『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭

ジュリアナから墓場まで・・・。森羅万象を語るブログです。
ここでは、気軽に読めるエントリーを記していきます^^

[映画『テラビシアにかける橋』を観た]

2008-01-27 01:59:24 | 物語の感想
▼さて、午前中にも来たMOVIX昭島に、この日、再び、参上!^^

『テラビシアにかける橋』は、ファンタジー映画と思いきや、家族ドラマであり、学園ドラマであり、少年の成長ドラマであった。

それは悪い意味ではない。

非常に良作であった。

主人公は、裕福でない大家族の中で、誰もが少年時に抱くような不満を抱えている少年ジェス。

上下の姉妹はうっとうしく、父親は、自分にだけ厳しくあたる。

学校でも、クラスのいじめっ子にからかわれる毎日。

ジェスは、やや周囲に心を閉ざして生きている。

そんなときに、クラスに一人の少女レスリーが転校してくる。

レスリーは、元気いっぱいの少女だが、今風に言えば「不思議ちゃん」で、空想癖がある。

例えるなら、『ハリー・ポッター』のルーナである^^

通学バスの降車が同じ縁もあり、二人は徐々に親しくなっていく。

     #     #     #     #

この少女が美しい。

私は、そもそも「ときめき短髪元気美少女、負けず嫌いの少年系」を好みとしている。

だから、テイタム・オニールが演じていた『がんばれ! ベアーズ』のアマンダなんて、いまだに理想だし、デビュー当時の広末涼子なんて、天使にしか見えない^^;

レスリー役のアンナソフィア・ロブ・・・、目玉がグリグリに大きいし、非常に表情が豊かである。

これが、成長していくに従い、体が大きくなり、顔の中での目の大きさのパーセンテージが低くなり、大きな瞳の魅力は減少していくのだろう。

少女の今が、最高なのである。

何よりも、胸がほとんどないのが、くわーっ、可愛いんだよ~^^;

いじめっ子の上級生の女が落ち込んでいるときに、ジェスに「慰めてやれよ」と言われ、「困っちゃうけれどやるべきだな」と決めるに至る表情の移り変わりなどとても生き生きしている。

また、ファッションセンスも、スポーティーでありながら装飾過多で、いい。

私は、一緒に観ていた娘っ子に、「レスリー…、この子、綺麗過ぎる^^」と観ながら言っていた。

     #     #     #     #

「能動的な不思議ちゃん」のレスリーは、ジェスと森を散策し、そこにある木々やスクラップカー、小動物たちに、架空の魔法王国テラビシアの痕跡を見出していく。

ジェスも、そのレスリーの夢に共感を感じていくのだった。

学校でも、レスリーは特異な生活をする。

分け隔てなくみんなに接するが、自由教科では多くの才能の片鱗を見せる。

だが、クラスの中心であるわけでもなく、そのリーダーシップも、あくまでも限界がある。

意地悪上級生が、トイレの使用に1ドルを要求しているのに怒り、下級生のちびっ子と「おしっこに自由を!」とシュプレヒコールで行進して行くのだが、そのまま戻ってきたりする^^;

でも、その時の「抗議する役を演じる」てな表情が実に可愛いんだよね。

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そんなレスリーだが、死んでしまう。

そして、ジェスに対して厳しかった周囲が、悲しみの内にあるジェスを守ろうとするのだ。

特に、厳しかった父親の、苛酷な問題に直面してしまったジェスへの優しさに、ジェスは、自分の疎外感が過ちだったと気づくのだった。

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・・・世の中には、数多くの理不尽さが渦巻いている。

でも、それを克服できるのは、夢を持つことであり、行動することであることを、この作品は教えてくれている。

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昼に観た『母べえ』も、主人公の大事な人を物語の半ばで失っていた。

そして、周囲の人の愛で、悲しみを力に変えていく。

『母べえ』の場合は、それが「反戦」テーマにすり替えられてしまっていたが、『テラビシアにかける橋』では、その困難を、生きている者が現実として受け止めて、それを克服、自分の「人生の糧」と変えていく希望が真っ直ぐに描かれている。

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みんな、目を閉じれば、いつでもレスリーの挑戦的な微笑を心に甦らせることができる。

そして、私は、次なる美少女ライラ(『ライラの冒険』3月公開)に想いを馳せるのだった。

                           (2008/01/27)
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[映画『母べえ』を観た]

2008-01-26 14:33:55 | 物語の感想
▼うちの<母べえ>が、映画『母べえ』の前売り券を持っていたので、いつもの<MOVIX昭島>に観に行く。

今夜は、レイトショーで『テラビシアにかける橋』も観に行く予定なので、<MOVIX昭島>三昧である。

うちの<母べえ>は、市の婦人会のお手伝いをしているので、その会の関係で『母べえ』のチケットを手に入れた。

えてして、そのような会は、アカき人々の主導である。

その会が配っている映画である以上、何らかの思想的な背景があると睨んだほうが良い。

・・・案の定、コテコテの反戦映画であった^^;

     #     #     #     #

でも、私は映画館で、この映画の予告編を観て、そんな左翼映画と思いつつも、ちょいと見たいなあとは思っていた。

私は、最近、どうも、上品な女性が苦悩する姿に萌えるのである。

これだけ性愛が乱れている世の中である。

その中で、吉永小百合のような(充分、可愛い)人が、苛酷な状況におかれ、でも、そこであまり感情をあらわにせず、ときおり、ささやかに表情を曇らせる姿がたまらないのである。

この間観た『魍魎の匣』の黒木瞳も良かったなあ。

▼・・・先の大戦の前夜、思想犯として捕らえられた亭主の留守をあずかり、二人の幼い娘とともに暮らしていく<母べえ>の物語だ。

監督は、「寅さん」シリーズの山田洋次だ。

母べえを取り巻く市井の人々は優しくほのぼのしている。

しかし、時代は、戦争の時代でもあった。

山田洋次の描く展開は、物語作家にありがちな、後先考えない<反戦>主張に猛進する。

それでも、私は、まあ許容範囲かなと思いつつ、時に涙を流しつつ見た。

しかし、物語の最後で、かなりゲンナリした。

戦争で愛する多くの者を亡くし、戦後を生き抜いてきた<母べえ>は、いまわの際に言うのである。

(娘の「天国でみんなに会えるね」の言葉に対し)

   「天国でなんか会いたくない。生きているみんなに会いたかった」

・・・それまでの物語は、上品だが芯の強い女性として、吉永小百合演じる<母べえ>を描いてきた。

その吉永の演技は「芯が強い」が、上記の台詞を言うような「頑固」で「強情」な芝居ではなかったのである。

この最後のひと言で、私は、かなりシラけた。

物語の途中でも、<母べえ>が、旦那さんの恩師の元を訪ね、長々と愚痴をこぼすシーンがある。

ここも違和感ありありだった。

吉永が、表情や立ち居振る舞いで演じている<母べえ>は、そんな饒舌な女性ではないのである。

つまり、物語の文法上、やたらと違和感の起こるシーンは、全て、山田洋次の心情が託されている場面なのである。

吉永は、古き良き日本の母親像を演じていた。

しかし、山田洋次の思想が、その吉永小百合の母親像をグダグダにしてしまった。

     #     #     #     #

だから、私は、楽しむべきトコを楽しんだ。

先ずは、二人の娘(志田未来と佐藤未来の<Wフューチャーズ>)を愛でた。

特に、妹役の佐藤未来が、丸いおかっぱで、苛酷な状況に頓着なく可愛かった。

時おり、パンツが見えそうなシーンがあった^^

・・・志田未来はなあ^^;

どうも、いつも、同じ喋り方で、ネチョッとしているんだよなあ。

途中で、「奈良のおじさん」役の<鶴べえ>が、志田未来演じる娘を、女として「乳がおおきゅうなった」とか評すのだが、その時だけ、私もそういう目で見るので興味が湧いた^^;

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<母べえ>のもとに上京してきている美大生の妹(檀れい)がいるのだが、この人が可愛かった。

同じく、<母べえ>宅に出入りする<山ちゃん(浅野忠信)>と言う旦那の弟子がいて、この二人がくっつくのかなと思いきや、<山ちゃん>は、密かに<母べえ>に恋していた。

妹は、<山ちゃん>に、それとない想いを抱いているのだが、<山ちゃん>の<母べえ>への恋心を敏感に見抜いていた。

その気持ちを妹に教えられる時の<母べえ>が、いいのである。

まさか、娘たちの世話も親身になってしてくれている旦那の弟子である<山ちゃん>・・・、なんでこんなにも優しい人なのだろうと思っていた<山ちゃん>が、まさか、亭主のいる私に恋心を抱いているなどとは思っていなかった。

思わず、着物の合わせを確かめる吉永小百合の仕草が、ベタではあるが、いいのである。

妹は「悲しい。悲しいことだけど、しょうがないのよ」と言い、田舎に帰ってゆく。

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そして、徴兵検査ではねられたはずの<山ちゃん>にも、赤紙が届く。

<母べえ>と<山ちゃん>の別れ・・・。

そこには、何ともどうにもならないプラトニックが感じられて、良かった。

山田洋次は「反戦映画」にしたかったのに、そこには、何とも言えない戦時下のロマンチシズムが溢れてくるのである。

                          (2008/01/26)
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[映画『スウィーニー・トッド 』を観た]

2008-01-20 01:10:38 | 物語の感想
▼てな訳で、いつものMOVIX昭島に『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』を、女子中学生と観に行きました。

ここで言う女子中学生とは、私が通勤中にすれ違う<佐藤寛子似>ではなくて、姪っ子である。

早朝にネット予約したのだが、職場の昼休憩に見たテレビCMで『スウィーニー・トッド』がR15指定だと知って、私は慌てて姪っ子に「大人っぽい格好をして来い」と電話しました。

その甲斐あって、苦もなく館内に入れました^^v

▼この場合のR15指定は、エロス描写ではなく、残酷描写の子供に与える影響を考慮してらしかったが、『ハリー・ポッター』のスネイプ先生役をしている、ダスティン・ホフマン化いちじるしいアラン・リックマンのファンの姪っ子が、『スウィーニー・トッド』を待望していたので、その気持ちを優先させた。

確かに残酷な描写。

復讐鬼と化したスウィーニー・トッドが、髭剃りで来店したお客さんの首をスカスカ切り裂いていくのは強烈だったが、それ以上に、客を座らせていた椅子が後方に傾き、床の穴にスルスルと落ちていき、2フロアー下の「厨房」の石畳に頭蓋骨から落ちていくのが痛かった・・・。

クビ筋をカットするシーンも合計で10人はいったか?

おまけに、ご丁寧に、石畳に頭を打ちつけるシーンもセットであった。

「厨房」に落とされた死体は、相棒となる女に調理され、「ミートパイ」としてお客さんに提供されるのだ。

こうして、最初に書いてしまうと強烈な話のように思えようが、そんなことはない。

『ダンス・ウィズ・ウルブス』に、バッファロー狩りのシーンがなくても充分、作品として面白いだろう事と同義で、『スウィーニー・トッド』にも、これらの残酷なシーンがなくても(それらの直接的な描写がなくても)、作品として充分面白かったと思うのだ。

変に残酷描写を念入りにしてしまったばっかりに、R15指定をされてしまい興業的に損をしてしまったのではないだろうか?

▼『超映画批評(http://movie.maeda-y.com/movie/01032.htm)』の前田有一氏が、
  「シザー・ハンズの昔からやってる事はまったく一緒」
と記していたが、私は、ティム・バートン監督は、「一つの事しかできない監督」と思っている。

ティム・バートン監督が延々と語っているのは、「異端者の心の孤独」である。

私の最も好きなバートン作品の一つに『バットマン・リターンズ』があるが、面白い面白いと見ていて、ふと我に返って思うと、バットマン・キャットウーマン・ペンギンの三人のキチガイ(社会からの爪弾き者)の傷の舐め合いにしか過ぎないのである。

それでも、その不器用さに、私などは共感を覚えるのである。

かつて、フランシス・コッポラが、「最も才能を感じる監督は?」と聞かれ、バートンの名前を挙げていた。

私は、バートン作品を注目して観ていたが、同じテーマの繰り返しに少々飽きて、ここ十年ほどは離れていた。

だから、今回の『スウィーニー・トッド』は、新鮮に楽しんで見た。

▼話はシンプル。

無実の罪で投獄(島流し)された理髪師が、ロンドンに舞い戻り、妻と娘を奪った判事に復讐するのである。

復讐方法は、自分の客として呼び、カミソリでそのクビを掻っ切るのである。

しかし、一度チャンスを逃し、途方にくれたスウィーニーは、やはり、客の首を掻っ切り、その肉をミートパイの具として、相棒の女の食堂の客に提供し稼ぎとし、判事を殺すチャンスを窺うのである。

娘は判事によって幽閉されており、それを助けようとする若者の話や、ライバル理髪師の奴隷のように働かされていた小僧の話、物乞いの女の話などを絡めて、そして、元舞台のミュージカル劇だったらしく、それらの登場人物がうまくエンディングに集約されていく。

全ての映画がミュージカルならば嫌だが、私は時おり観るミュージカルにはとても感激させられることが多く、この作品のケレン味たっぷりのサウンドにも胸がわくわくさせられた。

そして、やはり、バートン独特のモノクロチックな映像と、ゴシックな美術にも酔った。

私は満足した。

姪っ子も満足していた。

ただ、私は、立て続けにバートン作品を三本くらい観たら、お腹いっぱいになってしまうだろう。

また、10年くらい経ったら、新作を観よう。

同じテーマを、最新の映像で魅せてくれるはずだ。

▼バートン作品に寄り添うダニー・エルフマンの音楽は、今作品にはないようだった。

元々がブロードウェイのミュージカルなので、原曲があったのだろう。

私は、そのダイナミックで一つ一つの音が活きる楽曲にダニー・エルフマンらしさを感じたのだが、編曲などでの参加もしていないようだった。

バートン監督は、そのテーマ性とともに、そのエルフマンらしい音楽性に、このミュージカルの映画化を待望していたのかも知れない。

                        (2008/01/20)
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[遅ればせながら、映画『魍魎の匣 』を観た]

2008-01-14 12:24:36 | 物語の感想
▼公開から三週間ほども経過したのだが、いつものMOVIX昭島に『魍魎の匣』を観に行った。

面白かった^^

私は、原作の京極夏彦著作に人並みにはまった時期があって、京極堂シリーズ第四作の発売『鉄鼠の檻』発刊の時にはサイン会にも赴いたほどだ。

その時、応援メモを渡したのだが、その内容は、「榎木津いいっスね。敦子ちゃん可愛いですね。これからも応援します」でした。

京極夏彦は、「有難う」と私の目を見据えて握手してくれましたとさ。

今回の『魍魎の匣』は、シリーズ初期の名作である第二作目が映像化されている。

そして、物語は、戦時中の戦場の榎木津の活躍から始まる。

このシーンは、ほんのプロローグに過ぎないのに、がっちり美術セットが設定され、戦場の雰囲気がちゃんと描かれているので感心した。

     #     #     #     #

原作が、弁当箱のような厚さの長大な書籍であり、多くの映評が、その原作との比較において酷評している。

しかし、私は、原作を読んだのが10年以上前なので、さりとて、原作の記憶がかすかに残ってもいるので、「いい距離感」でこの作品を観ることができた。

故に、「ハコ館」がケレン味たっぷりに画面にドーンと出てきたときには、「おおっ!」と感動ひとしおだった。

     #     #     #     #

監督が脚本を書いたそうだが、二時間ちょいの上映時間で収めるために、膨大な原作のエッセンスを抽出した形になっている。

『ハリー・ポッター』シリーズと似ている。

私は、映画版は映画版で楽しむことにしている^^

     #     #     #     #

この映画は、若き中年たちと、美しき女の物語である。

美少女連続バラバラ殺人事件が、隠すところなく描かれる。

そこには、性的な異常はない。

犠牲になる二人の少女は、実に美しい。

寺島咲も谷村美月も、卵のようにツルンとしている。

質素で清潔感があり可憐な制服が良かった。

二人が画面上で「五体満足」で躍動するのは、短い間だが、実に「青さ」が描かれている。

私は『ピクニック at ハンギングロック』を思い出した^^

ネタバレになるが、まあ、書いてもいいだろう。

少女は少女によって、走ってくる電車の前に突き落とされて瀕死となる。

原作では、その殺人衝動には理由はなく、「押せる立場にいたから押した」と言う「魔が差す」瞬間を実によく描いていて、私は戦慄した記憶がある。

今回の映画版では、それがいまいち淡白に処理されていたのが残念だった。

・・・しかし、谷村美月だが、私が昨年見た唯一のテレビドラマ『私たちの教科書』で、全く同じパターンの役柄をやっていた。

1クールに及ぶ物語の最期、法廷で、自分の親友を死に追いやった罪を告白するのだ。

なかなか見ごたえのある演技だった。

     #     #     #     #

しかし、何よりも、黒木瞳が美しかった。

劇中劇が二つも導入されたりして、その魅力が全開だった。

このマンガチックな展開でもある作品内で、黒木瞳だけが、美しき女の業を背負うかのような名演をし続けてくれる。

クライマックスは、『007』の秘密基地みたいな場所が舞台となり、おそらく、撮影現場ではチープ感が漂っていたとは思う。

しかし、黒木瞳は、そこにリアルを宿してくれていた。

私は、女優役の黒木瞳に惚れる木場刑事(宮迫博之)に同調しまくった^^;

黒木瞳演じる元女優は、事件が終わると、銀幕に華麗に復帰する。

私は、その「女のタフさ」に対し、<殺されれば良かったのに・・・>と思うのだった。

     #     #     #     #

舞台は、戦後7年ほどの東京を舞台にしている。

事件の範囲は広く、そこにセット組み始めたら、膨大な予算がかかるだろう。

しかし、実によく戦後直後の日本が描かれていると思った。

「これは、もしかして、日本に似ているけど、外国なんじゃないか?」

私はそう思っていたら、エンドクレジットで「中国ロケチーム」とか出ていたので合点がいった。

これは成功だったと思う。

実によく、戦後直後の日本の雰囲気と重なっていると思った。

私は、かろうじて、「戦後」が残る風景の中で生まれ育ったと思っている。

だから、イメージが重なるような気がするのだ。

     #     #     #     #

先ほど、「この映画は、若き中年たちと、美しき女の物語である」と書いたが、唯一の例外が敦子ちゃんを演じる田中麗奈だった。

最近、CMなどで、ちょっとギスギス感のあるOLを演じたりしてそれが魅力なのだが、この作品では、田中麗奈本来の少年っぽい魅力がいっぱいだった。

     #     #     #     #

堤真一演じる京極堂は、私が思い描いていたイメージとは違ったが、これはこれで良いと思った。

京極堂は今回、「憑き物落とし」をする時に、陰陽道のステップを踏むのだが、それが、私がなかなか好きな『ネイキッド・タンゴ』と言う映画での「タンゴを踊りながらの愛の告白」を思い出して良かったなぁ^^

     #     #     #     #

私が「京極堂」シリーズで最高傑作と思っているのは、第五作目の『絡新婦の理』であり、ここまでは、是非、映像化して欲しい^^

                           (2008/01/14)
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[映画『ジェシー・ジェームスの暗殺』を観た]

2008-01-13 01:12:46 | 物語の感想
☆さてと・・・、いつものMOVIX昭島に、本日公開の『ジェシー・ジェームスの暗殺』を、女子中学生と観に行った。

・・・しかし、この作品、私にはまあまあ面白かったのだが、中学生には難しいようだった。

文芸作品っぽく作り込んであって、物語に、娯楽作品的な「ケレン」がなく、映画と言うのは「観る者をグイグイ引っ張ってくれるもの」と考えているだろう中学生には、まだまだ難しいようだった。

だから、娘っ子とのデートには、今ならば『ナショナル・トレジャー2』辺りをお勧めする^^

     #     #     #     #

南北戦争直後のアメリカで、悪名を轟かせた犯罪者ジェシー・ジェームスと、彼に憧れつつも暗殺したロバート・フォードの物語である。

ボブ(ロバートのあだ名)は、何とも、落語で言う「与太郎」に「オタク」風味を混ぜたような気持ち悪い男なのだが、ジェシー一党の最後のヤマ・列車強盗に参加し、ジェシーと知り合う。

物語は、その最後の強盗に参加したメンバーの離散集合と、最終的にはロバートに撃たれるジェシーの最期が描かれる。

とても格調高くアメリカの自然が撮られており、鮮明な画像や、画面周囲をぼやかしたような映像、高速度撮影などの技術も使われている。

物語自体は他愛無いのだが、それが豪華なセットに彩られ、何よりも、出演者の演技が見事で、それだけで3時間に近い上映時間がもった^^;

主人公ボブの気持ち悪さも、それこそ演技のうまさの証明だった。

途中で、少佐の後家さんってのが出てくるのだが、その表情のエロさったらなかった^^;

そして、ブラッド・ピットである。

この人、うまい俳優だと思う。

ジェシー・ジェイムスと言う、カリスマ犯罪者の奔放さと気性と猜疑心がとても伝わってきた。

・・・目なのである。

あの、青い透明な瞳で、仲間の裏切りを疑心するさまは、切なささえ感じるほどに、迫真だった。

     #     #     #     #

私は、ブラッド・ピットを目当てに映画を観に行ったことはない。

しかし、近年、彼ほどに映画館で目にした俳優はいない。

そして、その演技に失望したこともない。

名優なのだろう・・・。

                           (2008/01/13)
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[映画『ブリーチ 劇場版2』を観た]

2008-01-03 10:05:26 | 物語の感想
▼てな訳で、昨夜、すっかり腐女子に成長した姪っ子と、ジャンプマンガのアニメ劇場版『BLEACH The DiamondDust Rebellion もう一つの氷輪丸』を、いつものMOVIX昭島に観に行きました。

私もいい歳して「少年ジャンプ」は大好きで、今回の『ブリーチ』も、最初の頃は熱心な読者だった(1巻も初版で持っている^^)。

最近の『ブリーチ』は、画面に空白が多く「白い」ので、読んでてあまり燃えなくなってしまった。

でも、女の登場人物の描き分けがうまく、色んな女の子の個性や魅力が、これでもかと出てくるのは凄いと思う。

私が好きなのは、主人公の二人いる妹の<柚子>ってちびっ子だ。

・・・ショートカットがクリクリしていて、私はその頭を撫でてやりた・・・(ry

▼マンガで連載され、テレビでも放送されているアニメの劇場版と言うものは、昔ならば、それ程の物語的な冒険をしない、お祭り的なありきたりの内容が多かったものだが、最近のジャンプマンガの劇場版と言うのは、なかなか凝った物語構成になっている。

『ワンピース』しかり、『NARUTO』しかり。

私は、どちらも姪っ子と観てきたが、なかなか満足している^^

▼さて、『ブリーチ』である。

面白かった。

最初からアクションアクション、バトルバトルの連続で、でも、それだけではなく、死神界の秘宝と、死神界の非情な掟を絡めて、その中で、どうやら人気のキャラクターである日番谷隊長が失踪し、死神隊を裏切ったのか? 何か思惑があってのことなのか? と、ちょいと謎めいたサスペンスフルな展開となっている。

とにかく、この作品は、女性キャラだけに限らず、男の方も魅力的なキャラが多い。
それぞれの活躍を描くのは大変だろう。

しかし、物語のダレ場でも、おとなしめのキャラクター(例えば、七生)が、ストーリー上の謎解きに活躍したりして、適材適所で魅せてくれる。

まあ、私としては、
ジャンプバトルマンガに求めているのは、スタローンの映画に求めるかのような、「バトル」に燃えるためのシチュエーション・モチベーションのためのストーリーなので、それに加え、多くのキャラクター、特に魅力的な女が出てきてくれるのは嬉しい限りだ。

『ブリーチ』のヒロイン的な織姫は、今回はあまり活躍しないが、「へーっ、こんな声してたんだ、織姫は!」と思った。
まあ、この方のぴっちりセーターに包まれた巨乳は柔らかそうですね^^

同じく巨乳キャラである乱菊さんは、はだけた死神装束の間に、お尻みたいな胸の谷間を全編通して披露し続けてくれる^^

ルキアは、頭が大きくて、何故だか、頭頂部が尖っているのが妙なのだが、押入れの中から起きてきた時のパジャマ姿はメチャ可愛かった^^

マユリのM奴隷であるネムは、セリフがほとんどなかったが、苦痛に耐え忍ぶ諦観に充ちた黒目がちの瞳は、画面の端に映っているだけでもいいものである^^

卯の花隊長は、これは吉永小百合みたいにいいですね。
今回は、日番谷処刑を宣言する元柳斎総隊長に、「それは早急すぎやしないですか?」と釘を刺すところなんて、凄みがあって、私は妙に興奮するのである^^

夜一さんは、最終バトルの時にいきなり現われるのだが、昔、マンガの方でフルヌードも披露していた記憶があるので、<褐色の恋人>に久し振りに再会したような気になっていいものである^^

で、砕蜂である。
この人も、マンガでは夜一との過去のいきさつがあり、かなりシンプルな屈折が感じられ(今風に言えば「ツンデレ」)、私の好きな女性キャラクターであった。
自分の本心を隠しつつ使命遂行を優先する。
私は、黒目がちで一心不乱な女性が好きな様である。

更に、今回の映画版オリジナルキャラクターとして、敵であるクール・ビューティー、インとヤンがいる。
それぞれ青と赤の女子高制服風の戦闘服に身を包み、雷と炎を駆使して、縦横無尽に画面内を飛び回る姿はよろしゅうございました^^

・・・とまあ、女のキャラクターについてばかり書きましたが、更木さんや白哉、一角や阿散井、京楽ほかも、ちゃんと活躍しておりました。

これだけいい味のキャラが多いと、それぞれの見せ場を作るのが大変だろうに、スムーズに見せてくれました^^

     #     #     #     #

気になったのが、ルキアと日番谷隊長は、性別の違いはあれど背も低く目も大きく、似たタイプである。

その顔がたまにデッサンが狂っているようなのがとても気になった^^;

輪郭や、顔の中での目の比率、目の位置が「失敗した福笑い」のようにずれているように見えた^^;

だけども、現世をさまよう日番谷隊長の背景を彩る美術はなかなかだった。

片田舎の農村を歩き、ペットボトルの風車がカラカラ回っているところなんて良かったなあ^^

                          (2008/01/03)
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