天命を知る齢に成りながらその命を果たせなかった男の人生懺悔録

人生のターミナルに近づきながら、己の信念を貫けなかった弱い男が、その生き様を回想し懺悔告白します

大平裕著『知っていますか任那日本府 韓国がけっして教えない歴史』好太王碑文日本改竄は李進熙の反日捏造

2013-11-24 20:27:59 | 日記
今日の日記は今某書店で購入して読んでいる大平裕著『知っていますか、任那日本府 韓国がけっして教えない歴史』(2013年9月・PHP研究所)で書かれている古代高句麗の好太王の碑文のことです。添付した写真は、その著書の表紙で映っているのはその碑文です。
私は、この著書のサブタイトルの”韓国がけっして教えない歴史”にとても興味を抱き、この新刊歴史書を某書店で購入して今自宅で熟読しています。
この著者は1939年生まれの企業人(引退して今は「大平正芳記念財団」代表)ですが、古代史に造詣が深く多くの著書を出版されています。
本著書は、日韓の古代史学会がその存在を否定する神話の世界に登場する神功皇后の新羅征伐が、歴史的事実であることや、倭国の任那(みまな)日本府が実存した事実を立証しています。
その中で、高句麗好太王の石碑と碑文に関する、日韓間での歴史的な解釈の経緯の解説に、私はとても共感しました。私自身は、高校3年生(1971年)の時に受けた授業の日本史教科書(山川出版社)には、この任那日本府や高句麗の好太王碑文が記載されており、著者の見解に良く理解できます。以下に、この任那日本府や好太王碑文を知らない若い方の為に、この著書からこの高句麗好太王の碑文に関する記述を引用・掲載します。
『高句麗王(第19代在位392~412年)だった広開土王(私注:日本の歴史書では好太王)の生涯を刻んだ石碑「広開土王碑」が、中国吉林省集安市の鴨緑江を望む畔に建てられています。・・1972年、在日の学者李進熙が、この碑文は1884年旧日本軍参謀本部の酒匂景信が入手したものですが、近代日本の朝鮮半島進出を正当化するため、都合がいいように、旧陸軍がその拓本を改変したというのです。実物の検証ができない当時、彼の突飛な意見を否定することはできませんでした。そのため研究は、40年近くにわたり停滞せざるをえなくなりました。しかし、2006年4月14日の読売新聞(朝刊)に、「好太王碑最古の拓本発見:改竄論争に終止符」という記事が掲載されました。古代日本の朝鮮半島進出を記録した好太王碑最古の拓本が中国で発見され、倭国(日本)との関係を示す記述が、旧日本軍の入手した拓本と一致することが、中国社会科学院教授である徐建新の研究で判明したのです。・・李進熙による改竄問題は一件落着しました。彼の民族感情むき出しの反日史観は、植民地支配への贖罪観を抱いている日本人学者たちを攻撃しました。・・山川出版社の高校生用教科書「詳説日本史B」「新日本史B」を見てみると、戦後の左翼の風潮におもねり、わが国の「国史」である「日本書記」のごく一部をつまみ食いしているだけで、ほとんど無視していることでよくわかります。』
私は、最近の高校生が使っている日本史の教科書は良く知らないですが、古代日本の朝鮮半島進出を記録した好太王碑に関して、現在の韓国に配慮してあえて触れていないとしたら、亡国的な歴史的事実の改竄です。だから、私は教科書出版社に深く猛省をしもらい、正しい記述に改正してほしいです。
さらに、韓国の朴大統領は、自国のテロリスト(伊藤博文を暗殺した犯罪者)の記念碑を建てる前に、自らの先祖で倭国を破った英雄である高句麗の広開土王の碑文再調査を行い、正しい歴史的事実を国際社会に公表(中国人学者ではなく自国歴史学者により)してほしいです。でも、その私の期待は、完全に裏切られることは明白ですが。
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呉善花著『生活者の日本統治時代』強制連行従軍慰安婦問題は事実軽視・イデオロギー重視の韓国人性格が影響

2013-11-23 11:43:54 | 日記
今日の日記は、今読んでいる呉善花著『生活者の日本統治時代―なぜ「よき関係」のあったことを語らないのか』(三交社・2000年刊)で書かれている”日本軍の強制連行韓国人従軍慰安婦”の聞き取り談話のことです。添付した写真は、その著書の見開き表紙です。
私はこの著書に書かれている、その当時現地で生活していた日本人や在住韓国人の聞き取り調査を読んで、そのとても説得力ある話に興味深く強く共感しました。以下に、その著書からその聞き取り談話(氏名等敬称略)の抜粋を引用・掲載します。
(1)阿部元俊(大正6年東京生まれ・医師の父の赴任で3歳の時ソウルへ渡る)
・・・『強制的に連れていかれる娘を見ながら、そのままほっておくような卑劣な朝鮮人がいたとはけっして思えません。田舎であればあるほど、生活者間の連帯意識も強くて、そんな彼らが我慢して黙って見ているわけがありません。彼らの民族愛がいかに強かったかは、私はいろいろな場面で見てきていますし、今でも鮮明に覚えています。そんな世界で女狩りなんかできるはずがないんです。ですから、そんな問題があれば必ず耳に入っているはずです。でも、そんな話も噂も一度も聞いたことがありません。これはね、当時朝鮮に住んでいた日本人の名誉にもかかわることです。もし、あったとすれば、我々もまたそれを黙って見ていたことになるんですから。』
(2)坪井幸生(大正2年大分生まれ・京城帝国大学卒業後朝鮮総督府勤務)
・・・『慰安婦がいたことは事実ですが、強制的に戦地へ連れて行くことなどは絶対にあり得ません。朝鮮も同じ国内でしたから、法治国家として司法の三審制度もあり、無法地帯ではありませんでした。そういう現実の状況をまったく無視して、しかも証拠もなしに、日本の大新聞なんかは巡査が強制的に連れて行ったなどと報道するんですから、ほんとうに無茶というしかありません。』
(3)大師堂経慰(大正6年平壌生まれ・京都大学卒業後終戦まで朝鮮総督府勤務)
・・・『もしも一般の婦女子の強制連行が実際にあったとすれば、間違いなく暴動が起きていたと思います。これを目撃した人が多数いて、この人たちの日本非難が戦後早々から声高に叫ばれて当然であり、戦後47年もの間、韓国政府も韓国国民も、これを問題にしないことなど考えられるでしょうか。』
(4)ミン圭植(京城帝国大学卒業し終戦を迎える)
・・・『何千人の若い娘たちを、トラックに載せて連れて行ったことは疑いのない事実なのに、強制ではないというのはとんでもない発言です。(実際にトラック乗せて連れて行くような場面をご覧になったことがありますか?)★★いえ、私は見ていません。(その当時、そういうふうにして連れて行ったという話を聞いたことがありますか?)★★その当時には、聞いていませんでした。(それならば、なぜ今になってそういう強制的な連行をしたと言われるんでしょうか?)★★そうしたことがだんだんわかってきたからです。そういう話は最近、あちこちで言われているんです。』
また、この著者の呉善花氏(1956年済州島生まれ、1983年来日)は親日家でもないですが、自国の知識人に関して、『儒教的な知識人で、現実的な事象を事細かに語るよりも、抽象的な物事について論じる学問こそが高い次元の学問なのだとし具体的な事実をしっかり押えることがおろそかになる傾向が強い』と、彼らの事実軽視・イデオロギー重視の性格をこの著書で批判しています。
最近、韓国政府や司法当局の全く常軌を逸失した行動にも、この筆者の指摘した韓国人知識人の特性が根強く影響していると、私は今強く得心しました。
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実兄らは分筆前広敷地(建蔽率60%容積率200%)で申請許可を得て分筆後その狭隘地に3階建住宅建設中

2013-11-17 11:25:08 | 日記
今日の日記は、昨日久しぶり(今年7月中旬以降)に現地確認した私の実母が残した相続土地のことです。添付した写真は、先月土地売却媒介不動産業者から受領した土地登記用図面(注:尚、解説用に私が手書きで注釈を入れた)です。
私は、先月の土地売買契約時に、その媒介不動産業者から『実兄らが私の相続した土地(地番:46-26)の隣地に3階建木造住宅を建設中』との、とても信じられない情報を得ました。その際、その資料としてもらった図面(公図)がここに添付したものです。
そして、この図面には、私の分筆した残り(地番:46-13)の隣地に新たに分筆したとても小さな土地(地番:46-12・注:この番号は当初実父が獲得したもの)が記載されていました。
私は、『実兄らが、こんな狭い敷地(地番:46-13+46-12・注:両方共、この番号当初実父が獲得したもの)に、法的な規制(建蔽率・容積率)もあり、建設など出来ない』と、その情報をもたらした媒介不動産業者にその際に語った手前、その情報の真贋を、自分の眼で正しく確かめる必要を痛感していました。
たまたま昨日、休日の仕事の都合で、緑園都市駅を使用する必要があり、その帰りにその私の相続土地に立ち寄りました。その結果、媒介不動産業者が言った通りに、その敷地一杯に、現在木造住宅が建設中でした。その建設中に、その施工場所に掲載される検査済証では、その住宅の所有者は、実兄とその配偶者で、その検査済証交付月日は、今年の8月上旬となっていました。
だから、実兄らは、相続調停成立時(7月17日)の前から、密かに現状建物を解体して新しく自分たちが住む住宅図面を作成して、その成立後、即役所(約、検査済交付には最低一週間かかる)に提出していたのです。でも、この土地の都市計画上の規制は、
用途地域:第一種住居地域 準防火地域
建蔽率 :60%(敷地面積に対する建築面積の割合のこと。防火上と住環境配慮目的)
容積率 :200%(容積率(敷地面積に対する建築延べ面積の割合のこと。道路等の公共施設の能力に対応した機能の維持と増進を図る狙い)
となっています。
このような規制では、この公図(私は10月15日に受領)の敷地では、今建設中の住宅では不許可となるはずです。だから、実兄らはその分筆する前の遺産相続分の土地を敷地面積と偽って、市役所に提出したのでしょう。その為、その検査済証の交付月日は、今年の8月上旬となっているのです。しかし、実際の完成後の住宅検査済証は、役所の担当者が現地確認をしたら、違反建築となり、その証明書は交付されません。でも住宅ローン等の借金(そのローン成立には検査済証が必要)がなければ、その強制的な入居制限はなく(注:必ず、行政改善指導は有り)何も問題なく住むことが可能です。
実兄らは、新築時の建設資金は全て現金(注:私の推測であるが、その他残った土地を売却し、根抵当の借金2千万円までも全て返済)で賄っているはずです。
その収支計画を実兄らが深く考慮した結果、その新築建設用地は、こんな狭い敷地になったと、私は今強く確信しています。
まったく自分たちの受ける利害だけを優先して、公的な規制である建築基準法を遵守しない宅地建物取引主任者証の免許を保持する実兄(注:1974年その試験に合格)の悪行です。親族といえ、その凄まじい所業に私は強い憤りを抱いています。
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東野圭吾著『カッコウの卵は誰のもの』脅迫状と同じく山本太郎氏宛て脅迫も十分な警備要請する逆目的と推測

2013-11-16 13:37:59 | 日記
今日の日記は、今読んでいる東野圭吾著『カッコウの卵は誰のもの』(光文社2010年刊)に登場するヒロインへの【脅迫状】と、 数日前に参議院議長から厳重注意を受けていた山本太郎議員宛てに届けられた刃物入り【脅迫状】との、とても私見的な考察推理です。
添付した写真は、その著書の表紙です。この著書は、人気作家の東野圭吾氏が、人間の持つ運動能力の優劣は、本人の努力の賜物なのか?親から受け継いだ遺伝的資質によるのか?を読者に解いた面白い推理小説です。その著書の中で、スキーWカップに出場したスキーヤーの父親と同じように娘もそれを目指し努力します。
そして、その彼女に、良識あるファンより【Wカップ及び、すべての試合の出場を辞退せよ!この要求を受け入れない場合、何らかの危害が及ぶことになるだろう。】と脅迫状が届きます。このように、この小説での脅迫状は、より具体的な要求しています。
一方、山本太郎議員宛てに「日本民族独立解放戦線」から届けられた刃物入りの【脅迫状】には、【近日中に刺殺団を派遣します】としか書かれていないようです。この山本太郎議員の何処に問題があるのか強く書面の脅迫状で告発もせず、私には、単に【刺殺】すると言うような安易な脅かし(注:山本氏はもう陛下が出席する皇室行事には参加できない現状では何も新たに要求する事も無い)にしか見えません。
この脅迫状の緊急的な切迫度は、何もないとも私には思えます。逆に、このような脅迫を受けたのだから、世間から同情(注:事実、宮内庁の報道だと天皇陛下はこの事件を憂慮されている)を受けたいと思う山本議員らのシンパの自作自演かもしれないです。この東野圭吾氏の小説では、この娘への脅迫状は、警備を十分されるようにする為(ネタバレになるので詳しく書けないが)の逆目的のものでした。
だから、このような考察も十分考えられると、今私は確信しています。もし、これが私の推理と間違っていて、本来の右翼の所業であったなら、その人間の思想的なポリシーは何にも無い全くの愚か者です。
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園遊会で陛下に手紙渡した山本太郎氏は城山三郎著『辛酸』熟読し一度辞職しその議員資格を有権者に判断を!

2013-11-04 18:21:36 | 日記
今日の日記は、園遊会で天皇陛下に手紙を手渡した山本太郎参院議員(無所属)のことです。
山本氏はこの問題を指摘された後に、記者団に「ルールに反しているという意識はなかった。議会のお沙汰は受け止める」と発言し、自身の議員辞職は否定しています。また、足尾銅山鉱毒事件で国会議員の田中正造(注:議員辞職してから)が天皇陛下に同じように直訴していることに関して、「意識というものは、はっきりといえば、特にはないです。田中正造さんの存在は知っています。直訴されたということも知っています。当時も公害であったりとか、そういうものに苦しんでいる人たちがいて、やむにやまれずというか、本当にそのメッセージを伝えたいという部分で行動なされたと思います。」と語っています。
山本氏は自らの発言で”田中正造さんの存在は知っています”と言及している以上、もっと深く田中正造の実像を知るべきでした。俳優という職業は自由業ですから、いくらでも知識を吸収する時間はあるのです。私は、大学生時代(時間が余っていた)に城山三郎著『辛酸 田中正造と足尾鉱毒事件』(注:添付した写真は、自宅にある当時の中公文庫の蔵書)を読んでいるので、この田中正造に関しては理解しています。
だから、その名著を山本氏が読んでいれば、その当時の社会制度、直訴に至った経緯がよく判っているはずですから、今回の行動を引き起こすはずはなかったと、私は確信しています。今からでも遅くないですから、山本氏はこの名著『辛酸』を熟読すべきです。読めば、マスコミに責任を転嫁するような今回の無責任な言動は出来なくなります。
また、今回の事件で、山本氏は軽薄で短絡的な主張を繰り返すタレント議員であることが、私は明らかになったと思います。彼には議員としての存在価値を、私はもう認めません。だから、私は、彼に議員辞職を勧告します。そして、もう一度議員としての資格があるか?地元有権者の判断を仰ぐ必要(注:彼がまだ議員になりたいなら)があると、私は今痛感しています。

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