天命を知る齢に成りながらその命を果たせなかった男の人生懺悔録

人生のターミナルに近づきながら、己の信念を貫けなかった弱い男が、その生き様を回想し懺悔告白します

RヤングBアレグザンダー『性と愛の脳科学』ストリップダンサー収入は排卵期に高く逆に身のHW割合減少と

2016-01-31 11:45:55 | 日記
今日の日記は、今自宅で読んでいるラリー・ヤング/ブライアン・アレグザンダー著『性と愛の脳科学 新たな愛の物語』(坪子理美訳・中央公論新社2015年刊)で紹介されたニューメキシコ大学の心理学者が行ったラスヴェガスのストリップクラブのダンサーに関するとても興味深い研究結果です。添付した写真は、その著書の表紙です。以下に、その記述の一部を引用・掲載します。
『ニューメキシコ大学の心理学者、ジェフリー・ミラーは、ラスヴェガスのストリップ・クラブ「スペアミント・ライノ」に出演するダンサーたちの排卵周期を通じ、彼女たちのラップ・ダンス(客の膝の上に座って踊るサービス)収入を追跡調査した。ミラーの調査の結果、排卵が収入に与える効果は、とても衝撃的なものだった。発情期(排卵期)にある時、5時間のシフトで、踊り子は約354ドルを稼いだ。そうでない時期は、約264ドルで、90ドルの違いだ。ピルを服用(排卵期を根本的に無くす)している別のダンサーは、約193ドルだった。しかし、男性が発情期(排卵期)の踊り子たちを、どうやって選んでいるのだろうか?。ミラーは、「男性は、排卵期、あるいはその前後の女性から採取された匂いを嗅ぐと、近縁関係にあるサルたちと同様、テストステロンの急激な上昇を示した。さらに、排卵期の女性は、声の質(音色や高さ)がより魅力的になって、ヒップ廻りに対してウェストの割合が相対的に小さくなっている。」と指摘しています。このように、発情期(排卵期)の踊り子たちは、より魅力的に動けるようになるのである。このことが、テストステロンの急激な上昇を示した男性客に、財布のひもを開かせるのである。さらに、ミラーは、「踊り子たちが、発情期のも力に気づいていないにも関わらず、その恩恵に与えられるように行動しているし、男性客も1ドル当たりで得られる最大の興奮を求めている。」と指摘している。』
日本の心理学者ではとても研究テーマにしない(日本ではストリップショー自体では白眼視されている)事を、真面目に研究したこのジェフリー・ミラー氏に、私は大いなる敬意を払います。アメリカ人社会では、日本社会とは大きく違い、受けたサービス(踊り子の客へのラップ・ダンスに対して)に対するチップ(記述では1回で20ドル)が当たり前の風習だから、人間の心理的な行動を金銭データで置き換えて証明できたと、その着眼点の奇抜さに、私は今とても驚いています。
でも、日本にあるストリップ劇場での私のかっての鑑賞記憶では、踊り子の金銭的な稼ぎ高の評価基準は、その客へのサービス内容(注:アメリカのクラブと同様の事は、日本の劇場では実施されていないが)ではなく、その踊り子の容姿やステージ内容に大きく依存しています。そして、ストリップ劇場に出演している踊り子さんの排卵期がその収入に与える効果など、私は全く考えなかったし、その時期に関わらず踊り子さんのステージ自体に全く影響が無かったと、今確信しています。
だから、この著書を読んでいて、このアメリカ心理学者・ジェフリー・ミラー氏の見解に関して、ストリップ劇場に出演している踊り子さんの率直な御意見を拝聴したいと思ってしまいました。しかし、現在のしがらみをあるサラリーマン生活を終了しない限り、適わぬ夢と諦めています。私は、早く何処へでも行ける自由な人生を取り戻したいです。
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Dキーン『続百代の過客・日記にみる日本人』強制収容令を恥じたキーン氏に体験日記同様に晩年が最も幸せを

2016-01-24 10:19:24 | 日記
今日の日記は、今藤沢自宅で読んでいるドナルド・キーン著作集第3巻『続・百代の過客 日記にみる日本人』Ⅴ:女性の見た日本と世界「下村とく日記」に見られる、米国在住日系人強制収容に関するキーン氏の率直なコメントのことです。添付した写真は、その著書の表紙です。
この著者ドナルド・キーン氏は、太平洋戦争中は米国軍隊に入って日本軍捕虜の通訳や日記の翻訳を行ってきた軍歴を持った人です。いわば、アメリカ政府の立場に立ったアメリカ人(注:この著書が出版された1987年当時は、まだ日本国籍を取得しておらず純粋の米国人)が、戦時中アメリカ大統領のフランクリン・D・ルーズヴェルトが行った在国日系人強制収容の「大統領令」に率直なコメントを述べています。その真摯な感想に、ドナルド・キーン氏の二つの国を愛した者にしか共感できない思いに触れたと、私は強く感動しました。以下に、その記述の一部を引用・掲載します。
『下村とく(1888~1968)という名前は、日本のどんなに詳細な人名辞典に当たってみても、おそらく見つけることはできないであろう。彼女は、明治時代あるいはそれ以降に、アメリカ合衆国その他の外地に移民した数多くの日本人の典型的人物なのです。・・1942年(昭和17年)2月19日、軍部の圧力に屈した大統領フランクリン・D・ルーズヴェルトは、いわゆる”潜在的危険人物”を軍事地域から排除する陸軍長官の権限を認める大統領令に署名。その2日後、西部国防軍の司令官、ジョン・デ・ウィット将軍は、太平洋岸を軍事地域に設定するという布告を出す。そして3月の中旬、日系の住民は、すべて西海岸地域から立ち退くようにとの命令が出される。これが、下村とく、およびシアトルに住む多くの日本人にとって、まさに青天の霹靂であったことは言うまでもない。しかしこれに抗議することもできなかった。・・結局、とくの一家は、アイダホ州の南部、ミニドカという荒涼の地に追いやられたのである。1942年中に、とくが付けた日記は、彼女の悲劇的体験を、なんの自己憐憫を混えずに描いている。とくの日記は、二つの国を愛する者の身に降りかかる悲劇を思い出させてくれる。とくの日記を読んでいて、過去ではなく、自分にごく近いところで、そう、アメリカでこのような強制収容が行われたことに対し、私は恥ずかしさを感じる。しかし同時に、このようなことは二度と再び起こらないだろうという確信も持つのである。とくとその一家は、戦争が終わってから、シアトルに帰って来る。一度過酷にも中断された生活に、再び戻ることができたのである。彼女の日記は、自分の晩年が、彼女の生涯のうちで一番幸せな年月であったことを強調している。私はそれがほんとうであったことを、心から願うものである。』
このドナルド・キーン氏の”心からの願い”に、私は深く感動しました。彼は、当時でも軍隊の一下士官であった自分の祖国アメリカを、”恥じている”いるのです。さらに、日米間に二度と、このような事は起こらないと”確信”していると強調しています。その確信の実践的な事実として、数年前に日本国籍を取得して日本に永住を決意したと私は今思っています。
私は、ドナルド・キーン氏が自らの日記を密かに記載しているのか?全く知りませんが、キーン氏が下村とくの日記同様に、”自分の最晩年が、生涯のうちで一番幸せな日々”となる事を、今衷心より願っています。
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Uエーコ著『異世界の書』剽窃告発作品未読Dブラウンは「ダヴィンチコード」信頼情報で記述主張に矛盾抗弁

2016-01-17 15:12:04 | 日記
今日の日記は、今自宅で読んでいるウンベルト・エーコ編著『異世界の書 幻想領国地誌集成』(三谷武司訳・2015年11月東洋書林刊)で書かれた「ダ・ヴィンチ・コード」を創作?したベストセラー作家ダン・ブラウン氏へのエーコ氏のコメントです。添付した写真は、その著書の表紙です。
この著者は、私がとても夢中になって読んだ『薔薇の名前』(東京創元社)の作者で、著名なイタリアのボローニャ大学教授です。これを原作にしたショーン・コネリー主演映画『薔薇の名前』も、とても良い出来栄え作品で、私がヨーロッパの中世宗教に興味を持ち始めたきっかけとなった人です。
その彼が、この著書で私の2009年9月23日付日記『小説「天使と悪魔」著者ダン・ブラウンはガリレオ・ガリレイを正しく表現していない駄作者』で批判したダン・ブラウン氏へ痛烈な批判をしています。「ダビンチ・コード」のアメリカの書評の一つでは、「ウンベルト・エーコ+トム・クライシー+マイクル・クライトン」と言及されたエーコ氏が、第14章「レンヌ・ル・シャトーの捏造」で、関係者としてとても興味深い考察をしていました。以下に、その一部を引用・掲載します。
『2003年に至って、ダン・ブラウンの大ベストセラー「ダ・ヴィンチ・コード」が世に出てしまう。ブラウンは明らかにジェラール・ド・セード(フランスのジャーナリストで1967年「レンヌの黄金」出版)やマイケル・ベイジュント、リチャード・リー、ヘンリー・リンカーン(皆ジャーナリスト)その他多数のこの分野の専門書を参照して、この小説を書いているのだが、にもかかわらず彼は、自分が提供する情報は何もかも史実だと明言している。・・もし彼の作品が本当に史実を再構成したものなのだとしたら、作中に散見される明らかなな事実誤認についてはどう説明すればいいだろう。(私注:その具体例は、専門的な記述の為割愛・詳細に5例ほど列挙)・・最も興味深かったのは、リンカーン、ベイジュント、リーが、剽窃の廉でブラウンを告訴したことである。つまり、自分たちの著書が排他的な知的財産権の対象だと主張したわけだ。つまり、彼らが今まで史実と称して売りさばいてきたものが、本当は【全部空想の産物】だったと公的に認めたということなのである。しかし、いっそう興味深いのは、公判に際して、ブラウンがリンカーンらの本を読んだことがないと主張したことである。これは、信頼できる情報源に依拠して書いたとする自らの主張と矛盾する抗弁ではないか。』
エーコ氏は、自らの作風と比較されたダン・ブラウン氏に、その創作技法を強く批判しています。私も、その指摘に大いに共感しています。そして、そのベストセラー作家の評価は、棺桶の蓋が閉じられる前でも、はっきりと分かるいい一つの実例だと痛感しています。
さらに、今私は、尊敬するウンベルト・エーコ氏に、正しい創作技法を問う新たな歴史小説(『薔薇の名前』を超える作品)を、是非執筆してほしいと思っています。
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ドナルド・キーン著『日本の文学』朝鮮は中国文明を無条件に受け入れたが日本人は気質で相当修正本家を凌ぐ

2016-01-13 22:49:52 | 日記
今日の日記は、口直し(注:読み直し・前日は偏向図書にとても不愉快になって途中で放り投げたので)で、今読んでいるドナルド・キーン著作集第一巻『日本の文学』(2013年7月新潮社刊)でのとても慧眼に満ちたドナルド・キーン氏の日本文学論(1952年春・英ケンブリッジ大学公開講義録)のことです。添付した写真は、その著書の表紙です。
その序章に、日本文学と近隣国・東アジア(中国・朝鮮)との関係においてとても共感・感銘し嬉しくなる記述がありました。以下に、その一部を引用・掲載します。
『日本の文学はその美と豊富が直ぐにも感じられる魅力になっているにも拘わらず、まだ欧米では充分に知られているとは言えない。・・大部分の欧米の読者は、日本人が他人の真似をするのが上手な人種だと聞いて、その文学も中国の余光に過ぎないだろうと考えたりするために、日本の文学に興味を持とうとしないのである。・・日本の文明の発達に際して、中国が非常に大きな役割を果たしていることは否定出来ない。しかし、日本が中国から取り入れたすべてのものは、中国人と本質的に違う日本人の気質によって相当に修正された。我々は中国の文明の強力な影響に対する日本人のこういう抵抗を、その影響が朝鮮ではほとんど無条件に受け入れられたことと比較して見てもいい。しかし、日本で行われたことは、単に中国の文明の巧妙な修正というようなことに止まるものではなかった。文学の面では、日本人は中国人より何世紀も前に小説の見事な大作(源氏物語)を書いていたのであり、中国のよりも遥かに優れている日本の劇(浄瑠璃・能・歌舞伎)は、世界で最高のものに位する。』
この著者ドナルド・キーン氏は日本に帰化した著名な日本文学研究者です。その彼が、戦後間もなく連合国のイギリス・ケンブリッジ大学の公開講義で、敗戦国であった日本人の気質を素晴らしさや日本文学の優れた芸術性を欧米人に強調してくれた事に、私はとても感謝しています。さらに、その彼が、東アジア3国の中でも、日本文学が一番傑出している存在だと語ってくれているのに、私はとても嬉しくなりました。
隣国の悪漢国家・韓国はドナルド・キーン氏によれば、「中国文明をほとんど無条件に受け入れた」という「小中華国」なのも、現在の韓国朴大統領の中国一辺倒の外交政策からはっきりしているのです。また、年頭に北朝鮮が核実験を行えば、昔の宗主国・中国に外交的な援助を頼む韓国朴大統領の姿勢は、ドナルド・キーン氏の語る「中国文明を無条件に受け入れた」事実の、はっきりとした証左でもあります。
私は、今ドナルド・キーン氏の素晴らしい日本文学論を読んで、日本人に生まれて良かったと、さらに母国の日本国を誇らしく感じています。
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『岩波講座日本の歴史・近現代5』林博史氏は東京裁判死刑囚は具体的な残虐行為が重視されたと正当偏向主張

2016-01-12 22:11:01 | 日記
今日の日記は、今自宅で読んでいる『岩波講座・日本の歴史第19巻・近現代5』(2015年10月刊)の「サンフランシスコ講和条約と日本の戦後処理:林博史」で書かれた独善的な被虐史観のことです。添付した写真は、その著書の表紙です。
岩波書店は、その社風が多少左翼思想に固まっているとは思っていましたが、いまだ真実が定まっていない近現代史の記述に関しては、偏向的な思想を表現するとは想像だにしていませんでした。この執筆者の林博史氏(関東学院大学教授)の歴史的見解に、私は大いに噴飯・憤りを感じています。以下に、その問題と思われる記述を引用・掲載します。
『1990年代に入り、日本軍「慰安婦」問題など戦後補償問題が提起されると、講和条約と二国間条約によって解決済みとする日本政府の見解に対して、アジアの戦争被害者への補償を拒む日本国家のあり方が一体のものであることが強く認識されるようになってきた。そうした中で戦争責任とは区別される植民地責任が提起され、講和条約はこの問題を完全に無視していたことが理解されるようになった。・・21世紀に入った今日においても、日本軍「慰安婦」問題に象徴される戦争責任・植民地責任や領土問題などが、東アジアの国際関係にとって深刻な課題となっている。・・日本政府は51年4月23日に「韓国政府の平和条約調印について」と題する文書を米国に提出し、「韓国は{中略}日本と戦争状態にも交戦状態にもなく、従って、連合国と認められるべきでない」として韓国招請に強く反対した。結局、韓国はサンフランシスコ会議に招かれなかった。・・東京裁判で死刑になった七人はすべて「通例の戦争犯罪」で有罪になった被告であり、具体的な残虐行為が重視されたことがわかるが、日本ではその点がきちんと理解されなかった。』
この文章を読んでいると、この関東学院大学教授の林博史氏は、日本人ではなく在日朝鮮人ではないかと思ってしまうほど、独善的な被虐史観の偏向に満ちた間違った歴史観です。サンフランシスコ条約の相手国に韓国が入るべきだったと主張するのは、何を根拠しているのか私には全く理解できません。また、日本軍「慰安婦」問題が、正しい事実とは言えず、戦後補償問題が提起されるなどと断言する事は、歴史家としての見識を疑います。さらに、東京裁判の死刑囚7人(当然の処罰としている)がどんな具体的な残虐行為(正当化している)があったのか?良く教えて欲しいです。
この林博史氏の歴史観を何も検証もせず、この著書に掲載した岩波書店及び編集委員に、私は強く抗議をしたいです。タイトルを「日本の歴史」とするならば、もっと幅広い意見を集約して欲しかったです。冒頭の記述で怒り狂ってしまい、私はもう他の章も全く読む気にもならないです。
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