分野ならば、人は熱心に勉強し、お金もかけます。

 サッカーが好きならば、日本だけでなく世界中のプロリーグや代表の試合を観戦したいと思うでしょうし、英語やスペイン語など外国語の勉強を始める方も沢山いると思います。

 他にもアディダスやプーマのように、ジャージやスパイクを製造するブランドの歴史を学ぶ、中には選手ではなくクラブ運営を自分でも行ってみたい!というファンも出てくると思います。

 大倉智氏はその代表格と言えます。

 一方で弊害もあります。

 好きすぎるから
 夢中になりすぎて興奮しすぎているから
 お金をかけすぎているから

 という点で、周囲が見えない、意見を聞かなくなる、ようでは意味がありません。

 パルセイロのボランティアの方が声を大にして

 「どうか、お願いですからごみを持ち帰って下さい」
 「協力しあって観戦をお願いします」

 と僕らに訴えます。

 これはお願いではありません。

 むしろ「懇願」、つまり、お願いですからみっともない真似をしないでください、僕たちを苦しめないで、という訴えではないかと僕は思います。

 僕は一人での観戦ですから気楽、という側面はありますが、夢中になる、興奮している、というスタンスが相手への配慮に欠けている点の言い訳にはなりません。

 やはり頭を冷静にしなくてはいけませんね。
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上司に必要な姿勢、それは自分の誤りを認めること

2016-08-30 01:44:14 | 日記
 昨日、同僚から

 「主任が責任者会議で席を外れるから、主任業務を代理で15分だけ行ってほしいそうよ」

 と教えられ、実行しましたが結局その業務は60分に及びました。

 僕からすれば自分の業務を「捨てて」代理で入った、しかし4倍の時間をついやした形となり、自分が本来行うべき業務が大幅に遅れてしまいました。

 僕が敬愛する作家は何人かいますが、皆、基本同じことしか伝えていません

 「店の人間をいじめるな」 
 「時間に遅れるな」
 「てめえ一人で生きていると思うな」
 
 簡単に言えば他人を敬意を払う事を忘れるな、ということでして、僕は自分の変わりに業務代行をしていただいた際は

 「ご面倒をかけました」

 と一言、必ず添えます。

 しかし、上司や責任者というのは、自分の都合で別人の時間を奪っても悪いとも思わない、当たり前だと思う人種で、非常に不愉快な気分になります。

 僕が選手ならば、アンチェロッティはとても魅力的な監督です。

 それは彼がミラン、チェルシー、レアル、そしてバイエルンと名門を率いてきた、からではありません。

 レッジアーナ、ユヴェントスやパルマ時代はこっぴどく批判されてきましたし、特にパルマ時代、ゾラの処遇を巡ってひと悶着あったことは有名ですよね。

 アンチェロッティは自分のミスを、しっかりと認識して謝罪できる指揮官であること。

 ここが重要だと思います。

 「ユヴェントス時代、アンリを半年でアーセナルに放出したのは、私の完全なミスだ」
 「彼に謝りたいと思う」

 これだけの優勝回数を持つ指揮官が、こうして誤りを認めるならば、選手がその気持ちを慮るのも当然だと思いますね。
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