『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭

ジュリアナから墓場まで・・・。森羅万象を語るブログです。
ここでは、気軽に読めるエントリーを記していきます^^

[「三遊亭鬼丸&天どん・月イチお茶のみ落語」に行った(後篇)]

2014-04-29 11:09:32 | 物語の感想

☆間が空いてしまったので、簡単に書く。

 ・・・しかし、私の店に来るお客さんにはディープな「FM NACK5」リスナーが多く、私が「GOGOMONZ」で投稿が読まれていると聞くと、尊敬のまなざしを向けてくるのが嬉しい。

「最近は、この間のかおりん(横田かおり)の対鬼丸ブチ切れ事件から、かおりんも面白くなってきているんだよね」

「うん、笑いにつなげるボキャブラリーが、温存されていたみたいで、絶妙に出てくる『一周回って』とか『先を読むなぁ!』とか、セリフ回しも面白いんですよね」

「セリフ回しは、鬼丸師匠に無意識に学び、家で旦那さん相手に練習も出来ているんじゃないかなあ」

「毎日のテーマに沿ったエピソードの会話の流れもうまい」

「・・・この間は、鬼丸落語を聞きに行ったんですよ。生鬼丸ですよ」と、私、自慢する。

「へーっ、どうでした?^^」

「鬼丸師匠って、変な顔してますよねぇ、でも、落語の紋付を着た鬼丸師匠は、なかなか格好いいです」

   ◇

 ・・・どうも、イメージ的には、頭がデカい鬼丸師匠だったのですが、今回は、ダイエットが成功しているせいか、小顔で、誰かに似ていると思ったら、渡部篤郎ぽかった。

     

 まあ、それはさておき、鬼丸師匠の一席目「宿屋の仇討ち」は面白かった。

 これもネタ卸しなのだろうか?

 私はこのような、オチのどんでん返しに至る世界が、過去からの因縁の中で入り組んで構築され、途中 繰り返しの面白さが利いている作品が大好きで、鬼丸師匠、うまく聞かせてくれる。

 ・・・で、仲入りとなった。

 トイレに行こうと思ったら、隣の母親がバッグを置いて先にトイレに行きやがった。

 バッグを盗まれる可能性があるので、私、牛歩の母親が帰ってくるのを待ってから、トイレに行く。

 そして、そそくさと戻ってくると、会場の和室の前に、鬼丸師匠が行ったり来たりしていた。

「あっ!」と私が驚くと、

 鬼丸師匠が、笑顔で「お待ちしておりました」と笑った。

 この笑顔は、母親が「面白くて卑怯^^」とよく言うケロロ軍曹みたいな笑顔だ。

     

 どうやら、私がトイレから帰るのを待っていてくれたらしい。

 私は恐縮しつつ会場に戻る。

 私は、映画にしても観劇にしても、上演が始まってから入るのは、感動の構成要素が減じるので嫌なので、鬼丸師匠が私抜きに話し始めないで嬉しかった^^

 これも、私の人徳だろう・・・^^;

 演目は「たいこ腹」

 鬼丸師匠、このようなリアクションが重要な噺は独壇場だ。

 若旦那の、道楽独学で始めた鍼灸の犠牲になる幇間(たいこ持ち)の話。

 痛みが伝わってきました。

 続いて、本日のトリ、三遊亭天どん師匠の「山崎屋」

          

                            ・・・「夢にときめけ 明日にきらめけ」的な顔ではある。

 これも放蕩若旦那の話。

 と、思いきや、若旦那がゲットした花魁の話になっていく。

 天どん師匠、午前の落語会だが、だんだんと調子が出てきて、それでもズラズラと語るのだが、盛り上げてきた。

 楽しく聞いた。

 後日、ラジオで鬼丸師匠が天どんさんを評していたのだが、この「やる気のないズラズラ喋り」こそが、天どん師匠の個性となっていて、今、かなり売れっ子なのだそうだ。

 会を終え、控室のふすまが開いていたので盗み見ると、鬼丸師匠、やっぱりすでに着替え終えていて、カジュアルな私服でお偉いさんと話をしておりました^^;

                                            (2014/04/29)

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[映画『テルマエ・ロマエ2』を観た(寸評)]

2014-04-26 13:47:10 | 新・物語の感想

☆面白かった。

 実は、私、『1』では中盤から非常に退屈感を感じていた。

 それは、古代ローマの公衆浴場技師のルシウスが、現代日本にタイムススリップし、日本の浴場状況にいちいち感嘆するというギャップネタに笑うといった流れが、映画版故に、後半から大きなエピソードとなり、それが、さすがに歴史の一大事件となっていくとき、本来 こっちが求めていた『テルマエ・ロマエ』ではなく思えたのだ。

 だが、今回は、ヘルスセンター的な風呂、簡易風呂、娯楽施設としての風呂、社交場としての風呂と、ルシウスは何度も古代ローマと現代日本を行き来し、その物理的精神的利便を学び、そのたびにギャップからくるリアクションで笑わせてくれるのだ。

 たびたび、風呂とは関係ない食べ物やトイレネタ等も非常に笑える。

 そして、その合間・合間の古代ローマの事情が明らかにされていき、それがクライマックスに無理なく大事件として現われる。

 おそらく、誰もが、日本人が海外の国に行くと、現地の人にとって当たり前のことが、自分には特別なことのように思えることがある。

 その気持ちは、現地人にさえ感謝され得る重要な視点だと思うのだ。

 それを感じさせてくれるシリーズである。

 古代ローマの街を行くルシウス・・・。

 その風景が、妙にしっくりと、見ているこちらの心をとらえる作品だ。

   

                                                  (2014/04/26)

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[映画『アメイジング・スパイダーマン2』を観た]

2014-04-25 15:55:41 | 新・物語の感想

☆・・・かなり期待して観てきました。

 まあまあの出来でしょうか。

 私は、今回、三人の怪人が出てくるということで、スパイダーマンは、その三人と連続する死闘を繰り広げると思っていました。

 しかし、メインは電気人間で、グリーンゴブリンと、特に機械獣の活躍はささやかでした。

 冒頭、スパイダーマンが、本来の摩天楼滑空の活躍を見せるのですが、

 そこでの「魅せ方」が非常に素晴らしかった。

 これまでのスパイダーマンの飛翔も大抵 完成されていて、これ以上の表現は出来ないだろうな、などと納得していたのだが、今回、下腹部がヒヤヒヤするような臨場感もすごいけど、「ヒャッハー!」的な動きも凄かった。

 なんか「柱の男たち」のようなポージングも空中でするし・・・^^;

 ただ、その「ヒャッハー!」的な、スパイダーマンの個性なのだが、素顔のピーターに比べて、なんか軽過ぎるんだよな。

 だから、「この人、二重人格なのか?」とさえ感じてしまう。

 基本、グリーンゴブリンは、ハリーの時とは性格が違う、もろ二重人格なのだが、ピーターとスパイダーマンもその系列に見えてしまう。

 そう考えると、今回のメイン悪役のエレクトラも、変身前と変身後は全く性格が変わる。

 「バットマン」と言い、その最凶の敵「ジョーカー」も二重人格の極みだし。

 かなり長尺な割には、この、エレクトラになるマックスが、心酔していたスパイダーマンに、エレクトラ変身後、憎悪を抱くようになる過程が随分と簡単なのである。

 マックスは、世間に認められず、エレクトラになって、悪として注目を浴びるようになるのだが、その欲求も、戦いの全般を覆うわけでもなく。

 また、ハリーが病気のため、次第に狂気を宿していき、スパイダーマンに憎悪を抱く過程も、簡単である。

 また、ハリーは、会社内の策略にはめられ、警察に連れて行かれそうになるのだが、「自分で行けるよ・・・」と、自分を捕らえていた警備員からスタスタと去るのだが、そこも変なのだが、次にハリーは、スパイダーマンに第一ラウンド土つけられたエレクトラの収容されている特殊監獄に赴くのだが、「なんで、そこに行けるんだよ!?」と疑問が出てくる。

 更には、武器も持たず、単身で監獄に忍び込み、エレクトラを解放までしてしまうのである。

 ハリー、グリーンゴブリン変身前である・・・、最強である。

 スパイダー毒のエキスを体に飛び込み、グリーンゴブリンの素体に変身するのだが、副作用に苦しみつつ、何故か、空飛ぶボード&スーツを着るのだが、「なんでそうしようと思った?」と疑問を投げかけてしまう。

 ミュージシャンのプロモーションビデオを撮ってきた監督だそうだが、イメージで押し流す描写が多々ある。

 ヒロインのグエンが、伏間殿オズコープ社の秘密データに触れ、大きな社屋を追われるのだが、会社は脱出できたのはいいとして、その後、グエンは家まで追われないのか? 会社は退職したのか? ・・・不明なのである。

 電力ブラックアウトに陥ったニューヨークの電力供給を再開させるのは私しかできないと、たった一つのボタンを押すために、エレクトラとスパイダーマンの闘いの舞台にしゃしゃり出てくる。

 また、クライマックスは、なんか、時計台の中みたいな歯車だらけの塔で戦うのだが、その雰囲気ある状況も、あんまし効果を発していなかった。

 なによりも、スパイダーマンの存在意義は、ニューヨークを守ることよりも、愛する者を守ることにあったと思うんだけどね。

 また、ピーターだが、科学者であった父親への信頼と疑心が入り混じり、すっげえ日和っていた。

 この作品では、色んな人物が心変わりするが、全て、一言二言で、その生き方が180度 方向を変えてしまうようだ・・・。

 ただ、グエンの卒業時の言葉で、スパイダーマンを辞めていたピーターが復帰を果たすようになるとこや、

 凶悪な機械獣ライノに、子供ながらスパイダーマンのスーツで立ちはだかる少年・・・、を助けに現われる本物のスパイダーマンのシーンなど、ちょっとグッときた。

     

 なお、どうやら、続編へのおまけ映像で、スパイダーマンとX−MENが共演するらしいことが分かったので、嬉しい^^v

                                                 (2014/04/25)

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[映画『名探偵コナン 異次元の狙撃手(スナイパー)』を観た(寸評)]

2014-04-21 01:03:50 | 新・物語の感想

☆かなり入り組んだ物語で、とても面白かった。

 犯人、容疑者、被害者、被害予定者、警察、探偵、FBI、コナン、コナンのプライベートな関係者が、一刻を争うかのごとく、日本全国を能動的に移動する中で、謎解きの物語を形成し、浅草に収れんしていく力技には感服するしかない。

 しかし、今作ほど、コナンの失態が多い作品はなかった。

 まず、序盤での容疑者のスケボー追跡だが、ここで、持っていたスマホを落とすとか、車に激突しそうになるとか、迷惑この上ない。

 これが、後の、少年探偵団のトランシーバー使用に関わる伏線に流れる展開なのは分かるが、いきなりの無理矢理感だ。

 続いて、狙われている男を守ろうと、コナンは隙を見せ、犯人に狙撃される・・・、が、女子高生探偵・世良に、身を呈して守られる。 

 そもそも、コナンの正体・工藤新一は、その背後の甘さで、黒の組織によって、身体を子供のようにさせられてしまっているのだ。

 蘭が、世良とコナンを苦しませている犯人を怨むのだが、いや、この件に関しては、コナンにも相当な過失責任があるぞ!

 続いて、中盤のカーチェイスでも、コナンは危険走行をしている。

 そこには必然がなく、第三者に危害を加えてしまっているかのような印象。

 最後に、ラストの犯行現場がスカイツリーに判明し、そこで犯人が待機しているのが分かっているのに、自分は捜査に。

 別件で、蘭や園子・少年探偵団をスカイツリーに向かわせてしまう迂闊!

 私の大好きな歩美ちゃんが、犯人の人質にされるのだが、コナンの思慮のなさに腹が立った。

      ・・・身体ヒョロヒョロの華奢さがたまらん。

  クライマックス、見ているこちらの気持ち、「どうする、コナン!? どうする、コナン!?」のせっぱ詰まった感はハンパなかったっスよ!!

                                     (2014/04/21)

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[映画『アデル、ブルーは熱い色』を観た]

2014-04-20 08:41:43 | 新・物語の感想

☆・・・昨年のカンヌの栄冠に輝いた作品だそうだ。

 わたし好みの、激情のフランス映画っぽくて、そそくさと新宿まで観に行く。

 ・・・フランスの、とある女子高生が恋に落ちたのは、なんとレズビアンの女性・・・、その数年に渡る、失恋に至る「青春」の物語。

 上映時間は3時間であったが、非常にリアルで、それがこちらの心をひきつけ、あっという間にエンディングに至った。

 私が、もうちょい若かったら、この作品の「現実的かつ激しい恋愛の姿」が血肉となり、夢見る忘我に浸れただろう。

 今は、純粋に楽しんだ。

 これは、丹念に描かれた純粋な恋愛の物語であった・・・。

 私は、同性愛者が嫌いである。

 だが、色んな状況の中で、同性を好きになってしまう人がいてもおかしくないし、それを認めないことはないし、AVでの「百合」は見ていて二倍な感じがしてよいし、性同一性障害の方なども嫌悪するつもりはない。

 ただ、「ハッテンバで、誰でも構わないで精を吐く同性愛者」や「流行の如く同性愛に浸ってみる俗な人」とは関わりあいたくない。

 ・・・好きになってしまい、好きで好きでたまらない相手が、同性であったと言う人の運命は否定できない。

 そして、「好きになってしまい、好きで好きでたまらない」と言う感情は、フィッツジェラルドが言う通り、「グレート」なのである。

 なんとも、まだ大人になり切れてないアデル・・・。

 自分の美しさに無自覚に、物を食う時も、ボーッとしている時も、口を半開きである。

 だが、青い髪の美大生・エマと、街ですれ違い、・・・恋に落ちる(エマは、『MI4 ゴースト・プロトコル』で女殺し屋を演じた美人だが、今作では、ややギスギスしたレズビアン顔をしている)。

 そして、お互いを貪る。

 ラブシーンは濃厚で、激しく、リアルである。

 カメラワークは、執拗に、登場人物の表情を捉えている。

 ラブシーンがなくても、この作品は成立する。

 しかし、物心ついた大人ならば、ほとんどの大人が経験あるだろうし、この肉体のぶつかり合う愛の交歓は理解できよう。

 ラブシーンは、愛の生々しさを訴えてくる。

 この物語は、アデルの気持ちが偶然にも同性に作用しただけで、多くの男女間の関係にも応用が利く普遍性がある。

 アデルは、口半開きのまま、大人の世界に突入させられる。

 時は流れ、初めての恋が激しい故に、その危機に際し、更なる悪循環の行為をしてしまい、アデルはエマに捨てられる。

 子供の意識が残ったままに、大人の世界に放り込まれ、・・・そして、捨てられる。

 それでもアデルは、受け身のままで、人生を進めていかなくてはならない。

 唯一、自分から積極的に愛を貪れた相手を失いながらも・・・。

     

 アデルは幼い子らを教える教師になるのだが、どんな精神的に追い詰められても、そのプライベートを仕事に持ち込まない。

 アデルの教え子の幼女たちが全て可愛いのが良かった。

 また、最近話題で賛否両論の「息子の入学式のために、クラス担任としての入学式を欠席した女教師」の話をちょいと思い出したよ(私は別に休んでもいいと思う)。

   PS.私の、完成している本格ミステリ作品の第一章は、全編レズビアン描写に溢れているのだが、もちろん、この作品の影響ではないと、あらかじめ特筆しておく。

                                    (2014/04/20)

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[映画『キャプテン・アメリカ / ウィンター・ソルジャー』を観た]

2014-04-19 12:38:45 | 新・物語の感想

☆明朗健全な戦中の「真の愛国」を常識とする男が、現代の複雑な「正義」の中で、孤独な戦いをはじめ、最終的には「キャプテン」として仲間を率いていく物語!

 面白かった!

 やっぱ、彼のような正統派の正義感かつ生真面目な性格のヒーローはいいね!

 昨今の歪んだヒーローに比べると、そのリーダーシップは心地よい。

 もちろん、「アメリカ」と名付けられているが、けして、アメリカ覇権主義の具現化でのヒーロー像ではない。

 しかも、彼は、無敵の強さでもない。

 人間の十数倍程度の強度だろう。

 適度に、物理法則が作用するのもいい、やはり飛び道具には弱い様だし、・・・しぶといけど。

 故に、刑事アクション物の、こちらが共感できるレベルのアクションシーンが連発し、楽しめる。

 と、思いきや、たまに、スーパーマン的な強さを醸すのだが、まあ、それは、なんとか好意的解釈ができる。

 正義の組織と思われていた「シールド」が、実は、かつてキャプテンが壊滅したと思っていたナチス残党「ヒドラ」に侵食されていたことを知り、孤独な戦いを始める。

 これが、ホント、かなり追い詰められた感のある戦いで、また、最終的には予定調和なのだろうが、よく練られた脚本で、ヒーロー物のステロタイプにない展開で、なかなか先が読めずワクワクして見た。

 ブラックウィドウや、空飛ぶファルコン、司令官ニック・フューリーらと信頼を築いていき、最終的には、シールド内の反ヒドラたちと立ち上がるのだが、

 キャプテン、ちゃんと戦う前に、みんなの蜂起を促す演説などをして、盛り上がるってもんです^^

 スカーレット・ヨハンソンのブラック・ウィドウは、相変わらずの素晴らしいヒップラインで、顔の肌つやに疲れが見えるも、たまごの様な輪郭は健在でお美しい^^

          

 ライバルとなる「ウィンター・ソルジャー」だが、やや、その個性が古臭いのだが、ナチス科学者のゾラの意外にもレトロ・ハイテクな再登場などが良かったので、一要素として良しとした。

 ゾラの登場シーンは、私は好きだけど、皆には批判されている「ターミネーター3」のラストシーンみたいで良かったっス。

 また、これまた、私は好きだけど、皆には批判されている「ダイ・ハード3」のエレベーター内でのアクションシーンを倍するかのような、キャプテンによる、狭いながらもの大格闘がありますが、素晴らしいですね^^

                       

 「マイティ・ソー」の戦いは何でもありだけど、キャプテン・アメリカの戦いには、人間であるが故の「制限」がある。

 だが、その「制限」が、作劇的には、無限の可能性を秘めている・・・。

 ・・・あっ、そうそう、ロバート・レッドフォード出演にはプチ驚き^^

                                         (2014/04/19)

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[映画『映画ドラえもん 新・のび太の大魔境~ペコと5人の探検隊~』を観た(寸評)]

2014-04-18 23:59:51 | 新・物語の感想

☆ハードな内紛の戦争の中で、ムチムチのしずかちゃんの身体が、そのセミヌードまでも堪能できる物語!

   ・・・後から書きまする。

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[「三遊亭鬼丸&天どん・月イチお茶のみ落語」に行った(前篇)]

2014-04-17 23:59:59 | 新・物語の感想

☆・・・お店を夜、休みなく開いているので、夜や午後三時以降の鬼丸師匠の落語を聴きに行けなくなっちゃったのだが、このお茶のみ落語は午前中なので行ける^^

 でも、木戸銭が500円なので、なんか安すぎて申し訳ないんだよね^^;

 母親を連れて、埼玉はプラザウエストに向かう。

 ここは和室なので、中央の席で、座布団だけだと、足やケツが疲れるのだが、今回は背もたれが用意されているので、かなり楽な鑑賞態勢になった^^

 しかも、早めに行ったのでべスポジが取れた。

 先ずは、三遊亭天どん師匠の「よかちょろ」だ(この方、最近、真打に昇進したので「師匠」を付けるのです^^)。

     

 朝は弱いそうで、と言うか、この方の持ち味なのでしょうが、ズラズラと抑揚なく語っていき、故に、聴いているこちらは、「このセリフは旦那で、こっちは若旦那、で、番頭さんだろ・・・」と集中を余儀なくされる。

 「よかちょろ」は、なかなかの長編「山崎屋」のプロローグにあたり、天どん師匠は、二席目で「山崎屋」を語ることになる。

 多分、パン屋の創業の話だと思う。

 続いて、鬼丸師匠。

 久し振りの鬼丸師匠は、顔が酒焼けしていた。

 が、最初からトップスピードで話し、前口上の自分らの修学旅行エピソード「倉持さん」の話でゲラゲラ笑った。

 この人、ちゃーんと楽しい青春を送っているんだよな。

 生徒会長でもあったし、不良染みたこともちゃんとしていて、停学にもなり、17歳で童貞卒業している。

 「セブンティーン」と言う響きの中で、童貞を卒業できることが、どんなに貴重なことか!!

 さて、鬼丸&天どん師匠は、二席づつ語る。

 間に、小休憩が入るのだが、順番は、天どん・鬼丸・小休憩・鬼丸・天どんとなる。

 つまり、大トリは、後輩の天どん師匠なのである。

 これは、私、前回からちょっと不満だったのだが、今回、明快な答えを得たと思う。

 つまり、この順番だと、鬼丸師匠は、入りも遅くでき、着替えも早くに済ませられるのだ。

 ・・・で、さて、中トリの鬼丸師匠は、中編の「宿屋の仇討ち」を話す。

 これが面白かった。

 鬼丸師匠の、役柄の使い分けの絶妙さ、話の入り組み具合と、折々で繰り返される噺の中での「お約束(「パン! パン! 伊八ぃ~!!」など)」が面白い。

 三味線での座の盛り上げを「オペンペン!」と言うのが微妙にツボ・・・^^

                                   (続きます 2014/04/17)

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[近代,稀な最も凶悪な犯罪]

2014-04-17 23:59:27 | 保守の一考

☆私のブログを、古くから読んでいる方ならば、私が、2005年に起こった栃木・小1女児殺害事件を、ずーっと忘れないで、定期的に言及していたことは知っていよう。

 近代、日本において異常な事件は数あれど、この事件ほどの底知れない事件はない。

     [時事・1<人間の「営み」と「尊厳」を蹂躙しつくす事件>]・・・結論はわざとに突飛だが、注意喚起したかった! クリック!

     [ちょくちょくある、私の予言者めいたトコ]・・・別の女児殺害事件について・・・。クリック!

 犯罪には、色んな異常レベルの段階があり、宮崎勤や酒鬼薔薇のように、殺害後、その遺体を蹂躙した事件などは、異常性が高いレベルにある。

 しかし、この栃木の事件は、あんまし詳しく書きたくないが、殺害すること自体をデコレイトし愉しんでいた。

 被害女児は、殺すことを目的とした犯人に、時間をかけて殺されたのだ。

 身の毛のよだつ、胸くその悪過ぎる犯罪である・・・。

 犯人を八つ裂きにしてもあき足らない!

 悪夢のような新時代の犯罪だと思った。

 私は、この事件の犯人が捕まらず、この社会に人知れずのうのうと生きているのが恐ろしくてしょうがなかった。

 定期的に、この事件をブログで取り上げ、閲覧者たちに「子供から目を離したらダメだ!」と言い続けている。

 このような犯罪者は、定期的に犯行を繰り返す。

 だが、その「ターム」は分からない。

 恐らく、被害者は一人づつだが、その日本社会全体に対しての広域的かつ深々度の「絶望」たるや、計り知れない・・・。

 今回、犯人らしき人外が、警察で犯行をほのめかしているそうだ。

 被害者の子は戻ってこないが、この事件の犯人による犯行は、これで止められるか・・・?

 続報を待つ。

 また、犯人に語られる事件経緯によって、被害者家族が「セカンドレイプ」みたいな状況で苦しむのは、どうにかして避けるようにして欲しい。

 この文章自体が、目に留まれば、被害者家族を傷つけてしまうのでしょうが・・・。

 ・・・被害者のお母さんの折々の手記(事件直後・何年か後の節目)は、私の心に深く刺さったものです・・・。

                                                 (2014/04/17)

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[笹井プロデューサー]

2014-04-16 23:59:19 | 保守の一考

☆今日、STAP細胞が存在するか否かの証人となる、と思っていた、理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの笹井芳樹副センター長の会見があった。

 が、何も証拠が示されなかった。

 小保方メンバー本人をも加えた、小保方メンバーの発表を信じる方たちにとっては、残念ながら、信じるに足る実証が一つとして語られなかった。

 やはり、全て、発表に値しない「仮説」の状態だ。

 一部に、この笹井プロデューサーの会見こそが、STAP細胞の存在の確証を得られると興奮していた人物たちがネット上に散見されたが、さぞかし落胆したことだろう・・・^^;

 ・・・早いとこ、この問題に結論が出て欲しかったが、まだまだ時間が掛かりそうだ。

 まさか、科学の学徒らが、こんなにも杜撰な「過ち」を各所でまき散らしているとは思わなかった。

 もっともっと、科学の学徒らは、冷徹な論理規範で動いていると信じて疑わなかったのだが・・・。

 論文撤回は当然だと思うが、正直、現時点において既に、世界に対して、恥ずかし過ぎるスキャンダルと言えよう・・・(あえて、スキャンダルと言う言葉を使ってみた)。

 せめて、STAP細胞が存在することを祈る。

 これは、「スキャンダル」とは別の問題ではあるが・・・。

 タイトル写真は、手塚治虫の『メトロポリス』、「全世界科学者総会」のモブシーンの一コマ・・・。

 「この中にゃ たいていニセが 何人かおるよ」のセリフが読み取れます^^;

                                   (2014/04/16)

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[(再掲)温泉芸者のような自称「愛国者」・ヘイトスピーチの教祖・小林よしのり]

2014-04-14 23:59:24 | 新・保守の一考

 以下、小林よしのりが必死で立て直し(言い訳)を図っているので、ダメ押しで再掲しておく。

 内容的には完璧で、申し分がないが、小保方メンバーが法律上の「善意」であった可能性があるのを付記しておく。

 小林よしのりについては、数日後に、もうちょい分かりやすく書きまする。

 任せて頂きたい。

   ◇   ◇   ◇   ◇

 (以下再掲 2014/03/15)

・・・元々、私は、時事問題を語り、こうしてブログなどで、その瞬間 その瞬間で答えを出していっているわけだが、ほとんど、「事実」を違えたことはない。

 最近、特に、テレビを見なくなっていて(我が家は地デジが通じてない)、テレビニュースなどでの表層的な「答え」の提示に心を奪われることもなくなったので、自分なりの客観性に則し、答えを出せて、間違うことがほとんどない。

 まあ、私ゃ、超能力者じゃないので、たまに間違うけどね。

 今も、『福島原発の「放射能」で死去する国民は、これまでもこれからもいない!』と、断言している(上屋内の事故は別だよ)。

 時間がないので、いちいち論じてられず、佐村河内も小保方晴子も、最初のイメージで持て囃さなくて良かった~^^

 運命も味方してくれているのだ。

 そもそも、佐村河内などは「詐欺」がバレてから名前を知ったほどだ^^;

 ただ、小保方に対しては、STAP論文で騒がれていたころ、ニュースで、「いま大事な時期なので、メンバーを、研究に専念させてくださいッッ!」とか記者たちに語りかける、やや女のエキセントリックな口調を聞いて、私は「なんかおかしい人だな」と違和感を持ってはいた。

 ただ、私は、こんな詐欺師らが、なんで、「さん」付けで呼ばれ続けているのかがわからない。

 せめて、「佐村河内メンバー」とか、「小保方メンバー」とか呼ぶべきだろう^^;

 まあ、これらで分かったのは、「変わった苗字の奴は、詐欺を犯す確率が高い!」だ^^;

 それから、関係ないけど、「キラキラネームを付けられた子は、親からの虐待に遭う確率が高い」もデフォである。

   ◇

 「アンネの日記」破損事件も、容疑者が捕まったが、その犯行動機は、今のところ分かってない。

 当初、日本の右サイドの犯行だと言われていた。

 最近の行き過ぎたナショナリズムが、ドイツのネオナチとの共感を示して・・・、と言う理由だ。

 そして、その反作用で、「左サイドの謀略だ」との意見も出た。

 後述するが、中国や韓国・北朝鮮、日本の左サイドの方々は、個人的な気性や組織的な方針で、このようなことをたびたび行う。

 だが、私は、今回の件を、そのような「謀略」と見るには、ちょっと回りくどいなとは思った。

 さりとて、左翼から見た右サイド(保守含む)にも、そんなことをするバカはいないだろう…、とも思ったが、左から見たら、敵対するは「右」にしか見えないのだろうから、極右がやっていたら、保守がやったと同根である。

 最近、世間をお騒がせしている「在特会」などは、私ゃ、共感できないし理解もできない。

 私も たいがい過激な発言をしてきたが、それは、キチッとした枠組みの中での「鬼っ子」としての役割の全うであったし、最低限のTPOをわきまえてきた。

 在特会のように、組織ぐるみで理屈なき暴言を吐き、感情で暴れまわる神経は、さすがに分からない(過去ログで、何度となく、在特会への嫌悪は書いている)。

 ・・・なんとも、私レベルの発言が、まともな主張のように聞こえる時代になってきている。

 ただ、意地悪な私がいて、在特会が、左翼へのカウンターとして、「鉄砲玉」として暴れるのは、見ていて楽しい。

 左翼に、「勝手にやって、勝手に死んでくれ」と思うと同時に、在特会に代表される「うよく」も、勝手にやって、勝手に死んで(逮捕されて)くれ、と思う。

 もはや、こいつらは、何にしても社会に認められないのだから。

 さて、だが、戦後の日本を「真綿で首を締めるように」支配していた左翼勢力による「戦後民主主義」があり、その体制のカウンターとして、それを過激に責める勢力を、殊更に糾弾する奴がいる。 

 わざとに、「過激に責める勢力(右翼的な存在)」を、保守派と同じに「見ようとする奴」がいる。

   ◇

 「見ようとする奴」は、保守派に見捨てられた屈折した感情を源とし、エキセントリックに主張する。

 「そいつ」は、今回の「アンネの日記」破損事件を「中朝韓・国内左派の謀略」と主張した、私から見たら短絡的ではある右サイドの言論者や雑誌を、感情的に糾弾している。

 ・・・だが、私は、そのような「中朝韓・国内左派の謀略」が、戦前からあったのは知っているし(そういった背景があるから、関東大震災での朝鮮人迫害も起こった)、

 ・・・だが、昨今、「証拠もなく、中朝韓・国内左派に嫌疑を向ける」ことがタブー視された風潮に、「そんなことはない」と語り始めたのが、

 「そういう奴(現在、殊更に、糾弾する必要さえなく低劣な在特会的なるものを糾弾する者)」の一人なのである。

 つまり、在特会の行動原理の基礎を作った「奴」が、今、在特会的存在を糾弾している。

   ◇

 ・・・「チマチョゴリ切り裂き事件」と言うものがある。

 北朝鮮の核開発が東アジアを緊迫させた時期、国内の朝鮮学校の生徒のチマチョゴリが切り裂かれる事件が頻発した。

 どうやら、北朝鮮に怒りを持つ日本人の犯行か・・・、しかし、事件は、あまりにも不明瞭であった。

 同様の事件は、北朝鮮が、なんか、国際的な問題をしでかした時、必ず、起こっていた。

 それを、「在日朝鮮人による自作自演の謀略」としたのが、「そういう奴」だった。

 私は、その「朝鮮人の自作自演のチマチョゴリ切り裂き」の推測を正しいと思っているが、証拠はない。

 「そういう奴」は、公の、商業主義の場で、その「自作自演の朝鮮人」を糾弾したのだ。

 つまり、「そういう奴」こそが、そのような思考回路を、昨今の言論空間に復活させたのだ。

 証拠なく、妄想とは言わずとも、想像で敵対他者を貶める手法を、昨今 流行らせて、「在特会」的なものを生んだのは、「そういう奴」なのだ。

 正直、その影響力には感服する。

 だが、そのような主張はオリジナルではない。

 「そういう奴」は、その、歴史上の思想変転の名から、自分に都合のいいい考え方を「コラージュ」する才能に長けている。

 その才能は素晴らしい。

 が! その「真似っこ(パクリ)」を、あたかも自分のオリジナルのように語るのは許せない・・・。

 とにかく、「そういう奴」は、自分の「下卑た感情」の赴くまま、それを正当化しようとするもんだから、言ってることが支離滅裂で、整合性のかけらもない。

 まあ、ネット初心者には多い傾向だ。

 「温泉芸者」のごとく、あっちにフラフラ~、こっちにフラフラ~。

 誰からも相手にされず、でも、それに逆ギレ起こして、周り中に当たり散らす。

 例えば、安倍総理には相手にされず、それからはゴシップで安倍政権を攻撃、

 日本未来の党に飛びつくも選挙での壊滅的な敗北消滅、

 小泉・細川反原発連合に迎合するも選挙での壊滅的な敗北消滅・・・、

 若者に媚びて、AKBのよき理解者になろうとするも、ジイさんのあんたがファンになった時点で、AKBの凋落が始まった(そもそもが実質的には人気など皆無)・・・、

 なまじっか、メンバーを神聖化したばかりに、その後のスキャンダルの数々に、自分の眼力の無さが露呈される・・・、

 それでも、「セックススキャンダル上等! それでこそAKB」と擁護するも、あまりにもの「揃いも揃ってのメンバーのふしだら」に神経はすり減らされ、鬱憤のはけ口に「ネトウヨ」攻撃を過激にする。

 でも、そういった「そういう奴」の言葉を、いまだに信じている奴は可哀想である。

 本当に哀れだ。

 敗北は「悪」ではない。

 だが、「そういう奴」は、「悪」だから敗北するのだ。

 どんなに言い繕っても、こじつけだから、大多数には無視される。

 「そういう奴」は、最後の拠り所として「天皇だけは崇拝」を掲げる。

 「ここを押さえておけば、俺は安泰」てな感じだ。

 AKBでも、多くのメンバーに裏切られ続け、最後の拠り所がAKBの顔「大島優子」・・・、

 でも不安なのか、「大島には恋愛禁止ルールは適用されないで許す」・「もうすぐ卒業だし」「卒業したら自由に恋愛してくれ!」「でも、不倫はワシだけだよ」とか、不安と諦観・鷹揚と高慢が入り混じった恥ずかしい発言の数々・・・、

 おそらく、数年後に、「でも、不倫はワシだけだよ」の言葉が裏切られる(絶対に当たる予言)。

   ◇

 ・・・「進歩主義」と言う言葉は、保守派には忌避される。

 進歩主義者が、「進歩」本来の意味を蔑ろにして、なんか「真新しい考え方」に、その物理的精神的な損得を考えずに飛びつくからだ。

 その行動原理のベースには、「それまでのシステム破壊」がある。

 いわゆる「左翼的行動原理」だ。

 だから、保守派には蔑視される。

 だが、「進歩」の本来の意味は、素晴らしいことだ。

 リスクがあっても、それ以上の大きなメリットがあるのが「進歩」だ。

 保守派だからと言って、万人の幸せになる「進歩」は大歓迎だ。

 また、左翼に対して、同サイドに見える右翼も、「アンネの日記」を破損させまくるような奴がいたとしたら、当然 犯罪者であり、糾弾せられるべき者だ。

 わざとに、原発推進の保守派は「進歩主義者」だ! とか、

 要約すると「『アンネの日記』破損事件の犯人は保守派だ!」とかの主張は、「あんた」こそが「在特会的」と言わざるを得ない・・・。

   ◇

 私は保守は「バランス」と言い続けている。

 世の中には100%正しいものなんてない。

 清濁の是非を天秤にかけて、正しいこと・悪いことを判断しなくちゃならない。

 私は、まだ、その判断を定める基準が老いていない。

 だから、常に、現実を正しく言いあてている。

 昨今の、特定アジア(中国・韓国・北朝鮮)の、対日本への国家的な加害は、温和な日本人も、さすがに憎悪を募らせるに至っている。

 その国民的な判断は、全くもって、正しい。

 そんな日本人を諌める日本人がいても良いが、それだけの糾弾に固執する「そういう奴」は、もうまともな立ち位置にいるとは言えない・・・。

 私が数年前に、「バカ弟子」として師事していた西尾幹二は、その「天才(対「戦後民主主義」の中での絶妙の立ち位置)」を、老いで喪失し始めた。

 ・・・私が少なからずの影響を受けた「そういう奴」小林よしのりも、「狂人」の域に、数年前から没入している・・・。

 老害以外の何ものでもない。

   ◇

 ・・・タイトル写真は、私の持っている『アンネの日記完全版』。

 私は、美少女系譜の一人としても、アンネ・フランクが大好きだ。

 こんなことを書くのは不遜に思えるだろうが、アンネの性格を考えると、天国で、「キモッ・・・」とか苦笑いし、楽しんでくれていると思う。

                                           (2014/03/15)

   ◇   ◇   ◇   ◇

 (以下も再掲 2014/03/21)

☆なんか、かなり、言論界・思想界は、小林よしのりに飽きているらしく、小林よしのりの名前は、その寄生しているAKB絡みでしか出て来なくなっている。

 いろいろと、そのヘイトスピーチでもって各種マスコミ・言論者・政治家を刺激しようとしているが、正直、無視されているのが現状だ。

 今は、昨今の中朝韓(特定亜細亜)への「ネトウヨ」のヘイトスピーチに、「近親憎悪」を感じているせいか、小林は、そのヘイトスピーチ狩りに明け暮れているようだ。

 私から見ると、笑止である。

 先ほどから、小林に「ヘイトスピーチ」や「近親憎悪」の言葉を冠していて、お分かりだと思うが、この男こそが、近二十年ほどの「ヘイトスピーチ」の創始者である。

 「ヘイトスピーチ」とは、感情で、マイナス表現の限りを尽くして、個々の事例の正否(善悪)など度外視で、相手を貶める主張のことである。

 正直、私も、ネットを中心とした、いわゆる「ネトウヨ」や「在特会」みたいな、右翼とは別の、一見 普通の政治運動体に見える普通っぽい者らの異常すぎる現状にはびっくりしていて、なんで、こんな人らが、いつの間にやらはびこり出したのか疑問が尽きないのだが、

 その原初には小林よしのりがいるのは分かる。

 こうして私が書くと、道をつけられた者が、ちゃんと、「小林よしのりヘイトスピーチのまとめ」を作ってくれると思うので、私は面倒なのでまとめないが、

 最近の「ヘイトスピーチ」をされるに至った対象(特定亜細亜)が日本に為し続けている卑劣に目隠しし、これまで「ヘイトスピーチ」の限りを尽くしてきた男が、殊更に「ヘイトスピーチ」をする側に「ヘイトスピーチ」をし続けるさまは、見苦しさの境地だ。

 奴が、その「ヘイトスピーチ」を続けるごとに、私は、「おい、志村! 後ろ! 後ろッ!!」と思う。

           ・・・質問・『「志村~!後ろ~!後ろ~!」とはなんですか? どういうときに使うものですか?』

           ・・・答え・『「8時だヨ!全員集合」のコントネタです。
                  志村けんの後ろにおばけなどが出てきても、志村けんは気づきません。
                  そんなときに観客が気づかない志村けんに向かって
                  「志村~!後ろ後ろ~!」
                  と言うのがお決まりでした。
                  何かに気づいていない人に向かって、気づけよ!という意味で使います。

                                                   (「ヤフー知恵袋」より)

   ◇

 もう一つ、書いておく。

 保守派が進歩主義と言うのを忌避することは、前回、逆説的に描いた。

 小林は、自分の現在の主張こそが、思想の進歩の帰結と思いたいらしい。

 だが、過去の著作(今の思考と正反対)への執着もある。

 過去の考え方は、その文脈の流れの中では正しいと思っているらしい。

 その考え方自体は間違いではない。

 だが、凄まじく無数に、過去考えていた事例と現在考えている事例が同じでありつつも、全く正反対の答えを出していて、それを上記の思考で乗り切れると考えている節がある。

 その矛盾の数々が、彼の古くからの読者を遠ざけ、小林よしのりと言う人間の信用を無にしている。

 二つのことを進言しておく。

     1・必ずしも、現在の思考が正しいとは限らない。

     2・必ずとも、過去の思考が正しいとは限らない。

 現在の思考をあらためるのは、この、小林よしのりと言う「理由後付け感情人間」には難しいだろう。

 だが、せめて、だったら、過去の間違いを徹底的に改めることは出来るだろうよ。

 進歩主義の帰結として、「今・現在」の考え方が正しいと信じているのならね。

 そうしないと、少なくとも、左翼の野郎どもさえも、あんたにゃ、すぐにあいそが尽きる・・・。

   ◇

 更に、もう一つ、書く。

 保守派に限らず、人間はバランスが肝心と言うこと。

 小林よしのりが、現在、誰からも相手にされないのは、もともと情熱でカバーしていた感情寄りの思考回路が、

 老害による感情の偏狭さで、情熱さえも消え失せ、そこには、アンバランスな感情爆発による思考回路だけが残った結果だということだ。

 若さを復活させるのは難しいだろう。

 それは、若いAKBに媚びてどうなるものでもない。

 引退をお勧めするよ・・・。

                                         (2014/03/21)

   ◇   ◇   ◇   ◇

 近日をお楽しみに!

 私、忙しくてごめんね。

                                         (2014/04/15)

コメント

[映画『サンブンノイチ』を観た(寸評)]

2014-04-11 16:10:37 | 新・物語の感想

☆非常に面白かった。

 が!

 この作品の原作者は、映画では、『悪夢のエレベーター』が先にあって、

 どちらも、人生崖っぷちの野郎どもが、一発逆転を狙って起こす犯罪に絡むどんでん返しな展開の数々の物語であり、

 『悪夢の・・・』で充分満腹で、これを何度もやられたら飽きが来るな、と思っていたら、今作も、かなりゴッテリした内容であった。

 品川ヒロシ監督のパワー演出に感動しつつ、面白い面白い、おおーっ! 驚きだ、驚きだ、と見ていくのだが、終盤には、なんか、見ているこっちはおなか一杯になってしまい、結果なんかどうでもよくなってしまっていた。

 最後までかろうじて楽しめたのは、お笑い出身の品川監督の、お笑いの「間(ま)」を大事にしたセリフの応酬の数々だった。

 主演の藤原竜也は、まあ無難な演技で、ジャニーズを辞めた田中聖のヤンキー演技は、品川監督の『漫才ギャング』の上地雄輔からの流れで安心して見られる。

 ネット上の評価で、収穫として語られるのは、ブラックマヨネーズの小杉竜一の演技のようだが、なーんか、私に体格が似ているので、素直に認めがたい。

 窪塚洋介は、なーんか、『ダークナイト』のジョーカーのような、覚悟あるチンピラ然としてやばかった。

 ヒロインの中島美嘉は、おばあちゃんのように痩せて、頬もこけているのに、ちゃんと美人として成立しているのが良かった

          

 セリフが棒読みなのも、「美人なのに、実は普通の女」っぽくて良かったかな。

                                             (2014/04/11)

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[小保方メンバー]

2014-04-09 23:58:56 | 保守の一考

☆・・・凄いね、小保方メンバー・・・。

 私は、今回の記者会見を見ても聞いても、私が数日前に書いたエントリー[「事実」こそが大事・・・]が、全くもって有効なのに驚いてる。

 全く証拠を示さずに、ただ、STAP細胞の存在を信じて、STAP細胞はあるのだから、途中の経過など関係なく、「結果自体が変わるものではない。結果自体が正しく提示されているので問題はないと考えていた」と言っている。

 凄いなぁと思った。

 論になってない「論文」なのである。

 もはや、科学者じゃない。

 オンナのゴリ押しの理屈だ。

 屁理屈じゃん。

 STAP細胞があるかどうかは、とりあえずどーでもいいいから、それを実証する論理的プロセスの段階を示すのが、・・・つまり、過ちを正すのが、今回の記者会見の主旨かと思っていたのだが、

 記者会見は、ひたすらに、この小保方さんのイメージ演出を見せられただけだった・・・。

 私は無性にのりピーの事件を思い出させられたよ・・・。

 せめて、「間違えた」「悪意ではない(法律上の「故意ではない」の意)」と言い張る不正・改ざん写真を訂正する写真を持ってきてくれると思ったのだが、それはなく、ひたすらに「存在する」「存在する」を連呼するだけ。

 まあ、写真を見せられても私にゃ、分からないのだが・・・(写真は調査委には渡しているそうだ)。

 今の「論文」では、実際にSTAP細胞が存在しても、小保方メンバーの理論では証明にならないのだが・・・。

 この先、展開は二転三転しそうだが、そういったのは面倒なので、両者、しばらく沈黙し、調査結果だけを報告して下さい。

 まあ、今回の件で、人間がおこなっている限りにおいて、科学界も「いーかげん」であることがよく分かった・・・。

 しかし、ここまできたら、存在してなくちゃ大変なことになるし、私も、「世界」と言うものに対しての心持ちが悪くなる。

                                             (2014/04/09)

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[「事実」こそが大事・・・(重要な話だけど短くてゴメン!)]

2014-04-05 23:59:19 | 保守の一考

☆私は、かなり前から、「真実」よりも「事実」のほうが大事だよ、と言い続けている。

 真実は、個人個人の感情で全く異なるから、だ。

 だから、『名探偵コナン』の「たったひとつの真実見抜く、見た目は子供、頭脳は大人、その名は名探偵コナン!」のキャッチコピーは、あんまし好きじゃないし、正しいとも思っていない。

 すると、週刊少年サンデーのマンガの「コナン」とは別に、同じく、週刊少年サンデーの『月光条例』の先週号で、うろ覚えで悪いのだが、主人公が「真実はいっぱいあるけど、事実は一つだぜ!」と言っていたので、

「我が意を得たり!! 流石は、藤田和日郎(作者)だ!」と感激した。

   ◇

 「真実」と言うのは、文系の思考回路での産物であり、例えば、ケンカして譲らない両者の真摯な言い分は、それぞれが「真実」足り得るのである。

 だが、「事実」は、感情を配した、物理的な事象だけを言うので、それは、紛うことなく、極めて「科学」の分野での産物と言えるのである。

 ちなみに、「法」は、どのような経緯で判断を下しているのかというと、・・・「情状酌量」の言葉が示す通り、感情的な文系分野で判断されている思考回路と言えよう。

 その「情状酌量」の判断の、右往左往上下前後してしまう基準こそが、永遠のテーマとして、世界中で「不幸な衝突」を繰り返させている。

 ・・・その感情と、それに迎合する文学的思考回路の産物でもあり、法律上の結果には、証拠なき、感情論による判決も、堂々とまかり通っている。

   ◇

 歴史というのは、本来は、「事実」に沿って、・・・科学的に結論が下される類のものだった。

 が、昨今、中国や韓国・北朝鮮による、日本を貶める、事実無視の歴史の解釈は、激しさの度合いを増している。

 いや、中国や韓国・北朝鮮の「特定亜細亜三国」に限らないな、日本以外の国全てが、歴史解釈を「国益重視の感情的主張の吐き出し場所」として捉えているようだ。

   ◇

 科学結果を信じずに、何を基準と考えるのか。

 私が、福島第一原発事故の「放射能」を恐れていないのは、放射線数値がはっきりしており、科学的に判断し、その危険性が皆無だからである。

 これは、素人でも簡単に判断が下せることだ。

 もろもろの、「放射能」に関する、日本における、「原発」の周囲の状況など「文系的な感情論」は全く関係なく、科学での答えは「事実」として結論がついている。

 しかし、「放射能ヒステリー」に狂う国民も多い。

 日本とても、例外じゃないわけだ。

 新型万能細胞「STAP細胞」に関する論文にねつ造疑惑が生じている小保方晴子メンバーを擁護する奴らがいるのも、どうにも信じられない。

 小保方メンバーの容姿が良いからのようだ。

   

 科学の最先端の現場の「事実」認定が、さすがに、下卑た「感情」で歪められている・・・。

 このような問題は、今もって「こじつけ」で信じるのではなく、いったん距離を置くのが、常識的な対応と思われるんだけどね。

 藤村新一メンバーによる旧石器捏造事件に匹敵する事件だと思われるが・・・。

                                              (2014/04/05)

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[映画『チーム・バチスタ FINAL ケルベロスの肖像』を観た(一言寸評)]

2014-04-03 23:59:45 | 物語の感想

☆・・・この小説のシリーズは、映画版でしか知らなくて、それは阿部寛と竹内結子のコンビだったのだが、

 今回は、そのテレビシリーズの映画版で、仲村トオルとチビノリダーのコンビだった。

 最初は、仲村トオル演じる奇矯な厚生省役人白鳥に違和感が起こったのだが、途中からこれもありだなと楽しんだ。

 それまでの映画版2作を見て、一番嫌だったのが、同じ病院で殺人事件が二件起こり、また、両方とも、犯人がキチガイ医者であったことが、日本における犯罪事件・犯罪者の密度を考えると、どうしても解せなかったのだが、

 今回も、かなり凝った事件の状況が、同じ東城大学病院で巻き起こる。

 クライマックスの状況など、これでもかとばかりの事件群である。

 現在の殺人事件と過去の薬害問題…、最新医療機器のシンポジウム…、白鳥の過去の医療過誤事件…、病院のコンピューターがウィルスに冒される…、重要参考人の手術…、押し寄せる救急患者…。

 でも、この事件メガ盛り状況は、本格ミステリ的には、問題ない。

 よくもまあ、これだけの状況をうまくまとめたなぁと、私などは感心した。

 白鳥の相棒となる田口(チビノリ)の、ささやかな恋の相手に医療ルポライターが出てくるのだが、その人がなかなか可愛い。

 先日見た『白ゆき姫殺人事件』で、可愛いなぁと思った娘がAKBグループだったので、自分が嫌になったのだが、

 今作の、この女性もAKBだったらヤダな、これが大島優子ってオンナか?

 などと考えていたら、AKBとは関係ない桐谷美玲だったので、ホッと一安心し、愛でるのだった・・・。

                                            (2014/04/03)

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