『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭

ジュリアナから墓場まで・・・。森羅万象を語るブログです。
ここでは、気軽に読めるエントリーを記していきます^^

[年越し! <ナカデミー賞 2012’> おませで、おしゃまで、ひたむきな! ^^v(前編)]

2011-12-31 23:59:28 | 物語の感想

・・・男(ひと)はなぜ、幼女が好きなのだろう・・・?

   ・・・男(ひと)はなぜ、幼女を愛さずにはいられないのだろう・・・?

   私には、幼女から、愛することを許諾してもらう資格があるのだろうか・・・。


   ◇

 「ロリコン許可証」を持つ男・・・、蘭…、ミッドナイト・蘭です(「ボンド…、ジェームス・ボンド」のノリで)。

 私の本名の苗字は「中村」…、だから<ナカデミー賞>…、今年も執り行いますゾ^^

 今 数えたら、今年は、ちょうど100本の映画作品を観に行ったようです。

 主要なものは見ていたようでいて、『塔の上のラプンツェル』や『ブルーバレンタイン』『モテキ』『127時間』とか、

 私はカンボジアには詳しいのだが、「カンボジアに学校を建てる話」の映画を見ていないのは、後悔が募ります。

 私は、どうも、ベスト10を作るのが苦手なのだが、先ず、私の映画鑑賞における、何がしかの水準を、遥かに越えた魅力を放っていた作品を並べる^^

 先ず100本から30本ほどを選び、更に10本まで絞りました。

 うはー、超厳しい。

 とても辛かったぁ・・・。

 なるべく、私しか選ばないような作品を選びます^^

 なお、この10本には、今年の<ナカデミー・最優秀作品賞>は入れてません。

 また、後半の<美少女・愛幼女 大賞対象作品>も入れてません。

   《「ミド蘭」流の、見ておくべき作品 2012'》

   『あしたのジョー』・・・破綻なく実写でジョーの世界を楽しませてくれた^^
     

   『デンデラ』・・・周囲が老婆ばかりで、老境には入りし浅丘ルリ子が小娘に見える不可思議^^
     

   『アレキサンドリア』・・・震災前に見た最後の映画(3/10)。何らかの啓示を感じるのだ。
   

   『忍たま乱太郎』・・・メチャクチャ笑った、底抜けに幸せだった^^
   

   『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』・・・歴史の中に、思う存分に派手な超能力バトルを織り交ぜていた。
   

   『バーレスク』・・・パワフルでありつつ、王道のサクセスストーリー。
   

   『スリーデイズ』・・・主人公の計算と出たトコ勝負に、ずーっとドキドキしっ放し。
   

   『劇場版 テニスの王子様 英国式庭球城決戦!』・・・『イナズマイレブン』とともに、トンデモスポーツ2大巨頭!
  

   『インシディアス』・・・いかがわしさとホラー映画的な物語性の見事な融合。叫ばされた^^;
   

   『メカニック』・・・B級アクションと思いきや、男vs男の緊張しまくるタイマン勝負へと発展していく。
   

   ◇

   《ナカデミー・最優秀作品賞》

 今年は、W受賞です。

 そして、どちらも邦画です。

 今年は、大震災が起こりました。

 私にとって一番ショッキングだったのは、真夜中、冬の冷たい津波の濁流の中を、燃えながら流される気仙沼の家屋の状景でした。

 暗闇で、冷たくて、燃やされて、流されるのです。

 これは、・・・考えうる最悪の物理的地獄だ・・・、と思った(精神的なものは別にある)。

 規模は違うが、映画での似たような状景としては、レニー・ハーリン監督の『ディープ・ブルー』を思い出す。

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 遠洋の、海底から海面まで筒状に建てられた海洋研究所が、嵐の中、研究体であった知能を持った鮫に襲われる。

 救出に来たヘリコプターは、研究所に落とされ、大炎上する。

 研究所の、激しく浸水をはじめた底部から、主人公らが脱出しようと、建物中心の筒状のダクトを登って行くのだが、水位は上がり、知能を持った人食い鮫が自分らを虎視眈々と狙っており、遥かに見える天井は紅蓮の炎で燃え盛っているのだ・・・。

 話が逸れたが、暗闇の中での破壊の炎は、震災後はじめて見た、以下の作品の、ドラえもんとのび太たちの「鉄人兵団」との戦争にダブるのだった・・・。

    

 だが、ドラえもんは叫ぶ!
        

     第1の最優秀作品賞・『映画ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団 ~はばたけ 天使たち~』
   

 そして、後述するが、今年の<ナカデミー美少女大賞>もまた、W受賞なのだが、その一人が、この作品のヒロイン・リルルである。

 最初は、地球侵略のスパイロボットとしてやってくる。

   

 しかし・・・。

   
        「わたし、生まれ変わって天使になるの・・・」

 私は号泣したよ・・・^^;

   ◇

 そして、震災後、「自由」「平等」「平和」「権利」など、耳障りのいい公約を掲げて与党となった民主党の体たらくがあった。

 映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』を見た人は思っただろう・・・、「作品」中、人格者であり非常に有能なる人物として描かれる山本五十六をして、その<コミュニケーションの不全>が、勝てたやも知れぬ決戦に敗北を喫する結果になったことを!

 どんなに素晴らしい人物がいようと、結果として失敗するのは、人間が為す確率論においての「込み」なのである。

 それは、人災であって、人災ではない。

 誰がやっても、うまくいかないのが、人間の関係である。

 その不具合を無くそうとしたのが、『エヴァンゲリオン』で語られる<人類補完計画>であった。

 私は、津波の被害…、そして、福島第一原発事故の70%の原因を人災とは思わない。

 しかし、福島第一原発事故の30%の原因は、菅直人と言う異常者を国家のリーダーに抱いた人災だと思っている。

 私は民主党に一票を投じたバカどもを許せない。

 しかし、そんな風潮の中で、自分の主張を通せなかった自分も許せない!

 菅直人・・・、運動家上がりのこの男は、この国家の未曾有の惨事の前にあって、その国家元首としての行動を全て「パフォーマンス」に貶めた。

 その雛形は、この作品で見られよう。

     第2の最優秀作品賞・『マイ・バック・ページ』   

 ゾッとするような俗物を、松山ケンイチが見事に演じている。

 作中、その主人公の彼女が、なし崩しに抱かれながら、「ねぇ、私たちは誰と戦っているの? 分からないよ。分からないよ」と嘆くのだが、

 ・・・敵など、いないのである。

 世の左翼的人物は、「真の敵」を見ぬ振りして、身内(同胞)に敵などは存在しないのに、「運動の為の妄想の敵」を内に設定し、妄想の問題意識を持ってウザい仲間意識をつなぎ、

 そして、真の有事に際しては、その「ゴッコ遊び」の虚飾をペロリと剥がすのである。

 松山ケンイチ・・・、今年の<ナカデミー・主演男優賞>でもある。

 今年のNHK大河ドラマ「平清盛」の主演みたいだし、見ようかな^^

   ◇

 さて、<ナカデミー・最低兄弟大賞>を発表します。

 こんな大賞は初めてですが、あまりにも強烈な兄弟の別作品競演だったので、特筆すべきだと思ったのです^^;

     高嶋政伸(弟)(『探偵はBARにいる』の奇矯なヤクザの演技)
   

 右の男です。

 ガムをくちゃくちゃ噛みながら、非情な殺しを平然と行い、噛み終えたガムをそのままポケットに入れてまして、ゲップをしてました。

 やりたい放題で、「この人、もう、まともな役は出来ないんじゃなかろうか。お兄さんが泣いているんじゃないか」と思った。

 ・・・と思ったら、お兄さんは、もっと強烈な役をやっていました・・・。

     高島政宏(兄)(『スマグラー おまえの未来を運べ』での狂気のヤクザの演技)
   

 中央の男です。

 主人公(妻夫木聡)を徹底的に残酷な拷問にかけるのですが、

 その時に、趣味丸出しで、明治時代の将校みたいな軍服に、下半身はオムツの格好で、「戦場にかける橋」のテーマを口笛で吹くのです。

 この映画、母親と観に行ったのですが、あまりにもの強烈なシーンだったので、いまだに話の端々に出てきます^^;

 私は、苦笑いしながら、何故か、乃木大将が冒涜されているような気がして腹が立ってきます。

   ◇

 ・・・では、<美少女・愛幼女 大賞>ノミネートをダラダラと発表していきましょう!

 先ず、イバナ・バケロ(『ネスト』)であるが、う~ん、かつての『パンズ・ラビリンス』での美少女振りから、かなりの成長を経て、今回は「反抗期」の役で、私が彼女に求める魅力とは隔たりがあるなぁ。

 でも、これからの彼女の演技の幅として大目に見たい。

  

 続いて、『キック・アス』の<ヒットガール>役のクロエ・グレース・モレッツです。

 今年の序盤の作品なので、当時の熱狂が冷めてもいますが、その写真を見ると、やはり、その清潔感にやられます^^

 あの、「♪ラ・ラ・ラ ララララ~」と言う歌とともに、活きのいい動きが思い出されます。

 胸がないのが、もう、最高です^^

 んな、肉の塊はいらん。

 その無垢さを汚したくなります。

  

 続いて、『GANTZ』の夏菜です。

 ファーストシーンの全裸はインパクトある素晴らしいものでした^^

   

 私はホント、短髪の丸顔の女性が大好きなのです。

 だから、今、映画館で予告編をやっている「桜蘭高校ホスト部」とか言う作品の川口春奈が可愛くて!!^^

     

 『白夜行』は、ラッキョウ顔の堀北真希は苦手だが、その少女時代を演じた福本史織ちゃんが、その役柄もあって、色々と妄想させられて良かった^^

                          

 『ミスター・ノーバディ』では、三色の少女たちが主人公に微笑みかけます^^

   

 なお、この作品には、私のオールタイム・フェイバリット美少女 サラ・ポーリーが中年になった姿を見ることが出来ます。

     
        永遠に好き^^

 エル・ファニングです(『SOMEWHERE』 、『スーパー8』)。

 

 美しいと思う。

 でも、美人過ぎて、幼さゆえのアンバランス(未熟)な魅力に欠ける。

 他人と並んだ時や、大人のコートを着たときなどは「ああ、まだまだ子供だな・・・^^」と思わせられるが、単体では「いいオンナ」に見えちゃう。

 クールに整い過ぎているんだよね。

   ◇

 書き終わらなかったので、後編に続きます^^

                                                      (2011/12/31)

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[映画『私だけのハッピー・エンディング』を観た(短信)]

2011-12-28 23:59:50 | 物語の感想
☆短信なのは、明日も忙しくて、早く寝なくちゃならないからで、作品の質が悪いわけではない。

 と言うか、良い作品だった。

 多くの友人を持ち、遊び相手の男にも事欠かないキャリアウーマンのマーリー(ケイト・ハドソン)が、ちょっと体調が気になって行った病院の健康診断で、突然の癌宣告…、しかも、深刻な進行状態…、そんな状況の中で、マーリーが悩み苦しみ、楽しく笑いつつ、自分の人生に幕を下ろしていく物語。

 良い作品ゆえに、また、抑制の利いた展開ゆえに、あまり書くことがない。

 ・・・ケイト・ハドソンである。

 何気に、昨年の<ナカデミー賞>で「作り笑顔大賞」を受賞している。

 ややトウが立ちはじめ、ベッドシーンでも腹部を隠しているが、その魅力的な「かまぼこ型」の視線は健在で、眉や口元で感情を表現する「作り顔」も悪くない。

 てゆーか、この人は、素で、かような演技タイプらしい。

 で、その彼女に合った今回のマーリーと言う役柄でもあった。

 人生の最後の最後まで、格好良くしていたく、周囲の者を楽しませたいと考えている。

 だが、そんな性格ゆえに、心の奥で求めている、心から信じられる人を見つけることが出来ない。

 そんな中、夢の中で、神様のウーピー・ゴールドバーグ(ウーピーとして出てくる^^)と出会い、正直な気持ちに直面させられる。

 そして、死の日まで、懸命に、…ではないか^^;…、彼女らしい、自然体のつき合いが出来る恋人を見つけるのだった。

 と、同時に、これまで、当たり前に存在していた周囲の友人たち全てが、自分にとって信頼できる人々だったことも分かる。

 反目していた父親との和解・・・、

 うざがっていた母親(キャシー・ベイツ)こそが最大の優しさを向けていてくれていたことを理解する。

 ・・・母親をマーリーが鬱陶しいと感じる空気感の描き方など絶妙である。

 私の母親そっくりのうざさだ^^;

 ただ、この作品を見た後は、私も、「もうちょい、(母親に)余裕をもって接してあげなきゃ」と思わせられた。

 マーリーのお葬式は、マーリーの意向で、関係者のパーティー形式だ。

 マーリーは、家族や仲間の誰にも見えないが、脇に池のある会場、その対岸で踊っている^^

 楽しいエンディングだが、その宴の後、やはり、誰もが、寂しいのだろうな・・・。

 それで良いんだと思う。

   ◇

 ・・・いまだ若いマーリーの癌闘病生活に、私、ホント、いろいろと考えさせられた。

 男女の違いはあれ、なんか、勝手に近しいものを感じた。

 ・・・まあ、ほとんどの映画の主人公は、万人から共感を得られるものだ。

 福島原発事故後に、あえて福島の現場を訪れたので、放射能の体に与える影響をずーっと考えさせられたこともあるしね。

 頭の中で、全く問題ない・大丈夫と分かっているけど、あまりにも大きな、日本の庶民の「風評」思惟だった・・・。

 だが、まだまだ死ねない。

 この作品に出てきた美幼女キャミ(Bailey Bass)を抱きしめるまでは!!

   

 しかし、なんで、そろそろ幼女卒業の年頃と思われるキャミなのに、乳母車に乗っているんだろう・・・?

                                                      (2011/12/28)
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[映画『聯合艦隊司令長官 山本五十六』を観た)]

2011-12-27 23:59:38 | 物語の感想
☆「聯合艦隊司令長官 山本五十六 ―太平洋戦争70年目の真実―」を観た。

 これまた、作品としては、非常に抑制の効いた良作であった。

 手触りとして、スティーブン・ソダーバーグ監督の諸作品みたいな、ドラマチック性を排除した作りだ。

 日本の戦争映画は、妙に激情に任せるきらいがあるが、この作品は淡々としていた。

 何故、余裕ある淡々とした話運びが出来ているのか?

 ・・・それは、邦画が、CG技術の向上によって、絵的に臨場感を出せるようになったので、過剰な感情の発露を行わなくて良くなったからだろう。

 NHKスペシャル大河「坂の上の雲」においての日本海海戦の描写の重厚さにも驚いたものだが、この作品での連合艦隊のリアルさにも、作り物としての違和感が全く起こらなかった。

 原作が半藤一利とのことで、海軍善玉史観に彩られていたが、まあ、「いかなる戦争も反対」と言った条件反射左翼に、戦争の異なる視点を提供する点でいいテキストになろう。

 また、断片的には知っているが、山本五十六と言う人物の「通史」を、一つの完成形として、かっちりと見せてくれる点で、非常に面白かった。

 山本五十六は、アメリカとの戦争には反対していたが、運命の巡り合わせで、自分がその戦端を開くことになってしまう。

 軍人であり、長官であり、組織の中の一人であり、甘党であり、父親である。

 色んな役割の中で、その誠実な人柄を垣間見せる。

 そして、この作品で特筆なのが、とにかく、山本五十六の食べるシーンが多いことだ。

 焼いた鰯やら、水饅頭やら、カレイの煮付け、おしんこ、味噌汁、煮物、茶漬け、スイカ、干し芋、干し柿、お汁粉、お茶漬け・・・。

 そのシーン、そのシーンでのテーマを、山本五十六が黙々と食べることによって消化(昇華)していく。

 けして、極上のものばかりではないが、その食事シーンへのこだわりは、「おくりびと」を思い出させるし、

 静かな食事のシーンの底辺に、激しい感情が隠されている演出は、「北の国から 夏」の有名なラーメン屋のシーンを髣髴とさせる。

 脇を固める、阿部寛や椎名桔平、吉田栄作、中原丈雄、中村育ニ、香川照之(←もろ朝日新聞のスタンスを演じていた^^;)らも良い演技をしていたが、

 やはり、山本五十六を演じた役所広司が良かったなぁ。

 失敗や敗北、部下の戦死の報を聞いた後の「静のリアクション」は、派手な戦争描写よりも興味深かった。

 最初、役所広司が山本五十六役を演じると聞き、顔があまりにも違う…、などと思ったものだが、終盤では、役所広司が山本五十六にしか見えなくなっていた^^;

 役所広司の演技は、わりと、どんな役をやっても同じなんだけど、妙に役のほうを取り込んでしまうんだよな。

   ◇

 ただ、この「作品」、山本五十六だけが神格化されているが、

 スポーツでも仕事でも良いが、人の上に立つ立場を経験したものならば、例えば、南雲忠一との確執などにおける、結果としての「コミュニケーション不全」があることに気づくと思う。

 それは、やむを得ぬことであったかも知れないが、本当に神格化されるべきものなれば、そこさえも乗り越えて欲しかった・・・。

 ・・・えっ、私? 私は、そう言った人間関係を解きほぐすのが面倒なので、リーダー業から足を洗ったのだ^^;

                                                      (2011/12/27)
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[映画『劇場版イナズマイレブンGO 究極の絆 グリフォン』を観た]

2011-12-26 22:33:13 | 物語の感想
☆甥っ子を連れて観に行った。

 前映画版では、私は非常に大笑いし、大いに燃えた。

 今回は、雷門中サッカー部は世代交代を果たし、カリスマ性のあった主役たち(特に鬼道)は指導者となっている。

 ただでさえ、前回の映画版でしか知らない物語なのに、テレビ版の新シリーズは全く知らなくて、

 「知らないってことは、作品・キャラに個性がないからだ!」と勝手に判断し、あまり期待しないで赴いた。

   ◇

 しかし、先ずは、3D作品としての「これ見よがしの飛び出し具合」に驚いた。

 映画界に、こうまで3Dが浸透してくると、最近では、3Dと言うのは飛び出すことじゃなくて、感覚に微妙な作用を起こすぐらいがベストだと分かってきた。

 しかし、この「イナズマイレブンGO」は凄かった。

 序盤で、主役の天馬が、向かって走ってくるシーンがあったのだが、振られる腕が3メートルくらい突き出される印象だった。

 また、各キャラクターの首も、プチろくろっ首状態に見えた。

 背景とキャラクターの間に20センチ位の空間があって、空中浮遊しているように見えるときもあった。

 でも、こんなにも、「飛び出し」感覚が実感できれば、300円割高も許せるだろう。

   ◇

 さて、物語だが、最初にさりげなく、テレビ版シリーズの流れを織り込みつつ、今回の物語に流れていく。

 どうやら、それまで雷門中サッカー部の監督だった、前シリーズの主役・円堂は、何らかの理由で雷門中サッカー部を離れていて、今は鬼道が監督をやっているらしい。

 鬼道の落ち着き振りは、「Zガンダム」でのアムロを髣髴とさせるような力の抜け具合だ^^;

 あんなに、破天荒なヤツだったのに・・・。

 さて、敵対するのは、悪の中学サッカー機構みたいな組織だ。

 その組織<フィフス・セクター>の策略で、テレビ本編のサッカー選手権<ホーリーロード>の途中で、雷門中サッカー部は遠征に出されてしまうのだ。

 シリーズの断片が示されているに過ぎないが、まあ、ジャンプ的なマンガのこれまでの定番の展開が体に染み付いている私は、すぐに頭の中で補完が出来る^^

 そして、遠征先の孤島では、サッカー強制収容所みたいな世界が広がっており、さて! と言うお話。

   ◇

 正直、シリーズ二作目にして、飽きる気配がチラホラする危うい作品であったが、今回は踏みとどまり、面白かった。

 初めてじっくり見る新メンバーだが、なかなか個性的だった。

 壁山みたいのもいるし、なんか坂本竜馬みたいな喋り方のチョンマゲもいるし、鬼道タイプのニヒルな男もいる。

 また、キャプテンをはじめ、可愛らしい顔の男の子もいっぱいいるので、私は、隣りの席に甥っ子が夢中で見ているのをよそに、

「こいつらが、実は女の子だったら・・・」などと考えつつ見たら、俄然、楽しくなった。

 元々、「イナズマイレブン」は、イメージか実存かあいまいと言うか、野暮なこと言うな! とばかりに、画面上に超能力のパワーの具現化イメージが炸裂していたのだが(例えば、「皇帝ペンギン」と言う技は、フィールド上をペンギンが板野サーカスのように飛び交う…)、

 今回は、開き直って「化身の力」と言う、力と技がモンスターとなって画面上を覆う。

 何か知らないが、敵はドラゴンを背後に出現させ、味方は甲冑の戦士を出現させ、その両者がガップリ四つになって闘うのだ。

 ・・・もはや、サッカーじゃねぇ・・・。

 敵のリーダー二人の「化身の力」は強大で、雷門中のメインの三人の「化身の力」を蹴散らしてしまう。

 しかも、更に、敵の二体の「化身の力」は合体し、更に強力なモンスターに!!!

 しかし、そこで、天馬が「そちらが並列なら、こっちは直列だぁ!」とか叫んで、

 味方三人で電車ごっこのようにつながり、三人の「化身の力」を合体させるのだった。

 私、その妙な理屈に、すげぇ笑った^^;

    ◇

 元々インフレしまくって、アイディアが枯渇しそうな、この作品でのアクション表現に、「このシリーズ、この先はどうするんだろう?」などと心配しているのだが、

 天馬の「サッカーは楽しくやるもんだ!」などの毎度の主張には素直に感動し、今回は満足し見終えた。

 ただ、幾らいまだ人気があるからといって、旧シリーズの主役たちを試合に駆り出すのは、作り手の未練たらたらで良くないなぁ・・・。

                                                    (2011/12/26)
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[森田芳光監督追悼再掲 <映画『わたし出すわ』を観た>]

2011-12-26 08:39:38 | 物語の感想
☆・・・まだまだ若かったが・・・。

   ◇   ◇   ◇

     <映画『わたし出すわ』を観た>(2009/10/31)

 久し振りに、森田芳光節を見たような気がした。

 森田監督は、本来、このような、掴みどころのない、不思議な、すっとぼけた味わいの作風だった。

 私は、彼が新進気鋭で現われた頃、映画に夢中になり始めた。

 だから、森田監督の初期の作品は大好きだ。

 『ときめきに死す』なんか素晴らしいが、もちろん『家族ゲーム』『それから』も捨て難い。

 こちらの投稿を読んでみてくれないか?

          [真夏の洗礼(旅は短くも不意に訪れる・・・)]

 これなど、私は、ずっと『の・ようなもの』の後半の道中を意識していた^^;

 ・・・それはさておき、『わたし出すわ』の作風に、

 私は、「森田・イズ・バック!」の思いを強くした。

   ◇

 主演は小雪である。

 私は、小雪に、どうしても女性的な魅力を感じられないで困っているのだが、その小雪が、東京から函館に帰ってきたマヤを演じる。

 マヤは、小雪らしい質素ないでたちながら、かつての同級生に会うと、その同級生の金銭的な問題に、「わたし出すわ」と大金を提供してくれるのだった。

 そんなマヤと、5人の同級生、それぞれの置かれている状況が平行して語られていく。

 マヤが何故に大金を持っているのか?

 それは謎なのだが、物語の終盤には次第に何となく分かってくる。

 だが、そんな物語の終盤に入ると、マヤの、かつての同級生から見た空白の日々などはどうでもよくなっていて、

 要は、マヤが淡々と故郷での「お礼参り」をしていくことによる函館の人間模様が主題として浮かんできている。

 堅実な路面電車運転手と、あまりにも俗だが可愛い妻。

 外界に飛び出て戦うよりも、勝手知ったる街でナンバー1に甘んじる女。

 ちょっとした権力指向の旦那を持つ(箱庭協会会長になりたい)、愛犬の死に涙を流す女。

 高校の頃から、陸上に専心し、卒業後も、郷土の企業の陸上部で走り続けている男。

 北海道の海を眺め、その魚類の特性を研究し続けている女好きな男。

 全く別個の道を進んでいる仲間が、函館と言う街を多角的に見せてくれる。

 また、物語の枝葉には、なぜか「ワールド・ワイド」なスパイスが効いてもいる。

 主人公の台詞は少なく、そこには静かな空気が流れている。

 そのゆったりとした時間の流れを醸す映像には、なぜか、清潔感のある幾何学模様的な直線が意識させられる。

 マヤの部屋や、マヤの母親の病室などにそれが顕著である。

 それで、画面にはアクションがなくとも、何とも惹きつけられるのだった。

   ◇

 マヤの「お礼」は、かつての同級生たちの取るに足らない一言に由来していた。

 美人だが、おそらく引っ込み思案で、謙虚だったマヤは、その相手が、自分に向けてくれた言葉など覚えていないと思っていた。

 しかし、その相手は、ちゃんと覚えているのだった。

 マヤの頬は、感動で紅潮するのだった。

   ◇

 引越し屋さんのエピソードや、寝たきりで意識不明だった母親のエピソードも、エンディングで、静かに着実な感動を与えてくれる。

 なんか不思議なテンポの作品であるが、非常に面白かった。

 ・・・ただ、何やら作中で暗躍していた中村トオルが、

 ラストシーン、母親の車椅子を押すマヤを、遠くから見つめているのが物語的に不相応な気がした。

                                     (2009/10/31)

   ◇   ◇   ◇

 テレビでお葬式の風景を見ていたら、こうして再掲したくなった。

 ご冥福をお祈りします。

                                                       (2011/12/25)
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[「嘘」考 (1:従軍慰安婦)]

2011-12-22 22:56:53 | 保守の一考
☆世の中には、集団においても、個々人の心の中においても、「嘘」が渦巻いている。

 私は、このシリーズで、

 福島第一原発事故の「風評」と言う「嘘」で被害にあった地方や方々を、

 高みの見物でニヤニヤと眺めるスタンスで、売る為だけに、放射能に関してのデマ(嘘)を流しまくるマスコミや…、

 それを、心配する振りして、深刻ぶった振りして、自分で深く考えることを放棄し、マスコミの扇情的な文章を鵜呑みにし、風評被害を拡大させている第三者的な国民を糾弾する意味で、

 その前段階として、「嘘」のパターンを記していこうと思っている。

   ◇

 ・・・最近では、韓国の日本大使館の前に「従軍慰安婦の像」なんてのが作られたが、いわゆる「強制的に連行された慰安婦」なんてものは、日本の軍隊の歴史の中には存在しない。

 ただ、軍人の給金目当てに、軍隊に、ありがたくもまとわりついていた売春婦がいただけだ。

     《慰安婦の碑 首相は抗議し撤去求めよ (2011.12.15)》

 よく、騒ぎ立てる側が(わざとに)誤解を誘うような存在として「女子挺身隊」がある。

 これは、戦時中の日本(当時は韓国も日本でしたね)の労働力が減少する中で、強制的に職場を配置換えする国民総動員態勢の補助としての存在…、の女性版である。

 もちろん、性的なものなどではないし、これは、当時、英米では既に行われていた。

 この「挺身隊」の存在と、「慰安婦」の存在を、わざとに混同し、日本はおろか、自国の女性さえも筋違いに貶めるのが韓国人のやり方である。

 あらゆる資料が、いわゆる「軍や官憲に強制連行された慰安婦」などと言うものの存在がないことを示しており、

 ただ、当時のSM妄想的なフィクション小説が、騒ぎ立てる側の、原初の資料として存在しているのみだ^^;

 例えば、エロ漫画の内容を示して、「このマンガの様に、私の娘はレイプされた! このマンガは真実だ!」などと騒ぐ親がいたとしたら、もはやパラノイアだろう。

 それが、現在の韓国人である。

 また、その妄想に同調し、ありもしない話を、涙ながらに話すのが自称「慰安婦」である。

 人間と言うのは不思議なもので、自分の不実(売春)への自責の念を、他のものに対し、怒りとして転嫁して心の平安を得ようとしたりする。

 かつての売春婦は、自分の青春への引け目があり、その責任を旧日本軍に転嫁させることで安心しようとするわけだ。

 あたかも、自分の過去の不実が、他のものの「強制」によって為された仕方のなかったこと、だと、自分を偽るのである。

 慰安婦と言うものを騒ぎ立てる者は、あらゆる反証をされると、最終的には「売春と言う行為自体が良くない」などと言い募る。

 そんなことを言い出したら、日本軍以上に他国の軍隊のほうが倍して凄いだろう・・・。

 ロシアなどは、侵攻した村や町などでは、盗るは、犯すは、殺すは、燃やすは、それが、かの国の常識では当然のことなので、問題にすらならない。

 日本軍などは、統制が徹底されており、売春婦なども管理しようと、慰安所などを作ったばっかりに、変な濡れ衣を着せられることとなった。

 なにぶん、韓国には、見ず知らずの人物の葬式で大泣きし盛り上げる「泣き屋」っちゅう商売が存在しているほどなので、慰安婦の嘘を涙ながらに吹聴して回るのなんか「お茶の子さいさい」のことだ。

 北鮮の金正日とかいうブロイラーがおっ死(ち)んだが、韓国と同じ民族なので、死んだ報が流れた後のニュースなどでは「北朝鮮市民」と称し、中央広場では「泣き屋」が大活躍していたね。

                                                    (2011/12/22)
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[あらすじで読む『坂の上の雲』 ・・・運命の海・日本海!!!]

2011-12-18 19:55:46 | 保守の一考
☆NHKスペシャル大河ドラマ便乗再掲!!

   [あらすじで読む『坂の上の雲』 第8回・・・<運命の海(前篇)>]

 以下は、昭和47に発刊された『文藝春秋・臨時増刊<「坂の上の雲」と日露戦争>』に載せられた「ダイジェスト 坂の上の雲」である。

 あの長大な文庫(全8巻)の大叙事詩を、うまくまとめている^^

 私は、これより、そのダイジェストを転載しようと思う。

 約40年前の雑誌記事であり、著作権上、そう問題にはならないと思われるが、何か抗議があった場合、即やめる^^;

 また、元の文章の雰囲気を壊さない程度に、たまに私が文章を変えたり、意味が分かりにくいところには、文章の付け足しを行なうかも知れない。あしからず・・・。

 それから、私は、「あらすじで読む名作」といった類のものを批判する立場の者であるが、今回、こうして、前言を翻して試みに行なっているわけで、批判は甘んじて受けよう・・・。

   ◇

 ▼ここ十年、山本権兵衛の念頭をロシア海軍が離れたことはない。

 常にそれを仮想敵として日本海軍を作りあげてきた。

 彼は1セットの艦隊を揃えたが、その主力艦は英国製の新品揃いで、ロシアの主力艦に比べて性能の点で優れていた。

 山本は兵器の性能の信奉者であり、その優劣が戦いの勝敗を決すると言う点で、どの文明国の海軍指導者よりも近代主義者であった。

 しかし、日本軍が1セットの艦隊しか持たないのに対し、ロシア海軍は2セットの艦隊を持っていた。
一つは極東(旅順・ウラジオストック)にあり、一つは本国(バルチック)にある。この二つが合わされば、日本海軍は到底勝ち目がない。

 山本権兵衛総裁による日本海軍の戦略は、ロシアの海軍力が合体せぬまに、まず極東艦隊を沈め、ついで本国(バルチック)艦隊を迎えて、これを沈めるというところにあった。

 各個撃破である。

 ロシアの極東艦隊と日本の1セットだけの艦隊とは、ほぼ同兵力である。

 山本権兵衛としては、この艦数、総トン数の対比を、日本がやや優勢、というところまでもってゆかねばならなかった。

 海上決戦は、性能と数字の戦いである。敵よりも優勢な数量をもってあたれば戦果が大きいだけでなく、味方の損害も少なくて済む。

 その為、日本海軍は海戦ぎりぎりの時期に、更に二隻の準戦艦を買い取った。「日進」と「春日」がそれである。

 東郷平八郎の連合艦隊は、乃木軍の旅順要塞攻略中、ずっと洋上から旅順港を封鎖し、港内のロシア艦隊が外に逃げださぬ様にしてきた。

 開戦以来十ヶ月、洋上で全兵力が浮かびっぱなしであった。艦は疲れ、兵の疲労もはなはだしい。

 その間、敵のバルチック艦隊が刻々近づいていることが、東郷以下の焦燥になっていた。敵の大艦隊が来襲するまでに、艦をことごとく佐世保においてドック入りさせる必要があった。

 この為、海軍から岩村・伊集院という二人の参謀を連絡将校として乃木軍司令部に派遣していた。

 その二人からの連絡で旗艦「三笠」の首脳部は、陸軍の戦況とその経過を詳しく知ることができた。

「児玉大将が南下し、乃木軍司令部に入った」

「主攻撃を二○三高地に転換」

 と言うことも知った。転換してほどなく二○三高地が陥ち、その山頂に観測所が設けられた。そして、旅順港内のロシア艦隊を次々に撃沈し始めた報告があったとき、

「それは良かった」

 東郷は小さく頷いた。

 ▼「三笠」以下、東郷の艦隊は、その根拠地であった裏長山列島を離れ、第一艦隊は呉へ、第二艦隊は佐世保に入った。

 東郷と上村第二艦隊司令長官は東京に戻った。新橋停車場を降りると、数万の群衆が押しかけて、彼らを歓迎した。

 両人は、宮内省からさしまわされた馬車に乗って登営したが、幕僚たちはそのまま海軍省へ行った。秋山真之もその一人であった。

 真之は日没後、青山高樹町の新居に戻った。

 そこに、去年の七月に娶った妻のすえ子が夕食の支度をして待っていた。

 真之は毎日、好物の炒った空豆をかじり、仰向けに寝転がって天井ばかり眺めて暮らした。真之が眺めている天井は、すえ子にとってはただの天井だが、真之にとっては、そこに正確無比な日本列島があった。

     【バルチック艦隊は、どこをどうくるか・・・?】

 という課題が、日本国そのものの存亡にかかっていた。

 日本の太平洋岸をまわって、遥か北方からウラジオストックに入るか、それとも日本海を通過するか、そのことは、バルチック艦隊司令長官であるロジェストウェンスキーと神のみが知っていることであった。

 ただし、バルチック艦隊がやってきてからの作戦は、全て真之の仕事である。

 至上命令として要求されていることは「勝つ」という簡単なことではなかった。

 敵を一艦残らず沈めるという、世界戦史上かつてない要求が、連合艦隊を拘束しているのである。

 三艦四艦が生き残ったりしてウラジオストックへ遁走させれば、それが日本の海上輸送の大脅威になって満州における陸軍の死活問題になる。

 ▼世界中が、この海戦のなりゆきを見守っていた。

 例えば、この五月の十九日付で刊行された英国の雑誌「エンジニアリング」は、来たるべき日露海戦が、如何に注目すべき世界史的事件になるかを論じている。

「来たるべきこの海戦、その影響するところのものは、史上かつてない大きさになるだろう」

 ▼日本海軍の不安は頂点に達しようとしていた。

 旗艦「三笠」は、鎮海湾の底に錨を下ろし、白っぽい海面に抉ったように濃い暗緑色の影をおとしていた。三笠の吃水線がいつもより沈んでいるのは、石炭を満載して上甲板まで積み上げているためであった。

「敵が太平洋をまわる公算大」

 という秋山真之ら艦隊幕僚の不安が、この石炭満載の景況を生み出したのである。

 敵が、その不幸な(東郷艦隊にとって)コースをとれば、大急ぎで日本海を北上して青森県の日本海沖で待ち伏せする為の燃料であった。

 真之の心は、この時期乱れ続け、敵のコースを予測するについて不動の判断というものがなかった。
彼のこのときの神経と頭脳の極度の疲労が、その後の短い余生をずっと支配し続けるのだが、この時期の懊悩ぶりは、後の行動に常軌を失わせるのだった。

 彼は、靴をはいたまま眠った。

 彼の上司である加藤友三郎参謀長が、

「そんなことをしていては体がもたない」

 と、見かねて忠告したが、真之は、その加藤の顔をじっと見つめているだけで、加藤の言葉が耳に入らないようであった。

「いっそ、能登半島の沖で待ってはどうか」

 と言い出す若い参謀もいた。

 能登半島なら、敵が北に回ろうが、南から来ようが、ちょうど真ん中になって両端いずれに駈けてゆこうとも便利である。

 ▼バルチック艦隊のロジェストウェンスキーが、

「対馬へ」

 という運命的な針路を艦隊に取らしめたのは、五月二十五日午前九時、細雨の中においてであった。

 艦隊は五ノットの低速で進み、ときに八ノットになることもあったが、すぐ信号によって五ノットに戻した。

 二十五日午後五時三十分、旗艦「スワロフ」のマストに信号機が上がった。

 明二十六日から、日本の哨戒海域に入るからである。この二十五日夜はずっと五ノットという低速で艦隊は航進した。

 この低速は、ロジェストウェンスキーが、彼の好む時間に東郷と遭いたいという時間調整のためのものであった。

 もっとも他に機関管理上の理由もある。

 一つには戦闘を前にして汽かんを焚くかん部員の疲労を取っておきたかったこと、また、いよいよ戦闘になる場合に備えて石炭を節約しておくといったものであった。

 ▼東郷の連合艦隊は、三つの艦隊に区分されていた。

 第一艦隊は東郷がこれを直率し、「三笠」以下四隻の戦艦のほかに、装甲巡洋艦「春日」「日進」、それに通報艦一隻が加わっている。

 この時代の決戦は、戦艦の巨大な砲力と防御力が担当すると言うのが常識であった。

 この場合、春日と日進が問題であった。

 両艦は装甲巡洋艦でありながら、戦艦の代用をさせられていた。ただし、この両艦には戦艦に準ずるだけの攻防力があると認められていたので、いわば無理をおして第一艦隊第一戦隊という戦術単位に組み込まれている。

 このため、彼らは決戦場では戦艦についてゆく為に随分苦労をした。

 この第一艦隊は、朝鮮南東海岸である加徳水道に艦影を浮かべていた。

 他に、この加徳水道での待機組には、第二艦隊の主力もまじっている。

 その主力は第二戦隊であった。

 旗艦「出雲」以下六隻の装甲巡洋艦と一隻の通報艦で成り立っている。

 他に、第二艦隊の第四戦隊も加徳水道にいた。第四戦隊は「浪速」を旗艦とする四隻の巡洋艦戦隊である。

 この加徳水道の奥に鎮海湾がある。そこには旗艦三笠だけが仮泊していた。

 陸上との連絡の便の為であり、もし出動するとすれば最後尾から走って最先頭に立つという運動をせねばならぬであろう。

 第三艦隊は、司令長官が片岡七郎で、旗艦は二等巡洋艦「厳島」である。

 その主力は第五戦隊であり、「厳島」「鎮遠」「橋立」「松島」などで、いずれも日清戦争当時には花形の主力艦であったが、今は艦齢も性能も老いてしまっていた。

 この第三艦隊の大部分が対馬付近で待機し、特に快速をもった第六戦隊「須磨」「和泉」「秋津洲」「千代田」といった二、三等巡洋艦などや、第一艦隊第三戦隊の二等巡洋艦「笠置」以下四隻の各艦が、それぞれ哨戒担当区域を密度高く巡航し、敵が対馬コースに出現する場合にいちはやく発見しようと努めていた。

 また他に、「付属特務艦隊」と言うものがあった。

「台中丸」を旗艦とする大小の汽船で編成されている。

 全部で二十四隻で、そのうち十隻は仮装巡洋艦である。それらはすべて哨戒任務にあたっていた。

 このうち「信濃丸」という艦があった。

 二本マストに高い一本煙突をもち、総トン数六三八七トンの鋼船で、大佐・成川揆が艦長として指揮し、連日、そのひょろ高い煙突から煙を吐きつつ、四月九日以来ずっと所定水域を遊弋していた。

 信濃丸は長崎五島列島の白瀬という小島の沖を北東に進んでいた。

 この五月二十六日夜が更けてから浪が高くなった。

 二十七日の午前二時ごろになると南西の風が相当激しくなり、見張りをする者たちはマストやロープに鳴る風に声を吹きちぎられて、よほどの大声を張り上げなければ、ついそばの者にも意志を伝えることが出来なかった。

 霧も濃くなった。

 午前二時四十五分、ブリッジでまどろんでいた艦長・成川揆は、誰かに声をかけられ、飛び起きた。

 船橋は、重い沈黙が支配していた。誰もが叫びだしそうな衝動をこらえつつ、左舷の闇の中にポツンと浮かび上がった燈火を凝視していた。

     【バルチック艦隊、ではないか・・・】

 と、誰もが一様にその疑念をもった。

 これが、バルチック艦隊の病院船「アリョール」(偶然にも戦艦アリョールと同じ名)であることは、この瞬間の信濃丸にはむろん分からなかった。

 バルチック艦隊においては、この夜間航海にあたって全艦隊に無燈火を命じた。無電も禁止した。

 ところが、病院船アリョールのみは、同船の不注意によるものか、それとも理由があってのことか、無燈火の命令に従っていなかった。

 その燈火の正体を知るべく、成川大佐は接近を命じた。

 接近して、備砲がないことを知った。

 ところが相手は、信濃丸を僚船と見たらしく、電気燈を点滅させて信号を送ってきた。

「こっちを仲間だと思っている」

 と、成川は言った。とすれば、どこかに相手方の僚船がいるという証拠である。

 つまり、艦隊ではないか・・・。

 信濃丸の全ての乗員が、目を皿にして八方を見た。

 しかし、海上からの霧が深く何も見えなかった。

 成川は、相手の船を停戦させて臨検しようと思った。

 彼は、先ずボートのおろし方の準備を整えさせた。

 ・・・と、このとき、にわかに夜が白んだ・・・。

 誰かが叫んだ。

 驚くべきことに、信濃丸はバルチック艦隊の真っ只中にいることを知ったのである。

 大小の無数の軍艦が煤煙を吐きつつ、それぞれが巨城のごとく海面に横たわり、やぐらを上げ、白波を蹴り、ひた押しに北東に向かって進んでいるのである。

 成川は船橋にいる士官たちに言った。彼自身気づかないことだったが、口調が漢文調になっていた。

「不意なるかな、すでに我々は死地に入った。全力を持って脱出を試みるも、あるいは能わざることあるべし。その時こそ、この船、非力ながらも敵の一艦を求め、激しく衝撃して、ともに沈むべし」

 ただ、この発見を鎮海湾の東郷閣下に報らせなければならない、と成川は言った。

「船が浮かんでいる限りは送信を続けるのだ」

 と言うと、転舵一杯を命じた。

 船は傾ぎ、波が右舷に盛り上がって、たちまち甲板を洗い、やがて左舷のほうへ滝のように流れ落ちた。

 船は離脱すべく全速力を出した。

 と同時に、

「敵艦隊見ゆ」

 との電波が、四方に飛んだ。

 この付近のことを、海軍ではあらかじめ二○三地点としておいた。この電信は正確に言えば、

「敵の艦隊、二○三地点に見ゆ。時に午前四時四十五分」

 であった。

                                    <続く>

                                                      (2011/12/18)
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[映画『リアル・スティール』を観た(短信)]

2011-12-17 23:59:56 | 物語の感想
☆昨日は彼女と『ミッション・インポッシブル4』で、

 今夜は残業の後で、別の娘っ子と、『リアル・スティール』のレイトショーになだれ込んだ。

 一日一日を目いっぱい楽しむ充実のコース取りだ^^

 残業時の職場は忙しく、残業延長もあり得たが、私は、スタンド<フェイド・トゥ・ブラック>を発動し、静かに現場を去ったのでした^^;

   ◇

 これは、定番の王道物語^^

 『ロッキー』や『ベストキッド』の系譜に属するだろう。

 やや落ちぶれた、元ボクサーの現ロボット格闘家が、死去したかつての恋人との間に出来た子供を引き取り、

 その、なかなか打ち解けられない子供との生活や、ひょんなことから発見したロボット・アトムの特殊技能によって、ロボット格闘稼業で花開きつつ、子供との絆を深めていく物語。

 息子の少年・マックスは、予告からは分からなかったのだが、意外にも勝気な生意気で、

 お父さんは、男らしいヒュー・ジャックマンが演じているが、役柄で、瞬間的に、無精ひげの田中邦衛に見えるときもあるのが良かった^^

 「ロボット格闘」と言うのが、定番の展開の中で、この作品を新鮮たらしめている。

 『キン肉マン』の超人並に個性的な登場ロボットの数々は、重厚かつ軽快な、最後まで見ていて飽きることのない心地良き動きを見せ続けてくれる。

 あまりにも見事な動きで、私は、どのような特殊撮影をしているのかさえ分からなかった。

 主人公の名前が「アトム」であることや、ロボットの造形などは手塚治虫へのリスペクトが大であるな^^

 連続するバトルアクションが楽しいのは、少年ジャンプ好きの私にはたまらない魅力だ。

 見惚れる動きの数々が、この作品にはある。

 また、他のロボットとは明らかに異なるアトムのシンプルなデザインは、

 多くの方が「鉄腕アトム」に感じたセクシャリティにも似て、マックスとの初期の交流において、妙に艶めかしく感じさせられる瞬間があった。

 ただ、人間の動きをトレース&学習機能のあるアトムを、マックスが動きの指導・教育するにあたり、

 私は、アトムのパンチがマックスにぶつかってしまい、マックスを傷つけるという展開があると思って、終わりまで、気が気じゃなかった^^;

   ◇

 ・・・一緒に行った娘っ子は、クライマックスの三箇所ぐらいで、それぞれ三度 涙を流してしまったそうで(鼻をグズグズ鳴らしていた。最初は風邪かと思った)、

 私は連れて行ってよかったなぁ、と嬉しかった^^

 私も燃えまくった!!^^

                                                      (2011/12/17)
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[映画『ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル』を観た]

2011-12-16 22:54:05 | 物語の感想

☆面白かったですね。

 見せ場は多く、でも、あえて大きなアクションを突出させず、1アクションに対しての、ボリュームよりもテンポを選択した展開が秀逸だった。

 私が、この「ミッション:インポッシブル」シリーズにずっと引っかかっていたのが、主役のイーサン・ハント=トム・クルーズのワンマン映画になっていたことなのだが、

 今回は、チームが四人と絞られつつ、それぞれにうまいアクション/サスペンス・エピソードが配され、チームプレイが徹底されていた。

 それでこそ「スパイ大作戦」!!^^

 何で前々のセンテンスで、アクションのほかに、特に「サスペンス」と書いたかと言うと、

 この作品のアクションには、必ず、制限が課されるからである。

 例えば、それは、隠密行動ゆえに、警戒すべきパトロールする敵の存在であったりとか、時間制限であったりとか、高所行動においての重力であったりとか、この作品では、珍しい、視界の制限「砂嵐」なんてのもあったりして、非情にサスペンスを生むのである。

 ドバイの砂嵐の中でのチェイスなんて、なんと言えばいいのか、敵を取り逃がすことも含めて、その夢幻な雰囲気が『フレンチ・コネクション』を思い出させる味が感じられた。

 『MI:3』でもそうだったが、トム・クルーズが逃げたり追ったりと、全力で駆けまくるシーンはいいね。

 ハイテクに彩られた世界なれど、その中での肉体の酷使は、血の通いが感じられて良い。

 ・・・また、作り手の語り口の上手さは、このシーンで分かると思う。

 それは、後半の、メンバーの一人・ブラントの、コンピュータールーム侵入のシーンである。

 ブラントは、7メートルの高さでのダイブに恐怖を感じ躊躇するのだ。

 しかし、観ている私たちは、既に、ドバイの超高層ビルの上層にへばりついたトムのアクションを、往路と復路、都合2回、異なるアクションで楽しませてもらったのである。

 つまり、高さのレベルでは、凄いものを先に見せられているのだ。

 我々が圧倒されるには、更に凄い高さアクションを見せられなくちゃならなかった。

 にもかかわらず、作り手は、ブラントのチャレンジを、これまでの展開で、高さを見るに肥えてしまった我々の観点をリセットさせるかのごとく、再び丁寧にスリリングに描いてくれるのだ。

 そして、更に、トムは、クライマックスで、円形の立体駐車場の上下するプレートの上で、高さのスリルのアクションを見せてくれるのだった。

 敵は、少数精鋭なのだが(二人!)、にもかかわらず、やることは大きくて、アメリカ本土に核弾頭を落とすというスケールの大きさが良かった。

 それを、ミサイルが発射されてもなお、最後の最後まで、何とかして阻止しようとするイーサンの不屈の闘志が良く、

 その使命感が、語るべくもないが「正義感」であるらしいのが良かった(あまり大上段には語らないが)。

 サイドストーリーとして、イーサンの奥さんの警護担当でありながら、奥さんを犠牲にしてしまったブラントの逡巡なんてのも、エピローグで明かされる真実ともども、物語に余韻を持たせてくれたと思う。

 最後に、殺し屋役のレア・セイドゥがメチャ可愛かったので、特筆しておく。

     

 柔らかな顔立ちで、目が物憂げなのだが、それが、ダイヤモンド大好きの非情な殺し屋ってんだからたまらない^^

                                                      (2011/12/16)

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[近況報告 (124・飲んだくれ/クビになった人/いつか刺されるぞ)]

2011-12-15 22:56:02 | 保守の一考
☆のんびりとした、いい一週間である^^

   ◇

 明日はバイトなので、飲みの誘いは断ったのだが、今、つい宅飲みしてしまっている。

 年末なので、色々と誘いが多いけれど、私、今年中はもう休みが一日もありませんよ・・・。

 本当は、[素晴らしい原子力発電]シリーズを書きたいんだけど、今夜も酔ってしまった。

 最近は寒くなってきたので、ビールでなく、焼酎ばかり飲んでいる。

 今夜は、「サザン(Asahi)」ちゅうのを飲んでいる。

 弟がくれた赤ワインも飲んでいる。

 私は「チャンポン」に躊躇がない。

 つまみは「レバニラ炒め」だった。

 そう言えば、帰宅時のラジオで聞いたんだけど、生きた牛のレバー部から「O-157」の菌が確認・採取されたそうで、このままでは、ユッケに続いてレバ刺しも厳重な規制の対象になってしまうだろう、とのこと。

 私は、ユッケもだが、レバ刺しも大好物なので、食べにくくなるのは辛いなぁ・・・。

   ◇

 最近、職場に何人かの新人が入ってきたのだが、その中に見知った人がいた。

 私が、かつて(3年前)、とあるスーパーマーケットチェーンのアルコール系物流倉庫で現場責任者をやっていた時に、フォークリフト・ドライバーのバイトとして入ってきた人で、

 入社してすぐに立て続けにフォーク事故を起こし、最終的に、納入業者のトラックにフォークをぶつけて、それを黙っていたものだから、後に大問題になり、事業所の統括者の逆鱗に触れ、辞めさせられた人物だった。

 彼は、当時の、その職場に、一ヶ月といなかったので、もしかして私やその現場のことは忘れてしまったのかも知れないが、私は、現場責任者として、彼のしでかした後始末に奔走させられたので、その顔をはっきりと覚えていた。

 でも、現在の会社においては、その人物は、歩きの倉庫作業者として入社していたので、

 まあ、私は、そのことを殊更に回りの者に語る必要もないと思い、

 数人の、親しい人にだけ話し、「あの人、俺のことを知らないって、すっとぼけてやがるんだよなぁ^^;」などと笑い話として語っていた。

 しかし、今日、現在の会社の管理側が、彼をフォークドライバー候補としていることを知った。

 私とて、今後、現場で事故を起こす可能性はあるが、彼においては、このままでは、ほぼ100%事故を起こすのが目に見えていた。

 現在、私が働いている会社は、とにかく「安全第一」をとことん掲げている会社で、幾つかの支店の中でも、現在 所属している支店が最も「無事故」が継続されている。

 だから、みんな、その無事故記録を意識しながら作業をしている。

 私も、自分が無事故記録を止めるようなことがあってはならないと、日々、ちょっとだけ緊張させられている。

 そんな職場であるから、「かつて、私のいた職場で事故を立て続けに起こしクビになった人物」については、いちお、会社の管理側に知らせておくのが筋だと思い、「参考までに報告しておきます」と一連の経過を上に語っておいた。

 事故があった後で、「ああ、あの時、言っておけば良かった!」と後悔するのは嫌だったので・・・。

   ◇

 ただ、かつての職場で、その人がクビにさせられそうになった時に、私は、会社の上に対し、彼を非常に庇った記憶がある。

 実際、彼は作業効率は悪くなかったのだ。

 ただ、集中力を絶対に維持しなくちゃならないときに途切らせてしまう人間だったので、

 そのタイミング(緩急)さえちゃんとしてくれれば、充分に戦力だと思っていた、当時は・・・。

 その、彼の作業態度の改善を行える立場に、当時の私はあった。

 まあ、バッドタイミングで集中力を途切らせるからこそ、彼を彼たらしめているのだろうけど・・・。

   ◇

 で、その時、その人を庇いつつ、私は、自分にツッコミを入れていた。

「つい、数年前までは、人のクビを切ってばかりいたのになぁ・・・^^;」

   ◇

 ・・・派遣会社の社員として、某大手の家電メーカーの請負現場の最高責任者だった時の私は、

 会社と他の現場、請負親会社・同業他社 全てに「勝つ」べく、とにかく、生産量を高めるために、能力に劣る者は退場して頂きまくった。

 私は、現場を見様見真似でとり仕切るのと平行に、超スパルタのリーダー教育を受け、それを反面教師とし、現場では作業者に優しくし、促成栽培で、40人ほどのメンバーのいた現場で、最高の権限を与えられた。

 権限は、主に、与えられた現場を拡張させるために行使され、私は、何人もの、作業能力に劣る者のクビを切った。

 私は作業者を、数値で見ることしか出来なかった。

 それが、与えられた状況の中で、より多くを幸福に導く最高のやり方だった。

 このときの私を、現在の目で見ても、間違っていたとは思えない。

 派遣従業員と言うのは、「エキスパート」か「あぶれ者」と言う両極端の人材がほとんどだった。

 一生懸命にやっているが能力不足の者には、私は優しく、この現場からの退場を告げ、営業に、その者の次の現場の斡旋を頼んだ。

 怠惰な者には、私は容赦なくクビを言い渡した。

 その頃の派遣会社は、最後の栄華を極めていて、文字通り、「代わりは幾らでも」いた。

 怠惰な作業者に無造作にクビを言い渡す私に、サブリーダー格の男が言ったものだ。

「いつか刺されるぞ」

 私は、そんなサブに振り向き、真顔で言った。

「刺して欲しいよ。そしたら、俺は楽になれる」

 ・・・この頃には、もう、戻りたくない。

 現在の会社の「好環境」の中でリーダーをやっている方に、かつての私の状況を経験させてあげたい・・・。

                                                    (2011/12/15)
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[映画『ワイルド 7』を観た]

2011-12-14 21:48:30 | 物語の感想
☆私が子供の頃(30年以上前)、既に、何か土臭い劇画に思えていた「ワイルド7」が映画化された。

 それほど期待もせず、でも、試写会が当たり、ともあれ観た作品。

 こりゃ面白かった!

 今年の<ナカデミー賞>のノミネートは決まった!

 邦画アクションが、このレベルに至れたことに鳥肌が立った。

 いや、ハリウッドアクションと、異なるベクトルで世界公開できる面白さだ!(言い過ぎかな^^;)

 ・・・アヴァンタイトル。

 容赦ない凶悪犯罪者集団が、人質を無造作に何人も殺し、銀行強盗、そして逃亡を謀ろうとする。

 かくして、今事件の解決は<ワイルド7>に委譲される。

 目には目を! 歯には歯を! 凶悪犯罪者には凶悪犯罪者を!

 <ワイルド7>は、凶悪犯罪者によって組織された超法規的警察組織だ!!

 7人の非情な男たちが、<桜の代紋>をボンネットに据えた大型トレーラーの走る後部から、大型バイクに乗って出動する(今 思うと、誰がメンバーの留守、運転しているんだよ^^;)。

 逃走した犯罪集団は、逃げおおせ、今 まさに、凶悪犯罪者の一人が、最後の人質である怯える銀行女性職員に無造作に銃口を向けて始末するつもりだった。

 しかし、その頭部を拳銃弾が貫く。・・・プチュッ!(1)

 と、同時に、凶悪犯罪者集団の数台の車に、くだんの装甲トレーラーが激突する。

 画面は、停車した犯罪グループの車が映っているだけで、そこへトレーラーのフロントが突っ込んでくる図だ。(2)

 吹っ飛び、折り重なる車。(3)

 追って、ドリフトしつつ、車を包囲するメンバーたちのへビィなバイク!

「てめぇらを退治する!」のリーダー格の飛葉(瑛太)の言葉に、手を挙げながら「逮捕の間違いだろ?」と嘯く凶悪犯罪者集団に機械的に引き金を引くメンバーたち。(4)

 最高である^^v

   (1)・・・その、抜き差しならない状況への躊躇のなさ。

   (2)・・・大型ギミックを、わざとに控えめに画面に出し、最大の効果を表わす演出。

   (3)・・・こんな絵面(えづら)、ハリウッドアクションでしか見れないレベルだぜ^^

   (4)・・・その、全く逡巡のない裁きに、私たちは共感。

 この、プロローグから、私の気持ちは鷲掴みにされた

 このスピーディーな展開は、

 大きな予算を掛けたトレーラーには、相応の長大な描写を、などと考えているような、これまでの日本映画関係者にはない堂々と控えめな演出だ。

 「スピーディー」と言う表現は、展開にだけではない。

 バイクアクションのスピード感も、素晴らしかった。

 その、地を舐めるようなバイク走行のカットに、鳥肌が立った。

 アクション描写に、特殊な撮影テクニックは施されていない。

 直球の描写だし、シナリオ自体も、それ程に凝ったものではない。

 だが、第一の問題として、「ワイルド 7」と言うヒーローが、堂々と演じられていることに魅かれる。

 カッコ良いのである。

 作品紹介で見た革ジャンのユニフォームは、浮いても見えたのだが、それが動いていると、メンバーの着こなしも含めて、もうカッコ良い!!

 一回目の作品につきものの登場人物紹介的な展開はない。

 うまく、個々の役柄の説明がテロップ処理されていた。

 特に、彼らにチームワークはないのである。

 何故なら、服役囚の寄せ集めだからだ。

 だが、その距離感を置いた関係性が、ハードボイルドなタッチの裏打ちになっている。

 主に横浜を舞台にしていたが、その空撮も多様で、ハードボイルド的な心象風景を醸していた。

 距離感は、それぞれの態度に無骨な形で表われるが、序盤で、飛葉は、謎のスナイパーであるユキ(深田恭子)にコロリと惹かれていくのだが、浮いてしまいそうなそんなシーンに、私は妙に、リアルな人物描写を見てしまった。

 <ワイルド 7>のまとめ役の指揮官・草波(中井貴一)の出動命令は、クライマックスにあっても事務的である。

 それに答えるメンバーの一人・セカイ(椎名桔平)も、抜き差しならない状況なのに「了解」と答えるのみだ。

 

 ウィルステロ犯との戦いも、ウィルスを仕掛けた飛行船が戦いの舞台となるのではなく、それを操る地上の犯人集団との対峙となり、見た目に地味に見えそうだが、その、ユキを交えた三つ巴の戦いが非常に面白く、

 ユキを庇いつつ、ユキが狙うテロ犯がウィルス爆弾解除コードを吐くことなしには死なせるわけにもいかず、

 仲間をけん制しつつ、テロ犯をも封じなくちゃならないという難しい状況の飛葉を、瑛太が見事な「ステップ」で魅せてくれる。

 う~ん、カッチョ良いなぁ^^

 都内の駅地下や高速道路など、その大規模なロケの敢行にも感心した。

 ラスボス役の吉田鋼太郎のチェシャ猫のような笑顔も良かったですね。

 深田恭子の、魅力的な二の腕を包帯で隠したのはよろしくないな。

 続編も期待し、純映画作品としてシリーズ化されると楽しいな!

                                                    (2011/12/14)
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[素晴らしい原子力発電(3 現地へ/『チェルノブイリ・ハート』/『放射能のタブー』/秋元康)]

2011-12-11 22:48:53 | 保守の一考
☆つくづく、震災後、私は、福島第一原発と言う「世界で一番誤解を受けた場所」へ、一般人が行ける限界の境界ギリギリまで行っておいて良かったと思っている。

 このことは、私が、今後の人生で、生涯 誇れることだ。

   [東日本大震災 (福島での私の思い・47 「二本松・川俣・浪江・飯舘・南相馬(中編・情報公開の是非)」)](2011-05-17 09:01:17)

 ほとんどの国民が、・・・そうだな、98%の日本の国民が「放射能ヒステリー」に狂っている時に、私は、

「煽りまくるマスコミでも、その科学的数値に放射線量の上乗せは出来ず、その科学的数値を素人目に考察してみても、一切の問題は無し!」

 と・・・、だが、「共同思惟・放射能ヒステリー」に最大級のプレッシャーを受けながら、自分の正しさを信じて赴けたのは、ホント、「自分で自分を褒めてあげたい」くらい嬉しい^^;

 つくづく、そう思ったのは、昨日 購入した、この本を読み進めているからだ。

放射能のタブー
副島隆彦+SNSI副島国家戦略研究所
ベストセラーズ


 ・・・これは、凄まじい本だった。

 私が、これまで声を大にして語っている主張と同じなのだが、壮絶な科学的な裏づけ(言質)が完璧に為されている。

 私は、この半年間の苦渋に対しての溜飲が下がりまくっている^^v

 この本の内容についても、このシリーズでゆっくり記して行きたいが、

 今回は、このブログには、映画好きの方が大勢 来訪しているので、先ずは、最近の「反原発映画」の「嘘」を明らかにしたい。

 ・・・物語と言うのは、毒にも薬にもなる。

 「放射能ヒステリー」に掛かっている人々(主に汚い顔したおばさんが多い)の多くは、フィクションへの距離のとり方を根本的に間違っている。

 人が頭の中で考えた「流れ(物語)」を現実のこととして信じ込むようなタイプの人間だ。

 通常会話の中で、物語の常識を正しいことと信じ込んで主張するおばさんの多いこと、多いこと^^;

 で、そんなフィクションにさえ、正常な視点をもてないおばさんたちが、一定の思想により視点誘導されたドキュメントの「作為」を見抜けないのも当たり前だ。

    (例)[欺瞞! 観てはいけない! <シー・シェパード>の映画『オーシャンズ』]

 で、『チェルノブイリ・ハート』と言う、チェルノブイリ原発事故の後遺症の問題を描いた「反原発映画」がある。

 (「GOO」ブログの映画ページからの引用)

 <(解説)チェルノブイリ・ハートとは、穴の開いた心臓。生まれつき重度の疾患をもって生まれる子どものこと。ロシアでは現在も、新生児の85%が何らかの障害をもっているという。チェルノブイリ事故から16年後の2002年、ベラルーシ共和国で、“ホット・ゾーン”の村に住み続ける住民、放射線治療の現場、小児病棟、乳児院など、今なお続く被爆被害の事実に迫る渾身のドキュメンタリー作品。ドキュメンタリー作家マリアン・デレオ監督がメガホンをとった本作は、2003年アカデミー賞ドキュメンタリー部門でオスカーを獲得している。>

 放射能障害の遺伝で生まれた<水頭症>の赤ちゃんが出てくるそうだ。

 多くの人が、その「絵面(えづら)」に衝撃を受けて、「やっぱ、原発って良くない。放射能は怖い」と思ってしまう。

 その「ドキュメント」が、ある方向へ誘導された内容であることを疑わない。

 『放射能のタブー』で明らかにされた福島原発事故の真実の数々や、チェルノブイリ事故の犠牲者の「驚くべき数の少なさ」については、次回以降に譲るとして、今回は、被曝の遺伝性について、この本から引用する。

 《・・・質問者:それ(放射能ヒステリー・・・)を煽っている人たちが主張していることのひとつとして、水頭症、頭が極端に大きな新生児が生まれる写真がよく使われます。そういう子供が増えたという事実はチェルノブイリではあるのですか。

 アルチュニアン(ロシア科学アカデミー原子力エネルギー安全発展問題研究所副所長):ありません。被曝によりそうした病気が起こるということはあり得ない。
 子供の病気として、両親が被曝し、遺伝によりそうした症状が発症するという主張ですね。
 被曝した両親から、遺伝により二世に何か症状が発症するということ自体が、後づけで考え出された主張です、そうした症例はほとんどありません。長崎・広島の被爆者の記録をたどってみても見つかっていません。次世代、二世の子供にそういった、もしかしたら放射能の影響で発症した病気が2例 紹介されています。
 これはあくまでも可能性があるだけで、ほかのデータと比べてみても、他地域での水頭症の発症率のほうが高い。放射能の影響で遺伝的に何か発症するということはあり得ません。
 遺伝性のなんらかの異常をもって子供が生まれるというのは、放射能とは関係ない。千個の事例の数値を取れば必ずいくつかは可能性としてあることです。ほんの一部の医学者たちが、そういう主張をしています。ところが、被曝によって次世代になんらかの症状、遺伝性の病気が出た事例はこれまでありません。科学的に全く証明されていません。ですから放射能のせいでの遺伝性疾患というのもチェルノブイリの事故を通して生まれた神話の一つです。・・・》

   ◇

 『放射能のタブー』にはこうもある。

 《・・・私たちSNSI(作者と、作者主催の学問集団)は、遠くからの傍観者の集団ではない。福島の原発のそばにまで行きました。現地に行きもせず、遠く遠くのほうから知ったかぶりをして「放射能はコワイコワイ」「危険だ」「子供たちが危ない」と騒いだ人々がたくさんいる。…(中略)… 私は許し難いことだと思っている。放射能、原子力発電についての専門家であれば、何があろうと絶対現場に駆けつけなければダメである。現地に居続けなければいけないのだ、それが専門家というものなのだからだ。このこともわからず、遠くのほうから知ったかぶりで放射能の恐怖や危険を盛んに書いて煽り立てた人々がいる。それらすべてと、この本は闘う。・・・》

 私は専門家ではない・・・、しかし、それでも、こうして語り続けている「責任」において、現地に行けたのは誇りに思っている。

   ◇

 ≪本日の名言・3≫

 秋元康

 「震災の直後、メンバーやスタッフと話し合いました。寄付の金額や(AKBの)メンバーが被災地に行くことで、あれこれ言われることもあるかもしれませんが、それでもやろうと思いました。とにかく、今できることは何か、と考えて」

 ・・・もちろん、AKBは、原発の近くに行った訳じゃないですが、自分のフィールドでやれることをやるのは大事なことだ。

 私は、男だし、金もあるわけじゃ無かったので、少々怖かったが、原発近くまで行ってみるしかなかった。

 それが、私の出来る最大限の「責任」の見せ方だった^^

 バカが、テレビの煽りに影響されて、「被災地に行ったら、被災者の迷惑になる」などと、当時、ほざいていたが、

 バカ! 「迷惑になる奴が、迷惑になる」んであって、「志を持った者」は、けして、邪魔になどはならねーんだよ!

                                                     (2012/12/11)
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[映画『パラノーマル・アクティビティ 3』を観た(短信)]

2011-12-09 23:59:30 | 物語の感想
☆近所のシネコンでは、軒並み上映終了していて、唯一、やっていた<ワーナーマイカル・武蔵村山>の最終上映に姪っ子と行った。

 いつもの映画館よりも長い道中を、私は、姪っ子に『パラ1』や『パラ2』の内容の丁寧なレクチャーを受けた(私はシリーズをはじめて見るのだ^^ だが、姪っ子の説明で、支障なく見ることが出来た)。

 もう、とにかく、今回、美幼女が出てくるのは知っていたので、私はなりふり構わず見たかった。

 けれど、一人では怖くて観に行けなくて、姪っ子の、一緒に行くにあたっての都合がいい時を待っていたのだ。

 世間では、今日から『リアル・スティール』が始まっていると言うのに、私は『パラ3』だ。

   ◇

 明日も仕事が早いので短信です^^

 私は、これは美姉妹の物語だと思っていたのだが、姉・ケイティはそれ程ではなく、歯の生えかわる年頃の妹・クリスティの、くちゃくちゃってした顔や、あごのラインのちんまさが可愛かった^^

 私は今日はバイトでして、橋本で京王線からJRに乗り換えたのだが、JR橋本駅のパン屋から「焼きたてのマドレーヌ」と思われる香りが漂っていた。

 きっと、クリスティを抱っこしたら、そんな匂いがするんだろうな^^

 ・・・さて、毎度おなじみ、引っ越してきた新居は、家族のほかに「何か」が居ついているらしく、

 旦那が、その正体を突き止めようと、親と子それぞれの寝室と居間にビデオを仕込むのだった。

 すると、どうやら、真夜中、クリスティは、家に巣食う悪霊と疎通がはかれているらしい。

   ◇

 家にいる悪霊の痕跡は、当初はささやかだ。

 雑音であったり、戸棚の多くのガタガタ音であったり。

 だが、大人はそれをクリスティに問い詰めるも、相手が幼児なので、話の合点がいかない。

 話していても幼児らしく、体を落ち着きなくさせて、いかにもリアルだ。

 おしゃまな喋り方も可愛い^^

 固定したビデオの、特に居間に設置した場所が秀逸だった。

 カメラは、首振り扇風機の土台に設置され、居間からキッチンまでを首振りながらゆっくりと撮っていく。

 その、右の方向から左の方向、左の方向から右の方向と、ゆっくりと1タームを形成し、

 基本、居間とキッチンは続き部屋だが、そこの場所を隔てる太い柱があり、「何かが起こる時」、その柱が絶妙の間を生み出す。

 シーツを被ったお化け状の物体が、二階から降りてくる場所に近い、居間に忽然と姿をあらわす。

 普段の生活空間に、突然に異形のものが出現・・・。

 そういったシュールさは、この作品の真骨頂だ。

 その左手から、首振りカメラは、右手のキッチンのテーブルで勉強しているホームシッターのお姉さん・リサ(^^)方向に被写体を変えていく。

 太い柱の画像が過ぎ去った時、画面上、背中を向けて勉強しているリサの背後に立っているのだ。

 ホラー映画なので、突然の「驚かし」が随所にあるが、それ以上に、キリコやマグリット、エッシャーの絵でも見ているかのような「通常なるべき場所の、通常ならざる不安定感」を作品の随所に漲らせている。

 面白かった。

 全編を通して考えると、クリスティが必死で怪異と折り合いをつけようとしているのがよく分かるのだ。

 最終的には、あのような結論になってしまったが・・・。

 もっと語りたいが、眠いので、床に入らせて頂く。

 しかし、この映画を見た後では、「歴史は夜作られる」じゃないが、「恐怖は夜のうちに起きている」って感じで、うかうか寝てもいられないな^^;

                                                      (2011/12/09)
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[左翼の講演会に行ったyo!(後編)]

2011-12-06 23:19:56 | 保守の一考
☆・・・[保守派オールスターズ、臨戦態勢に入るのか!(皇室典範改正論議に対し)](2011-12-02 23:59:37)で記したとおり、本日の産経新聞「正論」欄で、八木秀次・日本教育再生機構理事長が、即座に反攻してくれていますよ^^

 ・・・「なんで? なんで女性が天皇になっちゃいけないの?」と思う方もいると思いますが、

 人類の歴史には、現代の唯物論的な尺度では測れない常識があるのです。

 例えば、あなたが何者かに「神社の破壊」を命ぜられたとしましょう。

 その者は「ただの木造建築に過ぎないじゃないか。さっさとやれ!」と言ってきます。

 しかし、あなたは凄まじく躊躇・逡巡するでしょう。

 その苦悩が、現代の唯物論的な尺度では測れない常識です・・・。

 世の中には、不可侵の存在が多数ある。

 そこに、国家の命運を掛けるような局面でもなく、安易な「言葉遊び」で突き進む「キチガイ沙汰」だけは避けたいものです。

     【正論】高崎経済大学教授・八木秀次 女性宮家創設は荊の道の始まり (2011/12/06)

   ◇

 では、前回からの続き。

 批判もあるが、西山太吉氏が話された情報の数々は、非常に勉強になったことは確かだ。

 少し羅列したい。

 流れとしては、西山氏、沖縄からアメリカ軍に出て行って欲しく、現在の沖縄に米軍がいる必要のない理由及び、過去の理不尽を挙げていく。

   ・沖縄返還時の、アメリカへの諸費用の支払いは、3200万ドルとされていたが、
    実際は、5000万ドルをはるかに超えている。

   ・その超過分は、五年間の間に、うまく予算に組み込んでいたが、6年目からそうもいかなくなり、
    金丸が「思いやり予算」として打ち出した^^;

   ・沖縄返還時の、同盟変質によって、米軍は、朝鮮にも、ベトナムにも、事前協議なしで派兵がOKになってしまった。
    これは、自主権の放棄だ。

   ・今回、米海軍のグアム移転費用をも出すことになり、それ自体もおかしい話であるが、
    その費用の75%までも出すことになりそうだったが、最終的には58%とされた。
    担当管轄は、その値下げに「ドヤ顔」だが、そもそもが米軍の「言い値」であるが故に(明細がない)、
    最終的には、本来の75%の額になってしまうだろう・・・。

   ・グアムの道インフラなどの費用まで出してられるか!

   ・普天間から辺野古への米軍基地移転は、そもそも移転の代替地として名が挙がったわけではない。
    アメリカ側は、沖縄で唯一30メートルの水深を誇る入り江を持つ辺野古を欲していた。

   ・30メートルの水深は、空母が停泊できるのだ。

   ・だから、前知事が15年の期限を言ったら、アメリカ側は強行に反発した。
    新・永久基地にしたいのだ。

   ・現在、1万8000人いると言う兵隊も、アフガンに派遣されて半分といない。
    それで、同盟国としての有事の際の抑止になり得るのか?

   ・米軍にとって、日本は金蔓でしかなく、多国籍演習などが許されない沖縄基地よりも、
    グアムを米軍再編成のハブと考えている。

   ・保守派の言う「不安定な弧」の時代から、アメリカは、東南アジア覇権の道を模索している。
    インドを含め考えると、中国などよりも多い人口の大マーケットだ。

   ・アメリカは、中東で、何も得ず大惨敗を喫し、矛先をアジアに変えた。
    いつまでも、アメリカに追従し、アメリカのおこぼれに与かる時代ではない。

   ・にもかかわらず、日米同盟に政府が固執するのは、外務省や軍事担当者が、日米安保で食っているからだ。

   ・オバマが、広島に訪れると言うのを、藪中がやめさせやがった。

   ・もはや、核抑止力などは効果を発していない。

 こんな感じかな?

     ◇

 これらの情報は、保守派の中でも反米派の方々が言い続けていることと同じである。

 と言うか、保守派は、本来、全て「反米」なのである。

 ただ、政治力学的に、状況を冷徹に認め答えを出すと、アメリカとの同盟を是とし、「親米」の括りを甘んじて受けなくてはならない現実がある。

 西山太吉氏は山口の出身だそうで、松下村塾に大きなコンプレックスを抱いているようで、野田政権に多くの松下政経塾出身者がいることと重ね合わせ、悪態をついていた。

 「何らかの思想に染められている」と。

 だが、私から見ると、西山太吉氏のほうが、何らかの思想に染められているように見える。

 先ず、凄まじい反米意識がある。

 それはいいと思う。

 ちょうど、この日の朝日新聞で以下のような記事があり、氏は読んだらしく、それへのアンチテーゼもあったのだろうか?

   《「米国に親しみ」過去最高82% 震災支援、追い風に (朝日 2011/12/04)》

 だが、沖縄を「テコ(この言い回しを西山氏は好んでいた)」とし日米安保を考える中で、西山氏は、その周囲の状況を「全て間違っている」としたいらしく、幾つもの「論理破綻」を起こしていた。

   ◇

 先ず、「核抑止力が効果なし」だが、その理由は一切語られず、その場のノリで付け加えているに過ぎないのが分かる。

 いや、核抑止力は、おそらく、今世紀中は極大な効果を生み続けるだろう。

 それは、今回の福島第一原発事故での放射能漏れに伴う世界の過剰な反応で分かろう。

   ◇

 また、「アメリカの中東政策の、何も生み出せなかった失敗」についてだが、

 私は、全くそうは思わない。

 アフガン、イラクの民衆に「生き方の選択の余地」を与えた功績は大きいし、

 西山氏はわざとに目をつぶっているが、

 アメリカの中東政策が、まさに「中東の春」を生んだんだよね。

 多くの血が流れたが、民衆が自ら戦う選択肢を得られたことは凄まじく大きな成果だ。

 虐殺されるよりは、生きる権利を求め、戦争で命を落とすことのほうが、素晴らしいことなんだよ。

   ◇

 最後は質問コーナーだったのだが、頷くばかりだった客席の中から、一人の若い方が、皮肉の効いた質問をした。

「レジュメの最後に書いていますが、西山さんにとって、『(そうした認識のない限り)沖縄問題の真の解決はあり得ない』の<真の解決>って何ですか?」

 私はほくそ笑んだ。

 左翼の方は、このような具体的なビジョンをけして示せないのだ。

 ここで、西山氏は、にわかに熱くなり、これまでの抽象的な話を繰り返し、最後に「『米軍はいらない』ということだ!」と答えた。

 答えになっていない。

 しかし、左翼の方の言説は、いつも、このような帰結になる。

 左翼民主党の現状を考えて欲しい。

 自民党の批判を繰り返し、政権を奪取した。

 しかし、批判しかしてこなかったので、肝心の政権誕生後の具体的未来像がなく、実務が全く出来なかった。

 そして、いつしか、確かに長期政権で堕落していた自民党、それ以上の腐敗振りを民主党は露呈していた。

 民主党は、今まさに立ち腐れている。

   ◇

 西山氏もそうだ。

 これまでの政府を批判し、同盟国アメリカを批判し、駄目出しをする。

 ・・・そこまではいいのである。

 しかし、駄目出しし、追放後、追い出した自分らの側に、何らビジョンがないことに気付くのだ。

 西山氏ぐらい、言論の世界で生きてきた方ならば、それには気付いているはずで、

 だが、その「左翼の決定的な非存在証明」には目をつぶるのである。

 個々の具体的な罪状の追求のみで止めておくべきなのに、更に大風呂敷を広げ、「歴史」を裁こうとまでし、論理と自分の生き方の不備までも露呈してしまう・・・。

   ◇

 アメリカ軍を沖縄から追い出したらどうなるか?

 日本政府は法律において、自衛隊を「軍隊」と完全に認め、自主防衛に邁進させようとでもすると言うのか、西山さんは?

 だが、西山さんは、この講演会の主催者が憲法第九条を守っていこうとする左翼団体にある限りにおいて、それは言えないのである。

 いや、西山さん自身の、これまでの「根源矛盾との結託人生」がある故に、答えられないのである。

 ・・・だから、沖縄は、中国に、虎視眈々とつけ狙われることになる・・・。

   ◇

 もちろん、保守にも、構造的な欠点はあるけれど、ここでは記さない^^;

 しかし、敵さん(左翼連)も悩んでいるのだね。

 私は、東郷平八郎の有名な言葉を思い出すのだ。

   「自分が苦しい時は、相手も同じように苦しいのだ」

                                                      (2011/12/06)
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[映画『1911』を観た(短信)]

2011-12-05 23:37:36 | 物語の感想
☆辛亥革命を『レッドクリフ』のノリで描いた作品である。

 ・・・と、言いたいが、『レッドクリフ』には遠く及ばず、けれど、妥協なく作られていたので、部分的に光る箇所もあったかな。

 ただ、刀剣から銃火器へ、覇道から政治思想へと映画的な装いが変わり、趣きがなくなり、やや深刻の度合いを増し、どうしてもエンターテイメント性に欠けた。

 私は、ジャッキー・チェンが、苦しくも孫文を演じるのかと思いきや^^; 革命の戦闘指揮官であり、明らかに物語の展開から忘れ去られている時もあり、意外であった。

 主役たちの一人でしかなかったようだ。

 ある意味、好き勝手に作れた三国志の時代と違い、ある一定の史実に沿わなくてはならない近代の事件であるが故に、どうしても、物語のクライマックスに、ドラマチックな戦闘を配せずに、無理矢理にジャッキーアクションが押し込められていたのが、そのアクション自体は面白かったが、スケールの尻すぼみ感は否めない。

 だが! 中盤から登場した袁世凱(スン・チュン)が、かなり魅力的なダーティーヒーローで、私は満足した。

 実は、私は、ノモンハン事件について、ずーっと調べて書いているのだが、ノモンハンで戦った関東軍の誕生から紐解いていく時、どうしても、中国の近代史を追っていかなくてはならなかった。

 しかし、これが、人物相関図的にも地理的にも、凄まじく複雑で、私は、とてもとても仕事をしながら調べていくのは難しいと実感した。

 その中で、年表を見ていくだけでも、出張ったり失脚したり、袁世凱が凄まじく顔を出すんですよ。

 で、私は、独学で、袁世凱の、「乱世の奸雄」的な人物像を想像していたら、

 案の定、そういう人物だったのですね^^

     

 この作品の面白さは、全て、袁世凱を演じたスン・チュンの喜怒哀楽…、傲慢・脅し・怯え・おどけ・食事シーンにあったと言っても過言じゃない。

 PS.物語の中で、ドラマ『わたしたちの教科書』のサウンドトラックが使われていたのは何故なんだろう?

                                                       (2011/12/05)
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