私の日記に対する批判書き込みがネット掲示板にありました。その投稿をここに転載します。
『やっぱアスペだ。何を言わんとしてるか理解出来ないのだな。「コンクリートから人へ」とは、「箱物行政を止める」って意味じゃ無いのか?歴史的建造物を否定してる訳じゃ無いだろ?どうやって考えたらそんな答えが出るんだ?』『アスペルガー患者が比喩表現を理解できないってマジだったんだな。鳩山が箱物行政の比喩として使ったコンクリートという言葉を、コンクリートという建築素材を否定されたと思い込んで反論する某客。』
その投稿に対して、私は反論します。
私は自身の日記で「『コンクリートから人へ』のキャッチフレーズは『官から民へ』をパクッテ「箱物行政(ハード)から人間を豊かにするサービス(ソフト)へ』と首相は訴えたかったのでしょう。しかし、行政機関によって創り出された建物や構築物が無機質の単なる物質(コンクリート)だけを生み出した訳ではないです。それを有効に使う『人間』のために、計画・設計者や施工者が英知を結集し、様々な思いの篭ったインフラ完成品です。」と述べています。この投稿者はその部分を完全に無視をし、自己の間違った論理(何ら知識も無しにアスペルガー患者と自己判定)を展開しています。
私は『箱物行政(ハード)から人間を豊かにするサービス(ソフト)へ』の間違った「比喩」であると認識し、その比喩表現の言葉「コンクリート」と「人」が不適切だから、鳩山首相の演説を問題にしたのです。そして、本来の「ハード」と「ソフト」の概念が判っていないから、私はその過ちを自己の日記で指摘したのです。私はその「ハード」と「ソフト」の概念がとても良く判る名著『西洋事情』福沢諭吉著を鳩山首相に紹介します。私がその名著を勧める確固たる根拠を、藤原正彦著『名著講義:最終回・福沢諭吉「福翁自伝」』(文藝春秋2009年9月特別号)よりすこし長文になりますが、一部を抜粋します。
「諭吉は幕末に三度洋行している。二度目の1862年には遣欧使節の下級通訳としてヨーロッパへ行った。・・・皆が汽車の速さに感嘆している間に、彼は鉄道会社の構成や経営者について尋ねまくり、皆がヴェルサイユ宮殿の絢爛に肝を潰している間に、進行中の南北戦争やヨーロッパ外交の現状などについて研究していたという。それまでの日本における洋学すなわち蘭学が医学、砲術、兵法、航海術、地理などに限定されていたことに諭吉は疑問を抱いていた。これら技術はなるほど必要不可欠だが、それを運用するための組織を研究しなければ、日本にこれらを根付かせ文明開化することはできない、とすでに悟っていたのである。・・・使うあてもない蘭語を死に物狂いに勉強し、蘭書を通じ19世紀中頃までの科学技術にかなり通じていたから、欧米に行っても眼前の技術的驚異に幻惑されなかった。諭吉だけが『ハード』を超え『ソフト』を見つめていたのである。このような実地調査を経て『西洋事情』という十万部を超えるベストセラーが生まれた。明治の先覚者達は皆これを熟読したうえで日本を作り上げた。・・・諭吉が筆一本で国家への最大級の貢献をしたというのは、私のような非才にとっても勇気付けられることである。」
この自称「アスペルガー患者判定可能投稿者」と鳩山首相には、福沢諭吉著『西洋事情』を熟読して、政治家の責務について深く理解してほしいです。
『やっぱアスペだ。何を言わんとしてるか理解出来ないのだな。「コンクリートから人へ」とは、「箱物行政を止める」って意味じゃ無いのか?歴史的建造物を否定してる訳じゃ無いだろ?どうやって考えたらそんな答えが出るんだ?』『アスペルガー患者が比喩表現を理解できないってマジだったんだな。鳩山が箱物行政の比喩として使ったコンクリートという言葉を、コンクリートという建築素材を否定されたと思い込んで反論する某客。』
その投稿に対して、私は反論します。
私は自身の日記で「『コンクリートから人へ』のキャッチフレーズは『官から民へ』をパクッテ「箱物行政(ハード)から人間を豊かにするサービス(ソフト)へ』と首相は訴えたかったのでしょう。しかし、行政機関によって創り出された建物や構築物が無機質の単なる物質(コンクリート)だけを生み出した訳ではないです。それを有効に使う『人間』のために、計画・設計者や施工者が英知を結集し、様々な思いの篭ったインフラ完成品です。」と述べています。この投稿者はその部分を完全に無視をし、自己の間違った論理(何ら知識も無しにアスペルガー患者と自己判定)を展開しています。
私は『箱物行政(ハード)から人間を豊かにするサービス(ソフト)へ』の間違った「比喩」であると認識し、その比喩表現の言葉「コンクリート」と「人」が不適切だから、鳩山首相の演説を問題にしたのです。そして、本来の「ハード」と「ソフト」の概念が判っていないから、私はその過ちを自己の日記で指摘したのです。私はその「ハード」と「ソフト」の概念がとても良く判る名著『西洋事情』福沢諭吉著を鳩山首相に紹介します。私がその名著を勧める確固たる根拠を、藤原正彦著『名著講義:最終回・福沢諭吉「福翁自伝」』(文藝春秋2009年9月特別号)よりすこし長文になりますが、一部を抜粋します。
「諭吉は幕末に三度洋行している。二度目の1862年には遣欧使節の下級通訳としてヨーロッパへ行った。・・・皆が汽車の速さに感嘆している間に、彼は鉄道会社の構成や経営者について尋ねまくり、皆がヴェルサイユ宮殿の絢爛に肝を潰している間に、進行中の南北戦争やヨーロッパ外交の現状などについて研究していたという。それまでの日本における洋学すなわち蘭学が医学、砲術、兵法、航海術、地理などに限定されていたことに諭吉は疑問を抱いていた。これら技術はなるほど必要不可欠だが、それを運用するための組織を研究しなければ、日本にこれらを根付かせ文明開化することはできない、とすでに悟っていたのである。・・・使うあてもない蘭語を死に物狂いに勉強し、蘭書を通じ19世紀中頃までの科学技術にかなり通じていたから、欧米に行っても眼前の技術的驚異に幻惑されなかった。諭吉だけが『ハード』を超え『ソフト』を見つめていたのである。このような実地調査を経て『西洋事情』という十万部を超えるベストセラーが生まれた。明治の先覚者達は皆これを熟読したうえで日本を作り上げた。・・・諭吉が筆一本で国家への最大級の貢献をしたというのは、私のような非才にとっても勇気付けられることである。」
この自称「アスペルガー患者判定可能投稿者」と鳩山首相には、福沢諭吉著『西洋事情』を熟読して、政治家の責務について深く理解してほしいです。