『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭

ジュリアナから墓場まで・・・。森羅万象を語るブログです。
ここでは、気軽に読めるエントリーを記していきます^^

[映画『西の魔女が死んだ』を観た]

2008-06-28 10:56:31 | 物語の感想
☆悪い映画じゃないんだけど、

なんか、小学校の時、学年で視聴覚室に集められて見た映画のような、純文部省推奨作品的な潔癖感が感じられる作品だった。

・・・学校で孤立し、登校拒否に陥った主人公の娘(高橋真悠)が、祖父の死後、山間の山小屋で一人住む、英国人だった祖母(サチ・パーカー)のもとに預けられるのだ。

両親と微妙な齟齬があり、車に揺られて山道を行く情景は、『千と千尋の神隠し』の冒頭と似ていて、

全体の雰囲気も、似ているような気がした。

近所に住むやさぐれた男・木村祐一や、庶民性を届けてくれる郵便配達員の高橋克実など、いかにも、薄められた「油屋」のメンバー的な個性が感じられる。

人(それぞれ、客のためであったり、自分のためであったり)が過ごすための仕事をこなしていく様も、似ていた。

   ◇   ◇

『西の魔女・・・』では、その主人公マイが、田舎の生活を体験している様が丹念に描かれている。

しかし、その丁寧な撮りかたが、物語にちゃんと密着しているのだろうか?

私には、その方法論の是非が分からずに、作品全般を通して違和感があった。

レタスエッグサンドイッチやブルーベリージャムのつくり方を順を追って語られても、・・・田舎での足踏み洗濯のさまを長々と見せられても、いまいち意味が分からないのである。

そういったイベントを通して、マイの変化を、作り手側は描きたいのだろうが、こんなにも冗長である必要はない。

これらの行為は、後々(エピローグ時)に効果を発するわけでもない。

私は、ジョン・カーペンター監督の『ゼイリブ』での、「異星人を見破れるサングラスを掛けさせるための、延々と続けられたストリートファイト」を思い出した^^;

ならば、両親との関わり合いを、もっと念入りに描いてしかるべきだろう。

お母さん役のりょうの心境の変化を「お茶漬けサラサラ」「不在の娘の部屋眺め」で済ませてしまうのも中途半端に辛い・・・。

この物語における両親の存在は、取ってつけたような「オチつけマン」的な存在でしかない。

   ◇   ◇

「西の魔女」役であるサチ・パーカーさん、シャーリー・マクレーンの実の娘さんだそうだが、

スピリチュアルな世界に没入してしまったお母さんに対し、

今回は、「西の魔女」とは呼ばれているけれど、

純自然を友とするおばあちゃんを演じている。

その演技は、マゴリアムおじさん(ダスティン・ホフマン)クリソツだった^^;

目元や、相手に安心感を与えるような口もとなんか、双子にも思えた。

ダスティン・ホフマンが「西の魔女」を演じても違和感がなさそうだった。

思えば、ダスティン・ホフマンは『トッツィー』で女装をしていたものだ。

懐かしいなぁ^^

   ◇   ◇

「西の魔女」の清潔感は、物語のテーマ性に関わるので良いとして、

主人公マイ役の色気のなさたるや、何ごとであろうか?

なんか、「少女」としての魅力が皆無なのである。

私は、自分の姪っ子を見せられているような居心地の悪さを感じられた(非常に似ている)。

せっかくの「少女」なのである。

少しくらい、私をときめかせて欲しかった。

「西の魔女」なんだから、『いちご100%』の「西野つかさ」くらい可愛かったら良かったのだが・・・^^;

私は、松浦亜弥のコンサートのチケットを貰い行ったことがあるのだが、その魅力のなさにシラけながら観て、だが、彼女がヘソ出しルックに衣装を変えて出てきたトコだけは、そのウエストの美しさに見惚れた。

しかし、高橋真悠には、そんな魅力もなかった。

高橋嬢の素材は悪くないのだから、作り手の責任である。

ミミズやナメクジを見て、驚いて尻餅をつくパターンが何度かくり返されるが、全く萌えない。

そういった指向の作品でないのは分かるが、そういった要素を描けなければ、総合芸術と呼ばれる映画ではないのだよ・・・。

   ◇   ◇

マイは、「西の魔女」と気まずい別れをしてしまう。

次に「会う」ときは、「西の魔女」との永遠の別離の時であった(楳図かずお『漂流教室』の主人公と母親のシチュエーションと似ている)。

取り返しのつかないと思われたことは、「西の魔女」の<魔法>でことほぐれる。

その<魔法>が、物理的には<魔法>とは言えないトコが良かった。

PS.欠点ばかり書きすぎたが、「西の魔女」の<魔女修行>における言葉の中には、私が自身の人生を省みさせるような諌言が散見された。
  私は、ゆっくりとした時間が流れる作品中で、何度か考えさせられた・・・。

                            (2008/06/28)
コメント (4)   トラックバック (37)

[『おらウェイズ:蘭丁目の白昼』 ⑥「ものづくりの国」]☆

2008-06-26 20:26:57 | 日本の原風景

☆会社の開発室を整理整頓していたら、こんなものが大量に見つかった。

          
            「製造日誌」

上司は「そろそろ捨てたほうがいいかな」と言った・・・。

私は、「これは素晴らしいものです。日本の戦後、高度成長期を支えてきたものです。捨てるならば、私が貰っていきます」と慌てて言った。

まあ、今回は、開発室の本棚の奥に収めたが、次の掃除の時は、私が貰っていくことになるかもしれない^^;

パソコンもワープロもない時代の書類です^^

アンティークのレベルに達していますな^^;

                            (2008/06/26)

コメント

[映画『JUNO/ジュノ』を観た]

2008-06-22 21:15:14 | 物語の感想
☆以下のような状況がアメリカで起こったと言う・・・。

   女子高生が“出産協定”17人妊娠 米マサチューセッツ州 2008.6.21 10:06

この状況で問題なのは、若年者の妊娠ではない。

17人の娘が、示し合わせて妊娠している事実である。

彼女らには、前提として、「愛」の結果としての妊娠があったはずなのであるが、

いつの間にやら、「妊娠したときの対応」が大義名分になってしまっている^^;

な~んか、思考回路のズレ具合が、かなり前にあった「悪魔クン」ネーミング問題に似ている・・・。

おそらく、今回観に行ったアメリカ映画『JUNO/ジュノ』の悪影響だと思うのだ。

   ◇   ◇

さりとて、『JUNO/ジュノ』は素晴らしい映画であった。

その長所を語ったら、切りがない。

もし、感受性が豊かな若い頃に見たら、私のフェイバリット作品の『ベティ・ブルー』や『トト・ザ・ヒーロー』と同じくらいの、映画を語る上でのマスターピースになったやも知れない。

好奇心でヤッたら妊娠しちゃった16歳の女の子ジュノの物語だ。

タイトルバックからして、とてもオシャレで、そして、やや哀しげだ。

写真取り込みの線水彩画のアニメの中で、ジュノが妊娠検査をすべく、検査薬を売っている雑貨屋に向かうのだ。

ポップな絵柄だが、その足取りは、やや傾いていて、表情も物憂げだ。

でも、ジュノは若く、待ち受ける境遇の苛酷さの認識も出来ないほどだ。

若さは、無知で、バカってことだ。

   ◇   ◇

ジュノ役の主演エレン・ペイジだが、私の好みではない。

しかし、とても演技がリアルで、魅力的だった。

やはり、私は、妊娠の事実を、彼氏と言うか、セックス相手に伝える時の表情が秀逸だと思った。

一昨日観た『神様のパズル』でも同じようなことを書いたが、ジュノは、不安いっぱいで「彼氏」に告げるのだ。

不安感とともに、相手にやや挑戦するような複雑な表情で告白するのが、実に良かった。

だが、「彼氏」もまた、ジュノと同じく若すぎて、状況への対応が出来ないのだ。

ジュノは、落胆の表情を見せつつ、「彼氏」と別れる。

「別れる」と言っても、同じ学校に通っているので、たびたび顔を合わし、仲良く会話もする。

   ◇   ◇

ジュノは、思慮のない「おバカ」のようにも思えるが、ここはただの「まだ子供」と考えたほうが良かろう。

スラング丸出しのべシャリで、誰に対しても接する^^;

その深い意味は難しいが、スラングと言うものはリズミカルなので、英語音痴の私にも伝わるのだ。

しばらく、中絶ネタがあるのだが、それは、ジュノの持つ「優しさ」で回避される。

そして、ここで、アメリカ的合理的な思考回路で、子供は養子縁組にやると言う方向に向かう。

日本人の感覚だと、ちょっと違和感があるのだが、あちらではわりとポピュラーらしい。

これは、最後には覆されて、ジュノが育てるのかなと思いきや、それは貫徹される。

生む方針が決まった以上は、家族に報告する。

このジュノの家族が素晴らしいのだ。

ショックを受けつつも、「そういうことになったのならしょうがない」と、すぐに、娘の決めた養子縁組の方針に沿うのだ。

バツ1の親父も、後妻の母親も、厳しくも温かい^^

妹は、モコモコしていて可愛い。

ついでに、親友の娘リア(オリヴィア・サルビー)も、まだまだ子供で、最後の最後まで妊娠をイベントとして楽しむ^^;

茶目っ気たっぷりで可愛い^^v

   ◇   ◇

物語の大きなサイドストーリーとして、養子縁組を求める若い金持ち夫婦が出てくるのだが、

私は、この夫婦に、何らかの子供を与えるにあたっての欠陥があるのだろうかと、

結構、ヒヤヒヤしながら見せられた^^;

物語の本来の鑑賞の仕方とは違うのかも知れないが、サスペンス映画並みにドキドキした。

最終的に、妊娠の不安感で、ジュノはその若夫婦の家を何度も訪れるのだが、その夫が、ジュノの飾らない態度を勘違いしてしまうのだ。

この、若旦那こそが、物語上、「子供」なのであった。

・・・私には、この若旦那のような経験が多くある。

私には妻もなく、相手の娘が妊娠しているようなこともないので、そのまま恋愛モードに持ち込むことが多い^^;

・・・そして、養子を迎えるにあたっての、舞い上がる奥さんに比しての冷めた若旦那の気持ちもよく分かるのだ。

私が若旦那のようなしらけた気持ちの時もあるし、一人で舞い上がる奥さんのような立場で、相手に去られることもある・・・。

   ◇   ◇

「彼氏」にも突き放され、養子縁組夫婦も破局を迎えた。

ジュノは泣くしかない。

道端に運転していたワゴンを停め、しばし、泣く。

この作品を見て、凄いなと思わせられたのは、このシーン、車内で泣くジュノを描写した後、停車されたワゴンが再び動き出す姿をちゃんと映しているのだ。

普通なら、泣いたシーンで次のシーンに移るだろう。

しかし、ワゴンが再始動することを描いたことで、ここから、ジュノの「運命を変える行動」が分かるのだ。

ジュノに健気さはない。

ただ、淡々と、思ったことを実行していく。

「彼氏」との恋の始まりも、それまでの「彼氏」の生活がちゃんと描かれていたので、とても自然だ。

離婚はされてしまったが、「若奥さん」は、ジュノから子供を授けられ、「お母さん」になる。

それを見守るジュノのお母さん・・・。

「私、どう見えますか?」と若奥さん。

「新米のママさんね^^」とジュノのお母さん。

・・・私は、各所で、涙を滲ませられてしまうのだ^^

このジュノの継母(アリソン・ジャネイ)・・・、毅然とした、いいお母さんなんだよ!

   ◇   ◇

「彼氏」が、突っかかってきたジュノに、「あの時(セックスしちゃった時)は暇なんかじゃなかった。テレビで『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』をやってた。それを見てたら良かったじゃないか!」というトコなんか、実に「彼氏」の子供っぽさが表現されていた。

でも、結局は、優しい・・・。

しかし、童貞・処女の初体験が「女性上位」なんだね!^^;

◇   ◇

おっと、書き忘れていた。

養子縁組の話を進めるときに、若奥さんに、「出産に至る医療費のほかに、報酬は必要ないのですか?」と聞かれたジュノの表情と返答は、ほんと、素晴らしかった・・・☆

                          (2008/06/21)
コメント (6)   トラックバック (59)

[遅ればせながら、映画『神様のパズル』を観た]

2008-06-21 02:21:42 | 物語の感想
☆MOVIX昭島での上映終了の日だったので、その最終回に滑り込んだ。

   ◇   ◇

物語の最後に、孤独で奇矯な天才少女サラカが、主人公に笑顔を見せるだろうことは分かっていた。

そして、あの性格上の無表情から、どうやって笑顔に変化していくのか、とても注目していた。

うまいんだよな、谷村美月(『魍魎の匣』以来の再会)。

・・・主人公との再会に、不安で不安でしょうがないのに、いつもの固い態度でしか挑めない。

しかし、主人公は、いつもと変わらぬ態度で彼女を迎え入れる。

サラカは、やっと安心して、目に涙を溜めつつも、優しく無邪気に微笑むことが出来るのだ。

私もホッと一安心するのだが、画面はすぐに暗転し、エンドクレジットへ。

詰め込むだけ詰め込んだストーリーの中で、この潔い終わり方は良かった。

   ◇  ◇

私は、後ろの席の男がクスクス笑っていたシーンでも全く笑えず、それこそ無表情で、でも、妙に完成度の高い映像に引きつけられて、集中して見た。

不思議な作品だった。

主人公は、純粋に単純バカで、私は全く魅力を感じなかった。

しかし、「ああ、こういう奴いる!」と、その現実感に非常に感心した。

リアルのああゆう奴って、結構、いい女を連れていたりするんだよね^^;

ヒロインであるサラカは、これは非現実的なキャラクターだ。

明らかに「エヴァンゲリオン」以後の造形ヒロインだ。

おそらく、ジャージ、ホットパンツ、タンクトップに見える胸元、細めのおみ足、コミュニケーション不全の態度、無表情、身体をゴム管で巻きたがる衝動、固い口調・・・。

一種の「ヤンデレ」ってやつか・・・?

そういった趣味の者にはたまらない「萌え要素」なのだろう。

私は、全く、チンチンに反応しなかった。

私は、『僕の彼女はサイボーグ』程度の分かりやすいオタクテイストがちょうど良いようだ。

ちなみに、最近、私がチンチンに反応を示したシーンとしては、『ライラの冒険』のライラが、最後の決戦前に敵に啖呵を切り、唾を「ぺっ!」と吐くシーンがある。

ライラが、私のチンポに唾を吐きかけてきたら、きっと勃起するだろう。

     ・・・すいません、調子に乗って言い過ぎました^^;

   ◇   ◇

とは言え(チンポネタばかりですまんが^^;)、サラカのふてぶてしい態度を見ていると、チンポビンタを繰り返し喰らわしたくもあった。

そうそう、「デンデン太鼓」のように・・・^^;

   ◇   ◇

クライマックスの、「寿司」ネタや、それまで言葉では語られつつもの、いささか唐突なロックシャウト、

インドと東京のテーマ的つながりの不備、田んぼシークエンスで表わされて然るべき自然の大切さなど、

多くのテーマが詰め込まれすぎて、消化不良が起こっていた。

何よりも、謎解きとして存在している、宇宙誕生以前の「無」に存在していたモノの明確な答えが出されないのは痛かった。

せっかく、「現象は対になる」と言うヒントが立ち現われてきたのだから、

主人公とサラカがセックスすれば良かったののに・・・。

二人がセックスする前が「無」で、ピストン運動が「インフレーション」、射精が「ビッグバン」で、赤ちゃんで「有」なのであると。

妊娠が下品ならば、「愛」が生まれると言う綺麗なテーマ成就もあり得ただろう。

だが、主人公には最後まで恋愛沙汰はない・・・^^;

しかし、私は、2時間近くの上映時間を飽きることなく見ることが出来た。

面白かったからだろう。

PS.サラカによるベートーベンの「運命」講釈や、主人公の「初歩的宇宙生成論」講義は、正直、とても勉強になった^^

                              (2008/06/21)
コメント   トラックバック (25)

[映画『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』を観た]

2008-06-15 01:04:09 | 物語の感想
☆先ず言いたいのは、あれだけ「円盤」ネタはないと言いつつ・・・。

まあ、面白かったから良いけど^^;

最初のエリア51でのロズウェルネタも、ただの独立前振りエピソードかと思っていたら、物語全体を覆うネタだったのね。

まあ、プロローグにしては、長いなあとは思ったが。

   ◇   ◇

最初に、軍人たちの車輛を挑発する若者たちの乗用車が出てくる。

また、インディが、マットと最初に語り合うダイナー(って呼び名でいいのかな?)での、二つの抗争中の若者グループネタがあったが、

ルーカスなどは、『アメリカン・グラフィティ』の時代に段々と近づいているインディ世界に嬉々としているんだろうなあ。

   ◇   ◇

・・・しかし、『ダイ・ハード4』でも思ったのだが、なんで、こんなにも豪勢に、アクション映画にアイディアを詰め込まなくてはならない時代になってしまったんだろう。

冒頭から、個々のアクションを堪能・咀嚼する間もなく、矢継ぎ早に物語が進んでいく。

私は、そのあまりにものスピード感を、瞬間的に納得する程度の鑑賞テクを身につけてはいるから良いとしても、一緒に行った人が理解できるか不安だった。

私は、映画を複数で観に行く時は、なるべく、一緒に行った人ともどもエンジョイしたいと思っているので、みんながみんなちゃんと楽しんでいるのかどうか、非常に気になるのだ。

まあ、一緒に行った方は、インディ・ジョーンズの各所の、ちょっとコミカルなアクションをゲラゲラ笑って見ていたのでノープロブレムか^^

もしかして、私だけが40歳を前にして、映画のスピード感についていけなくなってしまっているのか?^^;

   ◇   ◇

冒頭で核実験に出くわしたインディだが、あんなにも放射能がないがしろにされたシーンは見たことがない^^

また、ジェット実験機絡みのアクションがあるが、あそこは、あまりにも捻りのないアクションシーンに感じた。

必然性にかけるのだ。

でも、エリア51倉庫では、「聖櫃(アーク)」がオマケ出演したのは嬉しかった。

さすが、ゼメキスの先輩である。

スピルバーグもルーカスも、こういう小技に長けている。

   ◇   ◇

多くの個所で、前3作のセルフオマージュやセルフパロディを見せてくれていたが、一番感動したのは、私が、最も優れたアクションの一つと考えていた『レイダース』での「走るトラック前部に落とされたインディが、トラックの下を通り抜けて、後ろから生還するシーン(映画『駅馬車』アクション模倣)」が、捻って踏襲されていたシーンだ。

そう、マットの運転するバイクの後ろに乗っていたインディが、横付けされたKGBスパイの車に引っ張り込まれる。

しかし、インディは、車内でKGBスパイをのして、先程の反対側を走行していたマットのバイクの後ろに生還するのだ。

分かりにくいかも知れないが、このアクションシーンは、スピルバーグやルーカスの確信的なセルフオマージュなので注目してほしい。

   ◇   ◇

いやはや、続いて、ペルーの地上絵など、豪華な舞台が足早に語られていく。

ここでは、『ナショナル・トレジャー2』で大きなアクション場面として語られていた、<遺跡バランス・シーソー>が小技として描かれていた。

本家の風格が感じられた。

数年前、藤木凛と言う探偵小説作家がデビューしもてはやされていたとき、名探偵蘭子シリーズを書いていた二階堂黎人が、「自分の作品で没にしたネタを最大のトリックに使ってやがる^^;」と言っていたが、
『ナショナル・トレジャー』の大ネタが、『インディ』の小ネタとして使用されているのを見て、それを思い出しました^^;

でも、「インディ」不在の19年間を、「ナショナルトレジャー」や「ハムナプトラ」が果たした役割は大きいですよ。

   ◇   ◇

アマゾンでのチェイスシーン・・・。

これでもかと長く、しかし、全く飽きさせず、非常に面白かった。

今回のインディのチームは、マックを含めて、5人の大所帯だったが、その5人ともが、全く無駄のない役割を演じていて、非常に面白かった。

途中で、マットは蔓に絡まれて、一時退場かと思われたものだが、それが見事に復活するくだりは、『ドンキーコング』的で、「インディ」世界には違和感が感じられたが、戦線復帰の位置間のリアリティには感服した。

私は、シリーズに毎回出てくる大量のヘビや虫などのお約束が、
今回は、サソリなのか、それともモンキーなのか、などとニンマリとしたものだが、最終的には、それが「軍隊蟻」だったので、その心地良い三段構えのはぐらかしに満足した。

   ◇   ◇

「インディ」シリーズは、割りとカタログ的なアクションの見せ方をしてきた。

例、『レイダース』の冒頭の連続する罠や、『最後の聖戦』の三つの試練など・・・。

しかし、今回は、こちらに「さあ、見せ場だぞ!」てな前置きなく、さりげなく「罠」が配置されているのは、スピルバーグ&ルーカス&ハリソンの作劇的成熟のように思えて好感をもった。

   ◇   ◇

ソ連の将校を演じたケイト・ブランシェットは非常に良かった。

単純な悪ではなく、自分の興味あるものに対しては純粋に嬉しそうな顔をしたり、恐怖を感じる表情を見せるのが良かった。

そうそう、それは、SM女王に対し、イニシアチブを取れたような愉悦を感じるのだ^^;

   ◇   ◇

ただ、そのソ連兵たちが、黄金郷を守る原住民一族を虐殺するシーンはやだった。

確かに、撃ち殺すシーンはなかったが、原住民の死体が無数に転がっている図が出てくるのは、「インディ」シリーズには不向きな感じがした。

もっとスマートな表現があったと思うのだ。

   ◇   ◇

19年ぶりのインディは、驚くほど違和感なく、私は満足した^^v

・・・さて、ここ二年は、ロッキーにマクレーン刑事、ランボーにインディと復活し、嬉しいひと時が続いた。

さすがにロッキーは続編はなさそうだが、他の3大ヒーローは、もう一つづつ新作を作って欲しい。

それから、私はマッドマックスの復活もキボンヌ^^v

                            (2008/06/15)
コメント (4)   トラックバック (104)

[遅ればせながら、映画『ラスベガスをぶっつぶせ』を観た]

2008-06-14 12:11:55 | 物語の感想
☆あまり映画鑑賞気分じゃなかったのだが、面白かったので良かった~^^

抜群に頭のいい学生が、学費に困り、その記憶力を活かし、ラスベガスのカジノの<ブラックジャック>ゲームでボロ儲け、でも紆余曲折がありまして、という話だ。

ぶっちゃけて言えば、『ジャンパー』『ネクスト』(←クリック!)に続く、冴えない男が、その能力をもって世界を飛び回り、大金をせしめて豪勢に暮らし、最愛の女を手に入れる物語だ。

この作品の主人公の能力は「超能力」ではないので、・・・それでも並外れた能力だが・・・、やや、私にも共感が沸くのだ。

っちゅうか、彼と、そのチームがラスベガスで豪遊する姿を見ていたら、羨ましくて羨ましくて!^^;

   ◇   ◇

簡単に言うと、カジノのカードゲームは、カードの順番が絶対なのである。

つまり、開館の時のカード順序からは、閉館のときのカード順序が読み取れたりする。

主人公チームは、そのカードを「覚える(「カウント」)」というテクニックで、勝利し、大金を得る。

正直、意味ありげな暗符がチーム間で飛び交うのだが、そのテクニックの意味は、我々鑑賞者には分からない。

だが、ハッタリの利いた画面で、我々を圧倒してくれる。

裏づけなしに(裏づけをこちらに認識させることなしに)、迫力のみでこちらに納得させるやり方は、ジャンプのバトルマンガのようだ^^;

でも、「あり」なのである。

『鳴きの竜』など、一時期、麻雀マンガが流行った頃があったが、あの作者達の多くが、麻雀を全く知らないで、主人公が「役」を叫ぶというハッタリだけで作品を成立させていたなんて事があったそうだし^^;

   ◇   ◇

とにかく、最近の映画は映像がクリアーなので、ビデオクリップをみている感じで楽しみもした。

主人公チームがラスベガスに乗り込んでいくくだりなど、なんか、『ダイハード』のテロリストチームみたいにカッコいい^^

そのチームのメンバーは、それぞれ個性的だが、それぞれの役割が不明確な点が勿体無いかな。

   ◇   ◇

リーダーの教授をやっていたケヴィン・スペイシーだが、凄みのある役者である。

物語の前半は、その役者としてのカリスマに圧倒された。

だからこそ、終盤のヘタレっぷりには興醒めした。

いや、物語の展開に対してではないよ。

演技のテンションの急降下にしらけたのだ。

対して、警備側のローレンス・フィッシュバーンだが、初っ端からカリスマ度の下がった印象だ。

この人、もっともっとパワフルなイメージだったのだが。

彼を囲む同僚や上司はいい味出していた。

こういった詐欺(?)を見破る「システム」の流行り廃りも、そこはかとなく、見ているこちらに伝えてくれていた。

   ◇   ◇

主演のジム・スタージェスだが、「オタク秀才」と「大学デビュー」のはざ間を行き交う役を見事に演じていた。

ポール・マッカートニーとか、アル・パチーノに似た顔で、なんとも親近感が沸く。

よく、ヤクザ映画を観た後、男は肩を怒らせながら映画館を後にする、なんてことが言われるが、

私も、この主人公にやや共感し、あたかもカジノを後にする主人公のように映画館を後にした^^

   ◇   ◇

主人公の、オタク友だちとの友情もちゃんと描かれており、

オタクの「度量の広さ」に、私は感動したし、

その二人の<オタ友>が、最終的に、主人公の<カウント>チームに合流し、幸せになるのが実に嬉しかった^^

PS.さあ、今日は、『インディ・ジョーンズ クリスタル・スカルの王国』だ!!^^v

                           (2008/06/14)
コメント (3)   トラックバック (47)

[映画『ザ・マジックアワー』を観た]

2008-06-08 10:08:40 | 物語の感想
☆この一週間、風邪を引いて、いまだ本調子じゃないので、短めに・・・。

実は、一昨日は、遅ればせながら、公開終了間際の『名探偵コナン』の新作を見ようと、ネットで席を予約したのだが、行くのを断念したほどなのだ・・・。

     #     #     #     #

で、『ザ・マジックアワー』です^^

佐藤浩市は男らしくて好きな役者だったのだが、最近知り合った嫌な奴にちょっと顔が似ていたので、この作品を見始めた時、そこに連想が向いてしまい、あまり乗り切れなかった。

しかし、強面の佐藤浩市が、なんか妙に勘違いした演技で、ナイフを舐めつつ挨拶した時には、思わず吹き出して笑った。

しかも、それが、計3回繰り返されるに及び、声を出して笑った。

三度目なんか、シーンが切り替わった後も、笑い続けてしまった。

この「殺し屋・デラ富樫」挨拶シーンは、それを受ける暴力団のボスを演じる西田敏行の「間(ま)」も素晴らしくて、良かった。

この辺りから、私の鑑賞姿勢にも火がついて、ノッて観ることが出来た。

その「デラ富樫」と言うネーミングも、考えれば考えるほどクスクスと笑えるほどに可笑しかった。

   ◇   ◇

・・・なにぶん、体の調子が悪いので、短めに書く。

皆さん、絶賛しそうなので、私は幾つか批判したい。

一つに、非常に冗長であること。

これは、テンポが悪いということ。

作品全編を覆っていたと思う。

そこに費やされるべくセリフの数々に、舞台設定の「粋」を感じられたら傑作にもなり得たのだろうが、『僕の彼女はサイボーグ』で好演した綾瀬はるかなども、傑出した演技を見せるでもなく・・・。

ホテルの女オーナー(戸田恵子)も、やや光るも不発か・・・。

例えば、こちら(鑑賞者)の意志を完全に最高潮に持ち込むべき、クライマックスに向かう展開の方向性及び、スピード感が皆無であることなどは大問題だと思った。

なにやら、『F/X 裁かれたトリック』みたいな、やや手垢に塗れた起伏をやりたいらしいのだが、それが見ているこちらに、意味なくバレてしまう作りなのが辛い。

先程、「間(ま)」が良かったと書いた西田敏行だが、このクライマックスの「どんでん返し」の時の「間」の悪さったらなかった。

おそらく、三谷監督は、ここで客に大いに笑って欲しかっただろう。

しかし、画面の奥からドタドタ走ってきて、ノロノロと語りだすに及び、見ている私達はオチが見え見えで笑うどころではなかった。

このようなときこそ、軽快なセリフの応酬で、こちらに息つく暇を与えず驚きを与えて欲しかった。

まあ、ここにおいての、西田演じるボスの「デラ富樫」に対しての、「お前は何なんだっ!?」のセリフは楽しかった。

   ◇   ◇

また、この作品は、大セットを組んで、架空の町を舞台にしているが、この町の位置構成が、ホテル、芝居小屋、組事務所、飲み屋くらいしか理解できないのも、勿体無い。

映画館や、CM撮影をしていた公園等も、思い切って一つの画面に組み込めたら、この作品の箱庭的な面白さが増したと思うのだ。

なんと言いましょうか、我々に、「ああ、今は、<一枚画面>上のあそこで物語が展開されているんだな^^」などと思わせられたら、この作品の舞台設定の意図したいことが十全に充たされると思うのだ。

私は、ナカトミビルやカリオストロ城など、舞台設定が無駄なく使われた作品こそが「傑作」の一つの証だと思っている。

   ◇   ◇

邦画にしてはふんだんに制作費が掛けられた作品だろうに、各所にムダや消化不良が感じられた。

だが、それらの欠点を補ってあまりあるのが、やはり佐藤浩市の演技なのである。

自分は「デラ富樫」を演じていると思っているので、普段は監督に仕事を与えられている役者に過ぎないのである。

その役者としての謙虚さや、仲間に対しての対応、映画に対しての愛・・・、それらの様が、実に「可愛い」のである^^

三谷監督の仕掛けた作品中の「映画への愛」は、正直、取ってつけたようで効果を発していなかったが、佐藤浩市の演技から醸しだされるものは、私を正直に感動させた。

佐藤浩市演じる役者・村田を騙していた、芝居小屋のオーナー・備後(妻夫木聡←非常に役に徹してました^^)だが、最終的に、村田の役者魂に敬意を表する。

私も、そんな思いだった。

とにかく、本物の暴力団の若頭(寺島進)を、同業の役者だと思って気さくに先輩面して対応する村田には、見ていて、ヒヤヒヤしながら死ぬほど笑わせられた。

   ◇   ◇

深津絵里だが、私はあまり好きではない。

が、この作品では、わりと可愛く「悪女」を演じていたと思う。

                        (2008/06/08)
コメント (2)   トラックバック (57)

[映画『幸せになるための27のドレス』を観た]

2008-06-01 14:53:55 | 物語の感想
☆映画の日なので、朝からMOVIX昭島に向かった。

女性が好みそうな『幸せになるための27のドレス』をセレクトし、続いて、連れにもう一本見る余裕があれば、一度観た『ランボー 最後の戦場』を再見しようと思った。

先ずは、『幸せになるための27のドレス』だ。

   ◇   ◇

公開二日目だが、客の入りはいまいちであった。

が、20代後半くらいの女性が目立って多く着席していた。

うん、この作品は、前向きな女性が幸せをつかみとる話でもある。

多くの適齢期の女性が、この作品からパワーを与えてもらおうと見に来たのだろう。

そうした作品としてみると(いや、見なくても)、なかなかの佳作だと思う。

   ◇   ◇

プロローグの、主人公の幼少時代の、結婚式にまつわるエピソードが良かった。

花嫁さんを襲ったハプニングを、まだ幼かった主人公が機転を利かせて「ノープロブレム」状態にする。

そこで、主人公は「晴れの舞台(結婚)」をサポートすることに喜びを見い出し、大人になって「ブレイズメイド(結婚付添い人)」となった。

私は、このような伝説チックなはじまり方が好きだし、自分の人生に運命づけをしたい女性も好むのではないだろうか?

   ◇   ◇

物語は、バリバリ働いていた主人公ジェーンが、いつかは想いが届くだろうと思っていた上司を、妹に取られたことから動き出す。

辛い境遇ながらも、ジェーンは、「ブレイズメイド」と言う<恋の盛り上げ役>を職にしていることもあり、上司と妹の恋を応援するはめになる。

ただ、妹は、調子のいい女で、数々の嘘をつきながら、上司と交際を続けていた。

ジェーンは、恋の成就を祝福すべきか、現実を告げるべきか迷う。

・・・とまあ、書きようによって深刻になるが、物語は至って「コメディ&ペーソス」、軽快に進む。

   ◇   ◇

主人公の新たな恋の相手であるケビンとして、なんと! 『魔法にかけられて』のバカ王子(ジェームズ・マースデン)が出ていた。

これには、驚いた^^

『魔法に…』と真逆の役柄だったのだ。

『Ⅹ-Men』シリーズでも、彼は、恋人を奪われる役柄だった。

だから、この作品においての、これでもかの恋の成就には、おじさん、嬉しくなっちゃったよ^^;

実に、人間味のある演技で、演技のふところの深さに感心した。

   ◇   ◇

主人公ジェーンを演じるキャサリン・ハイグルは、微妙な心の揺れ動きを実にうまく演じていた。

しかし、それをあまり深刻に感じさせないのは、ジェーンと言う女性の誠実な役柄だろう。

私は、どうにも、こういう「大人の女性」に魅力を感じない。

だから、彼女が、今までブレイズメイドとして着た衣装をちょっとしたファッションショー風に披露しても、なんともときめかない^^;

ただ、ジェーンとケビンが、大雨に降られて、ずぶ濡れでどこぞの飲み屋に行き着き、酔いつぶれて語り合い、「ジェッツ&何とか」とか言う歌を踊り、心を通わせるシーンは、羨ましかったな^^

   ◇   ◇

この作品は、いたって軽快に進む物語であったが、一つだけ、テーマとして、特筆すべきことがある。

それは、

     「秘密の暴露」

と言う問題であった。

ケビンは、ジェーン姉妹の「秘密」を新聞で発表してしまい、

ジェーンは、妹の「秘密」を、妹と上司の婚約パーティーで知らしめてしまうのだ。

この作品では、全てをさらけ出した後、さらけ出したが故の「和解」が待っている。

何故、「和解」し得たのか?

それぞれの「暴露」が、けして、個人的な感情によるものではなく、長期的な道理を考えた時に、告白しておくべきことだったからだろう。

だから、「暴露したほう」も、「暴露されたほう」も、熟慮した時、分かり合えたのだろう・・・。

   ◇   ◇

・・・私は、今、他の所有ブログで、以前所属していた会社の犯罪的な行為を暴露し続けているので、この問題については、そのブログで考えて行こうと思う。

  PS.ジェーンの同僚のケイシー役のジュディ・グリアは良かったなあ^^v

                         (2008/06/01)
コメント (2)   トラックバック (35)