今日の続編日記は、久しぶりにお茶の間鑑賞した映画『十二人の怒れる男』(1957年製作 シドニー・ルメット監督)のことです。
この映画は、今年逝去されたシドニー・ルメット監督の代表作で、私の大好きな洋画映画ベスト5に選んでいる作品です。また、私にとって、1969年高校一年生の時旧NETテレビ(現テレビ朝日)日曜洋画劇場でこの映画を初鑑賞した際、自分の将来の進路(大学の専攻学部)を決めたとても思い出深い映画です。
何故なら、映画でニューヨーク州の殺人事件裁判の陪審員になった建築士8番の(ヘンリー・フォンダ)のとても理知的な行動に私が深く感動して、法学部か建築学部のどちらに進むべきか悩んでいた私に、F・フォンダが「建築士でも法律的素養を持つことが可能」と私に教えれてくれたからです。そして、この映画は、アメリカ民主主義の素晴らしさを描いた名作です。
その主演の裁判陪審員12人を、以下に紹介します。添付した写真は、その審議を行なったしたメンバーです。(注:背中を向けて中央に立っているのが陪審員1番役のマーティン・バルサムで、時計廻りで11人が番号順に着席しています)
・陪審員1番:マーティン・バルサム(罪を裁く会議の司会役で中学校の体育教師でフットボールのコーチ)
・陪審員2番:ジョン・フィードラー(審議で自分の強く主張できない臆病な営業マン)
・陪審員3番:リー・J・コッブ(最後まで有罪を主張し家庭では長男と確執があり親子断絶した宅配会社経営者)
・陪審員4番:E・G・マーシャル(自分の眼鏡鼻跡を見られ裁判証拠の瑕疵を指摘された冷静沈着な性格の株式仲介人)
・陪審員5番:ジャック・クラッグマン(容疑者と同じスラム街で育ち凶器のナイフの使用法を熟知した工場労働者)
・陪審員6番:エドワード・ビンズ(自分では何も判断したことがなく会社の上司の指示に任せて生きてきた塗装工)
・陪審員7番:ジャック・ウォーデン(大リーグの試合に間に合うように会議進行を催促するめんどくさがり屋なセールスマン)
・陪審員8番:ヘンリー・フォンダ(最初の評決の際ただ一人無罪とした確固たる信念を持つ建築士)
・陪審員9番:ジョセフ・スウィニー(次の評決に最初に無罪に転じた裁判所での証人の姿を良く観察していた80歳超えた老人)
・陪審員10番:エド・ベグリー(容疑者に対して偏見を持ちながら証拠瑕疵を指摘され最後は無罪に転じた自動車修理工経営者)
・陪審員11番:ジョージ・ヴォスコヴェク(聡明な性格で審議を進めるユダヤ移民の時計屋)
・陪審員12番:ロバート・ウェバー(言動に左右されやすく自分の意見がなく真剣に討議に参加しない広告代理店宣伝マン)
このように、この12人は当時(1957年)のアメリカ社会の縮図をよく表しています。現在の陪審員制度なら必ず女性も選ばれるはずですが、一人もいません。映画の冒頭裁判法廷シーンで、予備陪審員2名が退席しますがその中にもいませんでした。
題名通り、陪審員はすべて男性です。その職業もさまざま、性格・年齢・信条等も各人皆違います。そして、その様々な人物に扮している俳優たちの素晴らしい好演がなけれれば、この映画は決して名作とはならなかったと、今私は確信しました。
この映画は、今年逝去されたシドニー・ルメット監督の代表作で、私の大好きな洋画映画ベスト5に選んでいる作品です。また、私にとって、1969年高校一年生の時旧NETテレビ(現テレビ朝日)日曜洋画劇場でこの映画を初鑑賞した際、自分の将来の進路(大学の専攻学部)を決めたとても思い出深い映画です。
何故なら、映画でニューヨーク州の殺人事件裁判の陪審員になった建築士8番の(ヘンリー・フォンダ)のとても理知的な行動に私が深く感動して、法学部か建築学部のどちらに進むべきか悩んでいた私に、F・フォンダが「建築士でも法律的素養を持つことが可能」と私に教えれてくれたからです。そして、この映画は、アメリカ民主主義の素晴らしさを描いた名作です。
その主演の裁判陪審員12人を、以下に紹介します。添付した写真は、その審議を行なったしたメンバーです。(注:背中を向けて中央に立っているのが陪審員1番役のマーティン・バルサムで、時計廻りで11人が番号順に着席しています)
・陪審員1番:マーティン・バルサム(罪を裁く会議の司会役で中学校の体育教師でフットボールのコーチ)
・陪審員2番:ジョン・フィードラー(審議で自分の強く主張できない臆病な営業マン)
・陪審員3番:リー・J・コッブ(最後まで有罪を主張し家庭では長男と確執があり親子断絶した宅配会社経営者)
・陪審員4番:E・G・マーシャル(自分の眼鏡鼻跡を見られ裁判証拠の瑕疵を指摘された冷静沈着な性格の株式仲介人)
・陪審員5番:ジャック・クラッグマン(容疑者と同じスラム街で育ち凶器のナイフの使用法を熟知した工場労働者)
・陪審員6番:エドワード・ビンズ(自分では何も判断したことがなく会社の上司の指示に任せて生きてきた塗装工)
・陪審員7番:ジャック・ウォーデン(大リーグの試合に間に合うように会議進行を催促するめんどくさがり屋なセールスマン)
・陪審員8番:ヘンリー・フォンダ(最初の評決の際ただ一人無罪とした確固たる信念を持つ建築士)
・陪審員9番:ジョセフ・スウィニー(次の評決に最初に無罪に転じた裁判所での証人の姿を良く観察していた80歳超えた老人)
・陪審員10番:エド・ベグリー(容疑者に対して偏見を持ちながら証拠瑕疵を指摘され最後は無罪に転じた自動車修理工経営者)
・陪審員11番:ジョージ・ヴォスコヴェク(聡明な性格で審議を進めるユダヤ移民の時計屋)
・陪審員12番:ロバート・ウェバー(言動に左右されやすく自分の意見がなく真剣に討議に参加しない広告代理店宣伝マン)
このように、この12人は当時(1957年)のアメリカ社会の縮図をよく表しています。現在の陪審員制度なら必ず女性も選ばれるはずですが、一人もいません。映画の冒頭裁判法廷シーンで、予備陪審員2名が退席しますがその中にもいませんでした。
題名通り、陪審員はすべて男性です。その職業もさまざま、性格・年齢・信条等も各人皆違います。そして、その様々な人物に扮している俳優たちの素晴らしい好演がなけれれば、この映画は決して名作とはならなかったと、今私は確信しました。