『甘噛み^^ 天才バカ板!』 byミッドナイト・蘭

ジュリアナから墓場まで・・・。森羅万象を語るブログです。
ここでは、気軽に読めるエントリーを記していきます^^

[映画『平成ライダー対昭和ライダー 仮面ライダー大戦』を観た(寸評)]

2014-03-30 23:59:02 | 物語の感想

☆・・・正式名称は『平成ライダー対昭和ライダー 仮面ライダー大戦 feat.スーパー戦隊』。

 ・・・最近、「映画を見たいと思わない」病、「眠い眠い」病に掛かっているミッドナイト・蘭であるが、アニメや子供向きの作品ならば、多少は触手が伸びる。

 頑張って映画館に向かう(頑張らねばいけないほどの映画鑑賞とはなんなのか!?^^;)。

 イオンシネマ日の出で見たのだが、イオンモールの外には、もの凄い数の親子が並んでいた。

 どうやら、戦隊物の「トッキュウジャー」のショーが行われるらしい。

 こりゃ、凄い数だなぁ、列の後ろの奴は見れないんじゃないか・・・と思いつつ、イオンモール館内に入ると、更に凄まじい数の親子が並んでいた・・・^^;

 こりゃ、外に並んでいる奴らは、到底、舞台を見れないだろう・・・。

 でも、そちらにお客さんが流れたせいか、おかげで、映画館のロビーは空いていて、苦も無くチケットを買えた。

   ◇

 面白かったけど、キャラ多過ぎ^^;

 戦いの数々には、さすがに食傷したが、鎧武、ダブル、ファイズ、ディケイド・・・、そしてエックスを主軸にした人間ドラマが、なかなか、多くのメンバーからの、そのクローズアップの妙を含めて、大感動はしないまでも、うまいなぁと感心した。

 また、エックスの股間のモッコリ具合には驚かされた。

 タマや亀頭の形もくっきりだった。

 平成のライダーの派手なギミックに比べ、昭和は地味と思いきや、エックスの「セットアップ!」や、ライダーマンやスーパー1の腕のアタッチメントなど、遜色ない演出がされている。

 なお、最近の東映ヒーロー映画は、大盤振る舞いのキャスティングなので、ライダーシリーズでもない、戦隊シリーズの「トッキュウジャー」も出てきて、電車つながりで、仮面ライダー電王と共演してました。

 電車合体し、巨大ロボになるのですが、電王は足部分になり笑わせてくれるのですが、私としては、「ライダーキック」的に、ロボでキックして、電王にも華を持たせてほしいとこでしたが、それはなかったっス^^;

 しかし、イケメンだが優男ばかりの平成ライダーに比べ、一号の「藤岡弘、」の存在の説得力は、・・・重いぜ!

                            (2014/03/30)

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[『アナと雪の女王』を観た(寸評)]

2014-03-29 23:59:44 | 物語の感想

☆・・・最近、「映画を見たいと思わない」病、「眠い眠い」病にかかっていて、映画を見に行く気が起こらず、また、映画を見ても、寝てしまう・・・。

 この作品も、おまけ短編のミッキーマウスから、その映像の技術力に舌を巻きながらの鑑賞ではあったが・・・。

 話の展開がスピーディーなんだけど、例えば、『エヴァンゲリオン』方式でもあるWヒロイン・・・、その冷(レイ)・・・、じゃなくて、氷の女王エルサが山の城に籠るに至る苦悩も、なんとなく実感できつつ、全編これ、見せ場の連続だった。

 もう一人のWヒロインである惣流・アスカ・ラングレー・・・じゃなくて、アナも、不幸な家庭環境の中で育ちながらも明るく育っている。

 冬景色の映像も、非常に美しかった。

 しかし、中盤、寝てしまった。

 お金を払って見ているので、眠ちゃいけないと思いつつも、なんか、映画館で寝るのって、気持ちいい面もあるんだよね^^;

 なんとも、完成されたものって、「凄い!」「凄い!」とは思いつつ、途中で飽きてくるのも早いんだわ・・・(つ、「ファンタジア」・・・。これでも寝てしまったんだわ^^;)。

 でも、終盤前には、ちゃんと起きて、ちゃんと感動しましたよ。

 氷の女王の魔力の「冷気」の描写は、エメリッヒの「デイ・アフター・トゥモロー」の大寒波の描写に似ているなぁと思いました^^

 また、王子の変貌は、考えると、なかなかショックな展開でありました・・・。

                                                   (2014/03/29)

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[映画『LIFE!』を観た(寸評)]

2014-03-22 23:59:01 | 物語の感想

☆どうも、予告編の、内宇宙を描いたが如き内容を、初っ端から肯定的に賛歌しているような雰囲気が気持ち悪く、見るのが嫌だったのだが、同じく公開した『ローンサバイバー』や『ワンチャンス』の時間が合わず、こちらを見た。

 夢想家の主人公が、働いている「LIFE」誌編集部の方針が変わり、他の同僚ともども大量解雇される際に、最後の仕事かたがた、世界を冒険していく話。

 思ったよりもコンパクトにまとまった作品で、無難に悪くなかった^^

 落語で、前振りからいきなり、「おい、はっつぁんやー」と本題が始まるように、この物語は、現実の中に、いきなり、スムーズに主人公の妄想(男が普通に思う妄想よりも激しく冒険的)が連なり、粋に感じる落語に対し、この作品での当初の違和感は大きかった。

 でも、まあ、ありか。

 ちょっと余談なのだが、最近、「女に言えない男の秘密」とか言うタイトルの文章で、「男は、対面している女の裸を想像しているものだ」とか書いてあった。

 私、自分をエロい男だとは思うが、生まれてこのかた、対面している女性を心の中で裸にしたことなど、一度たりともない・・・、デートを夢想することはあるけど、どうしても、そういった肉体関係は後回しになるなぁ。

 話しを戻す^^;

 主人公のウォルターも、私と同じく、そういった肉欲とは別の妄想を、かなり過剰だが、目の前の女性に抱く。

 冴えないウォルターを、ベン・スティーラーが演じている。

 「現実・現実・大妄想」と続く序盤が、

 現実の大問題を契機に、「大現実・大現実・それを後押しする妄想」へと変化していき、

 最終的に、「大現実・大現実・現実の、大現実に対するささやかな幸せ」へと結実していき、ウォルターが次第に男らしく変わっていく姿には、やはり感動するのだ。

 脇役たちも、ウォルターの人生を彩るいいキャラ達ばかりであった。

 片思いの恋人(クリステン・ウィグ)や、有名写真家(ショーン・ペン)もいいが、私は、ウォルターが登録していていて、声しか聞いたことのない出会い系サイトの管理人(パットン・オズワルト)との出会いが味わい深かったかな(ああ! 母親役でシャーリー・スピリチュアル・マクレーンも出ていた!)。

        

 人の使い方もそうだが、キーとなる革財布やみかんケーキの手触りなんかも良く描けていた。

 主人公が捜索の旅に出る「ネガ」のありかは、「青い鳥」的でもあった。

 ところで、雑誌『LIFE』だが、この雑誌、昔に廃刊していると思っていた。

 我が家には、この本があり(写真はネット上で拾った)、子供のころからパラパラ見ていたものだった。

          

                                                   (2014/03/22)

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[ヘイトスピーチの教祖・小林よしのり]

2014-03-21 12:34:00 | 保守の一考

☆なんか、かなり、言論界・思想界は、小林よしのりに飽きているらしく、小林よしのりの名前は、その寄生しているAKB絡みでしか出て来なくなっている。

 いろいろと、そのヘイトスピーチでもって各種マスコミ・言論者・政治家を刺激しようとしているが、正直、無視されているのが現状だ。

 今は、昨今の中朝韓(特定亜細亜)への「ネトウヨ」のヘイトスピーチに、「近親憎悪」を感じているせいか、小林は、そのヘイトスピーチ狩りに明け暮れているようだ。

 私から見ると、笑止である。

 先ほどから、小林に「ヘイトスピーチ」や「近親憎悪」の言葉を冠していて、お分かりだと思うが、この男こそが、近二十年ほどの「ヘイトスピーチ」の創始者である。

 「ヘイトスピーチ」とは、感情で、マイナス表現の限りを尽くして、個々の事例の正否(善悪)など度外視で、相手を貶める主張のことである。

 正直、私も、ネットを中心とした、いわゆる「ネトウヨ」や「在特会」みたいな、右翼とは別の、一見 普通の政治運動体に見える普通っぽい者らの異常すぎる現状にはびっくりしていて、なんで、こんな人らが、いつの間にやらはびこり出したのか疑問が尽きないのだが、

 その原初には小林よしのりがいるのは分かる。

 こうして私が書くと、道をつけられた者が、ちゃんと、「小林よしのりヘイトスピーチのまとめ」を作ってくれると思うので、私は面倒なのでまとめないが、

 最近の「ヘイトスピーチ」をされるに至った対象(特定亜細亜)が日本に為し続けている卑劣に目隠しし、これまで「ヘイトスピーチ」の限りを尽くしてきた男が、殊更に「ヘイトスピーチ」をする側に「ヘイトスピーチ」をし続けるさまは、見苦しさの境地だ。

 奴が、その「ヘイトスピーチ」を続けるごとに、私は、「おい、志村! 後ろ! 後ろッ!!」と思う。

           ・・・質問・『「志村~!後ろ~!後ろ~!」とはなんですか? どういうときに使うものですか?』

           ・・・答え・『「8時だヨ!全員集合」のコントネタです。
                  志村けんの後ろにおばけなどが出てきても、志村けんは気づきません。
                  そんなときに観客が気づかない志村けんに向かって
                  「志村~!後ろ後ろ~!」
                  と言うのがお決まりでした。
                  何かに気づいていない人に向かって、気づけよ!という意味で使います。

                                                   (「ヤフー知恵袋」より)

   ◇

 もう一つ、書いておく。

 保守派が進歩主義と言うのを忌避することは、前回、逆説的に描いた。

 小林は、自分の現在の主張こそが、思想の進歩の帰結と思いたいらしい。

 だが、過去の著作(今の思考と正反対)への執着もある。

 過去の考え方は、その文脈の流れの中では正しいと思っているらしい。

 その考え方自体は間違いではない。

 だが、凄まじく無数に、過去考えていた事例と現在考えている事例が同じでありつつも、全く正反対の答えを出していて、それを上記の思考で乗り切れると考えている節がある。

 その矛盾の数々が、彼の古くからの読者を遠ざけ、小林よしのりと言う人間の信用を無にしている。

 二つのことを進言しておく。

     1・必ずしも、現在の思考が正しいとは限らない。

     2・必ずとも、過去の思考が正しいとは限らない。

 現在の思考をあらためるのは、この、小林よしのりと言う「理由後付け感情人間」には難しいだろう。

 だが、せめて、だったら、過去の間違いを徹底的に改めることは出来るだろうよ。

 進歩主義の帰結として、「今・現在」の考え方が正しいと信じているのならね。

 そうしないと、少なくとも、左翼の野郎どもさえも、あんたにゃ、すぐにあいそが尽きる・・・。

   ◇

 更に、もう一つ、書く。

 保守派に限らず、人間はバランスが肝心と言うこと。

 小林よしのりが、現在、誰からも相手にされないのは、もともと情熱でカバーしていた感情寄りの思考回路が、

 老害による感情の偏狭さで、情熱さえも消え失せ、そこには、アンバランスな感情爆発による思考回路だけが残った結果だということだ。

 若さを復活させるのは難しいだろう。

 それは、若いAKBに媚びてどうなるものでもない。

 引退をお勧めするよ・・・。

                                         (2014/03/21)

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[保守的雑感(温泉芸者のような自称「愛国者」・小林よしのり)]

2014-03-15 10:46:10 | 新・保守の一考

・・・元々、私は、時事問題を語り、こうしてブログなどで、その瞬間 その瞬間で答えを出していっているわけだが、ほとんど、「事実」を違えたことはない。

 最近、特に、テレビを見なくなっていて(我が家は地デジが通じてない)、テレビニュースなどでの表層的な「答え」の提示に心を奪われることもなくなったので、自分なりの客観性に則し、答えを出せて、間違うことがほとんどない。

 まあ、私ゃ、超能力者じゃないので、たまに間違うけどね。

 今も、『福島原発の「放射能」で死去する国民は、これまでもこれからもいない!』と、断言している(上屋内の事故は別だよ)。

 時間がないので、いちいち論じてられず、佐村河内も小保方晴子も、最初のイメージで持て囃さなくて良かった~^^

 運命も味方してくれているのだ。

 そもそも、佐村河内などは「詐欺」がバレてから名前を知ったほどだ^^;

 ただ、小保方に対しては、STAP論文で騒がれていたころ、ニュースで、「いま大事な時期なので、メンバーを、研究に専念させてくださいッッ!」とか記者たちに語りかける、やや女のエキセントリックな口調を聞いて、私は「なんかおかしい人だな」と違和感を持ってはいた。

 ただ、私は、こんな詐欺師らが、なんで、「さん」付けで呼ばれ続けているのかがわからない。

 せめて、「佐村河内メンバー」とか、「小保方メンバー」とか呼ぶべきだろう^^;

 まあ、これらで分かったのは、「変わった苗字の奴は、詐欺を犯す確率が高い!」だ^^;

 それから、関係ないけど、「キラキラネームを付けられた子は、親からの虐待に遭う確率が高い」もデフォである。

   ◇

 「アンネの日記」破損事件も、容疑者が捕まったが、その犯行動機は、今のところ分かってない。

 当初、日本の右サイドの犯行だと言われていた。

 最近の行き過ぎたナショナリズムが、ドイツのネオナチとの共感を示して・・・、と言う理由だ。

 そして、その反作用で、「左サイドの謀略だ」との意見も出た。

 後述するが、中国や韓国・北朝鮮、日本の左サイドの方々は、個人的な気性や組織的な方針で、このようなことをたびたび行う。

 だが、私は、今回の件を、そのような「謀略」と見るには、ちょっと回りくどいなとは思った。

 さりとて、左翼から見た右サイド(保守含む)にも、そんなことをするバカはいないだろう…、とも思ったが、左から見たら、敵対するは「右」にしか見えないのだろうから、極右がやっていたら、保守がやったと同根である。

 最近、世間をお騒がせしている「在特会」などは、私ゃ、共感できないし理解もできない。

 私も たいがい過激な発言をしてきたが、それは、キチッとした枠組みの中での「鬼っ子」としての役割の全うであったし、最低限のTPOをわきまえてきた。

 在特会のように、組織ぐるみで理屈なき暴言を吐き、感情で暴れまわる神経は、さすがに分からない(過去ログで、何度となく、在特会への嫌悪は書いている)。

 ・・・なんとも、私レベルの発言が、まともな主張のように聞こえる時代になってきている。

 ただ、意地悪な私がいて、在特会が、左翼へのカウンターとして、「鉄砲玉」として暴れるのは、見ていて楽しい。

 左翼に、「勝手にやって、勝手に死んでくれ」と思うと同時に、在特会に代表される「うよく」も、勝手にやって、勝手に死んで(逮捕されて)くれ、と思う。

 もはや、こいつらは、何にしても社会に認められないのだから。

 さて、だが、戦後の日本を「真綿で首を締めるように」支配していた左翼勢力による「戦後民主主義」があり、その体制のカウンターとして、それを過激に責める勢力を、殊更に糾弾する奴がいる。 

 わざとに、「過激に責める勢力(右翼的な存在)」を、保守派と同じに「見ようとする奴」がいる。

   ◇

 「見ようとする奴」は、保守派に見捨てられた屈折した感情を源とし、エキセントリックに主張する。

 「そいつ」は、今回の「アンネの日記」破損事件を「中朝韓・国内左派の謀略」と主張した、私から見たら短絡的ではある右サイドの言論者や雑誌を、感情的に糾弾している。

 ・・・だが、私は、そのような「中朝韓・国内左派の謀略」が、戦前からあったのは知っているし(そういった背景があるから、関東大震災での朝鮮人迫害も起こった)、

 ・・・だが、昨今、「証拠もなく、中朝韓・国内左派に嫌疑を向ける」ことがタブー視された風潮に、「そんなことはない」と語り始めたのが、

 「そういう奴(現在、殊更に、糾弾する必要さえなく低劣な在特会的なるものを糾弾する者)」の一人なのである。

 つまり、在特会の行動原理の基礎を作った「奴」が、今、在特会的存在を糾弾している。

   ◇

 ・・・「チマチョゴリ切り裂き事件」と言うものがある。

 北朝鮮の核開発が東アジアを緊迫させた時期、国内の朝鮮学校の生徒のチマチョゴリが切り裂かれる事件が頻発した。

 どうやら、北朝鮮に怒りを持つ日本人の犯行か・・・、しかし、事件は、あまりにも不明瞭であった。

 同様の事件は、北朝鮮が、なんか、国際的な問題をしでかした時、必ず、起こっていた。

 それを、「在日朝鮮人による自作自演の謀略」としたのが、「そういう奴」だった。

 私は、その「朝鮮人の自作自演のチマチョゴリ切り裂き」の推測を正しいと思っているが、証拠はない。

 「そういう奴」は、公の、商業主義の場で、その「自作自演の朝鮮人」を糾弾したのだ。

 つまり、「そういう奴」こそが、そのような思考回路を、昨今の言論空間に復活させたのだ。

 証拠なく、妄想とは言わずとも、想像で敵対他者を貶める手法を、昨今 流行らせて、「在特会」的なものを生んだのは、「そういう奴」なのだ。

 正直、その影響力には感服する。

 だが、そのような主張はオリジナルではない。

 「そういう奴」は、その、歴史上の思想変転の名から、自分に都合のいいい考え方を「コラージュ」する才能に長けている。

 その才能は素晴らしい。

 が! その「真似っこ(パクリ)」を、あたかも自分のオリジナルのように語るのは許せない・・・。

 とにかく、「そういう奴」は、自分の「下卑た感情」の赴くまま、それを正当化しようとするもんだから、言ってることが支離滅裂で、整合性のかけらもない。

 まあ、ネット初心者には多い傾向だ。

 「温泉芸者」のごとく、あっちにフラフラ~、こっちにフラフラ~。

 誰からも相手にされず、でも、それに逆ギレ起こして、周り中に当たり散らす。

 例えば、安倍総理には相手にされず、それからはゴシップで安倍政権を攻撃、

 日本未来の党に飛びつくも選挙での壊滅的な敗北消滅、

 小泉・細川反原発連合に迎合するも選挙での壊滅的な敗北消滅・・・、

 若者に媚びて、AKBのよき理解者になろうとするも、ジイさんのあんたがファンになった時点で、AKBの凋落が始まった(そもそもが実質的には人気など皆無)・・・、

 なまじっか、メンバーを神聖化したばかりに、その後のスキャンダルの数々に、自分の眼力の無さが露呈される・・・、

 それでも、「セックススキャンダル上等! それでこそAKB」と擁護するも、あまりにもの「揃いも揃ってのメンバーのふしだら」に神経はすり減らされ、鬱憤のはけ口に「ネトウヨ」攻撃を過激にする。

 でも、そういった「そういう奴」の言葉を、いまだに信じている奴は可哀想である。

 本当に哀れだ。

 敗北は「悪」ではない。

 だが、「そういう奴」は、「悪」だから敗北するのだ。

 どんなに言い繕っても、こじつけだから、大多数には無視される。

 「そういう奴」は、最後の拠り所として「天皇だけは崇拝」を掲げる。

 「ここを押さえておけば、俺は安泰」てな感じだ。

 AKBでも、多くのメンバーに裏切られ続け、最後の拠り所がAKBの顔「大島優子」・・・、

 でも不安なのか、「大島には恋愛禁止ルールは適用されないで許す」・「もうすぐ卒業だし」「卒業したら自由に恋愛してくれ!」「でも、不倫はワシだけだよ」とか、不安と諦観・鷹揚と高慢が入り混じった恥ずかしい発言の数々・・・、

 おそらく、数年後に、「でも、不倫はワシだけだよ」の言葉が裏切られる(絶対に当たる予言)。

   ◇

 ・・・「進歩主義」と言う言葉は、保守派には忌避される。

 進歩主義者が、「進歩」本来の意味を蔑ろにして、なんか「真新しい考え方」に、その物理的精神的な損得を考えずに飛びつくからだ。

 その行動原理のベースには、「それまでのシステム破壊」がある。

 いわゆる「左翼的行動原理」だ。

 だから、保守派には蔑視される。

 だが、「進歩」の本来の意味は、素晴らしいことだ。

 リスクがあっても、それ以上の大きなメリットがあるのが「進歩」だ。

 保守派だからと言って、万人の幸せになる「進歩」は大歓迎だ。

 また、左翼に対して、同サイドに見える右翼も、「アンネの日記」を破損させまくるような奴がいたとしたら、当然 犯罪者であり、糾弾せられるべき者だ。

 わざとに、原発推進の保守派は「進歩主義者」だ! とか、

 要約すると「『アンネの日記』破損事件の犯人は保守派だ!」とかの主張は、「あんた」こそが「在特会的」と言わざるを得ない・・・。

   ◇

 私は保守は「バランス」と言い続けている。

 世の中には100%正しいものなんてない。

 清濁の是非を天秤にかけて、正しいこと・悪いことを判断しなくちゃならない。

 私は、まだ、その判断を定める基準が老いていない。

 だから、常に、現実を正しく言いあてている。

 昨今の、特定アジア(中国・韓国・北朝鮮)の、対日本への国家的な加害は、温和な日本人も、さすがに憎悪を募らせるに至っている。

 その国民的な判断は、全くもって、正しい。

 そんな日本人を諌める日本人がいても良いが、それだけの糾弾に固執する「そういう奴」は、もうまともな立ち位置にいるとは言えない・・・。

 私が数年前に、「バカ弟子」として師事していた西尾幹二は、その「天才(対「戦後民主主義」の中での絶妙の立ち位置)」を、老いで喪失し始めた。

 ・・・私が少なからずの影響を受けた「そういう奴」小林よしのりも、「狂人」の域に、数年前から没入している・・・。

 老害以外の何ものでもない。

   ◇

 ・・・タイトル写真は、私の持っている『アンネの日記完全版』。

 私は、美少女系譜の一人としても、アンネ・フランクが大好きだ。

 こんなことを書くのは不遜に思えるだろうが、アンネの性格を考えると、天国で、「キモッ・・・」とか苦笑いし、楽しんでくれていると思う。

                                           (2014/03/15)

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[映画『ロボコップ(2014)』を観た]

2014-03-14 13:51:49 | 物語の感想

☆ロボコップの新作を作るというのは、作り手にとって、かなりのプレッシャー(ストレス)があったとも思われ、見ることになる私たちにも、かなりのプレッシャー(ストレス)が強いられると思った。

 ポール・バーホーベンのオリジナルは、それほどに歪なプレッシャー(エッジ)の完成度を誇っていた。

 だが、このリメイク作、かなりのプレッシャー(ハイテンション)を与え続けてくれる傑作になった。

 ベースの話を損ねることなく、だが、オリジナルにあったヒステリックなマスコミの姿を、一人のみのもんたのようなキャスターの番組を媒介とし描き、

 また、主人公家族が大企業のエゴで翻弄されるさまを、アメリカの覇権主義まで高めて語っている。

 オリジナルのポール・バーホーベン監督が、ヒッチコックにオマージュを捧げたかのような、シルクのような画像作りも健在。

 グロさも残っているが、バイオレンス描写のグロさではなくなっている(ロボコップの身体に残る生身部分の強烈さ)。

 物語は、その前半を、延々と、ロボコップが誕生するまで、誕生してから社会にデビューするまでをじっくりと描く。

 オムニ社の工場は、中国の片田舎にあるようだ。

 並行して、主人公マーフィーを失った家族の辛さも語られる。

 正直、家族のきずなは、一作目においては、私も若かったので、あまり心に残らなかったのだが、

 今回は、それが主軸に思えるほどに心に残り、だからこそ、クライマックスの戦いには快哉をあげたいほど興奮した。

 私が叫びだしたくなることって、そうはない。

 敵をぶちのめしに、家族を助けに、オムニ社のロビーにバイクで飛び込むシーンなんて、最高だ!!

 ここで、陰鬱な展開に、やっと方向性が定まったからだ。

 また、ロボットボディになったとは言え、家族から受け入れられたのも良かったし、ちゃんと同僚との固い友情もある。

 ロボコップを製造した博士をゲイリー・オールドマンが演じており、最終的に、世の中を善き方向に導くというおいしい役を演じていた。

 テーマ・ミュージックも繰り返し流され、私の気持ちを燃えさせてくれる。

 皆さん、安心して観に行ってください^^

          

                                 (2014/03/14)

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[『プロゴルファー猿』を読んだ(おまけ:狭間の藤子・F・不二雄)]

2014-03-13 23:59:28 | 物語の感想

☆・・・私が手塚治虫のマンガを500冊くらい(初版を)持っているのは有名な話だが、藤子不二雄作品も負けずに持っている。

 特に、今となっては、なかなかレアな「藤子不二雄ランド(中央公論社)」をかなりの数 持っている。

 これは、中表紙に、例えば「ドラえもん」ならば、ドラえもんのセル画が付いていて、古本屋などで、「藤子不二雄ランド」を見つけても、そのセル画が取られていたりして、ちゃんとした正本で手に入れるのはやや難しい。

 が、最近、ブックオフで、セル画付きの比較的きれいな『プロゴルファー猿』が、安いコーナー、100円で三冊も売られていた。

 購入した。

 いちお、言っておくと、復刻版の「藤子不二雄Ⓐランド(復刊ドットコム)」の『プロゴルファー猿』ではない、『プロゴルファー猿』は比較的手に入れやすい作品だが、ちゃんと中央公論社版だ。

 私は、どちらかと言うと、藤子・F・不二雄のほうが好きなのだが、藤子不二雄Ⓐの入魂の作品は、爆発力があるのは分かっているし(『少年時代』、『まんが道』など)、不気味系の作品でもトラウマ名作がある(『魔太郎が来る』、『ブラック商会変奇郎』など)。

 更に、知らない人のために言っておくと、藤子不二雄は、ずーっと藤本弘と安孫子素雄の二人が同名義コンビでやっていたのだが、いつしかそれぞれの作品を作り、途中(1987年)から、別名義に分かれたのだ。

 別れた直後は、藤本は、藤子不二雄Ⓕを名乗っていて、すぐに藤子・F・不二雄に変えたのだが、私としては、藤子不二雄Ⓕ名義の作品は貴重なのではないかと勝手に思っている。

          

 さて、藤子不二雄Ⓐの『プロゴルファー猿』だが、初めてちゃんと読んだのだが、非常に面白かった。

新プロゴルファー猿 1~最新巻 [マーケットプレイス コミックセット]藤子 不二雄中央公論社

 荒唐無稽なゴルフのイメージだったのだが、そのゴルフを描くに重要なメンタル面を含め、また、かなり現実の物理法則にのっとり、大自然の中での、奇矯な男たちが死闘を繰り広げる熱血ゴルフマンガになっていた。

 40年前の作品である。

 しかし、ちゃんと、『ドカベン』などにも負けない勝負の面白さが描かれていた。

 ちょっと買い集めようと思った^^;

 ・・・しかし、このキャラクターは、アニメ版では、どう処理されていたのだろうか?

         

                                 (2014/03/13)

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[(再掲)映画『遺体 ~明日への十日間~』を観た(寸評)]

2014-03-11 23:59:17 | 保守の一考

☆・・・この作品、多くの遺体の描写が為されているが、悲劇の中でも、なんか温かみがありました。

 皆さん、是非、見てみてください。

遺体 明日への十日間 [Blu-ray]クリエーター情報なしポニーキャニオン

 震災から3年が経ちました。

 今年は、この映画の感想を、短いですが、再掲します。

   ◇

     [映画『遺体 ~明日への十日間~』を観た(寸評)] (2013-02-27 22:56:00)

☆先の大震災・・・、大きな、壊滅的な被害を受けた釜石の、とある一つの遺体安置所を舞台にした、多くの関係者を主人公とする、ちょっとした「グランドホテル」形式の物語だ。

 かなり強烈な展開を恐れ、私、見るのを躊躇していた。

 が、それは杞憂だった。

 続々と運ばれてくる遺体を前にして、西田敏行演じる、既にリタイアした身だが、かつては葬儀屋でも働いた経験もある老ボランティアが、

 死者を、あくまでも「感情を表現できなくも、心ある人」として接する姿を見ると、なんちゅうか、現世のレベルとは別の、もっと大きな「生」というものを感じさせてくれて、少し、心が、温まってくる気もするのだ。

 どのような悲惨な状況の中でも、アクション一つで、世界に光明が差してくることがわかるのだ。

 しかし、やはり、現実は凄惨で、その厳しさを、私は、この作品での「泥の描き方」で感じさせられた。

 体育館に敷き詰められた青いシートに流れ出ている泥水・・・、運ばれてくる遺体から滴る泥のしずく・・・、その顔に張り付いた泥・・・、関係者の衣服を徐々に汚していく泥・・・。

 その泥を、人々が、少しづつ、少しづつ、払いのけていく様こそが、未来への一歩一歩なんだと分かる。

 いい作品でしたし、震災後二年を経ようとしている現在、「あの時期」を見つめ返す、いい機会の作品だと思う。

                                           (2013/02/27)

   ◇

 ・・・私は、『ゼロ・グラビティ』で、主人公が、死んだ娘に「愛してる」と現在進行形で言うことなど・・・

 また、この作品での、西田敏行が演じた主人公のような、亡くなって動かなくなった者に対して、「人として接する」と言う行為などに、心が打たれるようだ。

 昨夜は、NHKで、震災の日に生まれた赤ちゃんを特集した番組をやっていて、私は、その子供たちの、震災下での出産のシーンなどに、泣かされた。

                                                   (2014/03/11)

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[『GOGOMONZ』採用投稿(28:ゴゴモンズ坂)]

2014-03-08 23:59:53 | GOGOMONZ(ゴゴモンズ)

☆・・・よく、ジャンプなどのバトルマンガなどでは、強い敵に闘いを挑むに際し、修行をする。

 例えば、師匠に「この岩を破壊できた時、修行の第一段階は終了だ!」とか言われる。

 主人公は、「こんな大岩、壊せっこないよ~」とか言いつつ、それを割ろうと、剣だったり、パンチだったりを繰り出す。

 そして、三日ほどが過ぎる。

 大岩には依然としてキズ一つついていない。

 主人公は疲労混倍で、「もう、無理だ~」などと、剣を大岩に添えるがごとく向ける。

 ・・・と、剣先が大岩にプリンのようにスーッと突き刺さり、パカッと、それまで頑として破壊を拒んでいた大岩が割れるのだ。

「へっ・・・!?」

 戸惑う主人公。

 そこへ「ホッホッホッ」と笑いながら、老師が現れる。

「・・・ついにやったか! お前は今まで、切ろう切ろうと力が入り過ぎていた。それでは対象も反発する。身も心も無になった時、力は研ぎ澄まされ、最適の能力が発現したのじゃ!!」

「や、やった! これで人質になった妹を救えるぞ^^」

「慌てるじゃない、まだ修行ははじまったばかりじゃ!」

   ◇

 一月に投稿が連続採用されて以来、<FM NACK5>の番組「GOGOMONZ」での採用が止まっていた。

 ちゅうか、ネタが思いつかないのだ。

 「GOGOMONZ」での採用は、非常に難度が高く、

 私、ネタを思いついても、忙しいせいか、それを煮詰める余裕がなく、見切りで投稿して不採用を繰り返してきた。

 また、最近のテーマも、なんか難しいんだよね(実際はいつもと変わらないのかも知れないが、こっちの頭に、いろいろ考える余裕がないのかも知れない)。

   ◇

 そんな折、昨夜、午前二時半・・・。

 眠い目をこすりつつ、お店の一週間の売り上げを計算しつつ、録音していた「GOGOMONZ」を聴いていた。

 メインテーマは、<心のマジックミラー・シリーズ。『鏡に映る自分を見て、今、どんな言葉を浴びせますか?』>だった。

 この日も投稿していたが、自分でも面白いことを書いたと思っていたけど、なにぶん短い投稿なので、並み居る常連リスナーの、書き込まれた投稿を押しのけてまでは採用されるとは思えなかった。

   ・・・諦観・・・簡略・・・謙虚・・・。

 私の投稿修行の中で、何かが研ぎ澄まされたようだ☆

 ・・・久しぶりに読まれた。

      メインテーマ・『鏡に映る自分を見て、今、どんな言葉を浴びせますか?』

       ・・・≪・・・まあ、この顔でヤリクリするっきゃないな・・・≫

 鬼丸師匠も、横田かおりん女史も、この短い一言ネタをなかなか笑ってくれた。

 「GOGOMONZ」の番組グッズの「ゴゴモンズ手拭い」もゲットした!

 が、私、この番組では読まれることを最高の栄誉としているので、いつも、投稿に住所を添付していないんだよなぁ^^; 

 おっと、それから、池辺愛の番組「monaka」において、一月に投稿が採用されてゲットした「monakaステッカー」だが、まだ届かないっス。

 ・・・ともあれ、私は、投稿修行の「投稿坂」を、まだのぼり始めたばかりだ!!!

          

                                            (2014/03/08)

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[映画『銀の匙 Silver Spoon』を観た]

2014-03-07 13:33:38 | 物語の感想

☆面白かったっス。

 昨夜の私経営のお店は、前半が暇で、予習代わりに、彼女から借りていたマンガ版『銀の匙』を読みふけってた。

 後半から店は混んで、マンガを読んでいる暇がなくなったんだけど、3巻まで読んでいたので、雰囲気は分かり、映画にもすぐに溶け込めた。

銀の匙 Silver Spoon 1 (少年サンデーコミックス)荒川 弘小学館

 うん、マンガと映画、ほとんどイメージに差異は感じられなかった。

 作り手の、原作からの雰囲気の抽出がうまいのだろう。

 北海道の農業高校の酪農青春ストーリーなのだが、その肝は、家畜の命を奪う宿命と、それぞれの登場人物の抱えた問題(農業絡み含む)であった。

 進学校から農業高校に入った主人公・八軒の最初のイメージと同じく、私も酪農に牧歌的なものを感じていたのだが、いきなりのニワトリ屠畜に驚かされたものだった。

 屠畜は、酪農につきまとうものとして、作品全編を覆う。

 これは、原作者の荒川弘が、出世作『鋼の錬金術師』の、犬と娘のキメラ合成で見せた暗さの根源のようでもあり、

 だが、そんな暗さを吹き飛ばす、数百倍のヴァイタリティの発露を促してもいるようだ。

 なんとなく、同じく週刊少年サンデー系だった雷句誠が「どうぶつの国」で示したテーマと正反対のような気もしている(どちらも面白い)。

どうぶつの国(1) (少年マガジンKC)雷句 誠講談社

 さて、どう考えても週刊連載ではきついだろうと思われる密度の濃い原作版を踏襲し、映画版も、映画的な簡略を経つつも、多くのエピソードを積み重ねて物語は進む。

 主人公・八軒を演じた、ジャニーズ系の中島健人クンは、やや、原作の惚けたイメージがなく、最初は暗く感じたのだけど、終盤では、いつの間にやら、見ているこちらが驚くほどの物語上の成長をする。

 八軒自身、特に押しの強い個性ではない。

 微妙な表情と、さりげない所作やセリフが、彼の成長を垣間見せてくれる。

 ヒロインの広瀬アリスは、役柄も含め、とてもいい子だが、ちょっと完成し過ぎていて、私の好みじゃないかなぁ。

     

 ・・・「胸の谷間チラ」シーンは、その肌が、夏の暑さで汗かいてるのもあいまって、とても健康エロでした^^;

                                     (2014/03/07)

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[映画『魔女の宅急便(2014)』を観た]

2014-03-04 16:49:09 | 物語の感想

☆予告編を見て、こりゃ、かなり「ヤバめ(不出来っぽい)」の作品だなぁ、と思いつつの鑑賞。

 結果、ハードルを低くして見たので、それなりに楽しめました。

 なお、私は、ジブリアニメの『魔女の宅急便』は未見です。^^;

 この映画の一番感心する点は、アニメ版の松任谷由実の楽曲を使えば、それだけでヒット間違いなしだったろうに、それを使っていない点だ。

 ちゅーか、使用許可が下りなかっただけなのかも・・・^^;

 主役キキを演じた娘(小芝風花)だが、可愛い顔してるのだが、少女としての「色気」が全くない子だった。

 私が、若い娘ならば誰でもよいと思っている皆さん、そりゃ、間違いである。

 にも関らず、ロリコン魂の分からない作り手は、やたらと長い魔女洋装のスカートから、キキの太ももを何度となく見せるし、ちょっと服の名称が分からないのだけど、白いフリフリの下着みたいな素材の部屋着姿を、キキにさせたりする。

 なーんか、グッとくるものがないんだよなぁ。

 魔女と人間が同居している世界で、13歳になった魔女の血筋の者は、両親と別れ、一年間を人間界で過ごし、それで魔女として認められるんだが、物語は、その、キキが過ごす一年間の物語だ。

 そういったちょいファンタジー世界の形成を、意外にお金をかけてセットの数々を組んでいるのだが、そこは違和感が募るばかり。

 だって、話が欧米風だろうに、登場人物がみ~んな、日本人なんだもん^^

 これが、「忍たま乱太郎」ならば、申し分ないんだけどね^^;

 感心するのは、豊富なロケーション映像の数々、その自然の映像は、なかなか心休まる。

 この世界の売れっ子歌手の石造りの家など、とても格好いいし。

 全編覆うのは、会話の流れの間(ま)の悪さ!!

 いい役者を多数使っているのに、このしらけ具合は何なんだろうと、寂しくなる。

 多分、細やかな演出・編集の下手さなんだろう。

 あと、クライマックスの物語上の起伏の脚本が酷い。

 キキは、魔女をよく見ない動物園飼育係のラジオでの言葉で、「呪いを運ぶ魔女の宅急便」と言う風評被害を受ける。 

 そして、心の力で飛んでいたのに、その悪評で、ほうきでの飛ぶ力を喪失する。

 が、動物園のカバが急病になり、キキにとって元凶の動物園側が、キキに、近くの島にいる獣医師にカバを運んでくれと頼んでくる。

 キキは、飛べないのに安請け合いし、動物園の話の分かる園長も、嵐の中、まだ幼いキキに飛ぶことを依頼するのだ。

 そのカバの病状も、なんとも、危険を冒してまで遂行する類のことでもないのは後からわかる・・・。

 最後の、嵐の中の宅急便は、そんな解せない感の募る中での飛行である。

 なんだかんだで、脳内補完して、自分の気持ちを感動へと高めてホロっとしたが、こりゃ、よく考えると、メチャクチャである^^;

 ボーイフレンドの妹(三つ編み)や、人気歌手の姪っ子(おかっぱ)など、あと、キキの幼少時のチビ(ショート)、三人の可愛い幼女が出演していたので、私はよしとする!!^^;

                                                 (2014/03/04)

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[おめでとう! アカデミー賞『ゼロ・グラビティ』!!!^^]

2014-03-03 23:59:59 | 物語の感想

☆私の本名はナカムラなので、その年に、私が披露した映画賞を「ナカデミー賞」と呼んでいる。

 で、去年の「ナカデミー作品賞」は、精神的・物理的とも言い換えられるエンターテイメント性・芸術性を兼ね備えた昨年の一本として、『ゼロ・グラビティ』を挙げた。

 そして、昨日 発表された米アカデミー賞では、作品賞は逃したものの監督賞をはじめとする7つのアカデミー賞を取ったそうだ。

 私も楽しんだので、こりゃ、ちょいと嬉しい^^v

 私は「今年を代表する一本」としてました。

          [ナカデミー賞 2014´ キューブリックとスタローンのハイブリッドな時代] ・・・クリック!

 二回見たので、感想のほうもリンクさせておきます。

          [映画『ゼロ・グラビティ』を観た]・・・クリック!

 

          [映画『ゼロ・グラビティ』を観た(二観目・寸評)]・・・クリック!

 

 《・・・ヒューストンと交信の取れなくなった主人公らは、とりあえず、「一方通信」として言葉を発し、漂流の回避計画を、本部の許可の返信なしに進めていく。

    これは、主人公ライアンが、作中を通し、事故で亡くなった娘に、「一方的な想い」を発信し続けるのと同じである。

    ライアンは、死んだ相棒を思い出す中で、天国で会うだろう娘へ「愛している」と伝えてくれと頼む。

    現在進行形である。

    死んだ娘に、その愛を過去形ではなく伝えるのである。

    娘は、遠く離れてはいるが、存在している、と。・・・》

                                               (2014/03/03)

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[映画『鑑定士と顔のない依頼人』を観た(昨年の取りこぼし:3・寸評)]

2014-03-03 23:59:06 | 物語の感想

☆う~ん、非常に辛い結末の映画でした。

 潔癖症で癇癪持ちの敏腕鑑定士が、とある大邸宅の美術品の査定を依頼される。

 しかし、その依頼人は、若い女性らしいのだが、姿を見せなかった。

 本来ならば、そんな客は拒絶するのだが、鑑定士は、なぜだか心魅かれていくのだった・・・。

 依頼人のいない邸宅には、多くの美術品あり、また、床には自動人形(オートマタ)と思われる部品が落ちている。

 その部品は、知り合いの修理屋に預け、徐々に組み立ててもらうのだ。

 鑑定士は、どうやら、壁の中の隠し部屋に住んでいるらしい。

 当初、私は、その依頼人こそがオートマタで、体の部品を少しづつ減らしながら、生きながられているのだと思い、うはっ、とんでもない面白い物語だなと思ったものだが、

 物語は、更に起伏が三段階ぐらいある。

 もう、ずーっと面白い。

 主役はジェフリー・ラッシュで、その演技は確実性を重んじていよう。

 しかし、それを、演技・役柄・物語の上で、メロメロにしていくのが、クレア(シルヴィア・フークス)である。

 初老の主人公だけでなく、それを見ているモテない私たちも、対人恐怖症で引きこもって暮らしていたクレアが、自分のためにのみ存在していた運命に喜びを感じるのだった・・・。

     

 病的な役柄が、クロエ・グレース・モレッツにも似て、そのちいさく白い乳首もろとも、美女である。

                                             (2014/03/03)

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[反原発のヘイト言動 (東日本大震災/東京での私の思い・57)]

2014-03-02 11:43:45 | 保守の一考

☆忙しい、忙しい。

 やっとパソコン前に座りましたです、ハイ。

 昨夜なんか、ちゅうか、今朝だが、朝の三時半に、自分のお店のポスティングをしてきました。

 新聞配達よりも早いです、ハイ。

     ◇

 朝、新聞を見たら、ロシアがウクライナに軍事介入の記事。

 ソチオリンピックが終わったら、さっそくこれであるが、これが、国際社会では当然のことなのかも。

     ◇

 さて、朝風呂に入りながら、新聞を見続けると、未だに御健在の、ビキニ環礁での、第五福竜丸・アメリカ水爆実験の巻き込まれ被害者乗組員、その講演記事。

          非核の訴え、世界に 第五福竜丸大石さん ビキニ水爆実験60年(2014.3.1)

 この福竜丸被害事故にも、大きな謎があるのだが、ともあれ、この事件から分かるのが、「放射能で死に至るは、確率的に、かなりの悪条件が重ならなければならない」と言うことだ。

 いや、世間で放射能の被害とされるものの多くは、よくよく考えると、「爆発の衝撃」によるものなのである。

 熱爆発、によるものだ。

 原爆の被害者なども、終戦の日のニュースなどで、「終戦から65年、いまだに原爆被害に苦しめられています」と、その「放射能」被害のように語られているが、かなりの長命である。

     ◇

 今、反原発派は、元気がない。

 簡単である。

 福島原発の「放射能」の被害死者が一人もいないからだ。

 反原発のやから達は、今、その被害者ゼロの現実を見ないで、ひたすらに死者が出るのを待ちつつ、

 その片手間に、「風評被害」を拡大し続けている。

 反原発のやからが、福島に人の住めない地域を手作ったのである。

 福島程度の放射線は、いや、福島以上の放射線は、原爆実験が華やかなりし長期に渡って、地球全体が受けていたのである。

 そして、今後、一人でも被害者が出ようものなら、大喜びで、随喜の涙と、溢れんばかりの涎をため、口角泡を飛ばし、反原発言動を再開するのだろう。

 その表情・・・。

 それこそ、人間の持つ「卑劣の極み」である。

                                (2014/03/02)

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[映画『セブンデイズリポート』を観た(一言だけ)]

2014-03-01 23:59:30 | 物語の感想

☆う~ん、かなりチープで、脚本の工夫も足りない作品だった。

 主人公はエグザイル系の人みたいで、私はエグザイル系はチンピラみたいな顔と認識しているのだが、こんな三枚目もやれるような若手がいるのだなと知っただけでも、ちょっと得した気分・・・、な訳ない。

 主人公は、普通の高校生と思いきや、実は、クローン人間のサンプルで、高校卒業後は「処分」される運命にあり、卒業までは、あと七日という話。

 特に自分の運命を変えるわけではなく、本来は、そのようなSFの副産物であろう、情けなく生きているオリジナルの恋を成就させることが、物語の方向性になっている。

 どうにも、私は、クローンとオリジナルの二つの高校生活が、どのように並列に存在しているかが分からなかった。

 どうやら、同じ校舎で生きているらしいのだが、じゃあ、なんで、これまで同じ生徒がかち合わないのかとかひどく疑問に思った。

 てゆーか、物語を盛り上げようとする作り手の気持ちが全く伝わってこないので、そんな疑問もどうでもよくなるのだが。

 ヒロインは、山下リオで、私にはどうも魅力が伝わってこなかった。

 なんか、大味な感じを受ける娘であった。

          

 見ているうちに、手触りが、小学校の視聴覚室で見せられたような映画に思えてきた。

 『教室205』みたいのね(他にももっと見たのだが、タイトルがこれしか覚えていない)。

教室二〇五号 (少年少女小説傑作選)クリエーター情報なし実業之日本社

 で、今、この映画の作品解説をネット上で見ていたら、括りが「SFジュブナイル」と記されていた。

 まあ、そういった括りならば、このレベルの完成度でいいのかなとも思う。

                                          (2014/03/01)

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