■ テレビを見て
今日は昼まで出勤です。
仕事を終え帰宅してまもなくのテレビですが、金子兜太がタイトルの言葉を語っているのを見聞きしました。
番組後半10分くらいだけでしたので、全体が見えませんでしたが、他へ迷惑をかけない範囲の本能を大切にすることや、我と自然を一体としたいのち、アニミズム的なものへの畏敬、それを大切にしたいというようなことが話されていたように思います。
高齢にもかかわらず、まだまだ何かを求め天地一枚に生きている姿・情熱に圧倒されましたね~。
番組紹介によりますと、
―季語などにとらわれない自由な句作で知られる俳人・金子兜太さん。花鳥風月よりも、人間と社会、人間存在の根底をつかみ取りたいと句作を続けてきた。89歳のいま、「いのち」そのものに限りなく肉薄したいと願う。原点となった山深い埼玉・秩父での記憶。戦地トラック島での鮮烈な体験。そして、戦後に受けた衝撃。「人間がどう生きるか。その答えは、いのちの本当の姿にある。」という金子さんがたどり、行き着いた世界を聞く。―
とありました。
■ 老いを楽しむ
ちょっと遅い気もするんですが、今年で、そろそろ仕事からは足を洗い、閑をもち、やりたいことをやっていきたいと思いますね~。
無常迅速。
体力、気力に残るエネルギーがあるうちに、型にはまり束縛された会社勤めのスピードから、人間本来のほどよい自在な生活スピードにギヤをチェンジし、日々を過ごしていきたいと思いますね。
若い時は、人生の終わりなんて、一度も思ったことがない。
いつまでも死なないような気持で生きています。
先日、お世話になった男性の訃報がメールされてきました。
65歳くらいで退職され、悠々自適の暮らしをされていると思っていたので、73歳でのあっけない死は意外でした。
タバコとお酒、映画をみるのが大好きで、穏やかな人柄の方でした。
気がついてみれば、私自身もその年齢に近いです。
他方では、
近隣には72歳でサロマ湖100kmのラン、74歳でトライアスロン、79歳でフルマラソン、80歳を過ぎてスイミングを楽しんでいる方もいます。
90歳で好きな絵を描いている方もいます。
図書館通いで読書を楽しんだり、ハイキングや山を楽しんでいる人もいます。
■ 箴言数例
(1) 1300年代ころに著された徒然草では、
① 年の若さにもよらず、体力の強さにもよらず、思いもかけないのは死の時期である。今日まで死をまぬがれてきたということは、不思議なことである(第137段)
② 人の世の義理や付き合は、どれもこれもしないでいいなどというものがあろうか。といって世俗の決まりごとを無視しがたいまま、どれも必ずしなければならないとしたら、願い事は多く、身は苦しく、心の安まるひまもなく、一生はつまらないことに義理立てすることで妨げられて、空しく暮れてしまおう。すでに日暮れて、途は遠い。自分の人生はもうケリがついた。いまは世間の義理をすべて捨て去るときだ。もう約束も守るまい。礼儀をも思うまい。… … 非難されても苦しむまい。ほめられても耳に入れまい(第112段)
③ だいたい、その年になったら、すべての仕事はやめて、ゆったりとひまのあるのこそ、傍目に見てもよく、願わしいことである。俗世間のことに関係して、一生を暮らすのは、最低に愚かな人である(第151段)
と言っています、
(2) 江戸時代の松尾芭蕉について書かれた、「芭蕉庵桃青の生涯(高橋庄次)」によると、
芭蕉の生涯には、さまざまな相貌があり複雑な変貌がある。
だが、その芭蕉についてこれまでほとんど一つの顔しか語られなかった。
芭蕉は漂白の旅の詩人と言われるが、その前に少年金作の時代があり、武家社会に夢を託した松尾忠右門宗房の青年時代があった。
壮年期の松尾甚七郎桃青の時代には、妻子をかかえて猛烈なまでに生業に専念し、プロの俳諧点者として江戸商店街のどまんなかの門戸をはり、また上水道工事にまで手をのばし稼いでいた。
旅の詩人として漂白に身をさらしたのは老年期の10年間である。
… … なぜ突然、過酷なまでに貧しい 身を投じたのか さすらいの旅に身を投げ出したのか …
さらに、
(3) 加島祥造「老子と暮らす」によれば、
① 社会という車を乗り捨てて、自分の足で歩きだす。
② 人間には、心の声を押さえ、世間に迎えられるようなものをつくっていく時期が、壮年期には必ずくるものです。ちょうどその年齢が、社会的にも家庭的にもいちばん責任あるころだからです。
その時期に人間は、社会や家庭からいちばん拘束される、ということですね。
世間に入り、交わり、米と塩の糧をとる。その必要は、誰も認めるところです。
ただし壮年期を終えて、なおかつそのように生きるか。それとも、ある程度まで何かをやって、もう十分になったら、それから再び心の声を聞くか。
つまり自由になるかどうかは、その個人の問題になります。
ということもあります。
また
(4) 養老猛は、老いの「養老訓」として、
第一訓 「不機嫌な年寄りにならない」
評価とか競争とかに関係のなくなった年寄りは喜べばよい。何をやってもいいんんだから、やはり何かを残すように考えると楽しくなってくる。
第二訓 「感覚的に生きる」
若い時は、会社組織に束縛されて生きてきましたが、老年期は自由になったんです。感覚的に生きましょう。感受性が大切です。
第三訓 「夫婦は向かい合わないほうがいい」
夫婦二人きりで過すと直ぐに喧嘩になります。夫婦は適当に離れて過ごし、睨み合いを避けるべきです。
第四訓 「面白がって生きる」
本ばかりを読まないで、山野を感覚的に歩くことです。すると色々なことが新鮮に見えてきます。人との関係でも、風景でも新しい視点が蘇ってくるのです。すると俄然世の中が面白く見えてきます。考えるより体を動かしましょう。
第五訓 「何でもやる」
効率化や、経済一辺倒、大量消費、その結果の環境や自然破壊、競争の仕組みの中で働いたり、家庭や経済のためにと、忙しさを強いられたり、役割を果たしたり、他人にあわせたりしている間に、あっというまに老いに至る。老後は、自分のために働くことと社会のために働くことを二つ持てばバランスのいい人生になります。年寄りにもまだまだやれることはあります。地域、教育、ボランティアなんでもやればいい。
第六訓 「こんなことをしたらだめ」
人を責める口うるさい老人になったらだめです。自分の思い通りには世間は動きません。「仕方がない」で片付けましょう。頭が考えることと生身の人間は違います。年寄りは分ったような顔をしないで、一日に一度は感動して生きるのが楽しい生き方です。年寄りは団体行動は避けましょう。
第七訓 「年寄りが生きるのに金はいらない」
リスクに万全な社会はコストが高くつきます。飛行機が落ちたら運が悪かったで済ませましょう。年金よりは長生きすることがとくです。お金を稼ぐのには教養はいらないけれど、お金を使うには教養が要る。年寄りは持っている金を有意義に使えばいい。日常が無事に過せれば、実はお金は要らない。お金よりは健康です。年寄りは田舎で暮らそう、僻地ではなくそこそこの田舎で安らかに土をいじくって体を動かしましょう。
第八訓 「決まりごとに束縛されない」
国も会社も役所も法律もみんな「約束事」に過ぎません。何時かころっと変わるものです。法が変わらなくとも、実情に合わせて生きるすべはいくらでもあります。日本人は憲法と自衛隊のようにダブルスタンダードでやりくりが得意です。不信はコストが高いですが、信用は安心して生きられます。
第九訓 「人生は死ぬことです」
人は毎日睡眠と云う意識の不連続点を持っている。毎日死んでるようなもので、記憶が連続性を維持しているのです。呆けはこの記憶連続性をも失くしてしまう。死は記憶が戻らないことです。「人生50を過ぎたら禍福なし」と云うことで、余命を期待しないのが爽やかな生き方につながります。平家物語の「見るべきほどのことをば見つ」と思えば未練はありません。老人は笑って生きましょう。
と言っています。
■ 当面10年を目標に、
(還暦後は、60~64歳、65~69歳、70~74歳、…と、5年ごとに新しい目標を設定したい)
気持ち的には金子兜太さんの「命荒々しく自由に」といきたいんですが、
分をわきまえ、上記の箴言を参考に、
老いを快適にというか、あまりとらわれずにですが、本来に還り、こうしたいと思うことを実現しながら、楽しんでいきたいものです。
2007― 8/24