福田の雑記帖

www.mfukuda.com 徒然日記の抜粋です。

時間について2015(2)時間経過を意識するためには日記、1日100円貯金などもいい

2015年07月12日 17時21分48秒 | コラム、エッセイ
 新年を迎えてからもう6ヶ月経った。
 加齢とともに徐々に時間感覚が早くなっている。

 人生は不公平であるが、例外は一つだけあり、それは時間である。どのような状態にあろうと時間だけは、万人に平等に過ぎ去っていく。加えて、それぞれの人間によって、それぞれの時間感覚がある。さらに時間をあまり意識しない人もいる。
 それ以上に、誰にも公平である時間は貴重な宝なのだ、と意識されているのだろうか?この宝は有効に用いられているのだろうか?

 「新年からもう6ヶ月も経った・・・」、外来受診した高齢者の何名かはちょっと寂しげに、しみじみと心情を吐露した。時間だけが早く過ぎた、という感覚である。

 私も同じ心境であるが、私は「6ヶ月も・・・」と十把一絡げに考えたくない。「180日も・・」と言いたい。簡単に、手っ取り早く絡げてしまうと大切な1日1日の意義が失われてしまう。

 不遜な例であるが、東日本大震災大震災の犠牲者が約2万人、と括ってしまうと犠牲になった個々の方々の人生がすべて消えてしまう。犠牲になったお一人お一人には貴重な人生があった。それが、意識すらされなくなる。十把一絡げすることにはこんな効果がある。
 確かに、統計資料はまとめがあると便利である。例えば、東京大空襲では死者が11万7000人ほど、広島では9万人ないし12万人が、第二次世界大戦の被害者数の総計は5千万~8千万人とされる、とされているが、この記述では犠牲者の一人一人の人生は問題にならない。各人とも極めて厳しい状況を経たはずであるが、戦争を知らなかった世代には予想もできず単なる数値だけになってしまう。
 
 「光陰矢の如し」と言われるが、時間の経過は驚くほどの速い。
 私は1日1日を意義あるものにするためにもこのミニ随想を書いている。このミニ随想のリストを見ていると毎日をどのように過ごし、何を考えていたのか分かる。だから、私には時間を浪費したとの感覚はほとんどない。

 1年間を絡げてしまわない工夫の一つには、例えば連日100円の貯金をしてみるなどもいいと思う。牛乳瓶でもなんでもいいが、中が見える容器がいい。毎日増えていく100円玉を見ていると時の経過が実感できる。1年間で3万6500円たまるから、年末には好きな本でも一気に買おう。100円硬貨の重みを通じて1年間の時間の重みが実感できる、と思う。
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