『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭

ジュリアナから墓場まで・・・。森羅万象を語るブログです。
ここでは、気軽に読めるエントリーを記していきます^^

[誉められても嬉しくない時 ノーベル賞・硫黄島の星条旗・ポルノ]

2006-10-30 18:47:57 | 保守の一考
 [誉められても嬉しくない時 ノーベル賞・硫黄島の星条旗・ポルノ]

☆昨日(10/29付け)の産経新聞・社会面に、小さくこんな記事が・・・。

 《 「日本は常任理事国に」

 今年のノーベル平和賞の受賞が決まったバングラデシュの経済学者、ムハマド・ユヌス氏(66)が28日、広島市を訪れ、原爆ドームや原爆資料館の見学後に記者会見し、「核兵器の潜在的脅威は世界中どこにでもあり、私も被爆者であるように感じた。軍隊を持たずに大国になった日本は国連の常任理事国になり安全保障について発言権を持ってほしい」と日本への期待を述べた。》

 一昨日、イーストウッド渾身の硫黄島二部作の第一弾『父親たちの星条旗』を観た。

 大作なのだが、イーストウッド監督は、先の大戦、その「アイドル」に祭り上げられてしまった三人の一兵卒の苦悩を、人間ドラマに重点を置き、丹念に抑えた演出で描いていた。

 この三人は、過酷な硫黄島の戦いで、日本側の最重要地点<摺鉢山>の頂上に星条旗を立てた「英雄」とされた。

 しかし、実際には、三人は最初にアメリカ国旗を掲げた者たちではなかった。

 だが、三人を含む六人が星条旗を掲げた写真は、アメリカ国内の新聞の一面を飾り、アメリカでの第二次大戦勝利の代名詞的なイメージとなってしまった。

 また、三人の他に映っている、他の三人の兵士は戦死しており、その三人の素性も、一番目に星条旗を立てた者と、二番目に立てて、その写真を撮られた者と、周囲の兵士の記憶が混沌としており、その活躍を、その最後の瞬間を、心に留めておきたい戦死者の親御さんたちの心を揺さぶるのだった・・・。

 摺鉢山一番乗りの写真が誤認だったと分かった後も、アメリカ政府は、それを発表することなく、厭戦気分のアメリカ国民の気持ちを盛り上げるため、そして、戦費調達のための国債販売宣伝のため、三人を遊説させ続ける。

 三人は、それぞれ三様に、その欺瞞的な行動の渦中にいる自分たちに悩むのだった。

   ◇

 仮に、私がポルノ小説を書いたとする。

 それはもう、読者に興奮してもらえたら最高だろう^^

 マスタベーションでもしてもらえたら、チョー最高だ^^v

 そういった目的で書き、読者に、自分が目標としていた感情を抱いてもらったら、作家として本望だろう。

 ・・・だが、とち狂った評論家が、「これは現在の日本社会の暗部を見事に抉り出している作品で、読者である我々にこれからの日本のあり方を問いかけているのだ」などと評したとしたら・・・。

 誉めてくれているので悪い気はしないが、心から喜ぶべくもなく・・・。

 面映い思いは避けられず、それが度を超したら、

 私も、『父親たちの星条旗』の主人公たちのように苦悩するだろう。

 私が何をいいいたいかと言うと、

 ノーベル賞を学者・ユヌス氏の「日本は常任理事国に」の主張は、常任理事国を待望している日本国にとっては嬉しい言葉であるが、その理由を考えるに及び、何ともユヌス氏の評価の、我々の認識とのギャップに、解せない思いが募ってくるのだ。

 「軍隊を持たずに大国になった日本」だからこそ常任理事国に相応しい、と言う理由は、

 他ならぬ、原爆を落とした、硫黄島で戦った、現在の軍事大国・アメリカとの安全保障条約があったればこそ。

 故に、ユヌス氏の「理由」は崩壊してしまう・・・。

 何よりも、日本には自衛隊が厳然として存在してもいる。

 アメリカに頼らない「平和」を築き、それを維持・継続・拡張する「ピース・メイカー」たる軍隊が軍隊として存在してこそ、日本は常任理事国として真っ当となれよう。

                                                        (2006/10/30)
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[『ジョジョ』荒木飛呂彦・画業二十五周年スペシャルディスク]

2006-10-26 17:12:56 | 物語の感想
▼私は現在、プレステ2を持っていない。壊れているので修理中だ。

 しかし、今日発売のゲーム『ジョジョの奇妙な冒険 ファントム・ブラッド』を予約して購入してしまった。

 『ジョジョ』の作者・荒木飛呂彦の漫画家デビュー25周年記念のスペシャルDVDが予約特典についているからだ。

 こう見えても、私は、その単行本デビュー作『魔少年ビーティー』を、発売日に買った男である。

 以後、全ての荒木作品は、全て初版で持っている。

 私は、第三部の途中で、ニュージーランドに一年間住んでいたのだが、その時も、連載していた『週刊少年ジャンプ』の『ジョジョ』の切抜きを送って貰っていたほどだ。

 ちょうど、承太郎とDIOが最後の闘いをしていたんだ・・・。

 日本に帰ってきたら、ジョジョ(第四部)の主人公がリーゼントヘアーだったので、非常に驚いた記憶がある。

 さて、今日発売であるが故に、ファンは、既にその内容を知っていると思うが、発売記念に一筆書く。

 特典DVDは、四つのコンテンツからなる。

  1・荒木飛呂彦 インタビュー
  2・ゲーム『ジョジョ』テレビCM&撮影風景
  3・ゲーム『ジョジョ』プロモーション映像
  4・映画『ジョジョ ファントム・ブラッド』予告編

 深い意味はなく、「4」から遡ってみた。

 「4」は、面白そうだが、45秒ほどの映像で、物足りない。

 「3」は、なかなか見ごたえがあったが、今、手元にあるゲームの映像を見せられても、解せない。

 「2」は、面白く、特に、「ダルマさんが転んだ」と言う遊びをモチーフにしたCMは、何度見ても笑える^^

 CMの撮影風景も、少女の「ダルマさんが転んだ!」の言葉とともに大勢の大人がポージングを決める様が、ちょっとシュールで抜けていて面白かった^^

 かなり多くのエキストラを使っていて、金が掛かっているCMだなあ^^;

 多人数の大人が、「ジョジョ立ち」を決めている様は壮観だ。

 確か、そんな演劇集団のホームページもあったよね^^

 話が前後するが、「1」の荒木先生インタビューで語られるのだが、「ジョジョ」のポージングは、イタリアの彫刻に由来するようだ^^

 さて、コンテンツの「2」「3」「4」を見たが、総計で7分程度であるし、さほどの希少価値のある映像とも思えない。

 うへ、予約して損はしないけど、得もしないなあ、などと思いつつ、「1」の荒木先生インタビューをクリック!

 これが、三十分くらいの映像で、私は満足した。

 『ジョジョ』第三部のビデオアニメの巻末には、同じく荒木インタビューがあったが、ちょっとよそよそしい雰囲気があった。

 だが、今回のインタビューは、気軽に荒木先生がインタビューを受けていて、なごやかな面持ちが感じられた。

 おそらく、荒木先生宅なのだろうか、高級感漂う居間をバックに、第六部のディオのような、なよった感じの荒木先生が登場している。

  (少しだけ内容紹介・私の知らなかった情報を)

 ・第一部の主人公ジョナサンの名前の由来は、新連載の打ち合わせをファミレス『ジョナサン』で行っていたから^^

 ・ディオの名前の由来は、へヴィメタが好きだったので、そこから。

 ちょうど、本日の『2ちゃんねる』にこんなスレッドが立っていたよ^^

 【音楽】ディオを含むブラック・サバスが復活! ただし名義は“Heaven and Hell”
   http://news18.2ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1161842506/1-100

 ・荒木先生が、第四部の主人公「東方仗助」を好きなのは知っていたが、今のところの全シリーズで「第四部」が一番好きだとのこと。

 荒木先生は、「杜王町の物語は終わってない」とし、続編が書かれるのを匂わしている。

 しかし、吉良吉影以上の魅力的な悪役は、第四部の設定では考えられないのだが。

 ちなみに、私は、この第四部、デビッド・リンチの『ツイン・ピークス』に多大な影響を受けていると思っている。

 ・また、これも何度も聞いた話だが、荒木先生が横山光輝『バビル二世』を非常に参考にしていると言う話。

 でも、初期の頃は、横山作品以上に、白土三平の影響が、画・マンガ表現ともに濃かったと思う。

 ・第三部でのDIOの復活は、「一度死んだ最強の悪役を復活させてみたく、その間に別の話(第二部)を置いた」とのこと。

 いやはや、それにしちゃあ、第二部の完成度は高いぞ!

 私は、カーズが「究極生物」になってしまったので、これ以上の敵は現われないだろうと思ったものだが、第三部から出てきた「スタンド(幽波紋)」の概念が、それを吹き飛ばしてしまった^^;

 ・スタンドの最初のイメージは、「頭の中から飛び出てくるパンチ」^^;

 そのパンチには、能力を持つ個々人で、力強いものもあれば、緑色の薄っぺらいものもあり、刺々しいものもある。そんなイメージだったそうだ。

 ・昔は、戦う女性など、自分(荒木自身)の中に存在しなかったが、時代が流れ、今なら描けると思いそれが徐倫(第六部)に結実したそうだ。

 ・連載中の第七部については、ネタバレになるので、荒木先生の微笑んでいる映像でお茶が濁らされた。

 ・第一部から第三部までは、神話上の闘う男を描いていたような気がしているが、第四部からは、「等身大」のジョジョを目指していると言う。

 第五部のジョルノなどは、思いっきり身体を細く描いたと言う。

 ・独特のポージングは、イタリアの彫刻に感銘を受けたことに由来するが、人間の身体ってものの動作機能をデフォルメすると、ああなるのだそうだ。

 ・擬音は、ホラー映画とプログレッシブ・ロックの影響。

 どうしても、描いた情景に、それらのサウンドを鳴らしたくなるのだそうだ。

 「キュイィィィィン!! チュイン! チュイン!! チュイン!!」だそうだ。

 ・多くの人が、初対面のとき、自分(荒木)を岸辺露伴の如く思って、ビビってやってくるのは困る^^; とのこと。

 いっそのこと、あの岸部露伴のキャラで通そうかと思ったことも・・・。

 てな訳で、露伴先生…、もとい、荒木先生、これからも『ジョジョ』描き続けてください!

 最後に、『ジョジョ』で私の好きなキャラ・ベスト10!

  1・空条承太郎(不動の一位)

  2・DIO様(第三部の時のね)

  3・吉良吉影(最悪で、最高! マギーッッ!!)

  4・カーズ様(考えるのをやめた…、と言う結末には唖然)

  5・リゾット(ボスに挑む一匹狼)

  6・重ちー(不覚にも死に様に泣いた)

  7・杉本玲美(この頃の絵はうまい)

  8・ジャイロ・ツェペリ(生き様に欠点があるのがいい)

  9・ジョセフ・ジョースター(第三部の初老の頃ね)

  10・岸部露伴(言葉が勉強になる。リアリティ!)

 てゆ~か、今、コミックスを見返していて気づいたのだが、私、吉良吉影よりも年上だよ^^; ドギャーーンッ!!

                                      (2006/10/26)
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[若者よ! 「物語」の表面だけをなぞるな!]

2006-10-13 07:30:09 | 保守の一考
☆この文章は二年半前に書いた未完の文章です(H16 序盤3/17・18 中盤4/4)。

 力入れて書いているのだが、尻切れトンボの文章になっている^^;

 でも、この文章には、既に同じテーマが繰り返し繰り返し語られている。

 私が繰り返し語っているのは、

  【あなたが知ったに過ぎない経験は、あなたの経験ではない】
  【他者の具体的事例は、あなた自身に当て嵌められるものではない】
  【判例を採用するのは、非常に慎重さが必要だ】

                    ってことである。

 内容が古いが、なにぶん、二年半前の文章なので堪忍してね^^

 何ゆえに、この文章を再掲するかと言うと、

 『十四才の母』と言うドラマが視聴者に悪い影響を与える、と言う、やや浅い主張が多いからだ。

 私は、『十四才の母』と言うドラマで示された得意なシチュエーションに自分を重ね合わせる精神性こそ問題なのだよ、と言いたいのだ。

   [同化・感情移入・憑依・シンクロ・フュージョンなどなど]

▼『ヘーゲル・バッハ・エッシャー』ならぬ、「飯島愛・AIKO・小林よしのり」なる拙文を、足早に書いてみたい。

 若き頃、友人の間では、どこからともなく無修正アダルトビデオが回ってくるものだ。ある日、飯島愛の裏ビデオが回ってきた。私は、飯島愛は好みではなかったのだが、やはり、AVギャル出身であるにもかかわらず、あそこまでテレビでメジャーになった訳でもあり、興味深く鑑賞した。

   (感想)飯島愛さん、看護婦さんの扮装でノリノリで出演してました。

 その後、更にテレビで活躍するに及び、飯島愛は、AV出演の過去を問われると、「ああ、私のそっくりさんがいるのよねぇ」とうそぶき、古くからのファン(つまりAV女優時代からのファン、彼女の人気を支え続けてきたファン)を悲しさとともに、失笑させたと言う・・・(いや、確かに、一時期、飯島恋と言うのがいたらしい)。

 宮台真司が、「飯島愛を目指してAVギャルになってしまう女の子」について語る場面に出くわしたことがあるのだが、彼が言うには、「飯島愛は特別に運が良いだけで、みんながみんな、AVギャルになったら、彼女みたいになれると思ったら大間違いなので、そのような動機の女の子に巡り会ったら、やめるように言っている」てなことを言っていた。いや、誰が言っても当たり前のセリフなのだが、宮台氏が言うとなると、なんか特別なことのように聞こえる^^;

 ここで、記憶しておいて欲しいのが、<AVギャルになったら、飯島愛のようになれると思ってしまう女の子>の存在である。

 その後、飯島愛は、隠しきれなくなった過去を・・・、いや、自分自身を偽るのが嫌になったのか・・・、自叙伝みたいな『プラトニック・セックス』と言う本を出版した。これが、売れた。テレビドラマにもなったし、映画化もされた。しかし、それも、やはり、偽りの内容だ。つまり、AVギャルであった隠しようのない過去を、あたかも赤裸々に告白したように見せかけて、そこに、現在の飯島愛の感情を混ぜ込んで、読者の共感を得ようとする、もう一つの過去(フィクション)を生み出した訳だ。・・・いやはや、私はノーカットのビデオを見ているのだよ。もう喜んで快感を貪る飯島愛の姿を見ているのですよ。丸出しなんですよ。・・・そこに、「愛」だの「純粋」だの「無垢」だのをデコレイトした嘘過去物語を見せられても、呆然と見送るしかない。

 しかし、ここで、問題なのが、その本『プラトニック・セックス』や、その映画、そのドラマを見て、飯島愛を見直すバカがいる。いや、それは結構^^ それは、飯島愛の作戦勝ちだ。しかし、その物語に描かれる、例えば、心にもないAV出演や、不純異性交遊(^^;)の姿を見て、自分も「やむにやまれず」気分になって、実際は「(自分の置かれた状況において)やむにやまれ」てないのに、AV出演等をしてみちゃう女の子がいると言う事実だ・・・。

 つまり、楽しくてやっていた不道徳な行為を、年を経て恥ずかしく思った飯島愛が、過去を美化すべく書いた、あたかも「やむにやまれず」したかのように描いた物語を、それを見た女の子達が「やむにやまれ」てもいないのに、その気になってしまうと言う<悪循環>があることに注目して欲しいのだ。

 思えば、やはり、飯島愛は「時代の寵児」なのだろう。どのような局面においても、日本の女の子の半分に影響を与えている。しかし、最近テレビでその姿を見ると、少し寂しげだ。『プラトニック・セックス』で自分は癒され、過去の清算が出来たと思ったに違いないのだろうが、その賞味期限が切れ、再び、自分の良心が、自分の過去の不徳を責めているのかも知れない。私は、最近の、諦観のこもった飯島愛の瞳を見る度に、「この人、いい人かも知れない・・・」と思うのだ。最近のAV女優には、飯島愛に残された、このような良心の欠片さえ見当たらない・・・。・・・飯島愛のように、歳を経て現われてくる羞恥心もある。いや、あった。しかし、今の若者には、おそらく、それがなくなりかけてる・・・(この問題に関しては、いつか長文)。

 映画『プリティ・ウーマン』が公開された頃の「ニューズウィーク」で、こんな記事があった。 アメリカの女の子の間で、「プリティ・ウーマン症候群」てのが流行っているのだと。・・・その作品は、まあ、リチャード・ギア扮する孤独な富豪に、下町の娼婦ジュリア・ロバーツが巡り会い、気に掛けられ、恋に落ちる、という話だ。もちろん、ハッピーエンドなのだが、多くのアメリカの女の子が、自分にもそんなシンデレラストーリーが訪れると思っちゃうそうなのだ・・・。その話を聞いた当時の私は、「そんなバカな」と思ったものだが、その後、十数年を経て、私は、世の中は「そんな単純な」人間ばかりで、「そんなバカな」ものであることを知った。「そんな」人びとに影響を与えなくては、世の中を変えることは出来ないのだと分かった・・・。

 ♪飯島愛の「愛」は、AIKOの「AI」^^

 ▼歌手AIKOは、私の最も好きな歌手だ。多分、永遠に聞き続けるだろう(椎名林檎も大好きだったが、結婚してから精彩を欠く)。いや、AIKOの魅力を記すのが、本稿の趣旨ではない。彼女のアルバム『夏服』のある楽曲にこんな詞がある、

   ♪後ろ振り向かずに歩くこと あたしは何があっても生きる
   ♪誰が何を言おうが関係ない あたしは味方よ・・・

 その歌を繰り返し聞き、当時、その女の子がつきあっていた彼氏に、途方もなく失礼なことを仕出かした女の子を私は知っている。私は「いや、AIKOは、お前さんのような愛を踏みにじった行為を肯定してはいないぞ。愛を貫くために犯した罪を肯定してるんだぞ!」

 私は言ったものだが、その子は、AIKOの歌が、自分のおかれている現実の具体例とは全く違うのにもかかわらず、AIKOの歌に描かれているストーリーに自分を重ねて、自分のメチャクチャな行為を正当化した訳だ・・・。

 私は、私の友人の為に、その女の子の頭をかち割ってやりたいほどの怒りを持ち続けている。いや、実際のところ、会ったところで、そんなことはしない。でも、心の中では激怒し続けている。・・・心の中で思うことと、実際に実行することとは、天と地ほどの開きがある・・・。

 つまり、余談ではあるが、ニュースを騒がす犯罪者が、自分と似たような性質を持つものであろうとも、あなたと、その犯罪者は、まったく異なる存在なのである。

 先ほどの、十年程前の『プリティ・ウーマン』の頃のジュリア・ロバーツとは、全く関係ない話なのですが、最近のジュリアの話を書きます。現在はどうだか分からないが、二、三年前のジュリア・ロバーツは、ハリウッド女優№1の出演料だったそうだ。人気者ゆえに、プライベートを探る雑誌記者や、パパラッチに追いまわされることも頻繁だったそうだ。・・・で、あるインタビューの時、しつこく男性関係を聞かれたジュリア・ロバーツは、遂にブチ切れてしまったそうだ。以下、下品ではあるが、ジュリアの肉声・・・。

   「私のマンコが、誰のチンポをくわえ込もうが、あんたらには関係ねえんだよ!!」

 私は、その話を聞き、ジュリア・ロバーツが大好きになってしまった。いやはや、よほど、ゴシップ誌の取材に辟易していたのだろう・・・。

 もちろん、普通の人が同様のセリフを言っても、許され難い。ハリウッド一の女優が、さすがに「堪忍袋の緒」が切れたからこそ、言えるセリフなのだ。そう、あなたが言っても、ただの社会非適合者のセリフにしか聞こえないかも知れない。社会に生きていく限りにおいては、度を超さない程度のプライベートへの干渉は、必ずあるものだ・・・。

 ▼女性の例ばかり挙げているが、男性だって負けていない。シルベスター・スタローン! 彼の映画を見た若者はやはり感化される。多くの中学生高校生男子は、『ロッキー』を見た後に必ず、身体を鍛えたくなる(腹筋・腕立て^^;)衝動に駆られるはずだ。ボクシングをやっていた訳でもないのに、大勝負が控えている訳でもないのに、ロッキーの境遇にシンクロし、ある者は情けなくも三日で挫折し、ある者は本気になり、ボクシングジムなんかに通い始めてしまう・・・。

 ▼小林よしのりの章に進む前に、もう一つAIKOの話。アルバム『小さな丸い好日』の中に、こんな詞の楽曲がある。

   ♪もしも罪を犯し 世界中敵にまわしても あなたと眠る夢を見続けたい・・・

 このような歌詞は、恋をし始めた時の誰もが、共感してしまうものだろう・・・。

 そう、荒野・・・、地平線いっぱいに敵の軍隊がいる。自分は恋人を片手にかき抱き、その恋人を守る為、戦う決意をする。

 ・・・ははは、自分など、たかが知れている人間なのに、そんな歌に、自分の妄想を重ね合わせたりするのである・・・。

     ♪AIKOの「KO」は、小林よしのりの「小」

 ▼小林よしのり氏についてだが、私は、かつて、他の掲示板で、彼の思想転向に際し、裏切られた思いを抱き、批判を尽くしたものだが、今は、その怒りも冷めた。

 一つに、私も、「便所の落書き」レベルではあるが、このように人様の目にとまる場所で意見を主張したことによって、小林よしのり氏の気持ちが、その万分の一でしかないのだが理解できるようになったのだ。

 恐るべきは、彼の強靭な精神力である。いや、例えば戦時中の戦場であれば、彼はその強さを発揮できないかも知れない。しかし、この、平和な日本の、情報戦争の中においては、彼は至上の強さを誇ろう(ホントは、その最強表現手段<マンガ>に、文章のみで対抗できている西尾幹二先生らの方が凄いのであるが・・・)。

 二つ目に、現在の彼が、それまでは言論界の中心を牛耳るかの勢いであったのだが、最近の彼が、言論界の一角を確実死守するかのような言動に変わってきているのに気付いたからだ。

 今の彼が保守言論の中心にいたら、現実の社会に多くの弊害が出よう。しかし、彼が、言論界の一角に存在する所存であるのなら、絶対的に必要な存在であった。多くの意見の一つとしてなら、彼は正しいのである。

 三つ目に、彼自身にとって、出版社にとって、「小林よしのり」という存在が、これからも何とかして稼がなくては、稼いでもらわなくてはならないブランドであるだろうと思ったからだ。稼ぐためには、一風変わった正しさを示さなくてはならない。反米だろうが親米だろうが、賛戦だろうが反戦だろうが、日本の保守思想を語れなくはないのである。
彼は、稼げる方を撰んだだけだ。自分の信念に忠実に、だ。

 発言者としての小林よしのり氏は、まあ、それまでも、個々の具体事例に対し、それぞれに対応した言論を主張して来た。故に、それぞれの、彼の提出した答えは、その具体事例によって、全く異なった答えを出す。それは当然なことで、根本的な間違いも多々あるのだが、それに対し「矛盾している!」などと批判するのはおかしい。

 他の知識人たちの言説よりも、はるかに自分をさらけ出しているパーセンテージの高い知識人である小林よしのり氏は、その長大著書「ゴーマニズム宣言」によって、上記に記したような<根本的間違い>の理由(情報の欠落)を読者にも理解させているのである。
故に、「矛盾している!」と言う批判はあたらない、読者は、ネットや、街中での読者同士の議論をもって、小林よしのり氏の「根本的間違い(情報の欠落)」を指摘し、それによって、彼への愛憎と言う両極端の感情を得るのである。

 (彼が関連した<具体的事例>)・・・「言論の規制問題」「「プライバシー(ピャ-ボー)事件」「部落差別問題」「薬害エイズ問題」「オウム真理教事件」・・・、etc、etc・・・。
 そして、「従軍慰安婦問題」に発する「歴史教科書問題」に至った・・・。

 そして、昨今、小林よしのり氏の言説は、多くの具体的事例・事件の底流には、現代日本人の「保守的思想」の欠損があるのではないか、との結論を得たとみられる。
つまり、ここで、多くの事件や問題の根本原因の存在(「保守思想」の欠損)を知るのである。とりあえず、その思想に照らし合わせれば、答えは得られると言うものである。
いや、ここにおいて、私は、保守思想が真理であるなどとは言ってないですよ。共産主義思想だって、その思想を軸にして世界を見分けられるし、左翼リベラリズム、進歩主義的思想でも世界を見分ける中心軸とすることは出来ます^^

 ただ、小林よしのり氏は、その経験及び、もって生まれた彼独自の思想的バランス感覚をして、「保守的思想」を自分の思想とし、それを内に秘め、多くの言論を闘うことになった訳だ。

 「歴史教科書問題」は多くの問題を孕んでいる。・・・歴史それ自体の真実の解読。・・・それを歪める近隣諸国・国内左翼勢力との関係。・・・教科書であるが故の子供への教育的影響、・・・その子供達は、将来、日本国を担うのである。

 「嘘」の歴史を教えられたらどうなるか?

 「他国からの不当な干渉」に屈したらどうなるか?

 国は遅かれ早かれ滅びることになる・・・。(歴史)教科書は、そういった「真っ当な概念(道徳)」をも教育せしめなくてはならない責務を負う。

 家族・親類・縁者、隣人を愛し、守らなくてはならない、そして! それを脅かすものに対しては、戦争を辞さない。それが、至極あたりまえの「道」だ。

   (小余談^^)世界最大部数を誇る週刊誌「少年ジャンプ」の数々のヒーロー達も、当然に戦い続けている。

 そこで、「いかなる戦争も反対!」とか言うバカに対しては、あんたの親類・縁者・親戚は俺らが守るから、あんただけ「殺されてくれ」と言いたいものだ。

 と、話が脱線したが、小林よしのり氏も似たような思考を持って、保守的(=新しい歴史教科書をつくる会)活動に勤しんでいた。

 ▼だが、2001年の「9・11 NY同時多発テロ」が起こり、それに際し、小林よしのり氏は、その劇的状況に叫んだ訳だ。「その手があったか~っ!」

 正直、私も、そう思った。「こんな凄まじいテロ方法は、人間のイマジネーションの究極の産物だ」と・・・。しかし、犯罪者への賛辞はそれまでである。犯罪者は、断罪されねばならない。アメリカの、その後の取った行動は全く納得出来るし、同盟国として、日本が取るべき道も限定される(フランスやドイツの出方や、そこと日本との対比は、今は割愛)。

 しかし、小林よしのり氏は、そんな日本の現状を、そんな日本政府を指示する保守派言論人を許さなかった。

 <・・・アメリカは、先の大戦の敵国である。日本に直接的な被害を負わせ、今もって間接的な被害を与え続けている国だ。にもかかわらず、その悪の帝国に、何の主張もせぬままに米国の言いなりになるとは何事だ、と。また、それを支持する保守派言論人は何者だ!>

 と・・・。

 だが、世の中は、そんなにシンプルではない。小林よしのり氏が断罪した政治家も、言論人も、易々と米国追従に与している訳でもない。

 少なくとも、親米保守派言論人の全てが、90%の<反米意識>を内に秘めていると言う事実があろう。その悉くの著書が、先の大戦前後よりの米国の影響を国難と解している。彼らは、私などが生まれるよりも遥か昔から、そんなことは繰り返し主張してきているのである。

 小林よしのり氏が、その彼らを責める語彙・理論は、責められている彼ら・親米保守派言論人が過去に語り尽くしてきた言論である。

 何故、「ポチ保守」などと罵られる親米保守派が、現在、アメリカのやり方に従う日本政府を支持しているかと言うと、この二点に尽きる。

  ①・どっちかと言うと、アメリカの傲岸不遜な正義の方が、イスラム諸国の国際社会への不満を<過激>に体現したテロリスト集団よりも、今の日本の正義に近いから(相対化)

  ②・また、かつての敵国ではあるが、現在の同盟国でもあり、世界唯一の強国であるからして、その<力>を取り込むのは得策だと考えているから(パワーバランスにおける優位)

 つまり、アメリカは、日本にとって忌むべき相手ではあるが、世界には、もっとなりふり構わない国が多数存在する。ちっとは話の分かるアメリカと組んで、極悪退治をしようとするのは当たり前のことだ。遥か彼方の、究極の理想ばかり追っているなら、共産党と同じだよ、ってことなのだ。・・・と、このような要旨を、私さえも何度語ったことか・・・。

 この稿は、小林よしのり氏の問題について語っているので、親米保守の問題はこれにてやめますが、もう一つ・・・。「保守思想」と言うのは、その思想の10数%に「悪」を内包しなくてはならない側面があるのです。人間なんて、そんなものじゃないですか?^^ 生きてること自体が、多くの悪事を生み出している。でも、残りの80数%を善行に向けるのが、現実に則した思想と言うものなのです。

 どんな人間も、思想は思想として持っている。しかし、現実の問題が、その思想に能天気にあてはめる事によって解決できるとは限らないのである。

   (繰り返す)

 私は、「保守思想」とは、人間として生きていく為の10数%の悪徳を内に秘めているものだと思っている。確かに、アメリカは、日本のような純粋な国家ではない。傲岸不遜な国家である。しかし、その国と組むという悪徳を犯しつつも、残り80数%の善行を達成していくのが<保守する>と言う事である。

 遥か彼方の至高の理想を追求するのは悪かない、むしろ、いい事だ。しかし、現実は厳しく、例外に満ちている。自分の正義が、相手にとっての正義とは限らない。言論でならば、素晴らしき思想の理想を追えようが、それを現実の世界で実現させたい<真の言論者>にとっては、どこかで<妥協>と言う<悪徳>を犯し、思想と、現実の政治との<折り合い>をつけなくてはならないのだ。

 真摯な言論者であればあるほど、その身は汚れていくと言うジレンマがある。

 近頃の小林よしのり氏は、遥かな至高の理想を語り、安穏のうちにいる平和な人々に自分の主張をしつつ、まさに侵入してこようとする世界の悪徳に対し警告を発している言論者に対しては罵倒を繰り返し、その低レベルな論争と言う<異常状況>で好事魔を引寄せ、お金を稼いでいる・・・。

 いま、まさにそこにある危機に対し、現時点では、日本は為す術を持たない。故に、にっくき帝国・アメリカを利用しなくてはならない(いや、私は、イスラム諸国同様、アメリカも大好きです^^)。それが、親米保守派の冷徹な選択である。苦渋はないようである、すんなりと導き出される答えであった。

 雲の彼方の理想ならば、幾らでも語れる。だが、それは共産党と一緒だよ、とは何度も繰り返している。・・・小林よしのり氏は、現実の中で、頭をフル回転させている真摯な言論者の気持ちを分かって欲しいものだ。そう、日本を含めたアメリカ側が敵対しているのは、小林よしのり氏が、好き勝手な言説を振りかざす事を許さないような社会の住人たちなのだから・・・。少なくともアメリカには、言論の自由が保障されている。小林よしのり氏は、自由主義陣営の恩恵には身をドップリと浸しつつ、アメリカの自由を非難し、また、好き勝手なことを言える日本の平和の恩恵に与りつつも、現在の日本を批判し続けるのだ。・・・それは、思想以前の経済行為に他ならないのだが・・・。

 ▽(ちょい余談)・・・対して、左翼の方たちは、人間と言うものは100%正しくあるべきだ、と考えているようだ。それは言いのだが、それにも段階がありそうなものだが、バカなので、それが行き過ぎて、人間は100%正しいのだ、と言う考えに行き着いてしまっている。故に、「知る権利」などを理想化し、心の未熟な小学生の低学年から過激な性教育を施したりする。また、「子供を信じる」という美辞麗句にのせられ、非行に走るかも知れない子供の監視を怠る。また、「いかなる戦争も反対」などと言って、対テロ戦争において、その現地(例えば、イラク)に「人間の楯」などとして行き、テロ集団・テロ国家をほくそ笑えましたりする。

 もう、冷徹な判断を下して欲しい。相対的に考え、「戦争」と「テロ」では、どちらが<悪>として点数が高いのかと・・・。こう言ってもいい、現在の日本にとって、アメリカとテロリスト集団ではどちらが<悪>かと・・・。では、「戦争」と「テロ」に、「虐殺」を加えてもいい、どれが「悪」の点数が高いのかと・・・。戦争を内包したアメリカと、テロを内包したイスラム国家と、虐殺を内包した中国・・・。「どれもが<悪>だ」などという逃げ口上こそが、「人間の楯」を組織し、より[悪度]の高い者どもを生き長らえさせるのである。

 私は、繰り返し、左翼の方に言いたい。「死ぬのはあなただけにしてくれ! あなたの隣人を巻き込むな。私は、やられるならば、やるし、あなたが喜んで殺される自由は認めるが、あなたの隣人が殺されるのは絶対に見逃す事はできないぞ」と・・・。

 ▼アメリカは悪い、自国の国益優先し、自分勝手に弱いものイジメをしやがる。しかし、アメリカは、その国民を守る義務がある。その弱いもの(タリバン政権・フセイン政権)が狂人と化し、暴れまくったら、成敗しなくてはならない。

 ここでポイントなのが、アメリカが「弱いものイジメ」をするのが悪い、と言う意見があろうが、「弱いものイジメ」が起こる前段階として、両国の利害関係が存在している、と言う現実がある。そこにおいて起こった「弱いものイジメ」は、それは、もう、残念ながら、アメリカには強大な力があり、アメリカの方が強かったという悲しい現実の現われだ。

 では、弱者はどうするか? その闘争方法の一つとして「テロ」はあろう。しょうがないのである。テロは永遠に行なわれ、対するアメリカ側は、永遠に討伐戦争をし続けるのである。・・・そう「トムとジェリー」のように<仲よくケンカ>し続けるのである。
日本は、アメリカ側である。異論はあろうが、下記の事由により、どうしようもなくアメリカ側であるが故に、テロリストに対し断固戦うことになる。

 小林よしのり氏は、その、アルカイーダのテロリスト、タリバン、フセインの兵士たちを、明治維新前後の攘夷派や、先の大戦前後の日本軍及び日本兵と重ね合わせているようなのだ。世界貿易センタービルに突っ込んだテロリストを、日本の神風特攻隊の兵士とは異なる、とは言っていたと思うのだが、アメリカに対しての憎悪を、アルカイーダ及びタリバン・フセイン政権への好意に翻した時、そこには、自分の「正義・戦士の美徳」を同調させずには済まなくなってしまったようだ。つまり、かつて、アメリカに戦いを挑み、潔く命を散らした日本兵を、現在においても「悪の帝国」と言えるアメリカに戦いを挑むアルカイーダのテロリストと似たものだと感じてしまったらしいのだ。

 いや、そもそも、アメリカが憎いからと言って、アルカイーダのやり方を賛美できよう筈はないのである。ましてや、旧日本兵や幕末の「ラスト・サムライ」たちと、テロリストを同列にするなど言語道断なのである。

 テロリストは、イスラム諸国の国民の意思の反映ではないのである。敬虔なムスリムたちの、人間であるが故の悪徳の極北に過ぎないのである。人間は、そんな悪を内に秘めつつも、そんな悪を打ち消しつつ、神に祈り、生きているのである。

 悪を開放し尽くしたアルカイーダの如きテロリストは断じて、先の大戦においての旧日本兵の如き、全国民の思惟の代表なのではないのである。

 日本軍が、まえもって作戦上、他国の市民を「武器の一部」として使用したことがあったであろうか?

 日本軍が、テロリスト的に、宣戦布告もなしに戦いを挑んだことがあっただろうか?
いや、そもそも、テロリストは、兵士じゃないか・・・^^; 説明を要するかも知れないが、タリバンもフセインの私兵も同根である。

 テロリスト如きは、その出身国の歴史・伝統・文化・社会・宗教の代表者足り得ないのである。(続く)

 ☆ダメだあ。今週も完成できない。ここらから、今までの全てがひっくるめられたフィナーレに向かいます。ちゃんと、全てが繋がりますから御安心を^^

 ここまで「H16 序盤3/17・18 中盤4/4」です。終盤もすぐに書きますから^^; また、文章の不備は適宜直しますんでヨロピコ!

 (現在)・・・と、こうして頑張って書いていたのですが、未完です^^;

 この後、小林よしのりが反米になった原初には、イスラムへの初心者案内として観た『ランボーⅢ』の、その主人公への同調があったのではなかろうか?

 と、話を進めていく予定でした。

  相棒(?)となる西部邁をトラウトマン大佐に見立て、大軍隊を相手に言論戦争を挑むイメージです^^;

                                              (2006/10/13)
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[復活の『世界名作劇場』!!]

2006-10-02 16:46:09 | 物語の感想
▼・・・《あの人気アニメ「世界名作劇場」が10年ぶり復活、BSフジで》

 <平成9年3月に終了したフジテレビ系人気アニメシリーズ「世界名作劇場」が10年ぶりにBSフジで復活することが1日、分かった。
 来年1月7日スタートの第1弾は、「レ・ミゼラブル 少女コゼット」(日曜後7・30、全52話)。9世紀の荒廃したパリを舞台に、逆境にめげずけなげに生きる少女の姿を描く。昭和62年の東宝ミュージカル「レ・ミゼラブル」でコゼット役を演じた女優の斉藤由貴(40)が主題歌を歌うことも決まった。
 「-劇場」は昭和50年1月にスタートし、アニメとしては異例の平均視聴率22.5%を記録した大人気作「フランダースの犬」から、「家なき子レミ」まで世界の名作文学23作をアニメ化。自然と共存する人間の姿や親子の愛、友情、思いやりなど普遍的なテーマを分かりやすく描き、日曜の夕食後のひとときに親子そろって見られる番組として人気だった。
 当時の子供たちが大人になり、BSフジ内でも「良質なアニメを自分の子供にも見せたい」との声が上がっていたことから復活が決まった。
 同局は、過去の人気作を1作につき約2時間に凝縮したダイジェスト版を2週連続(前後編)で放送中で、旧作を振り返り、新作を迎えるといった楽しみ方もできそうだ。(「産経Web」より 10/02 15:31)>

▼私の年頃では「カルピス劇場」、

 私の彼女にしたい年頃では「ハウス劇場」、

 私の彼女にしたい年頃なのだが、彼女にしてしまったら犯罪になる年頃の女の子にとっては「NTT提供」として名高い『世界名作劇場』が(花王や味の素、マテル社の時もありました)、十年ぶりにテレビで復活するのだそうだ^^

 放送局はフジテレビだが、BS放送だそうだ。

 ともあれ、確実に続いていて欲しい番組枠だったので、復活は嬉しい^^

 もっとも、その「ハウス劇場」の頃には、私は見ることはなくなっていたのだが、

 自分が成長するにつれて、生活の中で、その作品の場面場面を思い出したものである・・・。

 だって、大河アニメが一年かけてじっくり語られていくんだ。

 幼少の、何でも吸収していく成長期に、多くを教わった気がする。

 これから、生まれ育つ子供たちにも、是非、その時代その時代での「名作劇場」を見て、

 夢や希望や冒険心や感動やロリ心(^^;)を得て欲しいのである。

 うん、思い出すなあ・・・、アロアやフィオリーナ、アリスやペリーヌ、ダイアナやルビー、メアリーやベッキー、リゼットやフローネ、エミリーやルーシー、ケイトやアンネット、マリアンやカトリやヘレナ・・・^^ポワワワワワ~ン☆

   「・・・って、お前! 女の子キャラばかりじゃないか!!」

 しかも、アンは好みじゃないので外してるし^^;

 ほんじゃあ、

 ・・・パトラッシュにアメディオ、ラスカルにパリカールにバロン、シーザーにメルクル、モッシュにリトル、ぺーペルにクラウスにアベル・・・。

   「それは、動物キャラクターだべ!?^^;」

 ・・・しかし、やっぱり、私の苦手な『赤毛のアン』には動物マスコットキャラが出ていない・・・。

 アンの性格が、子供心にどうしても理解できなかったのだ。

 そう、挙げているヒロインやマスコットキャラの名前で分かるように、私は、せいぜい『牧場の少女カトリ』までしかちゃんと見ていない。

 この翌年に、中年男性に一大ブームを巻き起こした『小公女セーラ』が始まったようだが、私は高校受験期に入った頃で、見なくなっていた。

  (全作品リスト)

 ・『フランダースの犬』(1975)

 ・『母をたずねて三千里』(1976)

 ・『あらいぐま ラスカル』(1977)

 ・『ペリーヌ物語』(1978)

 ・『赤毛のアン』(1979)

 ・『トム・ソーヤの冒険』(1980)

 ・『ふしぎな島のフローネ』(1981)

 ・『南の虹のルーシー』(1982)

 ・『アルプス物語 わたしのアンネット』(1983)

 ・『牧場の少女カトリ』(1984)

 ・『小公女セーラ』(1985)

 ・『愛少女ポリアンナ物語』(1986)

 ・『愛の若草物語」(1987)

 ・『小公子セディ』(1988)

 ・『ピーターパンの冒険』(1989)

 ・『私のあしながおじさん』(1990)

 ・『トラップ一家物語』(1991)

 ・『大草原の小さな天使 ブッシュベイビー』(1992)

 ・『若草物語 ナンとジョー先生』(1993)

 ・『七つの海のティコ』(1994)

 ・『ロミオの青い空』(1995)

 ・『名犬ラッシー』(1996)

 ・『家なき子レミ』(1996~97)

 このリストの放映年を見るだけで、「名作劇場」末期が厳しかったことがわかろうものだ。

 『名犬ラッシー』は一年持たなかったのである・・・。

 視聴率が悪化・・・、打ち切りとなったのだった。

 一年間かけてじっくりと主人公の成長を追い、視聴者の成長も促すと言う不文律が断ち切られてしまった。

 てこ入れ策として、今見ても「萌える美少女」である『家なき子レミ』が導入されたが、時は既に遅く、数年前から増えてきた即物的な子供の娯楽(テレビゲームに代表されよう)の前には、番組枠自体が消滅することとなった。

 それが、十年の時を経て、BSと言う「求める者が視聴する」新天地で蘇る。

 『レ・ミゼラブル 少女コゼット』だそうだ。

 ちゃんと、一年間全52話の枠が予定されている。

 「9世紀の荒廃したパリを舞台に、逆境にめげずけなげに生きる少女の姿を描く」のだそうだ。

 もう、美少女コゼットが、不幸な境遇の中で、ひたむきに健気に、笑顔を忘れずに、おませなおしゃまさんとして(^^;)頑張って暮らしていく感動ストーリーに違いあるまい。

 ジャンバルジャンを求めて、私もコゼットとともにパリ下水道をさまよいたいと思う。

 思い出すなあ・・・。

 『フランダースの犬』の最終回を見ていた幼少時、隣で見ていた親父が「男泣き」していたことを・・・。

 当時の子供の頃の私は、ネロの死の意味がよく理解できていなかった・・・。

 PS.
 皆さん、上記のリストに『アルプスの少女ハイジ』がないのが不思議でしょう。
 深いわけがあるらしい・・・。

  (世界名作劇場枠・前史リスト)

 ・『どろろ』(1969)

 ・『どろろと百鬼丸』(1969)

 ・『ムーミン』(1970)

 ・『アンデルセン物語』(1971)

 ・『ムーミン(第二シリーズ)』(1972)

 ・『山ねずみ ロッキーチャック』(1973)

 ・『アルプスの少女ハイジ』(1974)

 これらの作品もカルピスの一社提供で、「カルピス劇場」の括りで呼べるのである。

 だが、「世界名作劇場」とは呼べない【業界のタブー】があるらしい^^;

 製作会社が、それまでのズイヨー映像(瑞鷹エンタープライズ)から、以後、日本アニメーションに替わったことだけは確かである・・・。

  (参考文献・アンチョコ^^)

 『20世紀テレビ読本 世界名作劇場大全(松本正司著/同文書院)』・・・好著☆

                                   (2006/10/02)
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[『悠仁親王殿下のご誕生をお祝いする集い』に行く]

2006-10-01 19:34:39 | 保守の一考
▼昨日(9/30)、ネットの友人である まほきゃすと氏と有楽町駅にて待ち合わせ、<日本会議・皇室の伝統を守る国民の会>が催した『悠仁親王殿下の誕生をお祝いする会』に行った。

 会場の日比谷公会堂前の日比谷公園では、『グローバルフェスタ』なる、国際協力団体(NPOやらNGOなど)のお祭りが催されており、そのパンフレットには「あなたも地球人」などと、やや左翼チックなキャッチコピー。

 でも、活動している若者、特に女の子たちは元気いっぱいで可愛かった。

 私 「左翼風の集まりには、若い可愛い女がいっぱいいますね^^;」

 まほ「それが、なかなかの保守運動の課題ですね・・・」

 私 「保守的な中では、女は女の役割があるとされますからね。左翼界では、女も派手に活躍できるからでしょうか・・・」

 まほ「でも、女性は、それで、後々、後悔する事も多いのです・・・」

 私 「ふむ~」

 公園を抜けると、公会堂が目の前にあった。

 年季の入った味わい深い建物だった^^;

 午後一時半開場の、二時から四時までの催し。

 会場に入る。

 暗色の高年齢の方が集っていた・・・。

 受付を済まし、ロビーに進むと、悠仁親王殿下誕生祝賀の記帳が行われていた。

 その係員として、制服に身を包んだ凛々しい女学生がいた。

 高校生にも見えたが、中学生かもしれない。

     ・・・可愛かった。

 この子の存在で、くだんの左翼の催しに勝ったな、と思う。

 その娘と目が合う。

 その鋭い視線が、私の目を射って、私は目を伏せるのだった。

▼私たちが会場に入った時には、一割程度の客入りであったが、ロビーでコーヒーを飲んでいると、続々と客が詰め掛け、開演直前には満席状態となった。

 売店でコーヒーを買った訳だが、売店のおばさんが、私たちの視線が値段に向けられると同時に、

「外よりちょっとお高いですが、よく冷えています^^」

 と間髪入れずに言ったのが面白かった^^

 確かに、500mlペットボトルの飲料は、定価は140円くらいだが、ここでは200円なのだ。

 私は、ホットコーヒーを紙コップに注いでもらった。

 売店のおばさんが、砂糖やミルクを入れてくれるのが、なんか珍しいサービスで嬉しかった^^

 まほ氏と二人、ロビーでお茶してると、<新しい教科書をつくる会>の新会長・小林正氏が歩いていた。

 内紛続きの<つくる会>・・・。

 小林新会長は、その渦中で、会長職を任され、苦労が多いことだろう・・・。

 私は、ロビーに立ちつつ、先ほどの女学生をチラチラ目で追っていたものだが、開演時間が近くなったので、ホール座席についた。

▼ホールは、おじさんおばさん・・・、いや、お爺ちゃんお婆ちゃんで埋め尽くされていた(収容人員2000人)。

 とは言え、若者も多い。

 ・・・いや、爺ちゃん婆ちゃんが多いので、若者が目立つだけかもしれない^^;

 私好みの小柄な女性の司会で、会の幕が上がった。

 三十人ぐらいが舞台にいた。

 私が一目見て知っている人物は、

 櫻井よしこさんや渡部昇一氏、中川秀直自民党幹事長くらいしかいなかった。

 配られたパンフレットには、安倍晋三新総理の名前があったので、期待していたのだが、やはり忙しい身なので、副官房長官が代理出席していた。

 ・・・あとで、パンフレットをちゃんと見直すと、パンフレットの時点で、ちゃんと「代理」と記されていました。

 ちゃんと読まずに期待した私がオッチョコチョイでした^^;

▼先ずは、国歌斉唱です。

 正直、私、後ほどの「万歳三唱」もそうですが、そんな生真面目な人間ではないのである。

 【左翼が悪だから】、保守的な側に身をおいているに過ぎない点もあるのである^^;

 だが、歌った。

 周囲のおじさんおばさんは明るく、そして、いい声で「君が代」を歌い上げる。

 私も、歌ったら歌ったで、心が澄んでくるのである。

 <皇室の伝統を守る国民の会>の会長、元最高裁判所長官・三好達氏の挨拶は分かりやすいが硬質さもあって良かった。

 そして、続いて、

 <皇室の伝統を守る国会議員の会設立準備委員会>の代表である自民党議員・島村宣伸氏、

 安倍総理代理・下村博文副官房長官、

 中川秀直自民党幹事長、

 民主党・大石正光議員、

 日本青年会議所会頭・池田佳隆氏、

 と挨拶が続くのだが、

 【内容がほぼ同じ】なのである^^;

 メインテーマとして二つ・・・。

 〇悠仁親王殿下お誕生おめでとう御座います。

 ①世界に類を見ない二千年に及ぶ万世一系の
       男系の男子の天皇陛下の継続こそ日本の最重要伝統

 ②先般の皇室典範改正有識者会議の結論の無効

 その二つのテーマを、如何に自分なりに語るか、の演説大会のようでした^^

 それぞれ、興味深く拝聴できました。

 中川幹事長などは、「さすがうまいな」と思わされました。

 大石議員は、危なっかしい表現が多々ありました^^;

 池田氏は、

 <つくる会>内紛、その元凶とされる西尾幹二の側についたばかりに株を下落させた<磐南総研>の岩田温会長の「あるべき姿」のような「若頭」っぷりでした。

▼渡部昇一先生の話はくだけた語り口で面白かった。

 要約すると、

 皇位継承問題は、血筋が問題なのではない。それは、「種(タネ)」こそが問題だと言うのだ。

 女を「畑」とすると、男は「タネ」として埋められ、収穫(後継)を得る。

 桓武天皇を産んだ皇后様は、百済の女性だった。

 だが、その皇后様と結ばれた天皇は、日本人であるが故に、何ら問題はないのだ、と言う。

 そうした「タネ」の継続こそが、二千年に及ぶ日本の歴史の根幹。

 歴史上、「後胤」「落胤」などという言葉が、いかに重要視問題視されてきたことか・・・。

 櫻井よしこさんも、さすがに興味を惹きつける語り口だった。

 ・・・と、言いましょうか、メチャクチャ可愛い声で語っていました^^

 要約・・・。

 開国前後の日本を訪れた外国人の多くが、

 日本の近代化以前の現状に悪いイメージを持って来日した。

 けれど、その多くの外国人は、日本の姿に驚愕した。

 そこには、【貧しくとも清潔な姿】が見られたのだ。

 貧しくとも清潔、とは、欧米が近代化の結果として為すべきこととした「貧困の撲滅」のことを言う。

 櫻井さんは、この言葉を使っていませんでしたが、「清貧」のことだと思う。

 貧困の撲滅とは、道端で野垂れ死にしているような人間がいないことを言う。

 当時の日本人は、物品や富に乏しくはあったが、明るく、元気で、他人に優しかった。

 なぜ、そうあるのか・・・?

 古来、日本人の心の拠り所として、「天皇」がいらしたからだ。

 日本民族の精神を律するものとして、天皇がおわしたからなのだ。

 それこそが、欧米人が求め続けていた「民主主義」の自然発生のかたちでもあった・・・。

(ここまでが前半の話で、後半も重要な話をしたのだが、失念してしまった^^;)

 ・・・ただ、まほ氏の話によると、前回の似たような催しでも、この二人は同じような内容を語っていたそうである。

 だけども、

 天皇制を蔑ろにして、国家解体に邁進するような左翼勢力に対して答えは出ているわけで、ひたすらに自分の主張を繰り返し語っていくことが大事だとも、まほ氏は言っていた。

▼満足のうちに会は終わった^^

 パンフに折り込まれた紙に、この後、徒歩十五分の距離にある皇居二重橋前にて「悠仁親王殿下ご誕生 聖寿万歳」を捧げる集いがあるという・・・。

 さすがに、まさか、これに参加しようとは考えていなかった。

 私は、シニカルな男のはずだったのである・・・^^;

 会場の外に出ると、

 なんと!!!

 <日本教育再生機構>代表の八木秀次先生が、一人で歩いていた。

 まほ氏の観察によると、会場内では、クライン孝子さんといたそうだが、はぐれたらしい^^;

 クライン嫌い・八木好きな まほきゃすと氏は、チャンスとばかりに近寄っていき、挨拶していた。

 私は、先だっての<日本教育再生機構の旗揚げ式>で、八木先生への挨拶を済ませていたし、緊張していたので、遠くからまほ氏の姿を微笑ましく眺めていた。

 まほきゃすと氏の興奮を考えると、私も興奮した^^

 戻ってきたまほきゃすと氏に、

「どうでした? 何を話しましたか? 八木先生なにか言いましたか?」

 と、矢継ぎ早に質問した。

 まほきゃすと氏は、上気した顔で、言い切った。

「緊張して覚えてないッ!!!^^」

 気分良くなった我々は、いつの間にやら、「二重橋・万歳」組の列に加わっていた。

▼思えば私は、シニカルな男で、

 保守運動に加わっているのも、左翼のやり口に「悪」を感じ、自分なりの「正義」を遂行しようと思った結果に過ぎないのだ。

 だから、とりたてて、天皇陛下への敬いはあれども、崇拝の念はないのである・・・、が・・・、

「ばんざ~い!! ばんざ~い!! ばんざ~い!!」

いつの間にやら、日の丸の旗を振って、「万歳三唱」しちゃってるよ、おい^^;

「ばんざ~い!! ばんざ~い!! ばんざ~い!!」

 二重橋前には、三、四百人ぐらいの「万歳」組が参集していただろうか。

 なんか、ムチャクチャめでたかった。

 「オリンピックおじさん」もいたし、

 爺ちゃん婆ちゃんたち、最高だな!^^

「ばんざ~い!! ばんざ~い!! ばんざ~い!!」

 「祝い」が終わり、皆さん、ぞろぞろと帰路についた。

 <日本会議>の協力団体なのだろう<キリストの幕屋>の信者の方々も歩いていた。

 その信者の女性たちは、独特な編み込みの髪形をしているので、すぐに分かるのである。

 二十歳ぐらいの若い女の子たちだった。

 なんか、「汚れない乙女」って感じで可愛かった^^

 PS・まほ氏の話によると、会場には、反人権擁護法案の運動の代表をしている平田文昭と言う方がいたそうである。

 この方、自分の運動組織・<人権擁護法案を危惧する国民協議会 人権擁護法案を考える市民の会>の開いた終戦記念日の集会で、西尾幹二を招き、これでもかと「日本会議批判」をさせていたのである。

 どの面下げて、この日本会議が催した集いに参加できるのだろうか・・・?

「ほら、あの人だよ・・・」

 二重橋へ向かっているときに、まほ氏は平田氏を示してくれた。

 平田氏は、誰かと語り合い、笑っていた・・・。

 まあ、めでたい場だ、特赦とする^^;

                             (2006/10/01)
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