akikoの「活動」徒然記

活動弁士佐々木亜希子の身の周りの出来事やふと感じたこと

My Mothers Birthday

2005-11-30 | FAMILY
今日はお母さまの誕生日。
本人は増えるシワを気にしているが、案ずるなかれ。まだまだかわいい魅力的な女性である。仕事をしながら向学心に燃え、4月から今の仕事に役立つならと通信教育で法律の勉強。充実した毎日を過ごしている様子がとても嬉しい。

考えてみれば、母が今の私の歳には、子供を3人抱え、田舎の長男の嫁として育児家事仕事をこなしていたのだから、我が身を振り返るとまだまだ未熟者である。
結婚しない、子どもを産まない人が増え、空前の少子高齢化。時代は変わったとはいえ、これでいいとは思わないのだが。
かく言う私の事は、母の心配のタネ。こんな娘をもったら親はたいへんだろうと周囲に言われることしばしば、私も親になるときはそれなりの覚悟と知恵と楽観性が必要だ。

どんどん祖母に似てくる母。昔、母はよく言った。年をとるに従って、女は女親に似てくるものだと。「最近、あだしもおばあちゃんさ似できたなぁって、よぐ思うなよ。小さい頃、母親のこういうところが嫌だ、と思ってだどころまではっと気がつぐどおんなじだんけ」
私も昔から父親似と言われてきたが、ふとした仕草や表情など、母に似てきたなと思うことが増えてきた。
行く末は、うちのおばあちゃまのようなかわいいおばあちゃん‥だといいのだが。
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杉村春子の後輩、太地喜和子

2005-11-28 | 映画・芸術・エンターテインメント
 うちのマネージャーさんは、昔、若い時分に文学座で少し俳優修行をしたことがある(あのダミ声はその頃の無理な発声練習のせいだそう)。中村雅俊さんと同期で、太地喜和子さんのお付きをやっていた。太地さんに可愛がられ、杉村春子さんの話などいろいろと聴いたらしい。太地喜和子さんは、杉村春子さんと気質が似ている、後継者だと言われて、杉村さんに大事に育てられた。

 一昨年の新「白い巨塔」の大ヒットで、昨年テレビで再放映された「白い巨塔」1978(昭和53)年のフジテレビ版。旧作の方が断然面白かった。田宮二郎の財前教授の凄み、山本學の里見教授の正義感と爽やかさ。文句のないはまり役だった。太地喜和子は、財前教授の愛人役。黒木瞳も悪くはないが迫力が違う。金や名誉欲渦巻く影の世界を知りながら、愛する男を支えていくドライそうで実は情に熱い女が、太地さんに見事にハマっていた。

 「女の一代記 杉村春子」を観たマネージャーさんが、太地喜和子は普段あんなきれいな格好なんか全然していなかった、と苦笑した。いつもジャージで、杉村さんには「あんたもっとマシな格好しなさい」と言われていたらしい。
 それにしても太地さんは酒好きだった。それがある意味身の破滅に繋がってしまったが、春子さんくらい長生きしてくれたら、もっと彼女の代表作が残ったかもしれないと思うと、非常に残念である。
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女の一代記「杉村春子」

2005-11-27 | 映画・芸術・エンターテインメント
26日夜放映の「女の一代記 杉村春子~悪女の一生」。

先週日曜文学座の舞台を観たばかりだが、杉村春子といえば文学座を背負ってきた大看板女優。戦前から舞台で活躍し、私達は彼女が亡くなった現在も、あのアクの強いキャラクターで脇役を務めた何本もの名作映画によって彼女を観る機会に恵まれる。小津安二郎、木下恵介、成瀬巳喜男、黒澤明等、どの監督の作品においても彼女の存在感は抜群で、これは杉村春子でなければ、と思わされる。あの迫力、いやらしいまでの腹の座り方。
自分のおなかの中に宿った命より、死の床にある夫より、舞台を、仕事を選んだ彼女の生き方。それが素晴らしいと言えるかどうかは別だが、命がけで芝居を愛し、文学座を守り続けてきた彼女の覚悟は比類のないものであるし、そうでなければあの憎々し気な、腹の座った演技はなかったのかもしれない。

大きな物を手に入れ、守ろうとする時には、その影で大きな犠牲を払い、喪失感を味わう事も多い。愛する人に次々に先立たれ見送りながらも90歳近くまで舞台に生きた情熱的な女性、杉村春子。
彼女の生の舞台を、一度拝見したかった。

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「活弁シネマLIVE@OーCAFE」感謝

2005-11-26 | 活弁
「活弁シネマLIVE@OTEMACHI CAFE」VOL.1 終了。
会場いっぱいのお客さま、本当にありがとうございました。

エルンスト・ルビッチ監督「ウィンダミア夫人の扇」(1925)、いかがでしたか?
19世紀末のロンドン社交界、オスカー・ワイルドの戯曲をルビッチが軽妙に描いています。
ワイルドとルビッチの作品世界には共通するものを感じているのですが、おそらくルビッチは、ワイルドの世界観にずいぶんと共鳴していたのだろうと思います。
FEBOのお二人の音楽も、映画を素敵に演出してくれました。

今日はビリー・ワイルダ-についての著書を出されている方もいらしていて、師匠であるルビッチの作品に改めて感激しておられましたが、私もルビッチの巧さにはいつも感心します。
サイレント時代活躍した監督で、トーキー時代が到来してからも消えずに成功を収めた人はそう多くはありません。ハリウッドに渡ってからの彼のサイレント作品ももちろん大好きですが、私が彼の最高傑作だと思うのは「生きるべきか死ぬべきか」(1942米)。ハリウッドにおいて成功しソフィスティケイテッドコメディというジャンルを確立したドイツ出身の映画監督が、最後に辿り着いたのは、ナチズム一色となった祖国を軽妙な笑いを織りまぜながら強烈に皮肉ったこの作品だったのだと思います。彼の才能と経験、人生すべてが結集したといえる、他の追随を許さぬ名作です。まだの方はぜひ一度。

OTEMACHI CAFEは気もちのいい空間です。緑がいっぱいで、森とカフェが融合したかんじ。
今回同時開催だったオランウータン写真展もとてもよかった!オランウータンって、表情豊かで、人間みたいでめちゃくちゃ愛らしい。今回の入場料4500円(当日5000円)のうち、500円分(アースデーマネーに変換した500R)はオランウータンの森の再生に寄付されるということで、遠い地の動物たちや森をほんの少し身近に感じることのできる機会だったのではないかと思います。
スタッフの皆様にも感謝申し上げます。

次回「活弁シネマLIVE@OTEMACHI CAFE」は1月28日(土)「椿姫」。
今日は、入場をお断りしてしまった方もいたということで申し訳ありませんでしたが、ぜひ次回はお早めにご予約下さいね。

ちなみに、今日の同じ時間、故郷酒田では、父の「体育指導委員功労者文部科学大臣賞」受賞の祝賀会が行われておりました。市長始め、本当に多くの方々に祝って頂いて、幸せな父でございます。長年共にやってきた多くの役員の代表でいただいた賞ですから、もっとスポーツ文化推進と健康づくりで地域に還元しなくてはいけないということです(^^)。
いつまでも心も体も若々しく、頑張りましょう。
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EVERYDAY IS EARTHDAY ! FAIR

2005-11-23 | 活弁
原宿KDDI DESIGNING STUDIOで行われた「毎日がアースデイフェア」に出演。
トークライブ&マーケットなど内容盛りだくさんで、スタジオはたくさんの来場者でにぎわいました。(アースデイのイベントには6年くらい前から毎年参加していますが、年々顕著な広がりを見せていて感心します)

アースデー関係の食のマーケットで購入する食べ物は、常に、安全に気を使い、手間ひまかけて作られたものばかり。野菜はとても元気で味が濃いし、大豆製品も自然素材100%のお菓子もとても美味、私の愛用の味噌は、NPOト-ジバカフェの方々が中心になって無農薬の大豆づくりから丁寧に作ったもの。いつも楽しみで、今日もいくつかの野菜や有機玄米酒粕やスコーンなどを買って帰りました。

化学物質のなるべく少ない食品や洗剤、自分の体にとって安全で品質のいいものを使うことは、地球環境にとっても優しいことと思う。いろんなものを無駄のないように循環させていけたらいいのだが。

つい食の話が中心になってしまったが、今日の上映短編作品は「ロイドの浮気者」別名邦題「ロイドのコック」。ロイド眼鏡で人気急上昇中だったハロルド・ロイド、初期の作品(1917)。
女の子大好き、ナンパのロイドくんは、目をつけた女の子を追い掛け、彼女の働くレストランへ。彼女を射止めるためならとそこでウェイターを始めるが、ハチャメチャ。お店は彼のせいでめちゃくちゃに。「食べ物を大事に」しないシーンのオンパレードで…ある意味苦笑だが、ドタバタ短編喜劇の活弁体験だけでもしてもらえたら今日はOK。

すろ~しねまは、EARTHDAY MONEY が使えます。
ぜひお見知りおきを。
http://www.slowcinema.com/
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26日のリハ。

2005-11-22 | 活弁
音楽のFEBOの二人と。「ウィンダミア夫人の扇」
あーでもないこーでもない、もっとここ盛り上げた方がいい、このシーンウケるよね、
などと喋りながら、毎回楽しいリハが終わる。
本番の土曜日、皆さんに会えるのを楽しみにしています。

明日は、原宿KDDIスタジオでのアースディフェアにちょっとばかり出演します。
どうぞ宜しく
http://www.earthdaymoney.org/fair
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今日は山形新聞の取材

2005-11-21 | 取材・メディア
受けました。
東京在住でがんばっている人シリーズ?
掲載は年末か年始とか。

たまたま取材してくれた記者さんは15くらい上の高校の先輩でした。
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文学座浅草オペラ「毒の香り」

2005-11-20 | 映画・芸術・エンターテインメント
文学座の浅草オペラ「毒の香り」鑑賞。
大正時代、華を咲かせた浅草オペラ。

舞台は、大正14年「浅草オペラ」の殿堂だった金龍館。
関東大震災で崩壊するまでの、「浅草オペラ」を取り巻く人々の、芝居にかける情熱と人間模様が描かれる。
大衆受けするオペラの上演に目を輝かせ、日夜「カルメン」の稽古に励む面々。

主役の演出家を江守徹。さすがに巧い。「演技をしている」と感じさせない演技。劇場で、実際に演出家が怒っているんじゃないかという、せりふ。「自分の言葉」になっているということだろう。
ある日突然、新国劇の沢田正二郎がやってきて、どうしても「シラノ・ド・ベルジュラック」をやりたい、これを演出できるのはあんただけだ、と演出家(江守)に頭を下げる。新国劇の沢正の断っての頼みにも関わらず、江守は、俺にそんな演出なんかできねえ、おれたちは高尚な舞台なんか望んじゃいねえ、大衆が喜ぶオペラをやるだけだ、あんたは今までどおり切った張ったの世界を演ってりゃいいじゃないか、と断固として申し出を突っぱねる。
だが、何かを確信している沢正は、懲りずに何度もお願いに来るのである。

実は江守は、シラノ・ド・ベルジュラックに誰よりも傾倒し、誰よりも大切にしている男だった。すべてのセリフが、そして情景が、頭に入っている。


http://www.asakusa-e.com/tokushu/opera/opera_a.htm

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活弁の醍醐味

2005-11-19 | 活弁
フィルムセンターへ行くと必ず見知ったお顔に出会う。
昨日ばったり会ったのは、若い頃から往年の名弁士松田春翠先生の追っかけをしていたという筋金入りの活弁ファン、無声映画の大先輩。都合の付く時には公演に来て下さっていろいろとアドバイスを下さるありがたい方で、昨日は久しぶりで話がはずんでしまった。

彼は、出会った当初から私に言う。
「同じ作品の公演に何度も足を運んでもらえる弁士になってほしいんだよね」と。
「この作品は一回観たからいいや、じゃなくて、生の語りなんだから、あなたの語りを聞きに何回も来てくれる人をいっぱい作らなきゃ」
彼は春翠先生の同じ作品の公演に何十回と足を運んだという。地方公演もかかさず。
「ちょっとしたところが、毎回変わるんだよ。客層見たり、その時のアドリブ入れてね。それが楽しくてさ」

まだまだ足元にも及ばないが、私の活弁で同じ作品をくり返し観てくれた方々も言う。
毎回、ちょっとづつ印象が違うのが面白いのだと。
活弁は生ものである。私のつくる台本も変わっていくし、たとえ台本が同じでも、セリフの表現の仕方や間の取り方で随分と印象は変わるものである。
そこが、芝居と映画の中間にある「活弁」の面白さで、まして即興要素の強い生演奏などがつけば、語りとの呼吸で、一つの作品が様々な表現の可能性を持つ。

ミュージカルのファンなどは、上演期間中、何度も同じ作品を観に行くのが当たり前である。
「活弁」も、もっと生の公演として楽しむ人が増えてくれるようにと思う。
今年は、5月にFEBO(ギターとキーボードのデュオ)と、同じ作品「結婚哲学」を3日間、
9月にmetro trip & オールスターズと、「ロイドの巨人征服」「子宝騒動」を2日間、公演した。
3日間とも、あるいは2日間とも来て下さった方々がその日その日の印象を送って下さる。
観る側も、だんだんと作品中の細かいところに目が行くようになったり、私の表現の違いを楽しんだり、本人の中で作品自体の解釈に違う可能性を見出したりしてまた面白くなったりするようで、そんな声は私にとってもとても嬉しかった。

とはいうものの、これだけのエンターテインメントがあふれている東京で、同じ作品の活弁に何度も足を運んでもらうなんて、自分が観客の立場で考えてもこれはかなり難しい。
まずは、「活弁」て何?一回くらい活弁に。
そして、面白いから今度は別の作品も。
それから、一度観た作品だけどとても良かったから今度は友人ともう一度。
こんな風に増えてくれるのが理想ですかねえ、大先輩。

大先輩、「俺、夏のフィルムセンターでのこども映画館、二日間とも観るつもりで予定空けててさ、来たんだよ。でも、入れてもらえなかった…」
こども映画館ですからね、こども連れじゃないと入れません。
夏の「こども映画館」では、低学年、高学年向けに二日間、目玉のまっちゃんの「豪傑児雷也」やグリフィスの「ドリ-の冒険」、小津の「生れてはみたけれど」などの活弁上映を務めさせていただいた。生演奏はFEBO。フィルムセンター初の試みだった。
「こども向けにあの作品を、あなたがどう語るか聞きたくてさ。それから子どもたちの反応が見たくてさ」
そうですねぇ。「豪傑児雷也」は、ある程度わかる表現にして飽きさせずに見せる工夫、たいへんでしたね。やはり2回目の方が、1回目の反応を踏まえてより楽しんでもらえたかんじです。「ドリ-の冒険」は、誘拐犯のジプシー男を怖い声にしすぎて、泣き出してしまった子もいたし…。
「いや~、せっかくフィルムセンターまで来たのに観られなくて、残念だったよ」
先輩、そういえば、自分に子どもがいないので、他人の子を連れてきた方もいました。
「そうか、その手があったか…」
でも、こどもはこわい風貌のおじさんにはついて行かないことになっています。

フィルムセンター発行のNFCニューズレター第63号(生誕百年特集 成瀬巳喜男/斎藤寅二郎/野村浩将)のトピックス覧に記載されていました。
ー装いも新たに、盛況の「こども映画館」
未来の観客を育てる”映画教育”への足がかりとして。
たくさんの子どもたちに、子どものうちに一度活弁体験してほしいものです。
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生誕百年特集斎藤寅二郎「モダン怪談100,000,000円」

2005-11-18 | 活弁
フィルムセンターで、今日まで生誕百年特集上映が組まれていた映画監督斎藤寅二郎&野村浩将。
私の活弁ではおなじみになっている斎藤寅二郎(1905-1982)は”喜劇の神様”と呼ばれ、無声映画時代から抜群のナンセンスコメディをくり出してきました。1922年松竹蒲田に入社して助監督となり(一年後輩に小津)、1926年21歳で監督デビュー。松竹、東宝などで生涯に207本の喜劇映画を撮っておりますが、彼の真骨頂は無声映画時代のスラップスティック・コメディだと言われております。私もそのとおりだと数少ない無声映画を観ながら、演りながら、確信している一人。
そう、無声映画時代は、寅二郎ではなく寅次郎でした(本名は寅二郎)。私などは寅次郎としてのほうが馴染みがあるのですが、残念ながら、斎藤寅次郎絶頂期の無声映画作品はほとんど残っておりません。私のお気に入り、どこで活弁上演しても大人からこどもまで絶対にウケる「子宝騒動」(1935)の他、「明け行く空」(1929)「石川五右エ門の法事」(1930)、そして、今回発掘され初公開となった「モダン怪談100,000,000円」(1929)!

現存フィルムは封切当時の2割、15分の短縮版ですが、かなり興味深いものでした。
小津作品でもおなじみの大好きな名役者たちー斎藤達雄や坂本武、吉川満子などが出演。
なかなか観られる作品じゃないし、せっかくなので、観ていない方のためにストーリーを。

金のないことを理由に父親(坂本武)に結婚を反対され駆け落ちした若い男女(貧乏青年松田ー斎藤達雄、娘の令嬢ー松井潤子)が、赤城山でゴールドラッシュ?に遭遇。聞けばなんでも国定忠次の埋蔵金がどこかにあるという。一獲千金血眼になる人々に交じり、埋蔵金探しを始める二人。腹が減り、寒くなり、夜を明かそうと荒寺に入ると死人の棺とお供え餅!餅を拝借…と思ったら、棺の中から手がのびて。餅をさらわれ、骸骨に頬をなでられ、こんな幽霊寺にはいられないと野宿を決め込むが、そこでなぜか穴を掘る子連れの国定忠次(小倉繁。「子宝騒動」の福田さんです)に出会う。
忠次「寄らば切るぞ!」
一瞬おじけづき彼女の後ろに隠れるが、それではあまりに情けない、青年松田
および腰ながら、「御用だ!御用だ!」
御用と言われりゃ反射的にひるむ忠次。
「よし…。御用だ!御用だ!」
「むむむ…」
なぜか松田の懐からは強い味方の十手が出てくる。「御用だ!御用だ!御用だ!」
ついに忠次の幽霊は、塩をかけられたなめくじのように、一人穴の中へ消え…。
いいのか それで。
「ちゃん!置いてかないで~」
「…忘れていた」
再び坊やとともに姿を消した忠次。後には、穴だけが残されて。
「もしや!」
掘ればそこには噂の埋蔵金!100,000,000円!?
娘はもう死んだものとお経をあげるお屋敷へ、大金抱えた二人のご帰還。
「父さん、松田さんは、大富豪になったのよ!」
金さえあれば文句ナシ。二人は結婚、めでたしめでたし♪

というような(印象によるセリフも入れておりますが)ばかばかしい話。
しかし。この作品観たさか、その日(13日)の会場はいっぱい。弁士も楽士も付かず、サイレントのまま観ているのですが、時々会場から他のトーキー作品以上に笑いが起こっておりました。あっぱれ。

ちなみにこの作品、ある旧家に眠っていたフィルムを映画保存協会が発掘し、斎藤寅二郎監督の三人の御子息が<映画の里親>として復元に協力して下さって公開にこぎ着けました。
今日の「エノケンの法界坊」や先日の「のど自慢狂時代」などももちろん悪くはありませんが、サイレントのものの方が監督のナンセンスさが光ります。短期間で制作し、かなり量産していた時期ですが、だからこそ、か、ドタバタのスピード感とキレがあります。
もっと当時のフィルムが残っていたら!と思うと同時に、今回こんなふうに、多くの方々の熱意とたいへんな努力で、新たに復元、公開された無声映画作品があったことに、心から拍手を送りたいと思います。
私的には弁士が付いたら絶対にもっと笑える!と思えた作品。いつか語ってみたいものです。
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万葉集

2005-11-16 | Weblog
「万葉集」は素朴だが力強い歌が多い。
人を愛し、安否を気遣い、恋焦がれる感情を歌う「相聞」。人の死を悼み、残された哀しみを歌い、再生を願った「挽歌」。そして雄大な自然をめで、感動を綴った数々の歌。
どれも味わい深く、気取りや飾り気のない分、真直ぐに胸を打つ。

ー旅人の 宿りせむ野に 霜降らば 我が子羽ぐくめ 天(あめ)の鶴群(たづむら)
ー信濃道(しなのじ)は 今の墾(は)り道 刈りばねに 足踏まなしむ 沓はけ我が背

今日、伯母と伯父の姿に重なり、とても愛おしくなった歌。

遠い船出に出る我が子を想う母の気持ちも、働きに行く夫の足元を気遣う妻の気持ちも同じ。
優しく強く、愛する者を我が身のように想う祈りにも似た母性愛。
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泣けた映画に笑った芝居

2005-11-13 | 映画・芸術・エンターテインメント
昨日(12日)昼は、フィルムセンターで木下恵介監督『野菊の如き君なりき』を鑑賞。
映画評論家白井佳夫先生の解説付き。二年間受講した東京芸大特別授業の延長線で、日本の古典映画をフィルムセンターの大スクリーンで鑑賞し、白井先生のお話を聴き、全員が作品の感想を述べ合う。山口百恵、松田聖子主演の「野菊の墓」の冒頭シーンまで比較鑑賞、というなかなか贅沢な会である。
 この作品はとにかく全編を通して信州の風景が美しい。封建的な時代、愛する少年への想いを押し殺し抱えたまま死んでいった少女民子の悲恋が、詩的情緒あふれる映像で綴られていく。杉村春子、浦辺粂子など実力派の役者も印象的で、家や周囲の嫉妬に引き裂かれていく政夫と民子の切なさに、初見でもないのにぼろぼろ泣かせてもらった。

 その後、夜は、新宿シアターサンモールで、ワハハ本舗柴田理恵主演の芝居「女探偵 伴内多羅子 七つの顔の女だぜ」鑑賞。
大爆笑。柴田理恵さんの、女を捨てた(?)パワフルな体当たりの演技に、終止会場は爆笑の渦。脱帽、である。エログロナンセンスなんのその、なんでもこい、皮肉たっぷり辛口&ほろり系ヒューマンコメディ。江藤美智留の脚本もなかなかのものだが、それを演ってしまう理恵さんも、凄い。カッコイイ~
 連れて行って下さったのは、今度共演させていただく筑前琵琶奏者の矢澤公子さん(琵琶全国大会優勝暦を持つ実力者です)。友人である薩摩琵琶出身の伊藤さん(「耳なし芳一」で全国公演をしていらっしゃいます)とともに、楽屋で、理恵さんと久本雅美さんに御挨拶させていただき、とにかくいい勉強をさせていただきました。 
 でも、やっぱり、アレはあと何年経ってもあたしには多分無理だなあ…(何をやったかは観た人だけのお楽しみ、なのでした。)
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先輩の歓送会

2005-11-12 | 酒田・庄内・山形
突然郷里へ帰ることになった先輩の歓送会に、後輩達が集まった。
寂しい気持ちもあるけど、とにかく今日は(もう昨日ですね)みんな庄内弁でしゃべりっぱなし。

人生には、いくつか転機がある。それしか選べないように天に導かれてしまうこともあるし、自分の考えの及ばないところで動かされたりする。 意味は後からついてきたりするものですよね。
厄年は、お役目が廻ってくる年。責任も重くなり忙しいので、心身ともにけっこう疲れます。でも、いろんな形で降りかかってくる「やく」とのつきあい方で、その後の自分が大きく変わる気がします。

どこにいても縁が切れるわけじゃないので、それぞれの場所でがんばれたらと思います。

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昨夜の渋谷O-nestライブ

2005-11-10 | 映画・芸術・エンターテインメント
活弁シネマライブで何度か共演しているmetro trip(メトロトリップ)の出演があったので、行ってきました。彼らの所属するレーベルが主催、コンピレーションアルバム発売を記念し、数組の参加アーティストが共演。Cosa Nostra のゲスト出演もあり、23時すぎの終了まで熱気に包まれた会場の雰囲気ごと楽しませてもらいました。

昨日のmetro tripは、二人のメンバーの他に、ギター、ベース、キーボード、サックス、パーカッション、ドラムを加えた編成。彼らの音楽はいつも、とってもパワフルで楽しくてノリがよくて、観ている人(聴いている人か)を元気な気分にしてくれます。

聴き心地の良さには、調和、バランスってとても大事。
やっぱり生バンドで、呼吸を合わせながら演奏するっていいですね。
その場で、顔を見合わせながら、出たり、周りの音やヴォ-カルの声を立てるために引いたり、遊びを入れたり。バランスが悪いと、せっかくのいいものどおしが相殺されちゃいますが、うまく調和している時の心地よさは音楽の醍醐味。(そういえば、音楽家の友人はいつも「音楽は調和だ」と岡本太郎のようなテンションでいいました)
活弁のコラボレーションも一緒だけど、「一緒に奏でる」ことの楽しさです。

9月の活弁シネマライブで共演したメンバー5人の姿を見ながら、楽しい時間を過ごしました。お疲れさまでした♪
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人間はどこへ行く

2005-11-08 | Weblog
深夜のNスペを見て、驚愕した。

人間がサイボーグ化していく。想像以上に近い将来。
もはやSFの世界のことではない。
脳の中枢とコンピューターを繋ぐことで考えた事が自分の手足を使わなくても実行できる。
膨大な量のデータを脳に保有できる。他の人間や動物を遠隔操作で動かすことができる。
そんな技術が、すでに開発され実証済みなのである。

確かに、医療や福祉の分野で生かせることもある。
だが、開発は軍事目的。この技術の行く先を考えると非常に恐ろしくなる。

人間とは何か、の定義は変わるだろうか…。
幸せの、価値観は。

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