塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

ここ数日でスパイクに大きな話題が生まれました

2021-10-19 21:41:08 | 日記
 フットサル転向を表明した松井大輔が、ガビックと契約
 セルヒオ・ラモス、ミズノと契約するのか

 この数日でスパイク、フットサルシューズで大きな話題が飛び込んできました。

 ガビックは松井大輔と契約を交わしたことで、今後はフットサル用品も展開するためのアドバイザリーを迎えることができました。

 松井は長らくプーマを愛用してきましたが、横浜FCではサッカージャンキーのスパイクを履くなど、その足元がファンの話題になっていましたが、ガビックは正直意外でした。

 逆に言いますと、彼との契約が今後のガビックの方向性を考えるうえで大きな判断材料になってゆくでしょうし、これを契機にFリーグでもガビックの愛称者が増加するかもしれませんね。

 セルヒオ・ラモスはブラックアウトの形ではなく、普通にミズノの「レビュラカップ」を履いている模様です。

 近年ミズノは

 ラフィーニャ・アルカンタラ ブラジル代表
 ケイラー・ナヴァス コスタリカ代表
 グラニト・ジャカ スイス代表

 が試し履きはするものの、本契約には至りませんでした。

 仮に35歳といい年齢を考慮してもレアル・マドリードとスペインン代表で一時代を築いた彼を契約を交わすことは、ミズノにとって大きいのではないでしょうか。

 おそらくセルヒオ・ラモスはフェルナンド・トーレスとは異なり

 アジアや米国でのプレイを考えていない
 トーレスのように引退にも近くない

 でしょうから、ミズノも契約に前向きかもしれません。

 セルヒオ・ラモスはこれまでナイキ、アディダスを愛用してきましたが、仮にミズノと契約すればミズノにとっても欧州再進出へ良い弾みになるのではないでしょうか。
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地道に取り組み、汗を流すこと

2021-10-19 21:16:02 | 日記
 有料記事のため、冒頭部分しか閲覧できていないのですが。

 杉山茂樹が日本人選手が続々と海外リーグに移籍し、契約を交わすことにより「時代は変わった」とノスタルジーを感じるのはよせ、と執筆したようですね。

 僕は杉山さんはウルグアイやアルゼンチン、ブラジルといった南米の伝統国を念頭に記事を起こしたと思いました。

 これら3カ国はワールドカップの出場は当然、近年はチリも含めたこの4カ国がコパ・アメリカで優勝しています。

 つまり、選手を輸出しながらトロフィーも得ているというわけですから、日本代表とJリーグにとっては身近な参考事例になります。

 日本代表と彼らが決定的に異なることは

 1・自国民が常に代表活動に関心を抱いている
 2・従って指揮官の采配、選手選考には常に議論が巻き起こる
 3・敗れた際にのしかかる選手への重圧

 などがありますが、一番の違いは選手たちがヨーロッパ・リーグ以上、つまり欧州の上位国の上位クラブに在籍していることが圧倒的という点でしょうか。

 杉山さんは、日本人選手が海外に進出している国は多岐にわたり、本当の強豪国と強豪クラブに在籍している選手はいないよ、だから過信していはいけないと伝えたかったに違いありません。

 ただ、日本代表選手がソニーのプレイステーションのような、絶対的な信頼度を得られていない現在、やはり小規模クラブから一歩ずつ歩んでいくのが最適ではないでしょうか。

 富安建洋はボローニャで地道に汗を流したことでアーセナルに移籍しました。

 僕もそうですが「ホップ」「ステップ」「ジャンプ」の「ステップ」を省けるような器用さを持ち合わせている選手の方が少ないに決まっています。

 その「ステップ」を無視した、考えるべき事例が

 クロアチア代表 ハリロビッチ
 ポルトガル代表 レナト・サンチェス

 ではないでしょうか。

 才能があっても地道に取り組むことができないことが、むしろ才能を阻んでいるように思えてならないのです。
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文春新書「新リーダー論」を読みながら

2021-10-19 20:55:58 | 日記
 「沖縄の人口は日本の1%です」
 「1%は無視して、99%を味方につけるのは、民主主義制度においては理にかなっています」

 この一文は佐藤優、池上彰共同著作の文春新書「新リーダー論」の第8章203ページから引用しています。

 第8章では「核をめぐるリーダーの言葉と決断」について両氏が語り合い、話は米国大統領として初めて広島を訪問した当時(この本は2016年に刊行)の大統領、バラク・オバマ、そして沖縄について言及となります。

 確かにバラク・オバマ米国大統領は広島へ行きました。

 しかしこの書籍を読むまで、僕自身も日本政府が広島、そして長崎や沖縄の気持ちは配慮に欠けていたと痛感したんですね。

 沖縄県にはBリーグの「琉球ゴールデンキングス」、J2のFC琉球があります。

 いずれも「沖縄」ではなく「琉球」を名乗っているところが興味深く、黎明期から独自の文化で知られていたころからの誇りが感じられるのですが、現地の方はクラブの名前にどのような願いを込めたのでしょうか。

 例えばFC琉球がJ1に昇格したとしましょう。
 
 J2でも「東京」ヴェルディと戦っていますが、ヴェルディは移転して現在の名になったわけですから、FC「東京」と戦い勝利したとすれば、それは沖縄「県」という米軍施設を日本「国」から押し付けられていること。

 この点で痛烈なカウンターを見舞う、という形になるのでしょうか。

 両氏は、沖縄県には第1次産業と第3次産業はあるが、第2次産業がないとも指摘しており、僕がよみながら米国と自治領であるプエルトリコを思い出しました。

 プエルトリコは本当は独立独歩として存在したいと願いますが、経済的に破綻してしまうから現在の状況を選んでいると聞いたことがあります。

 サッカーやバスケットボールを通じて、観光や米軍基地以外の沖縄を知ることは可能なのでしょうか。

 琉球ゴールデンキングスには当然米国籍の選手も在籍してきたと思いますが、彼らは戦火の地沖縄でプレイすることをどう考えたのか、聞いてみやい気持ちになりました。
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日本代表監督における齟齬

2021-10-19 20:37:53 | 日記
 ブラジルやドイツのような優勝経験国はともかく、日本のようにワールドカップで16強進出がやっと、という国では自国出身人物、外国籍どちらもリストアップが可能です。

 ただ、この点が事をややこしくしていると思いますね。

 今、森保一日本代表監督に様々な意見が述べられていますが、監督自身はどこかで遠慮しているのかもしれません。

 それは時代であり、指揮官本人に何の責任もないのですが、森保さんの現役時代はちょうど、JFLからJリーグに移行する激動の時代であり、海外リーグでプレイするなど、考えにくい時代でした。

 サンフレッチェ広島で1994年のファースト・ステージ優勝を果たすも、チャンピオン・シップではヴェルディ川崎(現在の東京ヴェルディ)に敗れ、年間優勝とはいきませんでした。

 ただ、この当時のサンフレッチェ広島はファウル数の数がリーグで最小であり、森保監督が日本代表で植え付けようとしているプレイにも、その影響があるのではないでしょうか。

 選手として1993年のアジア最終予選を戦うも、最終節のイラク戦の劇的同点弾により、日本代表は米国ワールドカップ出場はなりませんでした。

 選手としてワールドカップに出場していない
 指揮官としても同様である
 一方で日本代表の選手たちの多くは、海外リーグに在籍し、ワールドカップか五輪のいずれか、その両方の場数を踏んでいる

 わけですから、いかにJ13度の優勝は素晴らしいといえども、それはあくまで「日本国内限定」での影響になります。

 僕が指揮官ならば、遠慮気味に話しかけるでしょうし、列強ならば選手は無視すると思いますよ。

 ラファ・ベニテスやアリゴ・サッキ、そしてホゼ・モウリーニョは自分が選手として大成しなかったことを逆手に取り、明確な戦術とフィットネス理論で優勝を得てきました。

 それらが彼らの自己分析ならば、森保監督は3-4-2-1がそれに相当するのですが、最終的には4-2-3-1に落ち着くのでしょう。
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