▼大同団結とはささやかなるものなのである・・・。
とてもおめでたくも、親王殿下がお生まれになった。
今日のニュースでは、「お腹が減ったらお泣きになるほど元気」とのこと^^
もう、それだけ聞いても、可愛くてしょうがない。
さて、だが、この慶事にあって、喜んで然るべき保守言論者たちの中でも、そのことについて、何事もなかったかのように語らない者たちもいる。
速報性・適時性に優れたネット上において、ブログなりホームページを持っているにもかかわらず、「スルー」である。
それを、荒間総帥などは嘆くのである(http://wolf.accela.jp/cgi-bin/zatudanwa.cgi)。
≪題:『それにしても』氏名:荒間 宗太郎 日:2006/09/08(Fri) 08:27 No.4767
日頃は保守を名乗っている人たちのブログを見たら、お祝いの言葉一つ無いところが多い。
彼らは保守者では無くって保身者じゃないのか?保守とは生き様(生活様)なのだからな。
己の私憤で公器を潰した莫迦妄想作家は言わなくても判るだろうけど、それ以外の人たちもなぁ、あんな人たちが新しい歴史教科書を作っていたのかぁ‥‥(__;)情けない。≫
≪それにしても、妄想爺さんと謀略爺さんちには慶賀の言葉すらない、ホントに彼らは保守なのか?≫
西尾幹二や藤岡信勝においては、もう、諦めている。
しかし、いまだ多くの良心的国民を擁している「新しい歴史教科書をつくる会」サイトにおいても、何らこの慶事に対しての言及がない(http://www.tsukurukai.com/)。
「つくる会」の元名誉会長(ちゃんちゃらおかしい「名誉会長」返上)は、
もうここで【いちいち論うことが出来ないほどの矛盾を抱えつつ、ここにきて、この期に及んで、大矛盾・言論破壊の一環として、「小さな意見の違いは決定的違い」と言う「大同団結」を否定する怨念の文章】を書いている。
その内容の「ストレンジ」振りには言葉がないのだが、その異常性に付き添わなくてはいけない「つくる会」には、その五千人超の会員には罪はない。
西尾幹二の思うがままにされるわけにはいかない。
(・・・戦いは、鏖戦の度合いを濃くしている・・・。)
さて、かような問題のある「つくる会」である。
現在、内紛は、更に細かく、勢力を四分五裂させ、憎悪の深みを濃く、そして、滑稽に変質させている(滑稽さは、おもに西尾幹二の生き様に起因している)。
それでも、なのである。
対立していようとも、「同じ志」を持つ勢力に属しているのならば、ここは、大いなる慶祝に対し共同声明を出すべきなのである。
それこそが、まさに、「大同団結」なのである。
西尾幹二が、「大同団結」を否定することで、自分のエゴを満たすも良い。
でも、個人の都合で、「つくる会」を、子供たちを、日本国民を惑わせないでくれ。
・・・速やかに引退して頂きたい。
(2006/09/10)
とてもおめでたくも、親王殿下がお生まれになった。
今日のニュースでは、「お腹が減ったらお泣きになるほど元気」とのこと^^
もう、それだけ聞いても、可愛くてしょうがない。
さて、だが、この慶事にあって、喜んで然るべき保守言論者たちの中でも、そのことについて、何事もなかったかのように語らない者たちもいる。
速報性・適時性に優れたネット上において、ブログなりホームページを持っているにもかかわらず、「スルー」である。
それを、荒間総帥などは嘆くのである(http://wolf.accela.jp/cgi-bin/zatudanwa.cgi)。
≪題:『それにしても』氏名:荒間 宗太郎 日:2006/09/08(Fri) 08:27 No.4767
日頃は保守を名乗っている人たちのブログを見たら、お祝いの言葉一つ無いところが多い。
彼らは保守者では無くって保身者じゃないのか?保守とは生き様(生活様)なのだからな。
己の私憤で公器を潰した莫迦妄想作家は言わなくても判るだろうけど、それ以外の人たちもなぁ、あんな人たちが新しい歴史教科書を作っていたのかぁ‥‥(__;)情けない。≫
≪それにしても、妄想爺さんと謀略爺さんちには慶賀の言葉すらない、ホントに彼らは保守なのか?≫
西尾幹二や藤岡信勝においては、もう、諦めている。
しかし、いまだ多くの良心的国民を擁している「新しい歴史教科書をつくる会」サイトにおいても、何らこの慶事に対しての言及がない(http://www.tsukurukai.com/)。
「つくる会」の元名誉会長(ちゃんちゃらおかしい「名誉会長」返上)は、
もうここで【いちいち論うことが出来ないほどの矛盾を抱えつつ、ここにきて、この期に及んで、大矛盾・言論破壊の一環として、「小さな意見の違いは決定的違い」と言う「大同団結」を否定する怨念の文章】を書いている。
その内容の「ストレンジ」振りには言葉がないのだが、その異常性に付き添わなくてはいけない「つくる会」には、その五千人超の会員には罪はない。
西尾幹二の思うがままにされるわけにはいかない。
(・・・戦いは、鏖戦の度合いを濃くしている・・・。)
さて、かような問題のある「つくる会」である。
現在、内紛は、更に細かく、勢力を四分五裂させ、憎悪の深みを濃く、そして、滑稽に変質させている(滑稽さは、おもに西尾幹二の生き様に起因している)。
それでも、なのである。
対立していようとも、「同じ志」を持つ勢力に属しているのならば、ここは、大いなる慶祝に対し共同声明を出すべきなのである。
それこそが、まさに、「大同団結」なのである。
西尾幹二が、「大同団結」を否定することで、自分のエゴを満たすも良い。
でも、個人の都合で、「つくる会」を、子供たちを、日本国民を惑わせないでくれ。
・・・速やかに引退して頂きたい。
(2006/09/10)