今日の日記は、とても久しぶりに映画論への投稿です。私は、以前2012年7月17日付自身日記ブログ『「国際シンポジウム・溝口健二」木下千花氏卓越評論「元禄忠臣蔵」の風俗は日本的でなく異化効果として働く』で日本映画の巨匠・溝口健二監督を取扱いました。そして、約4年程経って、この映画学専攻の木下千花京都大学大学院准教授の新刊本発売を知り、今自宅で読んでいます。その著書は『溝口健二論・映画の美学と政治学』(2016年5月・法政大学出版局刊)です。添付した写真は、その著書の表紙です。
その著書では、さらに深化した溝口映画の特徴を画面の各々1シーンずつを詳細に紹介しながら解説しています。その映画解説で、私が特に強く共感した記述の一部を、以下に引用・掲載します。
『「元禄忠臣蔵」は時代劇の規範に抗って可能な限り元禄時代の風俗に則り、そうした意味で、空虚な観念に過ぎなかった「歴史映画」を一挙にかつ大胆に実現してしまった。・・松の廊下の顛末の締めくくりとして、綱豊卿(市川右太右衛門)が目付役・多門伝八郎(小杉勇)に称賛の言葉を与える印象深い場面がある。・・茶坊主が「甲府中納言さまよりのお言葉にござります」と告げると、多門はさらに頭を下げる。茶坊主は続ける。「元和の偃武から70年、世は泰平に慣れて、侍心地に落ちたるとき、今日その方の振る舞い、武士の本分に叶う、綱豊、忘れおかぬ」。・・坊主が「申しつけました」という報告を終えると、綱豊はようやく歩み出して画面は暗転する。このショット・シークェンスの間接性はほとんど倒錯的だ。・・次期将軍と目される御三家当主(私注:著者のミス・甲府宰相で御三家ではない)が公にはできない言葉を、殿中で伝えるとしたら、茶坊主を介するに違いない。この認識は、徹頭徹尾、映画的問題として追求されている。・・「元禄忠臣蔵」における倒錯的なまでに重層的な伝言と儀礼、権力の演出は、アメリカ映画的な直接のアクションへの欲望を頓挫されつつ、独自のやり方で映画性を誇示するばかりではない。距離と媒介の演出は、マゾヒスト的な快楽-クライマックス(この場合、討入)を宙づりにして儀式のシチュエーションと細部に興奮するという意味で-を生む。』
私は、この映画『元禄忠臣蔵』の南部坂雪の別れでの瑤泉院と大石内蔵助のやりとりで、瑤泉院の毅然たる言葉『その儀、なりませぬ』を自身日記ブログ(2012年7月16日付)で紹介しています。その言葉も元禄時代の歴史性を直視した溝口健二監督のアイデアと今強く得心しました。さらに、時代考証や歴史的社会関係についての配慮を全くせず、人物の直接の対面、接触、会話、対決をドラマチェックに演出する薄ぺらなTV時代劇とは一線を画した、素晴らしい日本映画だと私は思ってます。
その著書では、さらに深化した溝口映画の特徴を画面の各々1シーンずつを詳細に紹介しながら解説しています。その映画解説で、私が特に強く共感した記述の一部を、以下に引用・掲載します。
『「元禄忠臣蔵」は時代劇の規範に抗って可能な限り元禄時代の風俗に則り、そうした意味で、空虚な観念に過ぎなかった「歴史映画」を一挙にかつ大胆に実現してしまった。・・松の廊下の顛末の締めくくりとして、綱豊卿(市川右太右衛門)が目付役・多門伝八郎(小杉勇)に称賛の言葉を与える印象深い場面がある。・・茶坊主が「甲府中納言さまよりのお言葉にござります」と告げると、多門はさらに頭を下げる。茶坊主は続ける。「元和の偃武から70年、世は泰平に慣れて、侍心地に落ちたるとき、今日その方の振る舞い、武士の本分に叶う、綱豊、忘れおかぬ」。・・坊主が「申しつけました」という報告を終えると、綱豊はようやく歩み出して画面は暗転する。このショット・シークェンスの間接性はほとんど倒錯的だ。・・次期将軍と目される御三家当主(私注:著者のミス・甲府宰相で御三家ではない)が公にはできない言葉を、殿中で伝えるとしたら、茶坊主を介するに違いない。この認識は、徹頭徹尾、映画的問題として追求されている。・・「元禄忠臣蔵」における倒錯的なまでに重層的な伝言と儀礼、権力の演出は、アメリカ映画的な直接のアクションへの欲望を頓挫されつつ、独自のやり方で映画性を誇示するばかりではない。距離と媒介の演出は、マゾヒスト的な快楽-クライマックス(この場合、討入)を宙づりにして儀式のシチュエーションと細部に興奮するという意味で-を生む。』
私は、この映画『元禄忠臣蔵』の南部坂雪の別れでの瑤泉院と大石内蔵助のやりとりで、瑤泉院の毅然たる言葉『その儀、なりませぬ』を自身日記ブログ(2012年7月16日付)で紹介しています。その言葉も元禄時代の歴史性を直視した溝口健二監督のアイデアと今強く得心しました。さらに、時代考証や歴史的社会関係についての配慮を全くせず、人物の直接の対面、接触、会話、対決をドラマチェックに演出する薄ぺらなTV時代劇とは一線を画した、素晴らしい日本映画だと私は思ってます。