akikoの「活動」徒然記

活動弁士佐々木亜希子の身の周りの出来事やふと感じたこと

桜 満開

2006-03-30 | Weblog
桜の花が満開ですね。
何時間見ていても飽きません。
どんな花も好きですが、桜の木の下に佇んでいると、不思議な気がめぐってきます。

冬を越し、張り詰めた空気に春の匂いが漂い始めたころ
小さな花びらの一枚一枚を一斉に花開かせるために
木々の枝が少しずつ赤みを帯びてくる

膨らんでいく蕾みも好き。
一気に咲き誇った桜が好き。
さらさらと風に散っていく花びらも
すべてを散り落とし、若々しい緑をたたえた枝々も好き。

日本人ほど桜が好きな国民はいないと思いますが
私も例外ではなく
(お花見の儀式はともかくとして)

どうしてこんなに私たちは桜が好きなんでしょうね

他の花ももちろん好きですけど
命とロマンを一番感じさせる花(木)だからでしょう

桜はその木全体で、あるいは並木全体で、
その季節とその場所をもっとも華やかに彩り
散り際がもっとも潔く美しい

そして何十年も何百年も
大木になって 花を咲かせ続ける

力強さと 可憐さと みずみずしさと はかなさと
永遠性

その木の記憶と永い時を生きてきた姿体が
私たちに降りそそいでくれる霊気

薔薇にも百合にも与えられぬ
小さな淡いピンクの花びらの集合体が私達にくれる季節


そういえば昔、「さくらちゃん」という徒名で呼ばれた時期がありました。
この季節になると思い出す、今はもう会えぬ風景と笑顔が、いくつもあります。
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南青山gabowl活弁「チャップリン×キートン」

2006-03-16 | 活弁
酒田から飛行機で帰京し、夜に南青山gabowl活弁ライブ。

今回は笑って楽しいひとときを過ごしていただきましょう!ということで、コメディシリーズ。「チャップリンの移民×キートンのセブンチャンス」+庄内の民話「河内の兄ま」。ご来場下さり、笑って下さって、本当にありがとうございました。

庄内の民話の出典は「昔むがしあったけどー平田町の民話と伝説」。旧平田町が編纂した本で、前回の平田公演の時に購入したものです。庄内弁で記載されたこの土地の民話を、庄内弁のイントネーションで語るのが好きで、けっこう笑っていただいています。まあ、いくつかわからない単語があっても、雰囲気で筋はだいたいわかってもらっていると思います。

ライブの中でも話しましたが、酒田市立資料館では、現在「酒田と映画の世界」展を開催しています。 私も勧められて、昼に観てきましたが、面白かったですよ。

無声映画時代からの酒田の映画館の様子を、写真、ポスター、チケットなどから知ることができます。 酒田大火の出火元となった「グリーンハウス」に関しても、写真や記事などで観ることができます。名作の上映と他にはない会館の造りで、淀川長治さんが「世界一の映画館」と言った小屋だったのに、残念です。
酒田でも、活弁時代から昭和の半ばまで、映画は最大の娯楽でした。多い時には、酒田だけで7館もの映画館があったのです。しかし、現在は、焼けたり閉館したりですべてなくなってしまいました。
酒田の方、機会があったらぜひ行ってみて下さい。 4月23日までの企画展です。

そう、嬉しいことに、この資料館に、私の小学校1、2年の時の担任遠田先生が現在勤務していらして、20年ぶりくらいにお会いすることができました。感激。
小学校の時というのは一番頭も心も柔らかい時。学校ではほとんどの事を担任の先生に教わるのですから、先生の存在は重要です。私の小学校自体はなくなってしまいましたが、あの頃のたくさんの楽しい記憶が、今も鮮明に残っています。1学年1クラスだったこともあり、同級生たちが今も親しく付き合えているのが、何より嬉しいことです。

もう一つ、今日のライブに来て下さった同郷の先輩。奇遇にも、小学校5年の時にたった一度グリーンハウスに入った時に上映していたのが、「キートンのセブンチャンス」だったのだそう。「この作品はあれ以来です…」

酒田大火の時に保育園児だった私は、グリーンハウスに入ったことがありません。
あの夜は、真っ赤に燃える空を、屋根の上から見ていました。
映画館から燃え広がり燃え尽きてしまった街に、今度は映画の灯を。再び。
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ひらたタウンセンター活弁公演

2006-03-15 | 活弁
新生酒田となったひらたタウンセンターでの活弁公演。4回目になる。
春っぽかったのも束の間、2、3日前から故郷はまた、地吹雪で真冬に逆もどり。
今日は一応落ち着いたものの、春の陽気はない。

今回は公民会主催で「生れてはみたけれど」「チビッコギャング~ドッグデイズ」を上演。
庄内一円、わりと遠いところからもお誘い合わせの上いらして下さった方々もいて、本当に感謝申し上げます。ありがとうございました。

前回行った時は、統廃合される地元の小学校の児童父兄のための親子学級でした。その山間の小学校は、この3月でいよいよ閉校です…。

卒業式シーズンのお忙しい時期にお迎え下さいました事務局の皆様、ありがとうございました。
夜の映画談義と、酒田、庄内談義がヒジョ-に面白かったです。。。
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吉野弘さんの詩

2006-03-09 | 映画・芸術・エンターテインメント
2月の公演に来て下さった方から嬉しいプレゼントメール。先日の朗読を聞き、吉野さんの詩も素敵ですねと送って下さった。
吉野弘さんは酒田出身の詩人。小学校の頃、国語の教科書で読んだ「夕焼け」がとても印象に残っている。現在は狭山市にお住まいで、伯父伯母のご近所さんらしい。

「樹」 吉野弘(現代詩集より)

人もまた、一本の樹ではなかろうか。
樹の自己主張が枝を張り出すように
人のそれも、見えない枝を四方に張り出す。

身近な者同士、許し合えぬことが多いのは
枝と枝とが深く交差するからだ。
それとは知らず、いらだって身をよじり
互いに傷つき折れたりもする。

仕方のないことだ
枝を張らない自我なんて、ない。
しかも人は、生きるために歩き回る樹
互いに刃をまじえぬ筈がない。

枝の繁茂しすぎた山野の樹は
風の力を借りて梢を激しく打ち合わせ
密生した枝を払い落とす   と
庭師の語るのを聞いたことがある。

人は、どうなのだろう?
剪定鋏を私自身の内部に入れ、小暗い自我を
刈りこんだ記憶は、まだ、ないけれど。



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