ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

台湾R&B小夜曲

2010-08-23 03:39:32 | アジア

 ”真心話”by 秀蘭瑪雅

 山之口獏にあったよな。”昔、恋人だったあなたがあの男と寝ると思うと、ただでさえ暑そうだったあの台湾が、ますます暑そうに想われてくる”なんて詩が。あれはほんとに短い詩で状況がよく分からないのだが、逆にそれゆえに、こんな関係もない場所と時間において、ただ大気の孕む熱気の気配にだけはうんざりするくらい切実に共鳴する、みたいな気分。そう、異常気象的にクソ暑い夏が続きますが、いかがお過ごしですか。

 秀蘭瑪雅を取り上げるのは、これで2度目だ。もう少し詳しいところを知りたく思うのだが、台湾の演歌系列の歌手に関する情報なんて、どこを探したってありゃしないよなあ。
 とりあえず分かっていること。秀蘭瑪雅は台湾の先住民族、ブヌン族の血を引く人だそうで、確かに四文字の、中国人としたら相当に珍しい姓名である。その容貌も、いかにも南方系のワイルドな風情が漂い、少なくとも私は、なかなか惹かれるものを感じる。
 それだけでも気になるところなのに、レパートリーの主なところは演歌や台湾の懐メロであり、そいつを台湾における一等言語(?)である北京語ではなく、やや疎外された庶民の言葉的存在である台湾語で歌い上げる。なおかつそれを独特のR&B風と言うか黒人っぽい感覚を濃厚に漂わせた歌唱法で行なうのだ。

 この、なんだか不思議な歌手としてのポジションの取り方が、どうにも気になる。先住民の血を引くものでありながら、先住民独自のポップス(というものが存在するのだ)を歌わない、のはまあ、個人の勝手と言うものだが、その代りに歌っているのが古い演歌や懐メロなのである。宣伝文句にも「懐念」とか「望郷」なんて言葉が目立つ。聴いてみても、台湾に特別の思い出などない、関係ないはずの私までが正体不明の郷愁に誘われてしまう、そんな曲ばかりが並んでいるのだ。

 ここだけ見れば台湾のお年寄りにアピールしようとしているのかと納得しかけるが、歌唱法が”R&B”なのが、よく分からない。「アメリカのブラック・ミュージック、大好きです」って嗜好が丸出しの歌いっぷりなのである。
 この辺がどういう構造になっているのやら分からない。台湾にもブラックミュージック好きの音楽ファンは存在するのだから、その連中を相手に、真っ黒な音楽を心行くまでやったらよいのであってね。
 などと、彼女の歌を聴いていると様々な「?」で頭の中がいっぱいになってくるのだ。ちなみに彼女は決してマイナーな歌手じゃない。1999年にデビュー以来、もう十数枚のアルバムを世に問うているし、映画やテレビドラマの主題歌の仕事も多く、それなりに結構な人気者と考えてよいだろう。

 もっともこれ、ワールド・ミュージック好きとしては結構居心地の良い状況でね。なんとも不思議な一面を持つ、そして魅力的に思える歌手を知り、その歌手が抱える”不思議”の真相についてあれこれと想いをめぐらす。これは、なかなかに胸ときめく時間であったりする。
 もちろん、有効な資料に出会え、謎が次々に解明されるのも楽しいには違いないんだが、見当の付かない謎を前にあれこれ気ままな推論を成しながら酔い痴れている時が一番楽しかったりする。そして秀蘭瑪雅、当分楽しませてくれる歌手の一人といえそうなのだった。





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