akikoの「活動」徒然記

活動弁士佐々木亜希子の身の周りの出来事やふと感じたこと

「椿姫」Camille

2006-01-28 | 活弁
OTEMACHI CAFEでの二度目の活弁シネマライブ。今回もたくさんの方にいらしていただき、本当にありがとうございました。

「椿姫」は私もとても好きな作品です。
冬から始まって冬に終わる物語。パリで最も華やかな高級娼婦が、自堕落で放蕩の毎日から本当の愛を得て幸せを知り、それを愛する男のために犠牲にしながら、理解される前に死んでいく一年。苦しさと切なさに、語りながら胸が詰まってきます。ラストシーンのあたりは、私の声もかすれていましたが、会場のすすり泣きが耳に届き、終わった後の皆さんの表情を見たら、なにか話すのが申し訳なくなってしまいました。

今回も、FEBOのお二人がとても素敵な音楽をつけて下さいました。
生演奏との共演の楽しさは、絶対的に、「本番がいい」ということ。
私の語りの声の調子などをはかりながら、音楽のテンポや、曲調も変えてくれています。
私も、本番で音楽を主に語りを押さえたり入れたりしますし、呼吸を合わせたコラボレーションの面白さは、なんともいえません。

丸の内文化プロジェクトということで、様々な方面からご支援をいただき、本当に感謝しております。文化庁の方々にも足を運んでいただいたと伺いました。
今後も、よりよい環境で、より充実した活弁ライブがお楽しみいただけるように努力して参ります。ヴァレンチノ作品をまた、というリクエストもありましたので、近々できたらと思っています。お楽しみに。

次回のすろ~しねま活弁シネマライブは、新生gabowlでの、グレタ・ガルボ主演「肉体と悪魔」。妖艶なガルボが印象的な、彼女のサイレント期の代表作です。
ぜひ、お越し下さい。
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故李秀賢くんを偲ぶ会

2006-01-26 | Weblog
皆さんの記憶に残っていますか?
5年前のこの日のこと。

特定非営利活動法人
エルエスエイチアジア奨学会
(李秀賢顕彰奨学会)

故李秀賢君事故後の主な出来ことについてご報告いたします。

2001年1月26日 午後7時15分JR山手線新大久保駅で誤ってホームから転落した見知らぬ日本人を助けようとして、韓国からの留学生李秀賢さんと日本人カメラマンが帰らぬ人となりました。

今日はあの事故から丸5年。2002年1月26日 ぺアーレ新宿にて李秀賢、関根史郎一周忌慰霊祭が開催され、当時
の官房長官、外務大臣などの閣僚をはじめ日本語学校関係者等600名余りが参席し、
その後も、毎年命日である1月26日には外務省、韓国大使館の関係者の参席を得て、李秀
賢君の冥福を祈ると共に、ご両親を励まそうと多くの方々が集い「偲ぶ会」が開催されて
きました。今年は赤坂プリンスホテルで、故李秀賢くんを偲ぶ会が行われました。私は、毎年、司会をさせていただいていますが、今年は昨年や一昨年以上に、多くの方が参列下さいました。


2001年1月29日 留学先の日本語学校にて李秀賢さんの学校葬が営まれました。
日本全国から日本語学校生、教職員、一般の方々数百人がその死を悼み参列、
また当時の森総理を初め、福田官房長官、河野外務大臣、町村文部大臣等の閣僚、その
他多数の政府関係者がご参列くださいました。さらに金大中韓国大統領を初めとする韓国
政府関係者の方々からもたくさんのお悔やみをいただきました。

○ その後、留学先の日本語学校や新聞各社には、日本全国から李さんのご両親に宛てたお見舞いや励ましの手紙や電話が殺到し、お見舞金などが届いたため、ご両親に届けられました。

○ 李秀賢さんのお墓が釜山にたてられてから今日まで、日本から励ましの手紙や墓参りに訪れる者は後を絶たず、昨年2005年11月14日には、麻生外務大臣が釜山市児童公園にあります秀賢さんの記念碑を訪れました。

<奨学会設立>*2001年4月、李君のご両親より母国と日本の掛け橋を目指したご子息
の遺志を継ぐために、同じように大志を抱き日本で学ぶ就学生を支援する奨学金制度を作
るために寄付をしたい。」との提案がなされました。
これを受け有志が集まり奨学金制度の検討を開始し、故李秀賢さんのご両親より寄付され
た1,000万円を原資に2002年1月26日1周忌の場で「李秀賢顕彰奨学会」が正式発足し
ました。同年10月、東京都から特定非営利活動法人の認証を得て、李君のイニシャルを取
り「エルエスエイチアジア奨学会」となりました。
「エルエスエイチアジア奨学会」には、全国の延べ約5000名の方々から寄付金が寄せられ、2002年10月から昨年11月までの4年間にアジア各国から来日した231名の日本語学校生に一人15万円の奨学金が支給されました。

また、奨学会の他にも、李秀賢君の死後から今日に至るまで全国の有志グループが李君の
死をただの犠牲で終わらせることなく、彼の勇気ある行動を顕彰し、彼が残した命の尊さ、
他人のために生きる優しさを広く伝えるため、チャリティーコンサートや勉強会など様々
な活動を行なっています。また、現在、李秀賢さんをモデルにした日韓合作映画「あなた
を忘れない」の製作が進行中です。

慰霊祭につきましては、
○ 2002年1月26日 ぺアーレ新宿にて李秀賢、関根史郎一周忌慰霊祭が開催され、当時
の官房長官、外務大臣などの閣僚をはじめ日本語学校関係者等600名余りが参席し、
その後も、毎年命日である1月26日には外務省、韓国大使館の関係者の参席を得て、李秀
賢君の冥福を祈ると共に、ご両親を励まそうと多くの方々が集い「偲ぶ会」が開催されて
きました。そして今年はあの悲しい事故から5年、本日5周忌を迎えることとなりました。

なお、本日の偲ぶ会の会場は、李秀賢さんをモデルにした日韓合作映画「あなたを忘れな
い」の映画製作プロジェクト様よりご提供頂き、関係者の方々にもご出席いただいており
ます。 
本日「偲ぶ会」終了後には、同映画の韓国ロケ報告会が行なわれますことをお知らせいた
します。

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J-wave

2006-01-24 | Weblog
J-waveで今日あきちゃんの活弁の話をしてたよ、と知り合いに言われました。
大手町カフェライブの告知かなと思いますが、自分が知らないところで聴いたよと言われるのも嬉しいものです。丸の内、有楽町界隈のビル内にはけっこう大手町カフェの活弁シネマライブのフライヤーが置いてあり、見かけることもしばしば。ありがたいことだと思います。

それにしても堀江さんはたいへんです。ここのところ、周囲の話題にも彼のことがよく出てきますが、気の毒だと思う反面、やはり、法をかいくぐるように企業を拡大してきたやり方への反感は相当なものだろうと思ってしまいます。
株や投資も、やはりその企業を見込んで応援するというのが根本だと思うし、買収して自分のところが大きくなればいいとか、右から左へ流すだけで一日でお金を儲けようというのは、やっぱり違う気がします。

ヒュ-ザ-の小嶋社長の顔など、見ているだけで腹が立ってきます。
「人相」とか「顔は鏡」とはよくいったもので、顔には、人の相、過去と未来が少なからず顕われるものです。

男女問わず、お顔のとっても魅力的な年輩の方々、わりと若い頃はただきれいなだけの顔だったりします。ぜんぜんハンサムと言えないような写真がでてきたり。逆に、昔はイイ顔だったのに、数十年後、地位は得てもとってもイヤらしい顔つきになっていたりもよくあることです。

かうゆう私も自分の顔が大好きとは言えません。そろそろあきらめて、というか、前向きにつきあっていますが、昔は(テレビに毎日出ていたころも)、自分の顔が本当に嫌いでした。

一時一時の表情のくり返しで顔の皺ができる。
その表情は、一瞬一瞬の感情や感覚、思考の顕われ。
どんな感情で、体調で、何を言い、どう人や自分と接し…という一瞬一瞬が重なって今の顔ができているわけで、数年後、数十年後、皺いっぱいでも魅力的な顔になっていたいなあと、思わずにはいられません。さあ、これは、たいへんな課題です。



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おばあちゃんの命日

2006-01-23 | FAMILY
今思えば、もっといろんな話を聴いておきたかった。

聴いた面白い話、もっと詳細に書き留めておけばよかった。

おばあちゃんの若い頃の出来事、酒田の日常。

そして、もっとたくさん、おばあちゃんと会話できたら良かった。

明治から平成まで80年生きて、考えたことを、もっと聴けたらよかった。
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「椿姫」アメリカ的モダンパリ

2006-01-22 | 活弁
28日のリハーサルと、2月2日の会場下見&打ち合わせ。

「椿姫」、今回もFEBOの二人の音楽といい感じになると思います。
この映画、何度も映画化されている「椿姫」の現存する最古の作品だと思いますが、
もともと物語の舞台は19世紀半ばのパリ。
しかし作品中には、当時のパリにはあり得ない、ジャズバンドが入ったカジノなど、アメリカ的な社交場が出てきます。ハリウッドでこの作品が制作された1921年当時のアメリカの風俗文化が混じっていたり、あるいは、アメリカから見た「これがパリだろう」が伺えて面白いのですが、音楽を作るほうにしてみたらたいへんです。どんな曲調にすべきか。ああでもない、こうでもない。次々にそのシーンにあわせていろんなタイプの曲を合わせてみながら、みんなで大爆笑したり。
いつもながら楽しいリハが終了しました。
本番をお楽しみに。
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雪の中、「オペラの怪人」

2006-01-21 | 活弁
雪、雪。
東京でこんなに雪が降ったのは久しぶり。

そんな中、逓信総合博物館で「オペラの怪人」の活弁上映。
ステージから見て、「黄金バット」をリアルタイムで知っている方々はほとんどいないような…。
降りしきる雪にも、乱れた電車のダイヤにもめげず来場してくれたのは、思えばほとんど50歳前の若い方々でした。
でも、なるほど「黄金バット」と「オペラの怪人」のファントム、似てたでしょ?

帰るとうちの階段の前に雪だるま。
帰り道にも、等身大の雪だるまを作る子ども達を見かけたなあ。
そうだよね、こんな時くらいしか作れないんだから、おおいに作りなさい。
でも、雪だるまに余計な突起物はつけないように。

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17日山新夕刊一面に掲載

2006-01-18 | 活弁
17日付山形新聞夕刊に、活動弁士としての活動インタビュー記事が掲載。あちらこちらから見たよの連絡いただきました。(私はまだ見ていません。二ヶ月前のインタビューなので、ちょっと不安なのですが…)ありがとうございました。頑張ります。
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NACK5でラジオ活弁

2006-01-17 | 活弁
FM NACK5(79.5)の深夜番組RADIO-X(AM1:00~6:00)に出演して帰りました。
月曜日(正確には火曜日ですが)のパーソナリティは落合隼亮さん。イケメンバイリンガル、ノリと歯切れのいい、あまりウェットな感じのない方で、話しやすく、私は2時台に40分くらいお話させていただいてました。

2~3つ何か演目を、ということでしたので、漫画映画「一寸法師」と洋画「結婚哲学」の一部を、ラジオバージョンにして聴いていただきました。

ラジオって聴いている人の顔が見えないのと、スタジオでパーソナリティとおしゃべりしてる感覚の気軽さがあって、普段あんまりしゃべらないようなことまでしゃべってしまいます。
その場のノリで進んでいくので、話そうと思っていたことが抜ける事も。
まあ、それがおもしろいところでもあります。

私が昔、通っていたのはまだ浦和スタジオの頃なので、大宮の新スタジオは新鮮でした。
活動弁士(活弁士)として活動し始めてから、まる5年経ちました。
今日もお話したように、きっかけは、NACK5のアナウンサーの先輩に連れていかれた活弁公演。古い映像、無声映画作品の面白さ、日本独特の話芸「活弁」の価値、映像と生演奏と生の語りという芸術形態を求めていた時期でもあり、「これだ」と、その夜はなかなか寝つけませんでした。「先輩、私、これやりたい!」と興奮ぎみに言ったとき、「言うと思った。でも難しいわよぉ~」と笑われたのを覚えています。
先輩、ほんとありがとうございます。あ、それから、番組の中での先輩のセリフ「亜希子ちゃん、活弁って観たことある?ダメよ、知らなきゃ!日本独特の映画文化なのよ!」が本人そっくりだったと、ADの方がウケてくれていました…。

FAX、メッセージ、送って下さった方、
深夜の時間帯聴いてくれた方、ありがとうございました。嬉しかったです。

ラジオで活弁(というか活弁的ラジオドラマ)、やっててやっぱり面白いですね。
別にこれ、フィルムなくてもできるから、幻の名作シリーズとか、やれたら楽しいかも。

活弁の演目、公演に関するリクエスト、メッセージ、「こんな場所でこんな無声映画の活弁やってほしい」など、いつでも受け付けています。(もちろん予約も)
info@mokuren.gr.jp
これからもどうぞ宜しくお願いいたします。

佐々木亜希子HP
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たらふく(という店)でたらふく

2006-01-13 | Weblog
「ふく」をいただきました。

福岡ではふぐのことをふくというそうで。「ふぐ」という音より「ふく」という音のほうが響きが素敵です。わたしは、まんぷく。

それにしても、なんであんなにおいしく、みんなに有り難がられるんでしょうね。
私は食べ物の好き嫌いが激しく、肉はほとんどダメ、魚も生臭いのは受け付けません。
しかしふくというやつは、全然魚の生臭さがない。透き通るような身の美しさとあの食感、くせのない味は愛される秘訣です。
思うに、やつは、人を死に追いやるくらいの猛毒を体の一部に凝縮させている、がゆえに、体の他の部分に、ほとんど毒素、臭みを伴うような成分を含んでいないのではないかー
だいたいどんな魚も食物も、栄養となる有効な成分と同時に多少の毒素が含まれているはずで、それが、臭み、臭いのもとでしょうから。
猛毒も自分の身を守るためにつくり出されたものですから、自然界の生み出すものは一つ一つが不思議です。その「ふく」を最初に食べた人間もすごいなあと思いますが…

わたしもちょっといつもよりふくふく顔になっているはず。おたふく顔ではまずいですけど。

飽食の時代で、当たり前のように食物があふれていますが、「食べる」ということは、自分の生命活動のために他の生物の命をいただく、ということですから、考えてみれば本当に有り難いことだと思います。
今日はたくさんのふくが、私の身になるか、エネルギーになるために身を捧げてくれたことになります(捧げたわけではないと言われそうですが)。
多分、今年一年分のふくは、今日全部食べてしまいました。
私の体の中でたくさんの「福」をつくるエネルギーに…なってくれるでしょう。

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宣伝2。1月21日、28日

2006-01-12 | 活弁
近々、1月の活弁公演は、21日(土)と28日(土)です。

逓信総合博物館で今月8日~2月5日まで開催の「漫画誕生から黄金バットの時代」展。
この中の催しの一つとして、21日に「オペラの怪人」の活弁上演があり、弁士を務めます。

この企画展は、日本の漫画の表現を、松本零士コレクションを基本に昭和38年ころまで紹介しています。
ー日本の漫画の歴史というものは戦後に始まったものではなく、永いものなのです
先祖代々から受け継いだ歴史の積み重ねを大切に思いますー 松本零士

行ってきましたが、なかなか面白かったですよ。漫画の源流に遡り、鳥獣戯画や江戸時代の北斎の絵なども展示されています。明治大正の漫画の基礎を築いた方々の作品、雑誌、紙芝居など、教科書で見たなあというもの、小さい頃読んだなあというもの、興味深く観ました。
年輩の方ならきっと懐かしい「黄金バット」。作画の永松健夫さんのお孫さんとご一緒になり「黄金バットの世界って、単純な善悪だけではなくて、もっと複雑な世界を描いていて、エネルギー問題とか権力構造、地球防衛軍的なところも、現在の人気アニメの世界観とよく似てるんですよね」「そう、当時は子どもから大人まで、今のガンダムやエヴァンゲリオンを観るような感覚で夢中になっていたのかもしれませんよね」などと頷きあいました。

「黄金バット」のあの骸骨のような独特の顔は、無声映画「オペラの怪人」のファントムがイメージソースとのことで今回この映画を上演するわけですが、いや、そっくりです。
ロン・チャニ-演ずる怪人。1925年のこの映画は、黒白映像、パートカラーで、仮面舞踏会のシーンのみが微妙なカラーになっております。階段を、真っ赤なマントをつけた怪人が降りてくる姿はなるほど黄金バットとオーバーラップする感じです。
作品的には、昨年の映画「オペラ座の怪人」に魅せられた方々にとって多少滑稽なものかもしれませんが、ロン・チェニ-の特殊メイクは話題騒然、当時はたいへん衝撃的なものだったようです。
もっともクラシックな「オペラの怪人」を御覧になりたい方はぜひ。展示もお薦めです。

★1月21日(土)「オペラの怪人」活弁上映   
活動弁士:佐々木亜希子
14:00開場 14:30開演
<開催場所>逓信総合博物館地下2階ホール
<定  員>200名(先着順) 
*往復葉書での申し込みが必要です。
http://www.teipark.jp/event_gold.html


1月28日(土)はすろ~しねま企画、二回目のOTEMACHI CAFEでのライブです。
11月はたくさんのお客さまありがとうございました。
今回は永遠の恋愛ドラマ、悲劇「椿姫」。

「椿姫」の物語に、私はいつも痛いほどせつない思いにさせられます。
すさんだ生活、出会い、ようやく得た愛、身分立場の違い、愛ゆえの苦悩、犠牲、誤解、嫉妬、失望、破滅。四つの季節が廻り、彼女の身の回りの色も変化していきます。幸福の絶頂から苦悩のどん底へ。しかしたとえ悲劇に終わろうとも、愛という純度の高い透明な一滴の雫によって、濁り水が化学変化を起こしたかのように浄化されていった女の魂に、目を凝らさずにはいられません。
何度も映画化されている物語ですが、1921年のこの作品は、若き日のルドルフ・ヴァレンチノが青年アルマンを演じています。大女優アラ・ナジモヴァの椿姫も、舞台的な演技が印象的です。生演奏は毎回好評のFEBOのお二人。
ぜひいらして下さい。お待ちしています。

★1月28日(土)第二回活弁シネマLIVE at OTEMACHI CAFE「椿姫」。
開場17:30 食事18:00 上映19:00
前売り4500円 当日5000円
詳細http://www.slowcinema.com/pc/060128.html

ちなみに1月16日(月)NACK5「RADIO-X」(25:00~翌6:00)にゲスト出演します。大宮のスタジオで深夜2:00すぎくらいからとのことです。眠ってなければぜひ。

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たまには宣伝も。2月2日、5日

2006-01-11 | 映画・芸術・エンターテインメント
2月に、二つ、活弁ではない、朗読、語り、音楽の催し出演があります。

2日は「新春うたあそび
万葉集や枕草子、平家物語などという日本の古典を、ちょっとポップに、楽しく語ってみようという会です。いろはかるた遊び、童謡、唱歌など、日本のことば、うたの豊かな世界も一緒に味わいたいと思っています。
共演は、ピアニストの新藤理恵さんと、琵琶奏者の矢澤公子さん、篳篥の桝武志くん。
語りと音楽の会を何度かやっていた中で、なにか一緒に、面白くて、古典だけど斬新で、親しみやすい企画やろうよ!と新藤さん、矢澤さんと盛り上がって実現の運びとなりました。
新藤さんの繊細かつドラマティックなピアノがつくり出す世界、矢澤さんの迫力ある琵琶語り、きっと感激していただけると思います。万葉集は、たくさんのいい歌の中からピックアップし、私の現代語訳歌とあわせて(俵万智のようですが)お聞き頂きます。

2月3日(金)~5日(日)まで、「楽芸会~美術と音楽の出会い~融合」ということで、茅ヶ崎のハスキーズギャラリーで様々なアーティストのコラボレーション展示会があり、5日(日)のイベントに出演することになりました。
絵画、彫刻、陶芸、オブジェ、ニット、CG、詩などが展示され、その空間で、朗読やピアノ演奏、パフォーマンスが行われます。
テーマは「宇宙」。
なんとも難しいお題を出したものですが、全員が「宇宙」をテーマに作品を作り、アーティスト同士、また個展では出会わないお客さんとの出会いがあるという催し。

主催者の方は、昨年の私の活弁公演を聞き「目をつぶっていても情景が浮かんできたので、映画ではなく、作品とのコラボレーションで語ってもらおうと思った」と誘って下さいました。とても有り難いのですが…。果たして、「宇宙」。他の作家さんたちの作品と一緒になって、そこに素敵な宇宙が広がればいいのですが。
今日は、私、「リビング湘南」の「よこがお」という人物紹介のコーナーの取材を受けてきました。21日発行分だそうです。


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消えてしまったブログ

2006-01-06 | Weblog
夜更かしはやめようと思いながら、だいたい、ものを書いたり読んだり、何かをつくったりするのはたいてい夜中である。

一段落ついて3時、眠くないしさてブログでも…と書き始めて、ずいぶん長々とお正月の雑感、感動などを書いたつい先日のこと、もううっすら空が白んできて、さあUP、と思った瞬間、パソコンの編集画面がすべてパッと消えて、そのまま固まってしまった…。

またか。
怒る気力も、パソコンを再起動する気力も失せ、失意のうちにふとんに入る。

11月12月もあった。12月は、UPしようと投稿ボタンを押した瞬間に書き込んだすべてのデータが消えた。どこかに残っていないかとずいぶん探したがムダだった。
深夜に、ダウン直前のギリギリの神経で夢中で書いたものは、それが消えた時点でもう一度書き直す気力など残っていない。あれほど書きたい!と思った感動や興奮は一気に覚め、残るは倦怠感ばかり。その時の勢いで書き上げて、完結!と思ったものは、がんばって書いている訳ではないが、その時にしか出てこない言い回しだったり流れだったりするわけで、後日もう一度同じ内容で思い出しながら書くなんて作業も悲しくてできないのである。もちろん仕事は別だが。

なんでだよ。
パソコンを恨んでも自分を恨んでも仕方がない。けど、一瞬にして書いたものも時間もパア。
あ~!もう!こんな気分で安眠はムリ!

…でも。
予期せぬ事故で、一瞬にして失ったのが、大事に育てた自分の子どもだったり、愛する人だったら…?
ああ!消えたのが、たかがブログでよかった。あたしは幸せだよなぁ。

というわけで、次の瞬間、一瞬にして私の意識も消えたのでした。
同時に、しばらくブログに向かう気力も。
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<05年佐々木家10大ニュース>

2006-01-05 | FAMILY
もう15年以上になる(20年近いかも)我が家の10大ニュース。毎年年末に1年こんなことがあったねと話しながら、新年に父が筆で清書する。05年版がFAXで届いた。

1 進(父)体育指導委員功労者文部科学大臣表賞受賞

2 恵巳(義妹)の父春美さん、匠(義弟)の祖母光井さん相次いで逝去

3 恵巳、晴れて正式に教員に。初任地は寒河江陵東中学。顧問を務める女子バスケ部が県中学総体で準優勝。東北大会出場。

4 家族新聞「ともがら」1月に100号達成。

5 和子(母) 皇居奉仕団に参加、天皇皇后両陛下に拝謁し感激の涙

6 亜希子 東京国立近代美術館フィルムセンターやピースボート(NY~ジャマイカ間)等各地で活弁公演。韓国クルーズのにっぽん丸では、台風の影響で上陸できず揺られながらの船上公演で終わる。

7 麻衣子(妹)北海道道庁職員採用情報誌に林務課代表として掲載される。

8 剛(弟)岡山国体に県少年男子卓球監督として出場するも3回戦突破ならず。山形工業高校卓球部は県高校総体で団体優勝逃すも県新人戦では優勝。インターハイは個人のみ出場。

9 匠 北海道社会人卓球選手権大会マスターズの部で準優勝。

10 和子 4月から酒田労働基準監督署勤務に。通信教育も始め労働基準法を猛勉強。

次点 進、和子 酒田市卓球シニア混合ダブルスで銀メダル。
   亜希子 天真学園高校のTVコマーシャル出演であちらこちらから「見たよ」の声。
   剛 山工2年生の修学旅行引率で愛知万博見学。
   倭(甥)5月9月の連休里帰り、じっちゃんばっちゃん大喜び。「ボク運動会でまりひろいに出たよ」
   進 春に植えた「だだちゃ豆」が大豊作。20ケ所以上に発送し喜ばれる。


▼05年はなんといっても父の体育指導委員功労者文部科学大臣表賞受賞である。二日間に渡る祝賀会で大勢の方に祝っていただいた。
▼一昨年結婚したばかりの弟の妻、恵巳さんのお父様が亡くなられたのは5月のこと。三姉妹長女の正教員としての新たなスタートを喜んでいたところだった。亡くなる直前、普段熱を出すことのないうちの父は突然高熱を出した。肩が痛くてしかたがなかったが一日で完治。そして突然の知らせ。義妹の実家へ急ぐと、今度は母の熱が出る。同じように肩が重くてしかたがない。あれは「宜しく頼みます」と託されたのだと父母は言う。
▼家族新聞「ともがら」。創刊号は平成2年11月。私が大学受験に向け、浪人で上京した年で、家族の様子を伝えあう手段として母が作り始めたものである。以来15年、手書き新聞はワープロ制作になり、パソコン編集のカラーになった。5つ下の妹が中学の時に「ともがら」という題で作文コンクールで賞をとったのを思い出し、ずいぶん長い事続けてきたんだなあと感心する。子ども達からの手紙や、家長の言葉、おじいちゃんおばあちゃん、親戚の話題を載せた「ともがら」は、ずいぶんみんなを励ましてくれた。
▼母自身の今年一番は、とにかく12月の皇居だったらしい。通常より多く、3度もの天皇皇后の謁見があり、目があっただの声をかけられただの、年末も興奮覚めやらず。あの年にして労働基準法猛勉強の方が大きいと思うのだが、本人にとっては一生に一度の皇居内での出来事が圧倒的だったようである。
▼両親にとっては、私の船上公演と寄港地での土産話は嬉しいらしく「まだ今年も乗ればいんでねぇ」そうですね。マネさんのOKが出ればね。
▼北海道道庁採用情報パンフレット、妹麻衣子の見開き4ページに渡るインタビュー掲載は、親にとっては嬉しかったらしい。昨年の「ともがら」には数回に渡って抜粋を連載。「林務課の女性職員が珍しいから(本人談)」というが、笑顔とコメントはなかなかもの。しかし「麻衣子、あどだめだぁ~(T_T)」と嘆いていた新採のころの妹の印象が強いため、今も職場での妹が有能かどうかは、姉はわからない。
▼弟剛は、本人の、監督、顧問としての成績は多分例年並みだが、伴侶の抜群の健康管理で、酒の飲み過ぎと体重の増加に歯止めがかかったことが何よりだろう。いい監督に巡り合えて幸せなことである。
▼そして、県優勝は何年前だったか現役選手をあきらめた弟とは裏腹に、義弟の匠くんは、北海道内の卓球大会で準優勝。この大学リーグ時代からの知己の後輩に、剛は今どこまでのスコアがとれるものか。
▼父母もまだまだ楽しんで大会に出ているようである。この上は生涯現役を目指して体力が衰えぬよう、精進していただきたい。
毎日の雪かきで足腰を鍛えているという話ですが…。

06年もグッドニュースの多い年になりますように。
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雪雪

2006-01-03 | 酒田・庄内・山形
JR羽越線の脱線事故で、酒田~鶴岡間が不通のため、余目駅まで車で送ってもらい、新庄から新幹線に乗って戻りました。脱線事故現場には、パトカーが並び、まだまだ捜索や検証が続いていました。

私が発った後、雪はどんどん激しくなったようで、雪かきもたいへんです。
正月は私も久しぶりに雪かきをしましたが、それほど天気もひどくなかったので、わりと楽でした。車で帰省した友人はしんどかったようですね。
2月半ば敢行の庄内ツアーが地吹雪ツアーとなりますかどうか。
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父上誕生日

2006-01-02 | FAMILY
毎年この日、父は半日テレビの前から動きません。
箱根駅伝であります。初売りも何の用も、番組が終わってから。途中から降りだした雨の中、懸命に走る選手たちの姿とその勝敗を見守るのでありました。2区の山梨学院、5区の山上りの順天堂今井、すごかったですね。年末年始はアスリートたちからたくさん感動をいただきます。もちろんアスリートばかりではありません。昨日のかくし芸などもなかなか。「これは私でもできるな」というものから「これは無理だ、すごい」という至極の芸まで。さすがに堺正章には脱帽でした。年末の「オールスター社交ダンス」などもそう、笑えて楽しいながら、結構感激してみんなで見入ってしまいました。積み重ねたものももちろん大事ですけど、幾つになって挑戦しても、やれると思って真剣にやったら、それなりの実を結び、なんらかの花が咲くものだと思います。

父上もぜんぜんそうは見えませんが、70まで王手がかかりました。
退職した頃は、たまのスポーツの他はうちで藤沢周平などの本を読んでいるばかりで母も心配しておりました。今はお役目を頂いて地域の方々と関わっているおかげで、歳よりいくぶん若くも見える健在ぶりです。
母ともたまにけんか?もするようですが、仲睦まじく何よりです。
母いわく「最近やっとわがてきた。お父さんどごだば、ちょっと褒めでうんと叱る」。
普通は、うんと褒めてちょっと叱る、のような気もしますが…
とにかく、ずっと健在でいてほしいものです。

六十九(69) ひっくり返して 再挑戦 箱根の今日も 「まだ折り返し」
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