塚田盛彦のつれづれなるままにサッカー

世界中で親しまれているサッカー。このサッカーをフィルターとして、人間社会の構造に迫っていきたいと思います。

世界のサッカーはアメリカと同じ問題を抱えている(5)

2010-02-28 22:40:35 | 日記
 効率と利益を追求しすぎると、以下の点でゆがみが生じるのではないかと前回お話しました。

 1・若手の行き場がなくなる。
 2・若手を育てる意志がなくなる。
 3・選手獲得の為の豊富な資金が必要
 4・選手と監督の入れ替わりが激しくなり、土台を築くことが困難になる。結果が伴わない監督と選手はクラブを追われ、新加入の選手と監督の間と、既存の選手を結ぶ接点が存在しないため、礎を見つけることが難しい。

 1と2の項目について他に言える事は、クラブが生え抜きの選手を生まないことで、アイディンティ・クライシスに陥る可能性がある事は前回お伝えしました。引退したミランのフランコ・バレージとパオロ・マルディーニがいかに稀な存在だったかがわかります。
 更に輪をかけて稀な存在がインテルの主将ハヴィエル・サネッティです。このアルゼンチン代表選手が入団した1995年以来インテルを離れず、旗頭としてインテルのファンから熱い支持をえていることは、非常に興味深い出来事です。
 普通外国籍の選手は「傭兵」の意味合いが大きいものですからね。サネッティのように在籍年数が2桁を数え、同時に主将の重責を担うことは、滅多にない現象だと思います。

 また若手の出場機会を阻む物にが代表クラスの大物外国人選手だけではなく、安い人件費目当てに勧誘を受けた外国人選手も含まれています。日本人もこの枠に入りつつあると思います。
 外国人枠の問題はその国のリーグの価値観によって異なる為、導入の是非を僕は問えませんが、再び外国人枠について議論される気配は少ないと思います。それは欧州はすでに「EU」の主導で経済が流れていますし、欧州以外の大陸の外国人選手を「外国人」に当てはめても、「EUパスポート」がある以上、その効力が疑問だからです。

 アメリカが不法移民を含む移民を受け入れ、彼らを低賃金で雇用しているように、欧州サッカーもコストの安い外国人選手の獲得は、これからも選手補強の一環として続いてゆくと思います。

 でもこのまま行きますと「経営破綻するクラブ」が、あらゆる国で問題になると思います。事実2月28日の信濃毎日新聞がプレミアリーグのポーツマスの破綻の記事を掲載しています。日本の地方都市で報道されるくらいですから、ポーツマスのファンにとっての悲しみは相当深いはずです。

 僕はサッカー界、特に欧州がアメリカのように「サラリーキャップ」をリーグ単位で導入したらどうかと考えていました。アーセナルやラツィオのように、クラブ単位で選手のサラリー上限を設けているクラブはあります。アメリカ風に言えばアーセナルはソフトキャップ(キャップは遵守するが絶対ではない)のようですが、ラツィオはハードキャップ(キャップは絶対遵守)を採用しているようです。

 でもサラリーキャップを欧州それぞれのリーグで採用することは難しいですね。現実問題実施は無いでしょう。

 まずメガクラブが賛同しないはずです。スター選手問わず選手の給料を抑えることは、経費削減の観点からクラブにとってメリットがあるとおもいますが、サラリーキャップの総額が各国リーグによって異なれば、キャップの制約の中で最も高い給料を保証する国に、選手はあっさり移籍してしまいかもしれません。

 またイングランドのようにポンドを機軸としている国、ユーロを採用している国でも例えばドイツとフランスでは、経済状況が異なりますからキャプの上限金額が異なります。ですから同じユーロ導入の国々が仮にサラリーキャップを導入しても、上限金額にばらつきがあれば効果は半減する可能性があると思います。(今は各国の税金の負担が選手の移籍の時に話題になりますね。)

 アメリカ国内ではNFLの事を、「世界で最も栄えている共産主義」と呼ぶことがあるのですが、それくらいNFLのサラリーキャップは徹底しています。つまりリーグ全てのチームが同じ金額でチーム運営をしてるのだから、真の意味でチームの運営が問われ、毎年白熱した優勝争いが行われるというわけです。

 僕としてはクラブでそれぞれサラリーキャップを採用し、破綻しないクラブ運営を期待したいのと、レンタル移籍で選手がたらいまわしにならないような規則も必要だと思います。
 少なくともチャンピオンズ・リーグで手に入るであろう賞金を見込んでクラブを強化、しかし破綻したリーズ・ユナイテッドの教訓を忘れてはいけないと思います。日本では大分トリニータがこの例に当てはまりますね。

 5回に渡って長々と自論を展開しました。読んでいただいた皆様、付き合っていただき感謝します。ありがとうございます。
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世界のサッカーはアメリカと同じ問題を抱えている(4)

2010-02-28 20:16:13 | 日記
 「効率」と「利益」を軸に成長してきたメガクラブですが、当然良い事ばかりではありません。目に見える形で「しわ寄せ」が押し寄せています。

 例えばマンチェスター・ユナイテッド。かつて先発の多くが自慢のアカデミー出身者が占める割合は非常に高いものでしたが、近年はユナイテッドも若手はブラジルやポルトガルから買い上げる形をとっています。(ナニと双子のラファエル兄弟がそうですね。)

 そしてレアル。今期より指揮を執るペジェグリーニに対する批判が止む気配はありませんが、利益と効率を追求するあまり、結果の伴わない監督(ファン・デ・ラモス)結果が出ても方向性が違うという事でクラブを去った監督(シュスターとカペッロ)など監督の入れ替わりが激しい上、同時に頻繁に選手の入れ替えを行うフロント。

 つまり土台が定まらないまま、そこに高層ビルを建てるようなもので、短期的に見れば一定の効果をあげるかもしれませんが、長期的な視野で考えれば、この方法論からクラブの未来は見通せないはずです。

 レアルにしてもユナイテッドにしても、スコールズとギグス、レウールとグティという生え抜きの選手が引退した際、恐ろしいまでのアイディンティ・クライシスに見舞われるかもしれません。レアルにはまだカシージャスが控えていますが、彼はGKという特殊なポジションの選手です。ですからフィールドプレーヤーが困難な状況に陥っても、最後尾を離れるわけにはいかないのです。

 でもこの2つのクラブが特殊というわけではなく、その他大勢のクラブも似た状況でクラブ運営をおこなっていますし、むしろバルセロナのように、育成と結果のどちらもないがしろにしないクラブのほうが特殊なのでしょう。

 もしレアルが宿敵バルセロナなのように、「カンテラ」からの昇格に重きを寄せるクラブならば、ポルティージョ(オサスナ)ソルダード(ヘタフェ)も、今ではレアルの攻撃の柱として、白いジャージを纏っていた可能性もあります。

 自前の選手を使う事は費用の削減につながりますし、何よりファンがクラブを応援する際の心の拠り所になります。また将来性のある若手の存在を抱える事は、クラブにとって選手売買以上の重みが存在します。

 まず選手育成の実績(例えばバルサ。イタリアではアタランタやウディネーゼのような地方クラブ)があれば、才能豊かな子供達を招きいれることがたやすくなります。
 また若手というのはトレードの際、選手獲得の材料にも現金獲得の材料にもなり得る、非常に便利な存在なのです。

 よく大リーグでワールドシリーズ優勝を狙うチームが、プレイオフ出場の見込みの無いチームから主力を引き抜く交換条件に、ファームから若手を数人差し出すのはこの為です。つまり「目の前の優勝」と「才能ある若手」は同等の価値があるとアメリカは判断しているのです。

 ぼくはこれまでアメリカの持つ問題点を軸に話を進めて来ましたが、アメリカのプロスポーツには少なくとも「若手を育成する意志」があります。ですからサッカー界も欧州に限らず、若手の育成だけでなく選手はクラブの「財産」であると考えた方がいいと思います。

 今レアルの前線にはグラネロという23歳のFWが登録されています。今期ヘタフェから帰還したレアル出身の選手です。果たしてグラネロの未来はマドリードの地に決まるのでしょうか。それともポルティージョやソルダードのように流転の人生になるのでしょうか。
 自由には責任という言葉がつながりますが、選手の流転の人生は選手の責任だけでなく、クラブの経営方針が大きく関わっている事を、僕たちは考える必要がありますね。
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世界のサッカーはアメリカと同じ問題を抱えている(3)

2010-02-28 19:48:52 | 日記
 1980年代不況の苦しむアメリカは、「終身雇用」と「年功序列」のスローガンの下、飛躍的な成長を遂げている日本の産業理論を、本気で取り入れようと議論したそうです。しかし時は流れ2010年の今、日本はアメリカ式の「成果主義」を柱に、新たな産業構造を打ちたてようともがいています。

 アメリカ式ビジネスと昨今のサッカー市場は非常に多くの共通点があると僕は考え、前々回のブログからこのテーマでお話をしています。その契機となったのが岩波新書「貧困大国アメリカ」なのですが、その73ページに「効率や利益を求める競争原理」というフレーズが出てきて、僕ははっとさせられました。

 何故なら多くのビッグクラブ、メガクラブが若手の育成と試合での起用を見合わせ、同時にスター選手や代表クラスの選手をかき集めるのは、まさに「効率」と「利益」を追求している結果に他ならないと僕は感じたからです。

 確かに若手の育成は明確な答えが存在しません。才能豊かと判断された選手が途中で挫折し、見込みがないと思われた選手が1軍で活躍し、代用召集を受けるまでに飛躍した例もあります。ですから育成を手がけるコーチたちはやりがいを感じているのでしょうが、目の前の試合に勝つか負けるかで自分のクビが飛ぶ可能性のある監督たちは、若手の成長を待つ、そして起用する精神的なゆとりがありません。

 つまり「効率」を重視しなければ生きてゆけない現代サッカーは、選手は育成する物ではなくお金を払って手に入れるものであり、同時に不要と判断したならば、ゴミをゴミ箱に捨てるように他のクラブへトレードしたらよいのです。
 その選手が契約満了で無い限り、売却に踏み切ったクラブには、「移籍金」という利益が転がり込んできますしね。

 スター選手は獲得できたクラブはその選手の「肖像権」を管理し、新たな利益を狙って様々なビジネスを発案します。また選手獲得にかかった費用も、レプリカジャージを含むグッズ販売やテレビ中継の旨味を考えれば、簡単にペイできてしまいます。
 チャンピンオンズ・リーグを勝ち上がることで得る利益、スター選手獲得で得る利益でメガクラブは更なる資本を得て、得た資金で更にスター選手を買う。一方で中小のクラブは自前で育てた選手を時には売却し、世界中に張り巡らせたスカウト網を駆使し、原石を発掘磨き上げそして最高値を更新した時に売却する。

 「効率」と「利益」を求める今のサッカーは、まさに株式市場の論理と一緒です。(特に中小クラブ)つまり「選手獲得の資金は安く。しかし売却の際は最高値で売却する。その差額がクラブの利益」というわけです。

 同著の93ページに「市場原理は弱者を切り捨ててゆくシステム」という表記があります。未来のサッカー界がこうならない事を祈ります。
 ですから僕はUEFA会長のプラティニが、チャンピオンズ・リーグの改善に取り組んでいる事は、至極当然の出来事と捉えています。今までアウトサイダーのように捉えられきた東欧や北欧のクラブにも、出場機会を増やす是正案はこれから非常に注目を集めると思います。
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世界のサッカーはアメリカと同じ問題を抱えている(2)

2010-02-28 11:32:41 | 日記
 かつては建前としてどの国のリーグでも、どのクラブにも等しくリーグ優勝の可能性がありました。もちろん本音では強豪クラブ優位は動かないのですが、それでも2010年の今と比べたら、10、20年前はまだ現実的に優勝の可能性をもつクラブは、それぞのリーグに多数存在したはずです。

 2010年の今各リーグの優勝候補は誰に予想を聞いても変わらないはずです

 イタリアはインテル、ドイツはバイエルン、そしてスペインはバルセロナで対抗馬はレアル。
 日本も同様でアントラーズの4連覇を予想する声は非常に多いと思います。僕個人はグランパスエイトを推しますが、ガンバと同じく第2集団という位置付けに考える関係者が多い気がします。
 変化が見られるのはフランスですね。リヨンの独裁が破綻しローラン・ブラン率いるボルドーが急成長し、対抗馬としてデディエ・デシャンのマルセイユがそれを追う形になっています。

 スコットランドにベルギー、ポルトガルにオランダなど昔から特定のクラブがリーグを牛耳る国々の優勝候補に変化はありません。
 ポルトガルでは2001年にボアビスタ、オランダでは2009年にAZと優勝クラブの顔に変化がありましたが、やはり勝利の伝統に支えられきた他のクラブの底力は侮れません。
 スコットランドでは一時期2強を脅かす存在としてハーツの名前が挙がりましたが、仮にハーツがスコットランド王者としてチャンピンズ・リーグに出場したならば、ある意味スキャンダルかもしれません。スコットランドの寡占が崩れたという喜びよりも、2強がだらしないという意味で。

 資本が注入されるクラブとそうでないクラブの差が拡大する一方で、ユナイテッドのファーガソン、ガンバの西野監督のような長期政権を築きあげることは、優勝争いに加わる事よりも困難になっています。
 
 ファーガソンがユナイテッドの監督に就任したのは1986年。リーグ制覇の歓喜に浸るのは1991年の事。まさに5年の年月が流れています。2010年の今ならとっくの昔に解雇されているはずです。昔はファンもオーナーも、監督を支えクラブの成長を見守る忍耐がありましたが、これだけのお金が懐に入るようになり、ライバルクラブが次から次へと選手を買いあさるようになっては、ファンとしてはジレンマを抱えるようになるのは当然です。
 従って結果の伴わない監督には、お引取り願うというわけです。

 西野監督もリーグ優勝は1回のみですが、その間多数のカップ優勝を経験しているからこそ、現在の礎が保たれていると判断できます。
 つまりタイトルというのは、クラブと選手、そしてファンの3者が皆でわかちあうのではなく、監督の監督の座を守る一種の保険のような物だと僕は思うのですが、皆さんはどうお考えでしょうか。
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世界のサッカーはアメリカと同じ問題を抱えている

2010-02-28 01:29:45 | 日記
 今岩波新書の「貧困大国アメリカ」という本を読んでいます。以前光文社新書の「底辺のアメリカ人」という本も読んだのですが、アメリカは今数多くの問題を抱えている事がこの2冊からわかります。特に高額所得者と低所得者の差は開くばかりで、いわゆる「中流」という存在が無くなり、彼らの多くは低所得者へと沈んでゆく一方なのです。

 これ今のサッカー界と同じ話だと思いませんか?
 どうやら日本を含む世界のサッカー界は、グローバリゼーションというよりも、むしろアメリカ的資本主義と似た環境に突き進んでいるようです。

 「貧困大国アメリカ」の著者の堤未果氏は、民間医療とFEMAという自然災害の専門機関が「民営化」されたことが、アメリカが疲弊している理由のひとつと捉え、アメリカ人の様々な声を拾っています。

 特に貧しい移民の方たちその日暮らしの生活を余儀なくされているため、貯金もなく医療保険にも入れません。ですからアメリカという国は、日々の食事ですら満足にとれない低所得者がいる一方で、莫大な収入を得ている高額所得者という、2極化が進んでいるようなのです。

 サッカーの世界もそうですね。
 多くの中小クラブは生き残りをかけ様々なアイディアの下、必死でクラブ運営に取り組んでいます。例えば選手補強ひとつにしても、
 1・レンタル移籍 2・移籍金ゼロ 3・ユースからの昇格 4・ベテランと短期の契約を結ぶ
 5・実力はあるが故障癖のある選手を、リスクを背負って契約する 6・交換トレード

 知恵を絞ってハイリターンを目指した交渉を行っています。その一方でレアル・マドリーのように、スポンサーやマーチャンダイジングからの莫大な資本の下、代表選手を次々と獲得するクラブもあります。

 中小クラブがどんなに知恵を働かせてクラブを強化しても、リーグの優勝争いはビッグクラブだけで争われ、彼らは蚊帳の外に置かれたままです。中には「残留こそが第一目標」というクラブもありますが、全てのクラブにリーグ優勝の可能性ががあるという時代は、完全に過去の代物となってしまいました。

 ビッグクラブとそのクラブのファンだけが優勝の歓喜に浸れる「特権階級」であり、その他のクラブ関係者は彼らの喜びを傍で見るだけの存在に成り下がってしまいました。

 僕はインテルのファンですが、それでもかつてサンプドリアやエラス・ヴェローナがスクデットを獲得したように、インテルがタイトルを寡占しつづけるのは、健全ではないとも思っています。
 イタリアは歴史的にインテルとミラン、ユベントスの3強がリーグを引っ張ってきた為、この図式が簡単に崩れるわけはないのですが、それでも金銭面と戦力面での差を埋めるための術を、イタリアだけなく世界各国の関係者は視野に入れる必要があると感じています。

 民間医療、そして自然災害は「民間」ではなく「国」が責任をもって取り組むべきだなのだと、この本の中でで出てくるアメリカ人は述べています。
 今のままですとサッカーの世界でも、リーグが国の援助がないと成立しないケースが出てくるかもしれません。
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