akikoの「活動」徒然記

活動弁士佐々木亜希子の身の周りの出来事やふと感じたこと

松竹蒲田撮影所百周年記念蒲田映画祭開幕!「~日本初の女流脚本家水島あやめ~」感謝

2020-09-19 | 活弁
9月18日、松竹蒲田撮影所100周年蒲田映画祭開幕!
最初のイベント「~日本初の女流脚本家水島あやめ~」大盛況の中終えることができました😊
 
永田雅代さんのピアノ生演奏で「水島あやめ物語」。
水島あやめ研究家の因幡純雄さんと一緒に㈱ワイ・プランニングで15分の紹介動画を作らせて頂いたものです。
 
その後、永田さんの「蒲田行進曲」生演奏で再登壇、ごあいさつ。
「開演前に会場に流れていた曲は、『明け行く空』の主題歌。
今回のために永田さんのオルガン演奏、二人の声で、子どもたちが歌っている態で吹き込んだものです。」
 
 
そして、斎藤寅次郎監督、水島あやめ脚本の『明け行く空』(昭和4年)活弁上映。
 
『明け行く空』は、斎藤寅次郎監督の笑いのエッセンスが効いた母もの。
会場からの笑い声とすすり泣きに背中を押され語りました。
 
休憩を挟んで、因幡純雄さんの解説「水島あやめが活躍した蒲田の時代」。
サイレント映画全盛期の蒲田撮影所の隆盛と、あやめの活躍ぶり、『明け行く空』の制作背景など、
さすが、蒲田映画祭ならではの充実の内容でございました。
 
 
 
そもそも、因幡さんとの出会いは、2003年の新潟県六日町での「水島あやめ生誕百周年記念事業」でした。
佐藤忠男先生による記念講演「水島あやめと東洋のハリウッド・松竹蒲田撮影所」、
『明け行く空』活弁上演、パネル展、遺品展が催されました。
 
この時の会場の拍手と、佐藤忠男先生から頂いた言葉が、活動弁士としてやっていく上での私の大きな自信となり、
またその時のご縁が、こうして現在につながっています。
 
 ▲常に『明け行く空』の台本ファイルに入れてある2003年当時のチラシ。
 
 
今回は、斎藤寅次郎監督のご家族や、水島あやめの地元の新潟からもたくさんご来場賜り、
皆様と蒲田撮影所時代に思いを馳せながら、楽しく充実の時間を頂きました。
感謝です✨
 
第8回蒲田映画祭は、10月18日まで様々な催しが続きます!
▲開演前の準備
▲「水島あやめの生涯」リハ
 
▲開演前のチェック
 
▲開場しました。コロナ禍の中、満席のご予約、ご来場、感謝です
 
▼楽屋で2ショット。きれいにヘアメイクして頂きました。
 
 
▲自分じゃできない。
 
▲蒲田映画祭実行委員の皆様と。著書もご購入頂き、感謝。
 
▲水島あやめの故郷新潟県南魚沼市からご来場くださった皆様と。
 
▲斎藤寅次郎監督の息子さん厚生さんと斎藤文恵さん。
そして、先日の横浜野外公演で共演させて頂いた馬場睦子さんと武石さんご夫妻も駆けつけて下さいました。
 
今回、『明け行く空』を初めてご覧になったという寅次郎監督の三男厚生さん(私の隣)より届いたメッセージ
「佐々木さんの語りで作品が助けられて居る!監督もあの世で手を叩いて喜んでいるでしょう!本当に有り難う!」
 
 
またお目にかかりましょう!
ありがとうごさいました✨
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