『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭

ジュリアナから墓場まで・・・。森羅万象を語るブログです。
ここでは、気軽に読めるエントリーを記していきます^^

[タイ・カンボジアの国境紛争、国際司法裁が11月11日に判決、だそうだ]

2013-10-30 23:59:54 | 海の向こうでの冒険

☆・・・≪タイ・カンボジアの国境紛争、国際司法裁が11月11日に判決

 <【タイ、カンボジア】タイ政府によると、タイとカンボジアの国境紛争地域の領有権に関する国際司法裁判所(オランダ・ハーグ)の判決が11月11日に下される。
 タイ政府は判決後に国境周辺で軍事衝突が起きないよう、カンボジア政府と事前協議を進めている。また、自国民が判決内容を理解できるようにするため、判決の様子を国営テレビの2つのチャンネルで放送する方針だ。
 両国が争っているのはクメール王国が9―11世紀に建立したとされる山上遺跡プレアビヒアの周辺地域。プレアビヒア本体は1962年に国際司法裁がカンボジア領とする判決を下したが、周辺地域の領有権については判断を示さず、紛争の火種が残った。
 プレアビヒアは2008年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録された。これを機に、プレアビヒアの世界遺産共同登録・管理を主張していたタイが周辺地域で頻繁にカンボジアと武力衝突を起こすようになった。2011年には砲撃・銃撃戦で双方の兵士、住民ら30人近くが死亡、100人以上が負傷し、周辺地域の住民10万人以上が一時避難した。紛争激化を受け、カンボジアは同年4月、国際司法裁にプレアビヒア周辺の国境未画定地域の領有権に関する判断を求めた。
 タイでは同年7月に行われた総選挙で、カンボジアのフン・セン首相と個人的に親しいタクシン元タイ首相の政党が政権に復帰。タクシン氏の妹のインラク氏が首相に就任し、両国関係は急速に雪解けに向かった。>

 この問題については、こちらのエントリーで簡単に書いた(私には絵の才能がないのはご理解のほど)。

     [(短信)カンボジアとタイのクメール遺跡取り合い]2011-02-24)・・・クリック!

 国際司法裁判所は、当事者両国の了解がないと裁判を開けない。

 竹島の問題では、韓国は、日本が求める国際裁判所への問題の判断を、延々と拒んでいる。

 何故って? ・・・韓国、自分たちがマジで「不法占拠」していることを、よーく理解しているからだ。

 さて、カンボジア・タイのアンコール遺跡の問題だが、私は、カンボジアに分があると思っているのだが、さて・・・!

     (おまけ・・・カンボジアの美少女)

         

 はにかみの、いい笑顔です^^

                                      (2013/10/30)

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[「名人とタロ人会(前篇)」と『GOGOMONZ』採用投稿(22)]

2013-10-28 23:59:47 | GOGOMONZ(ゴゴモンズ)

☆「名人」ならぬ「タロ人」こと三遊亭鬼丸師匠が、名人をお呼びして催す二人会in埼玉市民文化センターに行った。

          ・・・「タロ人」とは‥‥
             名人ではない鬼丸が考えた造語。
             名人の「」を分けてカタカナの「タロ」にしながら徐々に近づけて、

             お客の気がつかない間に名人を名乗るという鬼丸の姑息な作戦でもある。

 

 彼女でも連れて行こうと思ったのだが、用事があるとのことで、ババァを連れて行った(正確には母親)。

     

 今回の「名人」は、柳家花緑師匠だった。

 知らない方だったのだが、さて、高座に上がった姿を見てみると、

 首都高を八王子方面に進んだ時に見える「須崎(だったか?)石材」の立て看板の噺家だと知った^^

   ◇

 なお、最近、読まれた「ゴゴモンズ」ネタを載せておきます。

 ≪ 鬼丸師匠、かおりん、グッドアフタヌーン!!

   ・・・メインテーマ『イラっ!まわりを凍らせた 子供や老人の一言!』です。

   人間にはダメダメな時期があるようで、私は、それが浪人時代でした。

   中高とほぼ皆勤賞だった私ですが、予備校に行きたくなくなり、いつも自宅で勉強もせずに、マンガを読んだり、ゲームをしていました。

   姉がピアノ教室をしていたので、そこに通ってきていた幼児や子供を集めて、遊びのリーダーとして君臨していました。

   両親は、「人間には、そんな期間もあるのだろう」と、子供たちに、人形を使って即興で話を語っている私を温かく見守っていました。

   しかし、ある日の、ある幼女の無垢な一言が、場を震撼させ、イラ立たせました。

   その子は、無邪気にいいました。

   「オマエは、オトナなのに、イツモ、オウチにいるけど、なにしてんだよ?」

   周囲の誰もが、気をつかって言わなかった、私のナイーブな核心を衝く発言でした。

   私は、一瞬でイラッと頭が沸騰したものでした。           以上!

 それから、下は、記録を残しておらず、放送も聞いたはずなのですが、聞き逃したけど読まれていたネタ。

 お店に来たお客さんが「読まれていましたよ^^」と教えてくれました^^;

 思い出して書きます。

 ≪ 鬼丸師匠、かおりん、グッドアフタヌーン!!

   ・・・メインテーマ

『イラっ! お父さんお母さん、私はソレを断ち切りますよ!』 です。

   私の両親は、ファミレスなどに行き、ハンバーグセットなどの、平らな皿に盛られたゴハンに、必ず、塩を振ったものでした。

   私は、それが嫌で嫌で! なんか、外食してることに舞い上がっているみたいじゃあないですか。

   子供の頃はそれでも、それが普通だと思っていたのですが、大人になって、ちょっと恥ずかしいことだと分かりました^^;

   私は、この伝統を、断・ち・切・り・ま・す!!          以上! ≫

 う~、こういうシンプルなネタは、わりと爆発力があるんですよね。

 鬼丸師匠とかおりんは、どんなコメントをしてくれたんだろう・・・。

   ◇

 私とババァは、会場のある埼玉県市民文化センターに早目につき、近くの焼肉屋さん「朱苑」で食べた。

   

 うまかった!!

 が、母親の食べたクッパみたいのに入っていた「マルチョウ(モツの脂身のかたまり)」ってのが、ヤバいくらいうまかったっス!

 鬼丸師匠は浦和在住とのことで、このお店なんかでも食事するのでしょうか?

 で、市民文化センターの図書館等にも行ったりするのでしょうか?

 近くのファミマにも行ったりするのでしょうか?

 隣りの「GEO」で、AV借りたりもするのでしょうか?

 ・・・などと書くと、気持ち悪いでしょ^^;

 だが、その手の男が、会場に来ていたのでした・・・!!

 私とババァがロビーの椅子に座っていると、隣りで立っていた老夫婦に話し掛けている男ありけり。

 歳の頃、二十代前半、外見は普通だが、やや視線があらぬ方向を見つめている。

 簡単に言うと、おそらく、ここに書いたら、私が大人げなくなるような「心の病」の方なのだが、まあ、私なので書いてみる^^;

 ・・・そいつは、

「ゴ、『GOGOMONZ』、聴いてますか?」と老夫婦に聞くのだ。

 こいつの特徴は、二度繰り返す。

「ゴ、『GOGOMONZ』、聴いてますか?」

「? ・・・は、はい。たまに聞いてます」

 老夫婦は、最初は無難に答える。

「面白いですよね。面白いですよね。・・・メ、メールを番組に送ったことがありますか? メ、メールを番組に送ったことがありますか?」

「い、いいえ・・・」

「出してみてください。出してみてください。お、面白いですよ。面白いですから」

「は、はぁ・・・」

 この辺りで老夫婦は、相手が普通じゃないと分かる。

 私は、そういう人には敏感なので、最初の一声で理解していた。

「ア、アルシェに行ったことはありますか? ア、アルシェに行ったことはありますか?」

     ・・・ナック5の番組の公開生放送を行なうスタジオアルシェのことである。

「い、いいえ・・・」

「行ったら、シ、C Dショップの中にブースがあって、お、面白いですよ。面白いですから」

「は、はぁ・・・」

 私は、この男が「ブース」と言う言葉を知っていたのが面白かった。

 その後も、「かおりん(横田かおり)」「ザキシマさん(ゴゴモンズの構成作家)」の名前を発しつつ、ひとしきり質問すると、その男は老夫婦を開放した。

 おそらく、用意していた質問がなくなったのであろう。

 続いて、そいつは、私の隣に座っていたおっさんに、同じ質問を始めた。

 しかも、声が大きいので、同じ質問を開始したのが、先ほどの老夫婦にも聞こえていよう。

 周囲の皆にも筒抜けだ。

 こ、こいつ・・・、手当たり次第だ!!!

 私は、その「通り魔的な犯行」に恐怖した。

 話し掛けられた人は、あたかも心をレイプされたかのように、これから落語を楽しむ陽気な雰囲気が台無しにされる。

 お、俺には、は、話し掛けるなよ!!!

 男のドモリは伝染する。

    ◇

 会場に入る。

 前回の同会場では、私は中央の最前列だったのですが、今回の席は、早目に予約入れたのに、前左ブロックの後方でした。

 おそらく、中央前ブロックは、花緑師匠のファンで埋め尽くされているのでしょうか?

 で、真後ろから、「ゴ、『GOGOMONZ』、聴いてますか?」と、隣りの席の人に聞いている声が聞こえた。

     アチャーッッ!!^^;

                                           (続く 2013/10/28)

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[映画『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編] 叛逆の物語』を観た(第一印象)]

2013-10-26 15:14:31 | 物語の感想

 

  おおお! パックス・サタン・ホムラ~ナ!

                            (魔王ほむらの下での完全なる平和・・・)

   世界の事象は、等価交換!

   前作で失ったモノは今作で取り戻せるも、

               またかけがいのないモノを、貴方は失う。

☆朝一で観てきました。

 ちょ-っと、想像を絶する物語でした。

 女の子と観に行ったのですが、もう片側の隣りは見知らぬ男で、そいつ、途中から、その魔法少女のファンなのでしょう…、身を乗り出して、周囲をキョロキョロし出してました。

 自分の眼前で展開する物語が信じられないのでしょう。

 クライマックスで、幾つもの衝撃の事実と真相と、新たな展開が怒涛のように呈示されますが、

 私は、その最初から驚き、でも、それ(唯一無二の魔女の存在)は予想できうることだなぁ、と思い直したところ、続く、とある方の「豹変」で、私、唖然とした。

 なんて・・・、なんて、不憫な子だ・・・。

 そして、前回までの物語の中で、多くの魔法少女を絶望の淵に追い込んだ、この作品の作り手が、今度は、こっち(我々。まどマギファン)に絶望を送り込んできたことを理解した。

 ラスボスは、魔女でも、魔獣でも、ナイトメアでもなく、そして、「魔女」でもなく、「魔王」でもなく、<魔ストーカー>だったと言えましょう。

 その片鱗は、シリーズ全般を通して分かり得たことでもある。

 ジャンプマンガの「強さ」の如く、「まどマギ」世界の「悲劇性」は、今回、行き着くトコまで突き進みます!!!

   ◇   ◇

 前半は、「永遠の物語」からのつながりがなく、魔法少女5人が、新たな敵「ナイトメア」に戦いを挑む様が、散文的に語られ、非常に楽しい。

 ただ、戦いが散文的と言っても、戦いの内容自体は、「まどマギ」イメージのマスターピースとも言うべきだが、劇団イヌカレーのデザインが突出しすぎていて、戦いの勝ち負けの構図を楽しみ難いトコはあった。

 それぞれがダンスに乗って見得を切り変身する様は、王道の魔法少女のようでいて、これまでの「まどマギ」世界のダウナー系の世界観があるので、それとのギャップで、異常な魅力へと変貌している。

 ほむらが主役であるが、他の魔法少女も、ほどよく、異なった役割で、その魅力を発散させる。

 いやはや、マミさんのおっぱいが、更にたわわになっているのが驚いたし、

 これは、メンバー全般に言えるのだが、やたらと、机の下での下半身の動きがエロく強調されていた。

 椅子の上、テーブルの下の両足が、やたらと感情を表わす演技をかますのだ。

 ほむらなんて、まどかとの逢瀬で、両足を捩り合わせていて、なんか、「感じて濡れている」みたいだった。

 ・・・コホン、さて、物語は途中から、ほむら探偵によって、世界のほころびを徐々に露呈していく。

 面白いのが、どうやら、世界(見滝原町)は偽であるが、そこに集ってきた仲間や関係者は、神になったはずのまどかや、魔女になって死んださやかを含め、「偽物」ではないということだ。

 そこが、「偽り」に彩られたこの物語の正否境界線で、私が物語を信じられる境界線になった。

 少なくとも、魔法少女たちは真摯だ、と。

 全てを知りつつ、更なる探究をするほむらと、立ち止り、魔法少女としての仕事をそつなくこなすマミの戦いは、激しくも面白かった。

 そして、シンプルな生き方であったはずのさやかが、ミステリアスな存在としてほむらに対峙する様、

 そのさやかが、杏子を連れとして生活している様、

 ほむらが杏子と、偽りの街を探索する様も、これまでのシリーズでは異質のコンビやバトルで楽しかった。

 キュウベェが、前半は、小動物としての鳴き声しか出さなかったのに、後半は水を得た魚のように理屈を語りだすのも良かった。

 新魔法少女の渚には、もっともっと活躍して欲しかったな^^

     

 まどかは、相変わらず、優しさだけの存在であるのも可愛い。

     

 一緒に行った女の子が帰りに、「他のメンバーが不幸なのに、まどかって、もともと、幸せな生活を送っているよね・・・」と呟いていたんだけど、それって、面白かった^^;

 その、普通の幸福な女の子が、あんな天文学的な超魔法を願ったことに、この作品の素晴らしさがある。

 そして、そのまどかとのささやかな交流の思い出に、生きることを賭けたほむらの純粋性(執念)も凄いものだ。

     

 ・・・今は満腹だが、5年後に、続編が出来るでしょう。

         最後の戦い、描くんじゃないすかね。

     PS.こちらも読んで下さい。美樹さやかのテーマがばっちりと描かれていますよ!!!

              [『ショートカットの人魚姫/援交少女さやか☆レグナ(1)』(『魔法少女まどか☆マギカ』の2次創作)]

                                           (2013/10/26)

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[(再掲)映画『ゾンビ・ストリッパーズ』を観た]

2013-10-24 01:11:03 | 物語の感想

  今、エロ小説を書いているので、この一週間は「再掲」週間となっております・・・。

  以下は、2008/10/20に投稿したものです。

  下記、なんで銀座に用事があったかと言うと、「東京地検の取り調べの召喚」があったのである^^;

 

☆用事があって、銀座に行った。

予定までの数時間に、何か映画を観ようと思ってはいたのだが、まさか、こんな純B級映画を見るとは思わなかった^^;

銀座のド真ん中にあるシネパトスで観た。

パトス・・・、「情欲」のことである。

その名に恥じぬ、『王妃の紋章』に続く、大おっぱい祭りの作品であった。

   ◇   ◇

最初こそ、ブッシュ大統領4期を背景にした、アメリカの軍拡を批判するようなパロディ風刺の様相を見せて、その為の「死体(ゾンビ)兵隊計画」へと話が進む。

とある病院が、そんなゾンビに汚染されて、そこへ、やや個性の強い小隊が派遣され、軍人対ゾンビが、なかなか派手に描かれる。

どこが、「ゾンビ・ストリッパー」なんだべ?

でも、私は、このゾンビ映画としての普通の展開が楽しかった。

さて、病院のゾンビの駆逐が終わる。

小隊が点呼をとると、一人足りない・・・。

ゾンビに噛まれた兵士の一人が、ゾンビ・ウィルスにより汚染されている自分が始末されると考え、脱走したのだ。

脱走し、その兵士が行きついた先が、秘密のストリップ小屋だった・・・。

   ◇   ◇

そこは、数人のストリップ嬢が、己がストリップ技術(テク)をライバルと切磋琢磨し競い合う場であった。

そして、客は、そのストリップ嬢の演技をかぶりつきで応援する。

ナンバー1は、個室を与えられ、トップを維持しようとしている。

そのナンバー1を崇拝したり、反目している他のストリップ嬢もいる。

そのトップ嬢が、ゾンビに覚醒した兵隊に襲われる。

ゾンビ兵は隔離され、殺されたトップ嬢も控え室に運ばれる。

オーナーもホールマネージャーも、「どうしよう、どうしよう」とパニくる。

ナンバー2は、ナンバー1が殺されてほくそ笑む。

・・・と、死んだはずのナンバー1が復活し、ホールに躍り出る。

客は、血だらけの女に一瞬ビックリするが、その鬼気迫るダンスに大喝采を送る。

オーナーもマネージャーも「まっ、いいか!」とゾンビ・ストリッパーに踊り続けさせる。

オッパイにかかっていた血は乾き、赤いおっぱいだった・・・。

   ◇   ◇

このゾンビ映画の不思議さは、女がゾンビ化した場合は、多少は生前の心が残っているので、ちょっとは人間的な生活が送れるのである。

それは、このB級作品の最初で、そぐわないがちゃんと説明されている。

だから、ゾンビ・ストリッパーは、傷口をホチキスで止めたり、化粧をしたりもする。

ある意味、セルフ「おくりびと」である^^;

トップ嬢のダンスに、彼女を心酔していたゴス嬢は、自分もゾンビになることを希望する。

そして、ペア・ゾンビ・ストリップで観客は熱狂する。

   ◇   ◇

また、このゾンビ作品の特筆は、物語上のリアルさは、かろうじて保たれているようでいて、変な点もある。

このストリップ小屋は、その日が引けると、閉店するのである。

同僚たちは帰宅し、ゾンビ嬢はそのままで、また翌日、営業が再開するのである^^;

それと、意識が多少残ってはいるが、ゾンビ嬢は人を食う衝動に襲われる。

そんなときは、客を舞台に乗せ、舞台裏に連れて行き、喰らうのである。

他の客たちは、「むひょ~、あのヤロウ、選ばれやがって! チクショー!!」とばかりに、「ジェフリー! ジェフリー!」と、その名をコールする。

舞台裏で、ジェフリーは、ゾンビ・ストリッパーに喰われ、悲鳴をあげる。

その声を聞き、他の客たちは、「うほー! 叫ぶほど気持ちいいんだな!」と、「ジェフリー! ジェフリー!」コール^^;

   ◇   ◇

ストリップ嬢たちには、新人がいた。

敬虔なクリスチャンで、メイク室の鏡にキリストの肖像を貼ったりしているが、祖母に人工肛門を購入してやるために、ストリップ嬢になった。

しかし、その初舞台の時、エロいダンスの果てに、そのシースルー風セーラー服を脱ごうとした時、恥ずかしさで、涙をポロポロ流し、ステージから逃げ出してしまう。

私は、この場面になかなか興奮したが、その後、この新人娘は、最後までおっぱいを出さないので、かなりムカついた。

   ◇   ◇

最終的に、ナンバー1と、ナンバー2の、ストリップ・ゾンビ対決が描かれるのだが、ここで、私は、「うははは^^」と大声で笑った。

ナンバー1が、舞台の上でM字開脚をしながら、笑顔で、片手にピンポン玉を取り出したのだ。

つまり、マン圧で、ピンポン玉を撃ち出すというのだ!

こんなことやるのは、日本のストリッパーだけだと思っていたよ。

しかし、ピンポン玉では、ナンバー2に傷を負わせられない。

続いて、ナンバー1が取り出したのは、ビリヤードの球だ。

これは、かなりのダメージを与えられたが、ナンバー2は、ステージ中央のポールをもぎ取り、それをバットに見立てて、ビリヤードの球を打ち返すのだった。

それを腹に受けて、吹っ飛ぶナンバー1嬢・・・!

おいおい、ナンバー2、お前は、『新・必殺仕置人』の元締・虎(藤村富美男)かよッ!!!!^^;

   ◇   ◇

てな感じで、下らない作品と思いつつも、2500字以上も感想を書いてしまった^^;

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                      (2008/10/20)

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[(再掲)『ダム・ファッカー<異なる恐怖・獣/高所/パトカー/恐山/暗闇ドライブ篇>』]

2013-10-23 01:13:41 | みちのく西松建設ダム巡り

  今、エロ小説を書いているので、この一週間は「再掲」週間となっております・・・。

  以下は、2009-11-10と11 に投稿したものです。

     

☆上記の写真は<恐山>でございます^^;

 ・・・こちらに来てから、とんと<セブンイレブン>を見なくなった。

 かわって幅を利かせているのが<ローソン>であり、

 意外! <サークルK>であった。

 東京では、ほとんど見ないコンビニである。

   ◇

 ・・・11月9日(月)…晴れ

 <浅虫ダム>を後にした私は、国道4号線を東に向かった。

 青森湾側から陸奥湾へと、半島をぶっちぎるかたちだ。

 次に目指す第14のダムは、<清水目ダム>である。

 コーヒーと少年ジャンプを買うついでに、<サークルK>にて道を聞く。

 ・・・私は、てっきり、東北では少年ジャンプが発売日に手に入るとは思っていなかったので嬉しかった^^;

   ◇

 国道から支線へ、なかなか走った場所にあったが、一本道だったので、無事に<清水目ダム>に到着した。

 ただ、ここの「熊注意!」の表示は大きかった。

   

 車に乗っているときに現われてくれれば、サファリパークみたいで楽しいのだが。

   ◇

 <清水目ダム>は立派なダムで、周囲に公園もある。

 ダムってのは、れっきとした観光地に成り得るのだが、東北の人にとっては、この季節は冬の始まりでもあり、あまり行楽に出かけることはないようである。

 そもそも、例えば、ダムへの道のりで人に会うことも稀である。

 対向車もない。

 家屋はあっても、たまに家庭の畑仕事をしているおばちゃんを見かけるぐらいである。

 だから、私は、つい、いつも、誰かがいると話しかけてしまう。

 他愛ない話なのだが、東北の人の自然な優しさが感じられる。



   ◇

 で、人っ子一人いないが故に、この立派なダム公園も私一人のものである^^

 私は、ここで昼食を取ろうと思った。

 ダムを遠望しつつ、ジャンプを読みながら弁当を食うのである。

     
              遠くにダムが見えます^^

 私が公園の中心に陣取ったのには訳がある。

 どこから熊に狙われても逃げられるように、だ。

「そんなの、考え過ぎだよ^^;」と、都会に住んでいる人は思うかも知れませんが、こちらに来て、その空気を感じてくれれば、私がマジなのが分かると思う。

「なら、そんなとこで食べなきゃいいのに」と御思いの方もいよう。

 しかし、熊に襲われて逃げたら、それはそれでネタになるのである^^

   ◇

 お弁当は、<アウガ市場>の弁当屋さんで買ったものだ。

 幾つもあるおかずから五つを選び、470円だ。

 しかし、<アウガ市場>の駐車補助券は500円以上じゃないと貰えないので、私は+50円で大盛りにしてもらっていた。

   

 手前右の<イカの味噌和え>が美味しく、大盛りご飯がスルスルと胃に入っていった。

 食いながら、マンガ読みながら、ダムを眺めつつ、私は熊への警戒を怠らなかった。

 面倒くさいことだが、そもそも旅というものは、常に色んな危険を意識しなくてはならず、熊の問題が増えたからといって、それ程の苦でもない。

   ◇

 食事しながら、私は、下北半島唯一の、本州で一番北にあるダムに行くことを決めた。

 かくして、12:00、豪華な舞台であったランチの場を後にする。

   ◇

   

 清水目川流域の田畑の堰・・・、これも「ダム」の一種である^^

   ◇

   

 看板の表示によると、ここらでは土石流が発生する危険もあるらしく、やたらと強固なガードレールである。

   ◇

 下北道に乗る。

   

 今は完成していないので、無料だが、区間が短い。

 しかし、近い将来、「下北半島縦貫道路」として完成する予定のようだ。

   ◇

 陸奥湾を左手に眺めつつ、下北半島を北上していく。

 六ヶ所村の近郊には、風力発電の巨大なプロペラが回っている。

 異形の風景だが、悪くない。

   

   ◇

 横浜の<道の駅>に寄って、トイレに行く。

 ちょいと売り物を眺めていると、新鮮な野菜が格安だった。

   

 白菜も大根も、それぞれ4個・4本で、300円である^^

 私ならば、白菜はキムチにして、大根は糠味噌に漬けて、食べたいものだ^^;


   ◇

 この日の記述は、今日中に書いちゃおうと思っていたのですが、眠たいので、数時間仮眠します^^v

                                     (2009/11/10)

   ◇   ◇   ◇

 

☆下北半島・・・。

 本州最北端のダム、<川内ダム>を目指していた。

 川内川に沿った県道46号線を北上する。

 まだまだ紅葉が美しい。

   

 途中で左折し、県道253号線に入ってから、次第に、肝が縮み上がってきた。

 段々と急峻な渓谷を進むからだ。

「肝が縮みあがる」とは、オチンチンが竦むことである。

 女性には分からない人もいるだろうが、オチンチンは、長い部分と金玉と、そして、「根っこ」もある。

 その「根っこ」の部分が、恐怖でキュキュキュと萎縮するのだ。

   ・・・高さを強調する撮り方は私にはでけん^^;

 どうやら、私は、高所恐怖症であることが今更ながら分かった^^;

 その、平地から高所への移行時、その「肝が縮む」境界線も、今回、分かってきた。

 が、今回は、本州最北端という寂しさも心理的に作用し、恐怖を増加させていよう。

   ◇

 ・・・11/09

 第15のダム<川内ダム>に到着!

     ・・・「北の孤高の王者」の風格です。

 こうして写真を撮るのも怖くてたまらなかった。

 近くにある「道の駅」でも、帰路のことを考えると、恐怖でそわそわして、そそくさと退散するのだった。

   ◇

 まだ、午後の二時半で、余裕があったので、いったん、むつ市まで戻ることにした。

 で、そこが<川内ダム>との分岐点だったので、<恐山>に向かうことにした。

 だから、平地になってから、水を得た魚のように、私は、高速で飛ばした。

 陸奥の海岸線、国道338号線をギュンギュン飛ばした。

   

 多くの車を引き離した。

 しかし、バックミラーの彼方から、追いついてきた車があった。

 ツートンカラー・・・。

 パトライトこそ付いていなかったが、パトカーであった。

 私は、節操なくスピードを落とす。

「やべ・・・^^;」

 私は、いつ停められるか、ひやひやした。

 パトカーは何キロも、私の後方に張り付いていた。

 そして、いつしか消えた。

 私はホッと胸を撫で下ろし、その後も、法令速度を慣例速度程度の超過で走行するのだった・・・。

   ◇

   (おまけ)

 「海上自衛隊大湊航空隊」のゲート前に展示されていたヘリコプターと飛行機。



 この辺は、自衛隊の施設が多い。

 弾薬庫(補給所)もある。

                                      (2009/11/11)

 

   ◇   ◇   ◇

 

☆・・・むつ市に戻った私は、県道4号線を北上、霊場<恐山>を目指した。

 ここから、20キロ程なのだそうだ。

 近い!

 まさか、世にその名を轟かす<恐山>にそんなにも気軽に行くことになるとは思ってもみなかった。

   ◇

 東北の夜は早い。

 流石の私ではあるが、この東北でのアグレッシブな行動は、午後4時までと決めていた。

 午後5時には、既に、この地には夜の帳が否応なく降りる。

 暗闇の中で、<恐山>に向かうような行為だけは避けなくてはならない。

 午後4時になったら、「撤収ー!! 」が鉄則だ。

   ◇

 山に入ると、すぐに、いつもの「樹海」の中の道が始まる^^;

 私は、この旅全部を通し、絶対に見つからない「死体遺棄」に相応しいスポットを一万箇所は見つけられると思う^^;

 それほどに、あまりにも日本は広いのだ。

   ◇

 ・・・山道に不釣合いな、プードルを散歩させている老婆がいた。

 私が車を走らせながら見ていると、こちらを向いて目を「クワッ!」と開いた。

 私は、身の毛をよだ立たせた。

 そして、どうやら、行き先は<恐山>だけという、山の一本道に入ると、道の脇に、お地蔵様が、距離をおいて定期的に立っていた。

 基本的に、お地蔵様は好きな私だが、場所が場所だけに、ビビらされる対象だ。

 でも、5,6体が並んでいると、「多いな、おい!」とツッコミを入れてしまう^^;

 一人旅なので、私は「独り言」が非常に多くなってきている^^;

   ◇

 ・・・で、初めはお地蔵様ばかり目に入っていたのだが、その横に石柱もある。

     

 どうやら字が書かれている。

 通り過ぎるたびに、注意深く観察していたら、「五捨一丁」「五捨丁」「四捨九丁」などと記されている。

 <恐山>までの距離のカウントダウンなのだ。

   ◇

 ・・・到着した。

 荒涼とした土地が広が・・・ッ、と、感想も言うまもなく、異様な匂いが車内に充満してきた。

「こ、これは、遂に、西松建設の攻撃か! 毒ガス攻撃か!」

 と思いきや、霊場の硫黄の匂いであった。

 私は、いつも、排気ガスをシャットダウンするように、外気取り込みはしないでいたのだが、<異様な硫黄>臭は、どこからか車内に入ってきていた。

 私は、喉が痛くなった。

   ◇

 脇を見ると、<三途の川>があった^^;

   

 しかし、この<恐山>にも人がほとんどいない。

 迷い込んだらしい中年の観光グループが、私と入れ違いに、車で出て行っただけだった。

 駐車場も空っ欠だった。

   

 私は、チケット売り場と思しい小屋に近づいた。

 そこには、「年内は閉門」の文字があった。

 <恐山>と言ったら、なかなかの観光スポットだと思うのだが、東北の方は欲がない、と言うか、それ程にこれからの冬が厳しいのかな。

   ◇

 かくして、私は、今夜の眠る場所を三沢辺りと定め、国道338号線を南下する。

 行きとは道が違うが、なるべく、同じ道を通りたくないのだ。

 だって、違う風景を見たほうが楽しいじゃん^^

 しかし、もう暗くなっていた・・・。

   ◇

 おそらく、進行方向の左手は太平洋で、昼間ならば、いい眺めが広がっているのだろう。

 しかし、暗闇のドライブだ。

 道は適度に車が走っていて、なかなか道がクネクネしているので、他の車との兼ね合いでハイテクニックを必要とする。

 道に高低差もあるので、対向車のライトがアップに見えたりして、眩しいし、危ない。

 状況では、私が数珠繋ぎの先頭になることもあり、後続の車は、私を「遅い奴!」と思っているかも知れないが、

 前の車のテールランプをトレースすれば良い後続と違って、先頭の車は、不鮮明な視界に、道を切り開いていかなくてはならないので大変なのである。

 しかし、私の後続の車は、「督戦隊」の如く、私を監視し張り付いてくる。

「だったら、お前、抜かせよ!」

 と、私は独り言・・・。

「抜かせない以上は、お前は俺のドライビングに敬意を表すべきだ!」

 と、独り言は続く。

   ◇

 さて、下北半島の根元、三沢市の外れで、私はモバイルパソコンを起動させ、今夜のヤサ(インターネットカフェ)を探す、が、三沢市には24時間営業のインターネットカフェはなかった。

 では、青森に戻るか・・・?

 しかし、同じ場所を戻るパワーがなかった。

「ならば!」

 と、私は八戸に向かうことを決断する。

 ちょうどフルマラソンと同じくらいの距離だった。

 私は、<Kマート>で缶コーヒーを購入し、先を急ぐのだった。

「また、どうぞ~^^」

 と、バイトの娘っ子が、私の背中に向かって言うのだが、その申し出を受けるのは難しい。

   ◇

 暗闇のドライブが再開される。

 狢の礫死骸もあった。

 それを避けるのも一苦労である。

 途中、漁港で小休止する。

 この町には、イカが特産物として、看板に多く描かれていたので、明るいのはイカの水揚げか?

 私は暗闇の中で、舫いにつながれ、波間に漂う船を写真に収めておいた。

   

 何が何やら分からないだろうが、まあ、雰囲気を感じてくれ。

 途中から、眠気も酷かった。

 私は、大声を張り上げて歌う。

 サザンやアニメの歌を歌うのだが、そもそもレパートリーが少ないので、すぐに、歌う楽曲も底がつく。

 仕舞いには、

「♪カーッパ、カッパ、カッパのマークのカァッパ寿司!!」

 なんてのも歌ってしまう始末^^;

 また、坂道では、ブレーキペダルを常に意識していなくてはならず、私は右足が痛くなってきてしまった。

 まあ、一晩寝れば直るだろうけど・・・。

   ◇

 八戸に着くも、目的のインターネット・カフェ<フリークス・八戸店>が見つからない。

 たまらず私は、市川という地名の公民館の陰で立ちションした。

 私は、今回の旅ほど、立ちションを繰り返したことはない。

 それ程に、人がいないのである。

 街中にも、夜となれば、人が消える。

   ◇

 やっとこさ、目的地に辿り着き、私は、バタンキューで寝るのだった。

 硫黄でやられた喉は痛く、風邪の前兆かもしれないと、私は薬を飲んでおくのだった。

     


                                     (2009/11/11)

コメント

[(再掲)[中国人の子弟による来日の感想]

2013-10-22 00:41:43 | 新・保守の一考

  今、エロ小説を書いているので、この一週間は「再掲」週間となっております・・・。

   以下は、2010/07/31に投稿したものです。

 

   ◇   ◇

 

☆明日も朝早いので、ニュースの転載ですいません。

 でも、読むに値する内容です。

   ◇

   《中国の子どもが見た日本「心が平静を取り戻せない」(サーチナ 2010/07/31(土) 16:02)》

 <山東省済南市の子どもたち45名が文化交流のために訪日し、その感想をブログに綴った。子どもたちは済南小主人報に所属する「記者」たちで、2名の大人の引率のもと、7月18日から5日間にわたって日本旅行を行ったという。
 ブログでは、「日本という国は中国人にとって忘却・油断できない国であると同時に、発展・発達した国だ。礼儀を重んじ、絵に書いたように美しい国でもある」とし、日本旅行を通じて多くの収穫を得たと綴っている。
 文章を綴った子どもの同級生のうち、日本を訪れたことのある子どもが2名ほどいるそうで、「自分の目に映る日本は、彼らから聞いた日本の姿と同じだろうか?」と期待を綴る。さらに、母親から「日本をしっかりと見てくるように」と言われたことを明かし、心に期待感が湧き上がるのを感じたと述べた。
 静岡空港に降り立った45名の「記者」たちは、日本の子どもたちの出迎えを受け、静岡県のお茶の郷博物館や昆虫博物館を見学した。日本滞在中、「記者」たちは静岡県庁や魚市場、防災センター、静岡新聞社などを見学したという。
 文章を綴った子どもは、5日間にわたる日本旅行を通じて、「心が平静を取り戻すことができないほど、多くのものを見て、多くのものを感じ、多くのことを考えさせられた」と述べた。文章では、日本は気候の穏やかな美しい国で、緑化が進んだ清潔な国だったとし、「日本の街中にはゴミ箱がなかった。人びとはゴミを持ち帰って捨てているそうだが、高度な自覚と自律がなければできないことである。尊敬に値する」と述べた。
 さらに、日本は強大で効率の良い国であると述べ、静岡新聞社の効率的でスピードのある仕事は敬服しつつも恐ろしいほどだったと述べている。さらに、日本人はとても仕事熱心で友好的、親切だったと語り、日本旅行中に接した日本人に感謝を示した。また文章では、「日本の大きい点と小さい点」に言及。国土は小さく資源に乏しくとも、日本の企業は強く、日本人の気概は大きいと語り、日本の一般的な家は小さいが、日本人の能力は高いと述べている。(編集担当:畠山栄)>

   ◇

 冷静かつ客観的な分析である。

 このような草の根交流を通して、日本と中国は分かり合えるのだろうか?

 ・・・否である。

 単体では理解し合えても、一党独裁(しかも共産党)の中国と言う群体は、全く異なる「テーゼ」で動いている。

 例え、共産党が崩壊しても、中国人のもつ国家民族的メンタリティがそれをさせないだろう。

 眠いので具体的には書いていられないけど、悪いが、中国は、この21世紀から22世紀にかけて、世界の最大の「問題」となるだろう。

 アメリカは、世界では「暴君」などと考えられているが、それなりの欧米的民主主義的道理を持っているので、けして、理屈なく「イナゴ」のように繁殖し続ける「チャイナ・シンドローム」には勝てない。

 宗教原理主義のインドやイスラムは抵抗できるが、押し返せるかは分からない。

 そして、 日本は、その最大の相対国になる。

 地政学的に、歴史が証明している。

 中国の最大の悪弊は、自分らの主張の、他国への力尽くでの強制にある。

 そこには、「建て前」も「猫なで声」もない。

 大量の物量を流し込んで、犯すだけだ。

 だからこそ、民主党政権が進める外国人参政権などは認めてはならない。

 それが成立したら、そこからイナゴの大群が大挙としてなだれ込んで来る。

 上の引用の中国人の子弟たちは、日本を手に入れることによって、日本の素晴らしさを得られると思うかも知れないが、

 その中国人の子弟らは、自分らの干渉が、美しい国・日本を完膚無きままに汚すことを知るだろう。

                                         (2010/07/31)

コメント

[(再掲) 年頭言(今年の)]

2013-10-21 01:04:40 | 保守の一考

 稼げるわ(昨夜、最高売り上げ・先月の売り上げ超)、モテるは、俺、笑いが止まらん毎日です^^;

 凄い若くて可愛い子を、ダメ元で口説いてみたら、いとも簡単に彼女になってくれるわ、・・・毎日が楽しくてしょうがない・・・(専問学校生)。

 おおむね、今年の初頭の意気込みは達成できているから面白いのかも^^

 今、エロ小説を書いているので、この一週間は「再掲」週間となっております・・・。

 以下は、2013/01/03 に投稿したものです。

 

   ◇   ◇

 

☆今、ホロ酔いだが(何故かウイスキー)、新年でもあるし、なんか、それらしいことを書いておく。

 「初日の出」を見たとき、私は、今年こそ結婚できますように・・・、などと思ったのだが、

 よくよく考えると、私には、飲食店を開く予定があり、今年の前半はそこに集中しなくてはいけないことを思い出して、祈り直した^^;

 まあ、明日は浅草方面に行くので、浅草の神社と靖国神社で正式に祈ってきましょう^^

 二ヶ月ほど前、店舗の物件を見たとき、私は、店の開店資金のスポンサーである弟に言った。

     「ここならば、≪時代≫を作れる^^」

 そして、最近も、こう言った。

     「この町内を牽引できる店になるぞ^^」

 また、昔、「ホリエモンのフジテレビ買収騒動」の時、私はホリエモンのやり口を批判し、

     「お金を稼ぐことなんて簡単だ。汚く稼ぎたくないからしないだけだ」

 とも言っている。

 それらを華麗に実践しようと言うわけだ^^

 私は、私個人が管理できるシステムでの目的合理性を持った動きには、私自身の物理的・精神的エネルギーが切れない限りにおいては、かなりの自信がある。

 それは、このブログを読めば分かるでしょ?

 このブログ、変でしょ?

 だって、無名の三十路のオナニストのおじさんが、好き勝手なこと書き続けているだけなんだぜ?

 でも、ある程度のアクセス数をずーっと稼げている。

 ・・・てゆーか、私、歳を、この期に及んで誤魔化していますね^^;

 そもそも、私は、とある大企業の請負現場を全権委任で指揮したときも、在任期間中はずっと現場を黒字にしたし(私は、限りなく素人だったが、突貫で学んだのだ)、

 また、とある大型小売り店舗で働いていたとき、ある1ジャンルの売り場を任され、そのジャンルは、本社の規定したノルマ売り上げの難度が高いとされていたのだが、一ヶ月でクリアーしたんだよね^^

 また、バイト(ポスティング)のほうは、おそらく、その職種のオリンピックがあったら、日本代表になれるほどの実績を誇っている(本当です)。

 全て、私個人が管理できるシステムでの目的合理性を持った動きが可能な職場だったからだ。

 だから、私が間違っていない限り、私の開店するお店は成功するだろう・・・。

 不安はある、が。

   ◇

 さて、今日の産経新聞朝刊に、こんなオピニオン記事があった。

     ≪【正論】年頭にあたり 文芸批評家、都留文科大学教授・新保祐司(2013/01/03)≫

 冒頭だけの引用にしようと思ったが、面白いので、全文引用しちゃう。

 <■強靱な頭脳と精神こそ国難救う
 思い返せば、3年余の民主党政権下の日本に生きていることは、実に不愉快であった。「戦後民主主義」の日本に生活していることがそもそも不愉快なことであり、だから、「戦後レジームからの脱却」を強く願っている一人なのだが、この3年余の期間はその不愉快さも極まったかの感があった。
 ≪日本の「常識」の大道を行く≫
 不愉快さのよって来る原因は、数え上げればきりがないが、「事業仕分け」とか「近いうち」といった茶番劇もさることながら、根本的には人間の卑小さばかりを見せつけられ、人間の偉大さや高貴さを示す事象が実に稀(まれ)であったことである。日本人が日本に生きていることに誇りを感じさせることがなかった。そして、この民主党政権を選択したのが日本人自身であることを思えば、ほとんど国民の現状に絶望しそうになった。
 だが、待ちに待った総選挙で安倍晋三自民党が大勝したことで、何とか絶望しきることがなくてすんだ。これでうんざりすることも減っていくことを期待している。
 安倍政権に望むことは、あれこれ具体的な政策というよりも前に、日本の歴史と伝統に基づく日本人の考え方の「常識」という大道を歩むことである。憲法改正も安全保障も経済政策も教育問題も、すべて日本人の「常識」から発想すればいいのである。逆にいえば、この3年余りの間ずるずると続いた政権が、いかに非常識な考え方を振り回していたことか、ということである。亡国の悪夢を見ていたような気がする。
 近代日本の代表的基督者、内村鑑三は、「武士道と基督教」の中で「我等は人生の大抵の問題は武士道を以て解決する、正直なる事、高潔なる事、寛大なる事、約束を守る事、借金せざる事、逃げる敵を遂わざる事、人の窮境に陥るを見て喜ばざる事、是等の事に就て基督教を煩わすの必要はない、我等は祖先伝来の武士道に依り是等の問題を解決して誤らないのである」と書いた。政治は「人生の大抵の問題」の領域を扱うものである。そして、日本人の「常識」とは、「祖先伝来の武士道」を基盤としたものに他ならない。
 ≪「祖先伝来の武士道」今再び≫
 「正直」「高潔」「寛大」といった徳が今日どのくらい失われてしまっているか、「約束を守る事」ということが「近いうち」という言葉をめぐる騒動でいかに蔑(ないがし)ろにされたか、ということを思えば、「祖先伝来の武士道」に依って生きることも容易ではないのである。「借金せざる事」という禁欲の欠如が国の財政悪化の根本にあるわけだし、「人の窮境に陥るを見て」喜ぶ卑劣な心理が、大方のメディアを成り立たせている。
 安倍自民党の公約に「国土強靱(きょうじん)化」というのがあるが、確かに大震災への備えの必要やトンネル崩落事故などに露呈したインフラの老朽化は危機的な問題であり、それを解決していくために「国土」の「強靱化」は不可欠であろう。
 それにしても、「強靱」という表現はいい言葉である。強大や強盛をモットーとする国家と比べて、「強靱」という言葉には引き締まった語感がある。強大や強盛には張りぼて的な虚勢の悲喜劇が感じられるが、「強靱」には自らに厳しい節制がこめられている。
 昨年末の政権交代により、今年の日本は新たな門出のときを迎えるが、その重大な節目にあたって必要なのは、日本人の精神の「強靱化」である。尖閣諸島や竹島、あるいは北方四島といった領土問題や他の外交・安全保障の問題のような、「戦後民主主義」の安逸の中で眼をそらしてきた問題と堂々とぶつかる「強靱」な精神であり、本質的な議論を避けない「強靱」な思考力である。
 ≪小利口さではもはや通用せぬ≫
 昨年5月に桶谷秀昭氏との対談『歴史精神の再建』を上梓(じょうし)したが、その中で氏は新感覚派の横光利一が「今文壇で一番頭の悪いのが中野重治だ」といい、それに対して中野が「俺の頭は悪いかもしれないが、強い頭だ」とある小説に書いたということを語られた。
 「強い頭」、これこそ今後の日本人に必要なものである。教育改革の要諦も、ここにある。戦後の日本の教育は、「いい頭」に価値を置き、「強い頭」を持った人間を育成することを怠ってきた。自分で考えず、ただ回転の速い、整理能力の高い、要領のいい、といった頭を「いい頭」としてきた。
 しかし、こういう頭は、時代の風向きに敏感なだけの小利口な頭に過ぎない。戦後世界の中で小利口に立ちまわってきた日本も、もうそれでは通用しなくなった。いつの時代にもいる「新感覚派」的な小利口な人間たちが、日本をこんなありさまに引きずり落としてしまったのである。
 日本を再生させて内外の国難に取り組んでいけるのは「強い頭」に他ならない。「強い頭」とは、人間と世界の過酷な現実を直視する水平的な勇気を持つにとどまらず、その現実を貫く垂直的な希望を抱いているものだからである。(しんぽ ゆうじ)>


 ・・・本当に不愉快な3年半に及ぶ民主党政権であった。

 私は、その末期には、民主党政権に対し、さすがに言葉を失うほどでもあった。

 私は、どうしても、もう、誰もが忘れているが、そんな民主党政権を生んでしまった日本人の「人格」に興味がある。

 なんで、自分の「一票」への反省をしないで、今、のうのうと自民党に投票したのかと(出来るのかと)。

 そんな底の浅い「一票」は、法においては認められても、「正義」のメンタリティにおいては、鼻くそほども認められないね。

 また、軽薄な思考回路で、真新しい勢力に転ぶのが目に見えている。

 だが、維新の会はさておき、今回、バカどもが、「未来の党」に投票しなかったのは評価したい。

 ホント、「反原発」と言う瑣末なことを掲げて打って出た未来の党の、「金の亡者」・小沢一郎との混合体に、よくもまあ、バカどもが、イメージ汚染されなかったと感心する。

 一部のマスコミや、小林よしのりのブントは騙されていたみたいだけどね。

 最近、「なんか、完全にファビョってるよ」と、見ることを勧められた小林よしのりブントのサイトがある。

 そこで、小林ブントの時浦っちゅうのが、こんなボヤキを、選挙から二週間経って「一言アリバイ」のように残している。

   ・・・「未来の党」を推したことを 心底後悔している時浦です。

 後悔・・・、って、それじゃあ済まないだろうよ・・・、致命的じゃん。

 私でさえ、「未来の党」の<未来>は、その結党のときから見通せていたよ。

 小林ブントの奴ら、全ての見立てが、多くの情報を故意に遮断した上での判断なので、短期的にも長期的にも、全てが間違いであったことが後から分かる・・・。

 私だったら、恥ずかしくて、数ヶ月は政治に対しての発言を控えるよ。

 小林ブントは、その指向を統一しているし、それに従うシンパも多くいる訳だし、かように致命的な見立てミスは、度し難き罪深さだ・・・。

 しかし、こいつ(時浦)の言葉使いは汚すぎる。

 まあ、その容姿が汚いから、余計にそう思えるのだが、その表現の数々は、自分が批判している「存在しないネトウヨ」以上だ。

 なーんか、何十周もの周回遅れでネットの世界に彼らは入ってきたので、誰もが通り抜けてきたイニシエーションを経験していない。

 だから、今時 珍しいネット上での醜態を晒しまくっている・・・。

 私が、こいつらを許せないのは、小林の以下のような言い分だ。

   ≪現在の安倍政権には、
    わしの知人がいっぱいである。

    安倍晋三、麻生太郎、林芳正を始め、
    女性議員も知人だらけだ。

    中には10年以上の盟友
    と言ってもいい男が、副大臣になっている。

    そしてこの安倍政権を支持する
    保守系知識人の中にも、
    一緒に戦った者たちがいる。

    それでもわしは
    安倍政権を批判せざるを得ない。

    過去の交友での恩義を感じないのか
    と言う者がいるが、
    そんなちっぽけなことで、わしは動いていない。

    わしはその政治家たちよりも、
    天皇陛下が好きである。

    正直に言うと、天皇制や、皇統よりも、
    現在の天皇陛下と皇后さまが好きである。

    天皇陛下や皇后さまに、
    万一のことがあったら、本当に悲しい。
    本当に情けない気持ちになるだろう。

    その天皇陛下が、皇位継承のために、
    愛子さまを皇太子にすることをお望みなら、
    わしはそのために頑張る。

    女性宮家の創設をお望みなら、
    そのために尽力する。

    天皇陛下の御意志を阻む安倍晋三、
    及び、自称保守勢力を、
    わしは逆賊だと思っている。

    総理大臣の「臣」は
    天皇の「臣下」であるはずなのに、
    天皇陛下の思いを
    踏みにじるのは「逆臣」である。

    そして、わしは現在の若者や、
    未来の子供たちに、
    借金を背負わせるような大人を許せない。

    どんな国家ビジョンを
    描いているかによって、
    今の政治家や、知識人・言論人を
    評価せざるを得ない。

    「誰のために戦うか?
     どんな国家が理想か?」
    によって、仲間も、敵も、変わるのである。

    わしはどの陣営にも属さない。
    陣営の恩義など、糞喰らえである。

    世間(コネクション)に絡め取られて、
    右向け右のイデオロギーに嵌る奴らは、
    わしにとってカスである。

    わしは、ただ
    今上陛下のために、公のために、
    子供たちのために、戦うのみだ。

    逆臣は
    ニセモノ政治家
    なのである!   ≫


 ・・・そもそも、「しがらみ」で、多くの人が、自分(小林)を諌めていると思いたがっているのが無様!

 「知人」としか書けないのも無惨!

 そして、何よりも、天皇陛下の意思を勝手に忖度し、その天皇陛下の「意思」を盾にしているのが醜悪だ!

 何か行動を起こしたいのなら、本当に自分個人の理論で勝負できないようでは、ダメだな。

 うん、その小林の卑屈な思考回路こそが、「カス」だよ。

 だから、あらゆる小林の「主張の帰結」が、その瞬間でのインパクトのみで、最終的に、全て、間違うのだ・・・。

 何で、間違うのか?

 簡単である。

 そこには、今上陛下の姿など存在せず、「正直」「高潔」「寛大」もなく、エゴしかなく、エゴに周囲を巻き込もうとしているからだ。

 言葉って、どんな主張にもデコレートできるんだよね。

 でも、その言葉が活きてくるには、「正直」「高潔」「寛大」「正義」「信念」「情熱」「事実」「理論」「一義」が、主張者に備わっているかに拠るんだわ。

 昔の小林よしのりには、それがあった。

 今は、ビタ一文ない。

 気持ち悪い男だ・・・。

   ◇

 ちなみに、私は、その主張において、ほとんど、先行きを見誤ることはない。

 過去ログを読んで頂ければ分かると思う。

 もちろん、超能力者でないので、間違えることはなくもないが。

 私は基本的に「無頼な男」である。

 最近、特に、その傾向が顕著である。

 例えば、誰か自分以外の力に寄り添って、あたかも権力を握ったかのように振舞う奴がいると、

 私は、必ず、それ以上の力を見せつけることにしている。

 「文章」能力と言うのは、人間の良かれ悪しかれのコミュニケーションとは別次元の、その直接コミュニケーションにおいて無類の力を発揮できる能力ではある。

 だからこそ、「正直」「高潔」「寛大」「正義」「信念」「情熱」「事実」「理論」「一義」には細心の留意をしなくてはならない。

                                          (2013/01/03)

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[(再掲)【『ノモンハン : 見下ろす神、地を這う神』 第六十九回】]

2013-10-20 01:28:12 | 保守の一考

   今、エロ小説を書いているので、この一週間は「再掲」週間となっております・・・。

   以下は、2009/05/08 に投稿したものです。

 

   ◇   ◇

 

       【『ノモンハン : 見下ろす神、地を這う神』 第六十九回】

 ▼《ノモンハン戦車戦 ②》

 ノモンハン事件関連の書籍で、おそらく一、二を争うであろう高価な資料を買った。

   『ノモンハン戦場日記(ノモンハン会=編 新人物往来社)』

 

 十三年前の刊行で、定価は1900円なのだが、プレミアがついて一万二千円だった^^;

 どなたか、「神田の古書店で三千円で売っていたぞ」とか報告してください。

 私、泣きますから・・・^^;

 だが、事件中の現場の資料としては一級品の代物だと思います。

 これから、たびたび、引用すると思います。

▼「六十七回」で、『ノモンハン事件の真相と戦果』から、こんな一文を転載した。

  《日本軍はソ連戦車を破壊し続けた。
   「一千米以内に入れば日本軍の速射砲は百発百中だった」
       (軍曹 前田義夫氏「ノモンハン戦」御田重宝著)。
   高射砲では一千五百米でもソ連戦車を破壊した。      》

 『ノモンハン戦場日記』をパラパラと紐解いていたら、ちょっと相応しい手記が発見されたので転載したい。

 この手記の書き手は、高射砲の砲兵であり、上記の速射砲とは、異なるものであるのだが、

 旧陸軍で言うところの「速射砲」とは、「連発能力」ではなく、敵戦車の装甲を貫通させるに足る速度について「速射」と言っていたのだそうだ。

 故に、これから紹介する手記の高射砲も、対戦車なので、意味的に対応させたいのである。

 ちょっと長いが、全文掲載するにしては短いので、転載する。

 ここでの日付は、ノモンハン事件での一番苛酷なるソ連による大侵攻の時期である。

 また、舞台となるノロ高地も、最激戦地の一つである。

 ▼  『高射砲の対戦車戦闘』
         第十三野戦高射砲隊(鈴木隊) 中村 吉太郎

 ノロ高地は草原で、丘陵からは敵陣地が見え、木の遮蔽物も無いので凹地に陣地を構築し、高射砲の高低が五度から十度の範囲の稜線に敵戦車が現れたら、零距離射撃で対戦出来る好条件の陣地であった。
 頼みとするは、裏山での森田部隊(注、歩71)の歩兵が、我が陣地を援護してくれる事であった。

  八月二十一日
 日没に、左側面の稜線に戦車が進撃してきた。初めての水平射撃であり一分隊は死角で、三分隊、四分隊のみで必死の射撃、方向高低の眼鏡に戦車の先端をとらえ、修正なしで距離は一五〇〇メートル、信管は零位置で一斉に発射された。砲弾は草を薙ぎ倒し火の弾道を描き乍ら、戦車のエンジンに命中、パッとライターの火の如く燃え上がる。次々と発射する弾丸は後続戦車にも命中、その中の一台は火を吹き乍ら我が陣地に突撃してくる。五、六十メートルの所で無我夢中で撃った弾が命中、擱坐せしめた。その戦車の天蓋を開けて逃げる敵兵を十数名で追いかけた。小生の後から来た歩兵上等兵が、敵兵を銃剣で突き刺した。その時のソ聯兵の凄じい形相は、忘れられない。

  八月二十二日
 深夜、自動車の音が近づき、●(手偏に庵)体の五、六メートル前で止った。友軍の車か段列の車だと思っていると、降りて来た兵士が「ウラー 〃」と叫ぶと同時に、手榴弾を投げ込んで来た。宮野君の腕に当り何か知らず、●(手偏に庵)体の外に投げ返した。敵と確認すると眼の前の車輛を射撃、運転台の配線を貫き敵兵は暗闇を逃げる。その車は給養車で、食料が積込んであった。

  八月二十三日
 昼間、陣地の裏の稜線から監視すると、左前方五、六キロの一本松がある周辺に、黒ゴマを蒔いた様に、戦車の大群が終結しているのを発見し、身の毛がよだつような感じ、この戦車攻撃を受けたら玉砕だと覚悟している晩のこと、射撃態勢を整え待機していると、案に違わず稜線上に浮かび上がったのは、続々と連なる戦車群である。其の時も第一分隊は死角にあり、三、四分隊のみ視界が有効で、二門の火砲しか間に合わず、隊長の号令で一番先頭戦車に向け射撃を開始、次々と砲弾が命中して五台の戦車が火を吹き、さしもの大群も我が鈴木隊の火力に恐れて退却した。
 それまで占領されていた隘路(注、旧工兵橋か)を通り後方へ退る事が出来、我々の通過後間もなく再び占領されたとかで、神の助けだと感謝した。

▼・・・この頃、ノロ高地は、ソ連軍に包囲されつつあったと思われる。

 文中の「一本松」が、ノモンハン地図上の有名な幾つかの松の木のどれかは分からない。

 だが、おそらく、この時期は、鈴木隊の敵への向きは西ではなく、南向きだと思われる(文中の第一分隊は、高射砲隊の右翼・西側に陣取っていたのだろう)。

 本来、敵は国境である西側にいるはずだったが、この頃、ジューコフ将軍による大攻勢がはじまっていた。

 戦場は、大物量を誇るソ連軍に大きく包囲されつつあった。

 と考えると、「一本松」は、完全なる満州領である東側にあった、通称「ニゲーソリモトの一本松」であったかもしれない。

 撤退経路となった「旧工兵橋」も、ノロ高地の東北東にある。

 完全に、背後を取られていたのである。

 上記の手記は、包囲されていたノロ高地からの脱出劇であった・・・。 

 しかし、個人の兵士の手記と言うものからは、なかなか、その大きな状況は読み取れない。

 兵士たちは、目の前の敵と懸命に戦っていただけだ。

 そして、ソ連の大包囲作戦に対し、日本軍上層部も状況を把握できていたのか?

 目の前の敵と戦うことさえも出来ていないのに・・・。

 ノロ高地には、二十三日に赤旗が立てられた・・・。

                                        (2007/09/01)

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[(再掲)よりぬきフィジーさん 《Fiji冒険記②》]

2013-10-19 01:55:07 | 海の向こうでの冒険

   今、エロ小説を書いているので、この一週間は「再掲」週間となっております・・・。

   以下は、2009/05/08 に投稿したものです。

 

   ◇   ◇

 

☆先ずはこちらを読み返してね^^

  [よりぬきフィジーさん 《Fiji冒険記①》]

   ●第二章『グリーン・ラビリンス(ジャングル迷路)』
     (6/17 快晴 オバラウ島[レブカ→ロボニ村]→ナウソリ→スバ)

▼『ああっ! まただ! もうダメだ』 僕は空を仰ぎ、うめいた。オバラウ島山中に入って、40分は経っていただろうか・・・?

   【・・・・・・道、が、ない、のだ・・・・・・】

       #       #       #

▼ホテルを朝に出発。満ち潮の荒々しいコロ海を横目に、フィジー航空出張所へ。午前の便を予約しようとすると『もう売り切れ』と言われてしまった。

 ならば、午後の便までに、レブカから空港まで、オバラウ島を横断してやれ! 

 と、山間部にひっそりとあるロボニ村を目指すことにした。

 しかし、山の入り口が分からない。おっさんに問うと、恐そうな人だったが、親切に教えてくれて、メモまでしてくれた。

   【タクシーでドランバ村まで行き、誰かに金をやって案内してもらえ】

 とりあえず、おっさんの前半の指示は聞いたが、後半の指示は無視。

 ドランバ村の母子に山の入り口だけ聞いて、急斜面の山へ、単身で入る。

 恐ろしく急な坂道、登り始めて数分で息切れし、汗がダラダラと流れた。

 ・・・そして、道などがほとんど存在してないことを痛感した。

 道がなくなった!

 と思い、周りをキョロキョロすると、かすかに草の生え具合が他と違っている箇所を見つけ、そこを進むのだ。

 しかし、40分後、もはや戻ることが出来ない状況の中、道がなくなってしまった。

 ・・・時に午前9時・・・。

 捜す! 探す! 必死で、草の生え具合を見る、見る、見るっ!

 雑草の上をモンシロチョウが三匹、ヒラヒラと飛んでいる。

 僕を「迷いの森」に引きずり込むかのようだ。

『もしかすると、この草っ!?』

 他の草が雑草であるのに、その区画の草は背が高く、明らかに人為的に植えられた感じがあった。

 ・・・『これは人間が植えたんだ!』

 僕はその草の一角を回りこんで進んでみる。

 ・・・あった! 道が開けていた^^

 と言っても、15cmほどの小道だったが・・・。

 先ほど、道を尋ねた時のドランバ村の母子の表情、『ロボニまで行けるものなら行ってみな。日本の坊や!』とでも言いたげな顔を思い出し、『へへーんだ!』と思った。

 先は本当に長かった。

 最初の斜面で体はヘトヘトだった。

 それにも増して、ぬかるみの斜面横歩きは、一歩間違えれば<奈落>の危険があった。

 時に、足に気を使うばかりに、足がつりそうにもなった。

『コーラが飲みてえ!』と呟く、『疲れた!』と叫ぶ。

 これは、ハイキングじゃねえ、ジャングル探検だっ!

 ヤシの木や、葉の大きな植物がうっそうと茂り、僅かな道の地肌に雑草が覆いかぶさり道を隠す。

 草の間をヤモリがチョロチョロし、イボガエルがピョンピョンと跳ねて行く。

 危険な動物がいないのが幸いだった。

 毒ヘビなどがいたらと思うと恐い・・・。

 本日の朝(と言っても、もう昔の記憶だ^^;)、部屋を出るとき、ジーパンにしようか、半ズボンにしようか迷った末にジーパンにしていた。

 もし、半ズボンにしていたら、ふくらはぎは擦り傷・切り傷に苛まれたことだろう。

 不幸中の幸いだ・・・。

 しばらく歩くと、斜面を耕す男がいた。

 <運命の男A>としよう。

『ロボニまで何時間かかる?』と問う。

 すると男は、ポツリと『三時間・・・』と答えた。

 ヒエエ~ッ! と思った。

 僕はてっきり、この男の畑からロボニ村が開けているとの淡い希望を抱いていたのだ。

 超ショック!

 更に進む。

『♪疲れた』『♪疲れた』と歌いながら進む。

『ファイト!』『ファイト!』声を張り上げる。

  【しかし、自然は無情(無常)、そこには緑が存在するだけだった】

『おおっ!』^^ 小川が流れてる!

 <命の泉A>とする。

 顔を洗い、そして口をゆすぐ、水はあえて飲まなかった。

 後で更にノドが乾いてしまうだろうからだ。

 こう言うときに休むと、余計につらくなるものだが、少し体力を回復し、進む。


 いよいよジャングルも本格的になってきた。

 地面のぬかるみに転び、ジーパンに泥ねっとり。

「・・・しかし、俺のこんな姿を見たら、マロン・グラッセちゃんはどう思うことやら・・・!?(蘭注・マロンちゃんは、当然ながら仮名で、当時、私の好きだった人^^;)」

 一度転べば二度、三度。

 手をつくので、両手もドロドロ。

  【・・・そして、新しい局面に・・・】

 目の前に沼地が広がっていた。

 <絶望の泥沼>と名付けよう。

 その向うに道が続いているようだった・・・。

 僕はためらわない。進む!

 グポッ! グポッ! 一歩二歩のうちはまだ良かった。

 しかし、三歩、四歩・・・。

 そして、五歩、六歩、七歩・・・。

 グポポポポッ! グポポポポッ! 両足がヒザ近くまで泥だらけ・・・^^;

 泥沼の中心部では酷いことになった。

 僕のお気に入りのナイキのマウンテンシューズが脱げるほどに、泥沼に嵌まってしまった。

 それを掘り返そうと、体勢を変えると、そのまま転び、今度は腕がズボズボとはまり込んでしまう始末・・・。

 (蘭注・こんな室内ゲームがあったよね^^ 「ツイスター」とか言ったっけ? 床に、数字がランダムに書かれたマットレスを敷いて、プレイヤーは、対戦相手の指示通りの番号に四肢を配置しておくと言うゲーム。ゲームの終盤では、数字どおりに手足を置こうとすると、手足がこんがらがってしまう。泥沼での私は、そんな状態になってしまったのだわ^^;)

   

 正直、半泣きになった。

 でも、涙を拭くことさえ出来ない。

 だって・・・、両腕が泥だらけであるから・・・;;

 尚も、更に、奥地に進む。

 この頃から、僕の心に疑問が起こる。

  【俺は、ちゃんとした道を進んでいるのか?】

 「遭難」の二文字が頭にちらついた。

                                (続く)

   ◇

   ●第二章『グリーン・ラビリンス・承前(ジャングル迷路)』
      (6/17 快晴 オバラウ島[レブカ→ロボニ村]→ナウソリ→スバ)

▼・・・俺は、ちゃんとした道を進んでいるのか?

「遭難」の二文字が頭にちらつく、新聞の見出しが思い浮かんでしまう・・・。

 ▽<無謀! 日本人青年 単身ジャングルへ・・・楽園の孤独な死・・・
   ***若者に広がる『地球の歩き方』過信***
     水筒も地図も持たずに・・・
 (白骨死体となって発見された深夜蘭君の生前の親友・O君談)
『・・・「元気で帰ってくるからよ」、そう言って深夜君は旅立っていったものでしたが・・・。とても悲しいです。ところで、僕は、生前の彼に30万円を貸していたのですが、帰ってくるのでしょうか? 保険金の方は、どうなっているのでしょうか?』^^;

       #       #       #

▼しかし、歩くしかない。

「ネバーギブアップ!」「ネバーギブアップ!」

 フラフラした足取りで、森の中を突き進む。

 時おり、クモの巣が道を遮る。

 僕は先ず、手でクモの巣を払いのけ、クモが逃げたのを確認してから、先に進む。クモが毒を持っていたら大変だからだ。

『ネバーギブアップ!』『ネバーギブアップ!』

 初めのうちは、転んだら立つまでに数秒を費やしたものだが、今ではもう、スックと立ち上がり、スタタタッ! と坂を下る。

 走った方が楽なんだ。

 赤土の斜面は滑りまくる。

 この熱帯地方でスケートが出来るなんて!

 何度も転ぶ、汗が流れる、鼻水が垂れる。

   

 ・・・しかし、僕自身は、自分の落ちぶれた姿を、少しだが、【格好良いなあ】と思っていた・・・。

 破滅の美学ってやつだ。

 尚も進む・・・。

 ノドが渇く・・・。

 <命の泉A>で水を飲まなかったのを悔やんだ。

 あまりにもノドが渇いたので、思わず歌を作り、歌いながら歩いた。

  『コカ・コーラが飲みたい』 作詞・作曲 Midnight・蘭
     ♪コークが飲みたいな (ホイホイ!)
     ♪ゴキブリなんだっけ (ホイホイ!)
     ♪ペプシでも良いのにな (ヘイヘイ!)
     ♪やっぱりコークが飲みた~い~な~ [←ここ、ビブラート^^;]

▽これを無限に繰り返し歌うのである。

 ・・・もう一曲作ったので記しておく。

 人間ってやつは、極限状況の中では思わぬ才能が現れるものだ^^

  『思い出に早く変われ!』 作詞・作曲 Midnight・蘭
     ♪どうでもいいけど この苦難
     ♪早く終ってちょうだいな
     ♪いつか笑って話せるように
     ♪楽しい思い出に
     ♪早く変われ-ッ! [←魂の叫び]

▽こんな風に、今となっては、楽しく書いてるが、この時点ではシャレにならなかった。

 地図上の直線距離では、ドランバ村からロボニ村は2kmとないだろう。

 しかし、僕は、その高低差を全く考えていなかったのだ。

 僕は、ボーイスカウト時代、地図の読み取りを大得意にしていたのだが、実践(実戦?)において、その技術を失念していた。

 疲労が激しい。

 横になりたかったが、このネッチョリとした草の上に横になる豪快さはなかった。

 ・・・二時間が過ぎ・・・、そして三時間が経った・・・。

  【僕、マジで疲れています。体が朦朧としています・・・】

▼いくつ、山を巡っただろうか?

 少し平らな土地が視界に開けた。

 人がいた!

 <運命の男B>としよう。

『ロ、ロボニ村まで、後どのくらい?』

 僕は問う。

 男は言った。

『Just here!』

 や、やた^^ やったあ!!

 続いて、<命の泉B>が見つかった。

 ザブン! と入って、シューズとジーパンの泥を落とした。

 水も、飲んじまったよ^^;

 しかし、そこからも長かった。

 小川が流れ、何人かの人とすれ違ったが、なかなかロボニ村に到着しなかった。

 小川を何本も渡ったが、どう考えても、その流れの方向が一定ではなかった。

 不思議な土地である。

 大きな木があった。

 その木の赤い花びらが風でパラパラと落ちてくる。

 きれいなものを一枚拾い、手帳に挟んだ^^

 なかなか着かない。

 ミカンらしき果実がいっぱい落ちていて柑橘系の酸っぱい香りを放ち、爽やかだった^^

▼『くっそーっ! まだ着かないのかよお!』

 怒鳴った時、彼方まで続く林の間に小屋が見えたので、進む。

 小屋、と言うか家屋の姿は増えていった。

   【ロボニ村、だった。】

                                 (続く)

                          (2006/12/28に再掲す)

   ◇   ◇   ◇

 1992年の出来事である。

                          (2009/05/08)

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[(再掲)私の考える最悪の人間(『カーテン ポアロ 最後の事件』より)]

2013-10-18 09:12:20 | 新・保守の一考

   今、エロ小説を書いているので、この一週間は「再掲」週間となっております・・・。

   以下は、2012/07/26 に投稿したものです。

 

   ◇   ◇

 

☆以下の引用は、私が、直接的な対決をし難い「最悪の人間」について記すときに、必ず転載するものである。

 今回は、そこだけを抜き出して載せておく。

   ◇

 アガサ・クリスティと言ったら、ハリー・ポッターの作者と同じく、英国の超有名女流小説家である。

 その著作は、全世界で聖書に匹敵するほどの発行部数を誇っている。

 ミステリーの内容としては、現代の基準で見るとややシンプルであるが、昨今のミステリー小説のトリックの原初の姿がほとんど網羅されている。

 何よりも、女流作家らしく、登場人物の心の機微が丹念に描き込まれているので、今もなお読み継がれているのだろう。

 以下は、名探偵ポアロが語る、「最期の事件の犯人」である。

 当該書物を未読のミステリーファンは、この先を読まないで下さい!!!

   ◇   ◇

   アガサクリスティ著 『カーテン ポアロ 最後の事件』より

 ≪・・・しかるに、わが友よ、いずれの事件でも(あるいは、ほぼいずれの事件でも)犯行をなしえたのは被告だけであるという状況があった。

 逆に、もしそうだとすれば、Ⅹの存在をどう説明するのか?

 警察とか、刑事弁護士事務所とかにつながりのある人間を別にすれば、男女を問わず一人の人間が五つの殺人事件にかかわり合うこということはとうてい考えられない。

 そんなことはありえないのだよ!

 だれかが、「実は、私は五人の殺人犯をじかに知ってるんですよ」などと打ち明けることは、絶対にありえない!

 そうとも、わが友よ、そんなことはあるはずがない。

 そこで引き出される奇妙な結論は、これが触媒作用・・・、第三の物質が介在する場合にのみ二つの物質間に反応が起こり、しかもその第三の物質は明らかに反応に参加もしなければ変質もしないという現象・・・による事件だということだ。

 こういう局面に立ちいたった。

 つまりⅩがいたところで犯罪が起きた・・・だがⅩは実際の犯行に手をかしていない、というわけだ。

   (中略)

 さて、これならきみも気づいているだろう、ヘイスティングス。

 人はみな潜在的殺人者だ・・・どんな人間でも、ときおり殺してやりたいと思うことがある・・・殺してやるとは思わないまでもだ。

「あの女には殺してやりたいと思うほど腹が立ったよ!」とか、「Bのやつ、あんなことをぬかすなんて、殺してやりたいくらいだよ!」とか、「彼を殺してやりたいほど腹が立ったよ!」とか、きみだってそんな気持ちになったり、他人がそんな言葉を口にするのを聞いたりしたことが何度もあるだろう。

 これらはすべて文字通りの本音なのだ。

 その瞬間のきみの気持ちはたいそうはっきりしている。

 つまりきみはだれそれを殺したいのだ。

 しかしきみは殺さない。

 意志が願望に同意を与えなくてはならないからだ。

 幼い子供の場合は、このブレーキが完全には働かない。

 私の知っている子供で、自分の飼っている仔猫に腹を立てて、「おとなしくしないと頭を殴って殺しちゃうぞ」と言って、実際にその通りにした子がいる・・・ところが一瞬あとには仔猫がもう生き返らないことに気づいて愕然とした・・・その子は仔猫をとてもかわいがっていたからだ。

 こんなふうに、われわれはだれでも潜在的殺人者だということがわかったろう。

 そこでⅩのテクニックだが、それは殺人の欲望を唆すのではなく、だれでも持っている良心の抵抗力を押しつぶすという方法なのだ。

 これは長い間の修練によって完成されたテクニックだ。

 Ⅹは抵抗力の弱い部分に働きかけて、徐々に圧力を増加させてゆく言葉、言いまわし、さらには抑揚までも的確に知っていた!

 それは可能だった。

 そして相手がまるで知らないうちにそのテクニックが駆使された。

 催眠術とは違う・・・催眠術では成功しなかっただろう。

 もっと陰険で、危険なテクニックだ。

 破れ目をふさぐのではなく、一段とひろげるために人間の総力を結集するテクニックとでもいうか。

 それは人間の最良の部分を呼びおこして、最悪の部分と同盟を結ばせる。・・・≫


   ◇   ◇   ◇

 「灰色の脳細胞」ことエルキュール・ポアロは、この法が裁けぬ犯人「Ⅹ」を、自らの手によって葬ろうとするのだ・・・。

 殺人事件にこそ発展しなくても、

 あなたの生活半径の中にも「Ⅹ」のような人物がいて、

 人間関係の破壊に勤しんでいることでしょう・・・。

 ちょっと許しがたいですよね~^^;

カーテン(クリスティー文庫)
アガサ・クリスティー
早川書房



                                            (2012/07/26)

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[(再掲)日本復活最前線・6 「いじめと言う虐殺の誕生の時」(教育再生機構・講演会in高崎)]

2013-10-17 01:30:48 | 保守の一考

   今、エロ小説を書いているので、この一週間は「再掲」週間となっております・・・。

   以下は、2012/09/25 に投稿したものです。

   ◇   ◇

☆・・・やっとここまで辿りつきました。

 今回からの内容が一番 皆さんに報告したかったことなのです。

 ここにおいては、学校における「常軌を逸した<いじめ>」、その発生に至る元凶の一つを提示します。

 ただ、これには、今後の私個人の調査行動が必要です(その為には、先ず国会図書館に行かなくては!)。

 だから、あくまでも初動報告に過ぎませんよ。

 だけども、現代の「いじめ」と言うものには原因があったことが分かります。

 おっと、それから、私、今、シリアスに入り組んだ話を書いておりますが、あまり買いかぶらないで下さいよ。

 私、このシリーズを書き終わったら、超ド級に下品な話を書く予定になってますから^^;

 所詮は、いつも、ヤラシイことしか考えていない男ですから・・・。

 ただね、私は、法律に反することはしないのです。

 それから、関係書類を紐解いているうちに、私個人の「うっかり忘れていた凄まじい過去」のことが思い出されました。

 それも、次回かな、書くことになると思います。

 子供ながらに、私が「左翼のいかがわしさ」を直感していた出来事です。

 多分、これを読んでいる保守派の関係者は仰天するでしょう。

 ・・・いや、あなたの想像の上をいきます^^;

   ◇

   ≪今、子供たちに伝える道徳とは
        ~『13歳からの道徳教科書』編集委員が語る~ ≫


 八木秀次先生の語りの続き。

 ・修身科が敗戦とともに無くなり、昭和33年に復活した道徳も、日教組には認めがたいもの。
  かくして、日教組(と言うよりも、左翼の一組織:全国生活指導研究協議会)は、
  道徳に替わる概念を必要とし、作った。
  それが「生活指導(創刊1959年)」と言う雑誌に代表される概念であった。
  この雑誌の内容を発展させた1971年の書籍『学級集団づくり入門 第二版』の内容が、
  真摯に教育を志す者には、到底 認め難い常識で記されていた。
  だが、当時は、日教組の勢いに押され、それが「新しい常識」の如く浸透していった。

 ・この本は、数十万部売れている。

 (蘭による注:当時 組織率80% 50万人の日教組会員はこぞって読み学び、
                   勉強会をおこなったことだろう)

 ・しかし、今、この書籍は、どこにも見当たらない。
  私(八木)は、国会図書館でやっとコピーをした。
  最近、やっとネットに出回っているが5000円以上の高額になっている。

 (蘭による注:偽の歴史の生成の中心には、必ず、このような欺瞞の書がある。
       偽りの「従軍慰安婦」問題・・・吉田清治『私の戦争犯罪』
       偽りの「日本による世界支配の意図」・・・『田中上奏文』
       妄想の「南京大虐殺」・・・ジョン・ラーベ『日記』などなど・・・。
  左翼は、このような発端の書を、いつの間にやら矢面から消し去っていく)

 (蘭による注:その、『学級集団づくり入門 第二版』の内容は「いじめのススメ」であった)

 (蘭による注:実は、講演において、八木先生は、問題の書籍の書名を「生活指導」としか言わなかった。
  ネットで調べても、そんな古い時期の、雑誌「生活指導」は手に入らない。
  休みだった先日の日曜、国会図書館に行こうとしたら、日曜は休館だった。
  私は、知り合いの詳しい方にメールで問い合わせた。
  すると「八木先生は、以前、『学級集団づくり入門(小学校篇)』に言及していたので、
                   それかも知れません」と教えてもらえた。
  それともう一つ、「八木先生は、原武史著『滝山コミューン1974』にも注目していた」とのこと。
  しかし、『学級集団づくり入門(小学校篇)』は1990年刊である。
  八木先生の言っている書籍とは違うように思った。
  とりあえず、その二冊をアマゾンで購入したのだが、その時、分かった。
  低価格の1990年刊の『学級集団づくり入門 新版(小学校篇)』ではなく、
  問題の1971年に、『学級集団づくり入門 第二版』が刊行されていたことを!
  これは、アマゾンで7000円の高額が付けられていた。
  1990年刊の『学級集団づくり入門 新版』では、大幅に改定されていて、
  そこに、70年代の「左翼ヒステリックMAX」の姿を見ることが出来ない)

   (私が買ったやつ。あんまし意味なし)

新版 学級集団づくり入門〈小学校編〉
クリエーター情報なし
明治図書出版



  (これも、私は買った。パラパラ見ていたら、忘れていた自分の過去が蘇った・・・)

滝山コミューン一九七四 (講談社文庫)
原 武史
講談社



  (これが最重要! 高いが買おうか? もしくは国会図書館でコピるか?)

学級集団づくり入門 (1971年)
全国生活指導研究協議会常任委員会
明治図書出版



 ・(『学級集団づくり入門 第二版』の内容。
   ここでは、教育再生機構の会報「教育再生(9月号)」の「いじめ問題」での緊急対談にきれいにまとまっており、
     講演でも八木先生は同じ主張をしていたので、それを転載する)

   ≪いじめが増えた根底には教育思想があります。ネット上にわいせつな画像を投稿していた大阪の公立小教諭が7月に逮捕されたんですが、その教諭は全国生活指導研究協議会(全生研)の幹部です。全生研とは、1970年代前後にソ連式の集団主義教育を推進した組織です。どういう教育かというと、学級運営を班単位にし、給食を早く食べるとか掃除を早く終わらせる競争をし、「ビリ班」「ボロ班」をけなします。給食を食べるのが遅い子供が班内部で糾弾されて、人間関係がズタズタになります。指導者である担任と子供たち個々の関係を作る共産主義支配の教育です。その結果、80年代に校内暴力が盛んになり、その後、いじめが急増しました。今回の滋賀県は全生研の勢力の強いところです。≫

   ◇

 長くなったので、今回は終わる。

 これまでの歴史の中でも、いじめは厳然と存在した。

 しかし、それまでの「いじめ」は、日本の風土にあった情動の中での「必要悪」の側面を持つものであった。

 が、1971年からはじまる、全く異なった異国の概念であり、また、戦前教育のアンチテーゼとしての意味しかなく始まった「反作用教育」は、

 これまでの「いじめ」とは違った狂気を宿していた。

 その、新しい「いじめ」は、一つのパターンでしかないと思われよう。

 でも、そのパターンは、これまでのものとは、あまりにも異質であった。

 例えると、身体の一部分、仮に右腕を痛めたとしよう。

 その右腕をかばわなくちゃならず、左腕に限らず、身体の他の箇所もまた、過負荷となり、別の箇所が徐々に傷ついていく・・・、なんてことはよくあることだ。

 教育現場に、「いじめ」の異質な1パターンが発生した。

 それは、被害者・加害者に限らず、第三者の生徒の精神にまで作用する。

 小学生・中学生の心に、あまりにも大きな「異常な負荷」を与え続けた。

 教師にも作用する。

 その異質な「いじめ」は、最終的に多くのパターンを派生させ、

 その後の教育現場の問題のあらゆるパターン(校内暴力・不登校・猥褻教師・学級崩壊・学力低下・非行、などなど)の元凶となる・・・。

 1971年が、近代「いじめ」元年だ!

 めでたく、40周年だ・・・。

 その異常な歴史も、・・・歴史となってしまっている・・・。

 が、これ以上の常識への固着を認めてはならないぞ!

 ならば読もうじゃないか!^^v

13歳からの道徳教科書
道徳教育をすすめる有識者の会・編
扶桑社



                                           (2012/09/25)

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[映画『大統領の料理人』を観た(寸評)]

2013-10-15 13:06:43 | 物語の感想

☆安定して楽しめる料理界を舞台にした作品です。

 特筆なのは、大統領邸の料理人の物語であることか。

 日本でも、天皇陛下とか、織田信長とか・・・、の料理人は、それだけで興味を引く。

 いちお、実在の人物を題材にしているので、それ程の物語上の起伏はないのだが、主人公である、官邸の歴史唯一の女流料理人オルタンスが、その職を辞してからの南極料理人時代を、官邸料理人時代と交互に描くモンタージュで、流れの単調さを防いでいる。

 なんでかはいまいち不明だが、片田舎でレストランを経営しているオルタンスは大統領の料理人に抜擢される。

 そして、これまでの官邸料理人との確執や、大統領との交流で物語が進むのだが、

 やはり、オルタンスが作る料理の数々がたまらなく目を楽しませる。

「たまらんのぉ^^」と、私は、一緒に見に行った人に呟くのだった。

 装飾よりも、味を引き出す技があり、それはシンプルな伝統の味で、大統領を喜ばせるのだ。

 私も、料理人の底辺に息づく者なので、オルタンスの料理に親近感が湧く。

 料理しながらレシピを口ずさむのが趣味と言うオルタンスの、跳ねるようなフランス語がBGMとして、心地よい。

 ちなみに、この作品のサントラは、私の大好きなガブリエル・ヤーレだ(「ベティ・ブルー」ね)。

 さて、オルタンスを演じたカトリーヌ・フロだが、皆さん、一部にお分かりだと思うが、ロリコンの私だが、同時に、このような優しい目をした女性が大好きなのは知っていよう。

 確かに、ややお歳を召しているが、スレンダーな身体、毅然とした立ち居振る舞い、横から見ても丸顔、でも、シャープに尖った鼻と、スッとした眉、優しい瞳・・・、

 こういう人って、何歳になっても美人なんだよな。

 私が憧れている某女性を、あと15、歳をとらせたら、カトリーヌ・フロみたいになると思う^^

          

 電話で、郷土料理のレシピを必死で聞いているオルタンスの姿なんて、私、共感しまくり。

 こんな料理の達人にとっても、レシピは命なんだな、って!!

 ちなみに、映画を観た後は、フレンチに拘らないけど、とにかく美味い物を食べたくて、鳥唐揚げの黒酢炒め定食を、気持ちが飢えていたのでペロリと平らげました^^v

                                          (2013/10/15)

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[映画『陽だまりの彼女』を観た(寸評)]

2013-10-13 12:36:43 | 物語の感想

☆・・・こ・れ・は、ヒロイン役の上野樹里・・・、その中学生時代を演じた葵わかなと言う、至高のキャスティングを含め、その段階をもってして、人類史上最強の「可愛さ」と言えましょう。

   

   

 観に来た女性陣は、松本潤に、人類史上最強の「男らしさ(優しさ)」を見るんでしょうね・・・。

 「アルジャーノンに花束を」を思い出させる感動物語でした。

 今、これから仕事ですが、いったん帰宅して、家の猫をいじめています^^;

                                       (2013/10/13)

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[映画『トランス』を観た(短評)]

2013-10-11 15:50:37 | 物語の感想

☆これは、観てみるとわかると思うけど、ダニー・ボイル監督が、明らかにクリストファー・ノーラン監督の『インセプション』を意識した作品だと思う。

 私は、一部に評判の良かった『インセプション』を、あまり面白く感じなかったので、こちらの方が気に入ったのだが、

 けして、完成度の高い作品ではない。

 面白いけど、粗も多かった。

 いちいち挙げないが、ご都合主義と強引さと説明不足が多かった^^;

 話はこんな感じ・・・。

 名画オークションの会場での、名画強奪があり、犯人側にすれば万事うまくいったと思われたのだが、盗んだものを確かめると、そこにはあるものがない。

 手引きをした男が、途中で抜き取ったとしか思えなかったが、その男は、強奪計画の途中で記憶を失っていて、

 犯行のリーダーは、記憶をなくした男を、病院に連れて行き、催眠療法で、名画の隠し場所を引き出そうとするのだった。

 その催眠療法で表現される過去のイメージ化が、いかにも「インセプション」を意識しているようなのだが、あちらのような派手さはない。

 が、私には、そこが却って良かった。

 その、クリアーでスタイリッシュ(役者も含め)な映像が、私を引きつけた。

 主演の記憶を失った男をジェームズ・マカヴォイが演じていて、いつもの癖のあるギョロッとした表情がなく、なかなか良かった。

   

 役名のサイモンは、その記憶をなくした役から分かるように、「サイモンセッズ」に代表される様な、欧米人の男の、漠としたイメージを意識しているのだろうか?

 サイモンの記憶を取り戻したい強奪犯リーダー・フランクをヴァンサン・カッセルが演じていて、その、なんとも気品ある顔立ちは、物語のグレードをあげている。

   

 サイモンの催眠治療を受け持つ医師・エリザベスをロザリオ・ドーソンが、ラブシーンでのパイパンヌードも辞さずに頑張っている。

 ロザリオ・ドーソンは、褐色の肌の黒人っぽい顔立ちの、日本人の感覚では、ちょっとエグい顔立ちなのだが、催眠治療師と言う役柄が、なかなか魅力的で、

 サイモンもフランクも、エリザベスに魅かれていき、三角関係を形成するに至る。

 この三角関係を、もうちょっとドロドロに描いてくれたら、物語的にグッときたのになぁ^^;

 ちなみに、私、15年ほど前に、ロザリオ・ドーソンに似た日本人の女の子とつきあったことがある。

 モデルみたいに美人なのだが、マジマジと見るとエグかった^^;

 写真が残っているので、そのうち、このブログに転載しよう。

 そういった行為って、一つ間違えれば、今 流行(^^;)のリベンジポルノと間違われそうだが(いや、裸じゃないけど^^;)、でも、当事者が誰も不快・不利益になることもないので、別に構わないでしょう。

 また、この物語の一人が、後半、エリザベスと交際するなかで、DVをし、別れた後もストーカーを繰り返していくのだが、それもまた、今 ニュース番組を騒がせている「元カレによる女子高生刺殺事件」を連想させ、

 この、調べたら20年前に書かれた脚本の先見性にも、ちょいと感心するのだ。

 普遍的な男のエゴの話でもあるが・・・。

                                         (2013/10/11)

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[10分で書く(その45)]

2013-10-10 01:08:38 | 保守の一考

☆・・・2013-09-24」の投稿で、以下のように書いた。

 >>「残暑の残る暑い日だったが、黒酢のおかげで、問題なし。

    でも、汗を大量にかく所為か、なんか、汗が乾いて、自分から「ケモノ」のような臭いがする。

    もしかして、加齢臭かも知れない。

    背中の上の方、首筋から漂う。

    「進撃の巨人」で、巨人の弱点が首の後ろなのだが、それと関係があるようなないような」

   ◇

 ・・・一昨日のポスティングの時も、臭かったのだ。

 でも、私は、いつも朝、シャワーを浴びてきているのだが・・・。

 当然に、服も帽子も洗っている。

 なのに、なんなんだ? この「ケモノ臭」は!?

 私は、帽子や、後ろ襟の匂いを嗅いで、匂いのもとを突き止めようとした。

 今日こそ、ケモノ臭気の発生源を判明させなくてはならない。

 私は、考えた。

 頭に、両手の人差し指をあてて、「はっちゃけ~、はっちゃけ~」と呟く。

                 ・・・分かった!

 首から下げた社員証のひもが、数日分の汗を吸って臭くなっているのではないか?

 ・・・が、匂いを嗅いでみるが臭くない。

 それから、一時間ぐらい、私は、原因を考えながら、ポスティング作業を続けた。

 そして、判明した。

 私は、大量のチラシを肩掛け鞄に入れてポスティング作業を続けているのだが、

 その肩掛け鞄の、肩掛けのベルトが臭かったのだ。

 試しに臭いを嗅ぐ。

「くーっ! これだ^^; 何日ものポスティング作業の中での汗を吸いこんで、それが長期熟成され、えもいわれぬ臭気を生み出しているんだ!」

 と、同時に、私は喜んだ。

「このケモノ臭・・・、私の加齢臭ではなかったのだ!」

 ・・・帰宅したら、すぐに「ケモノのベルト」は洗濯機にぶち込みました^^;

                                             (2013/10/10)

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