天命を知る齢に成りながらその命を果たせなかった男の人生懺悔録

人生のターミナルに近づきながら、己の信念を貫けなかった弱い男が、その生き様を回想し懺悔告白します

映画『トロイ』ラテン民族神話であるアキレスを金髪B・ピットが演じたのは監督のスクリーンテスト軽視表れ

2011-06-11 22:24:33 | 日記
今日の続編日記は、この夏出かけるトルコ旅行の参考にお茶の間鑑賞した映画『トロイ』(2004年製作 ウォルフガング・ペーターゼン監督 ブラッド・ピット主演)のことです。
私は8月13日から8日間の予定でトルコの観光旅行に出かけます。その2日目に世界遺産「トロイ遺跡」を訪問します。その遺跡には有名な「トロイの木馬」のレプリカが造られており、このツアーパンフレットでは”中にも登れます”とありました。
だから、この映画『トロイ』をその観光旅行の参考の為、今お茶の間鑑賞しています。この映画は日曜洋画劇場でTV放映された時、観ています。当然TV放映では大幅にカットされていました。また、私の評価としてこの映画自体は、史実を逸脱した脚色があまり芳しくなかったです。だから、カットされない完全オリジナル版(163分)を再度鑑賞してこの映画をもう一度評価しようした意図もあります。
その完全版をお茶の間鑑賞する為、今日レンタル店から借りて来てました。添付した写真は、この映画で登場する「トロイの木馬」です。
この映画は、ホメロスの『イリアス』からインスピレーションだけを受けたとウォルフガング・ペーターゼン監督は語っています。だから、史実を大胆に変えて映画化しています。完全版を見てもその思いを強くしました。その完全版にはアキレスの母親・テティス役でとても懐かしいジュリー・クリスティが出演したのに、私はとても驚きました。また、トロイの王プリアモス役で出演した名優ピーター・オトゥールの出演シーンもTV版より多くなっていてとても嬉しかったです。
完全版を鑑賞しても、この『トロイ』の映画の出来栄えはあまり良くなかったです。2006年雑誌『文藝春秋』で塩野七生氏が、この映画を作品のストーリー展開が伝承と違うと批判しています。私は、この映画は史実と違うと理解した上で観れば、あまり腹も立ちません。
でも、ラテン系民族の神話の登場人物である「アキレス」を長い金髪のブラッド・ピットが、「ヘレン」をとても美しい金髪のダイアン・クルーガーが演じているのに、私はとても強い違和感を抱いています。これでは、古代ローマ帝国のゲルマン民族の王子・王女に見えてしまいます。
この映画のウォルフガング・ペーターゼン監督は、映画でのスクリーンテストの重要性を理解していないように見えます。

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読売新聞本日朝刊小堺一機氏が語った「中村錦之助から男の美学を当時の子供たちは学んだ」は彼の個人的見解

2011-06-11 16:06:27 | 日記
今日の日記は、今朝の読売新聞・文化12版「昭和時代第一部30年代7・大衆のヒーロー(上)」に掲載された『そんな錦兄の姿を見て「男の美学」を当時の子供たちは学んだ』と語った小堺一機氏の個人的な見解のことです。
以下にその新聞記事のから、私が強く異議を唱える記述を一部引用・掲載します。
『曲がったことが大嫌い。けんかっ早いが、義理と人情にはめっぽう厚い。東映時代劇で中村錦之助(後の萬屋錦之助)は典型的な江戸っ子を演じた。「そんな錦兄の姿を見て”男の美学”を当時の子供たちは学んだ」と話すのは、1956(昭和31)年生まれのコメディアン・小堺一機だ。お気に入りなのは、「水戸黄門」(60年公開)。「錦兄の役は火消しの親分。大友柳太郎さんの演じる侍との掛け合いは、落語みたいでね。侍が金に窮した時に「野垂れ死にすると困るから、オレからって言わないで、これをやっといてくれよ」とひとづてに財布を渡したりする。そのさりげなさがかっこいい。』
この小堺一機氏の中村錦之助(後の萬屋錦之助)への思いは、まったく個人的な見解です。その個人的な思いを『そんな錦兄の姿を見て”男の美学”を当時の子供たちは学んだ』と、その時代の子供たちすべての共通認識と断定する小堺一機氏に、私は強く抗議します。
彼はまず、私より3歳も若い1956年生まれであり、彼が絶賛する60年公開のその東映時代劇映画をリヤルタイムで鑑賞してはいません。また、当時の子供たちが、彼自身が指摘する「さりげなさがかっこい」とはまったく思わないと、私は確信しています。「さりげなさがかっこい」の論理は、りっぱに成人した男が理想とする自分自身の姿です。
小堺一機氏が中村錦之助(後の萬屋錦之助)を”男の美学”の具現者と絶賛しても、彼個人としての見解なら、私は別に異議を唱えません。しかし、その当時の子供たちはすべてそう思っていたと断定する彼のコメントに、私は強く抗議します。
私は、中村錦之助(後の萬屋錦之助:1932年11月20~1997年3月10日)を嫌いではありません。しかし、私自身は彼から”男の美学”を学んだことはありまん。私自身で言えば、錦兄の映画でのお気に入りなのは、小堺氏の指摘とはまったく違うキャラクターを演じた1961~65年製作の『宮本武蔵』(内田吐夢監督の5部作)での宮本武蔵です。
さらに言えば、私自身の”男の美学”の具現者は、アメリカ映画『静かなる男』(1952年製作 ジョン・フォード監督)の主演者ジョン・ウェインです。添付した写真は、その映画で共演したジョン・ウェイン(左)とモーリーン・オハラ(右)です。
小堺一機氏は、私と同じ戦後第二世代の人です。しかし、私は昭和28年生まれですが、彼はその3年後の昭和31年生まれです。この時代の生まれ3年の違いは、とても大きいです。
だから、私は、彼には日本映画全盛期(昭和30年代)を知たり顔で語る資格などはまったくないと思っています。そして、読売新聞の「昭和時代第一部30年代7・大衆のヒーロー(上)」の製作担当者に、私の今回の日記ブログ投稿を、是非今後の編集の”糧”にしてほしいと思っています。
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